シーパラダイス・ディスコ
火の国から大地の国
というところへ行くには航路しかないらしい。
船に乗るのは人生初めてで、結構ビビってる。
目の前にあるのは、昔見た海賊の映画で出てきたような大きな帆船で
かなり年季が入っている…ように見える(大丈夫か?)
「どれくらいかかるんですか?」
「うーん、すぐ着くと思うけど…気にしたことねえからなあ」
梯子で船に乗り込む。
船の甲板に足をつけると、波に揺られて結構ふらつく。
初めての船なのに、俺はずっと憂鬱だった。
ここがどこなのか、どこに連れて行かれるのか、全く分からないこの状況下を楽しめる奴なんていないだろう。
「ハル隊長、お気をつけて」
なんて埠頭にいる案内人に言われて、俺はハルさんが軍隊の偉い人だっていうのを初めて知った。
「偉いつっても、あの戦争では敵も味方もどんどん死んで行くからなあ。隊長なんて名ばかりさ」
船に揺られ、船室の低い位置に備え付けてあるハンモックに腰掛けながら
ハルさんはへへ、と小さく笑った。
「どれくらい続いてるんですか、戦争」
俺は窓に近い椅子に腰掛け、ハルさんに向かい合って座る。
「さあ…もう覚えてねえなあ。俺が火の国に生まれてからもう始まってて、物心ついた時から戦場に駆り出されてたからな」
「…そうなんですか」
駅に貼っている子どもが銃を持ったポスターや、紛争地域の子どもたちを特集したテレビを想像した。
ハルさんもそういう状況で戦っていたのだろうか。
「まあ、火の国の戦争なんて永遠に終わらねえんじゃねえかな。白も黒ももうよく分かんねえ状況だし」
「白と黒?」
「ああ、ショウはそこも知らねえんだっけか。ホント不思議な奴だよな、お前」
「はあ…」
そんな不思議な存在の俺にハルさんは、〝火の国〟について、簡単に説明してくれた。
火の国はもうずっと前から〝アーテル〟(黒き星)と〝アルブス〟(白き空)のふた勢力で戦争をしていること。
そのため土地がほぼやせ細っており、国の大半が岩と石で出来ていること。
水や植物は貴重で、火の国に住む人は資源をとても大切にしていること。
戦争は限られた地域でしか行われておらず、戦争がない地域で人々は細々と暮らしているそうだ。
生まれた男性はほぼ100%戦争に駆り出され、女性は資源を守り、育てるのだという。
そんな戦争も、年に数回起きる〝巡る星の舞踏会〟の時期が来たら一時休戦するのがこの戦争のルールだそうで
期間中は白い勢力も黒い勢力も関係なく、お祭り騒ぎになるらしい。
そしてその期間中は〝お祭り〟という建前で、普段封鎖されている港も他国の人向けに開放されるらしい。
それくらい、〝巡る星の舞踏会〟は世界的に人気なんだとか。
ハルさんと喋っていて、分かったことがある。
この世界のことは置いといて、まず俺はこの世界の人と会話できるということ。
仮にハルさんと意思疎通ができなかったとしたら、俺は今頃殺されていたかもしれない。
次に、この世界の食べ物や飲み物について、俺がいた世界とほぼ変わらないということ。
水は少し甘いが、野菜も肉も、見た目はともかくきちんと食べられる。
餓死する心配がなくてよかった。
(ハルさんにお酒を勧められたが、一応断っておいた)
そして、この世界には
晴れや雨、曇りという天気の変化はあるが
夜がない、ということ。
薄暗くなることはあれど、真っ暗になることはない。
そのせいか、時計、という概念もないみたいだ。
「これから行く〝大地の国〟って、どんなところですか?」
「あー、そこも説明しなきゃいけねえな」
大地の国ってのはな、とハルさんが話し始めたその時。
窓の外が一瞬、光に包まれた。
びっくりして外を見ると、色々な色の光の玉が海に降り注いで弾けている。
「え!?なんだこれ!雹!?」
俺の驚きに、ハルさんはハンモックを揺らして笑った。
「いい反応じゃねえか、ショウ!それはな、メリーダンスナイトロールの星達さ」
「へ…」
「空で踊ってる星達が足を滑らせて落ちてきてる、って俺のオヤジに教えてもらったな。ホントかどうかし知らんけど」
「…なるほど?」
海の上で弾けて消える星は、なんだか夜空に浮かぶ花火のようだった。
ホント、どんな世界だよココ。
「大地の国もこんな感じで星降るんですか」
「いや、星が落ちてくるのは火の国特有の気候だったはず…つーことはまだ火の国の海域みたいだな」
ショウ、大地の国までまだかかるからゆっくり休めよ。
そう言ってハルさんはハンモックに横たわる。
「ありがとうございます」
俺は窓の外から見える光景を、ぼんやりと見つめていた。
憂鬱な気分が少しだけ、晴れた気がした。