邪を見た日
こんにちは!邪祓第七話でございます。
今回は過去編です。
楽しんでいただければと思います
それでは本編どうぞ!
私が邪を初めて見たのは、とある女性だった。小学校に入り、その女性が住む家が噂になっていたことを知ったのだ。
「ねぇ黒子ちゃん知ってる? 幽霊が出る家があるんだって」
「幽霊……? この町に廃墟なんてあったけ?」
「廃墟じゃないよ、ちゃんと人が住んでる民家、母親と娘の二人暮しらしいんだけど、数年前父親がいなくなってから、母親の方が変な宗教にハマったとかなんとかで凄いらしいよー」
小学生の根拠のない噂。それでも気になるのが噂というもの、その子に家の場所を聞くと家の近所だった。
「近所で幽霊が出るって噂だなんて、なんか嫌かも」
帰り道、道路の合間からその家が見える。確か、伊藤さんって方が住んでいたはずだ。住人は見たことがないのでどんな人かは知らない。日の当たらない暗い家だなとは思っていたけれど、幽霊が出るとは思えない。
「変な宗教……」
母親がハマったなら、娘はどうなんだろう、私の家は至って平和だし、小学生の私にはそもそも宗教がよくわからない、変なという語尾で良くないものだと判断できるだけだ。
その日から、ちょっと気になって、行きと帰り少しだけその家を観察してみることにした。斜め向かいのため、私の部屋からも玄関が丁度見える。見ていると、一人の女性が出入りしているのがわかった。少しふわりとした可愛らしいスカートを毎日着てている。お姉ちゃんも同じようなものを毎日着て学校に行くから、制服とかいうやつだろう。
「じゃあ学生なんだ」
お姉ちゃんが着ている制服は、シンプルで特に装飾はないが、彼女が着ている制服は装飾がチラホラあり、可愛いいなぁと思う、私もいつかあんな可愛い服を着てみたい。
「黒子何見ているの?」
「あっ、お母さん、ねぇねぇ、伊藤さんが着てる制服? って名前あるの? お姉ちゃんのより可愛いよね?」
お母さんは、一瞬訝しげな顔をしたが、服の事かといった感じで、しばらく悩み、多分セーラー服じゃないかしら? と教えてくれた。
「セーラー服……」
「黒子、伊藤さんと話してなんかいないわよね?」
「ん? 話したことはないよ、ただ部屋から見えるから、可愛い服を着てるなって」
「そう、ならいいけど、話しちゃダメだからね」
お母さんが凄く心配する。その理由がわからなくて、私はただ興味を持った、その女の人に。
伊藤さんが帰ってくるのは大体午後六時。お姉ちゃんより早い、部活だっけ? をやってないのかな。伊藤さんの家が見える道路辺で、待ち伏せする、話しかける勇気は無いのでただ、通るのを見ていた。その時に気づいたのだ、その女性の周りに黒いモヤがある事に。可愛い服を着ているのに、暗い顔をしているなとは感じたけれど、そのモヤをみてゾワっとした。幽霊なんかよりよっぽど怖い。
「何あれ……」
女の人にまとわりつくように渦巻く黒いモヤ、お母さんが話すなと言ったのはアレのせい? それともあの女の人が幽霊なの? 毎日、毎日、やっぱり女の人に黒いモヤが付いている。本人は気付いているのだろうか。
「ねぇ、貴女」
「ひゃっ!」
観察から一ヶ月。背後から声がして恐る恐る振り返ると、伊藤さんが後ろに立っていた。
「家に何か用、一ヶ月くらい前から見てるよね」
抑揚のない声、その冷たさに固まる。本当に人なの? 人ってこんな冷たい声が出るの?
「あ、ごめんなさい、驚かすつもりはなかったの、ただ、ずっと見ているから、家に用なら私が用を聞くよ、お母さん出てこないだろうから」
髪で目は見えない。でも冷たい声に少しだけ、寂しさがあるような気がした。
「いや、あの、用があるわけじゃなくて、ただ、服が気になって……」
「服……?」
ようやっと、言葉に感情が含まれる。伊藤さんは少し首を傾げると、髪で見えなかった目が少しだけ見えた。綺麗だけど何処か怖い瞳は、ただまっすぐ私を見ている。
「えっと……」
なんと言えば良いかわからなくて、口ごもると、伊藤さんは自分の服を触り、あっと小さな声を出した。
「もしかして、私が着てる制服のこと? セーラー服だよ、高校によって制服のデザインは違うけど、私が通ってるとこは典型的なセーラー服なの」
くるっと一回転して、全体を見せてくれる。しかし、私は服のデザインよりも、回った彼女本人に魅入っていた。長い黒髪が舞う、彼女の周りにある黒いモヤが全てを幻想的に魅せた。
「貴女、服が好きなのね」
「うんっ、可愛いものは好き! 綺麗なものも!」
「そう……純粋でいい子なのね」
少しだけ口元が笑った気がして、私も釣られて笑う。その寂しげで、少し悲しさを含む女の人は、時間だと言って家に帰ってしまった。帰る時に大きく手を振ると、小さく振り返してくれる。ちょっとだけ仲良くなったみたいで嬉しかった。
それから、伊藤さんは私と話してくれるようになった、やっぱり声は冷たいけれど、私が色々話すと、少しだけ笑って聞いてくれた。
「貴女は本当にいい子なのね」
「貴女じゃない! 黒子だって言って……」
でも、彼女はいつも上の空だった。聞いているようで聞いていない。現に私の名前は覚えてくれていないし、いつも遠くを眺めている。
「ねぇ、伊藤さんは遠くに行きたいの?」
「遠く?」
「いつも遠くを見てるから、私はねいつか都会に行きたいの、都会にはキラキラしたものや、可愛いものがいっぱいあるから!」
立ち上がり、腰に手を当ててエッヘンと言ってみせる。そんな私を無視して、変わらず彼女は遠くを見ていた。
「都会かぁ……私があの家を出たらお母さんはちゃんと過ごせるかな……」
「…………」
いつかの噂を思い出した、母親が変な宗教にハマっている、だからあの家は近づかない方がいい、幽霊が出なくとも祟られるとか、今でもそんな噂が流れている。彼女にずっと付いている黒いモヤも何か関係があるかもしれない。
「……私はその、宗教とかよくわからないけど、うちのお姉ちゃんはさ、夢とか目標とか特に無くてダラダラしてんの、絶対ああにだけはなりたくない、私は、ちゃんと夢を持って生きたい」
「……夢、あるの?」
「今はないけど……絶対作る!」
可愛い服を着るとか、都会に行くとかそういうのじゃない、ちゃんと仕事として夢を持ちたい。そう言う私に、彼女は少し笑うと、偉いねと頭を撫でてくれた。
「貴女は偉い子よ、小学生には思えないくらいしっかりしてる」
その手が暖かくて、優しくて、なんとなく彼女のようになりたいと思った。見た目はちょっと怖いけれど、彼女のような強い人になりたい。
「伊藤さんの方がしっかりしてるもん、お母さんの心配とかしてるし」
「そうかな? お母さんは唯一の家族だから、本当に一人になってしまったら消えてしまいそうなの」
ごめんなさい、変な話したわね、そうやって笑う彼女の笑顔は、何度見ても楽しそうではなくて、私には考えつかないような悲しみを背負っていて、なんとも言えない気持ちになるのだ。
彼女と少しだけ話すようになって一年。私は八歳に、彼女は十八歳になった年。お姉ちゃんが大学受験だとバタバタし始めた。お母さんに聞いてみると、高校を卒業すると大学という場所に行くらしい。この町に大学は無いから遠くまで行き、一人暮らしをするそうだ、お姉ちゃんがいなくなって清々する。
「そう、お姉さん私と同い年なのね」
「うん、ねぇ、伊藤さんも大学受験するの?」
どうだろう? 疑問符で返された。悩んでいるようだ。きっと彼女は、お母さんの事を考えているのだろう。
「大学行かないと就職できないけど、家を出ることになるから、近くに大学があれば良かったのに」
体育座りで、頬に手を当て夕日を眺める。やっぱりわからない、彼女は何を考え、何がそんなに悲しいのだろう、寂しいのだろう。
「そうだ! ねぇ、伊藤さんこれあげる」
「ん?」
私はカバンからキーホルダーを取り出した。いつか服を作るつもりで、裁縫の練習に作ったもので、撫子の花をモチーフにしたのだが、あまり上手くはない。それを見た彼女は、しばらく眺めていた。
「これ、撫子?」
「そう! 良かったわかってくれた、下手だけど私が作ったの、いつか可愛い服を自分用に作るんだ」
「ありがとう、大事にするわ、今度私もなにか持ってこなきゃね」
この時、私が見た中では一番の笑顔だった。あぁ、普通の、私と同じ女の子だと、それが見れたのが嬉しくて、気付かなった、彼女が、いつも以上に寂しそうにしていたのを。
数日後、彼女は約束通りお返しを持ってきてくれた。
「これくらいしかなくて、着たことは無いんだけど私が昔お母さんにおねだりした服なの、着れるかな?」
黒を基調としたシックでかっこいい、フリルの付いた服。私は初めてゴスロリという服を見た。
「か」
「か?」
「かっわいい! でもかっこいい! いいの? 貰っちゃっていいの?」
「お、落ち着いて? 大丈夫よ、私は着れないし、こんなんで良ければ、服も大事にしてくれる人の方が嬉しいと思うわ」
彼女は笑ってた、いつもいつも笑っていた。その日が、彼女と話した最後の日。結局彼女は大学受験をしたらしく、外の街へと行ってしまった。
「寂しくなっちゃうな」
「何黒子、お姉ちゃんいなくて寂しいの?」
「違う、お姉ちゃんなんていなくていい」
「あらあら、お姉ちゃん泣くわよ」
窓から伊藤家を眺める。彼女が居なくなってから知ったが、母親がハマった宗教は仏教らしくて、父親がいなくなったのは病気で亡くなったそうだ。噂では母親は夫がまだ生きているのだと、そう言っているらしい。どうも元から娘を夫婦で虐待していたそうで、娘の体は傷だらけだとか。
「夏も長袖だったもんな伊藤さん」
長袖で、スカートは長かった。あまり気にしてなかったが、お姉ちゃんも他の人も、長くても膝くらいのスカートを履いているのに、彼女は、足首くらいまで長かったのだ。傷を隠すためだったのかもしれない。
「宗教にハマって、娘を傷だらけにして何が楽しいんだろ」
彼女の寂しげな笑顔と、妙に感情の入らない冷たい声。それでも、母を心配して、大学受験も迷っていた。
「私と話すことで、救われたのかなぁ……」
救われていたらいいな、少しでも、私と楽しく話していてくれたらいいな。
白咲がいきなり現れた時、彼女に付いていたのが邪と呼ばれるものだと知った。私が、彼女を本当の意味で助けられるかもしれない事を知った。だから、私は強くなりたい。
「おねえさまはどうやってあんなに強くなったんだろ」
「未無様ですか? あの人は生まれつき力が強かったのだと思いますよ」
「……生まれつきなの! そんなの反則じゃん!」
「主様口調」
「あっ……」
家だとどうしても忘れてしまう。彼女と会わなくなって六年。小学五年生で白咲と出会って、お母さんが中学生になるまでは本家に行く事を許さず、中学生でようやっとこっちへ来た。私立の中学を受験し、憧れのセーラー服にも袖を通した。
「伊藤さん元気かなぁ……」
「伊藤……?」
白咲が何やら言いたげだったが、私は無視する。まだまだ弱いけれど、絶対おねえさまに追いついて、伊藤さんの邪も祓うのだ。
「……まぁ、いいですけど」
「何がですの? とにかく、わたくしは強くなりますわ、でも生まれつきならおねえさまに教えてもらうのは、難しいかもしれませんわね」
口調を強めにしてみたり、柔道教室に行って体を鍛えたりしているが、直接邪祓に関係がある気が全くしない。
「手っ取り早い方法はないのかしら」
「無いです」
「そんなハッキリ……!」
「それよりも学校遅刻致しますよ」
白咲に言われ時計を見る。時刻は七時四十分、髪を二つに結いて、帽子をかぶり、弁当を持つ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
家のお手伝いさんに見送られ、私は走り出す。
少しづつ、少しづつでいい、私は私が助けたい人を助けるために、やっと夢を見つけたのだ、彼女に胸を張って会えるまでに成長したんだと、また話したいのだと。いつか、言う日が来るその日まで、私は努力し続けようと思う。
いつも読んでくださりありがとうございます。
黒子ちゃんの話です
次は未無の話となります
それでは第八話でお会いしましょう!