味方は一人
こんにちは、邪祓第五話です。
テンションが一気に下がりまして、今回は少し暗い話です。
楽しんでいただければと思います
それでは本編どうぞ!
中学生の邪祓人、春水黒子と出会い、本来の厄神の説明を受けた。そして、御影を警戒すべきと、黒子の厄神白咲は警告する。
寝ている御影を観察する。白咲さんは御影が肉体を持っていると言っていた。壁をすり抜けとかできるであろうこいつが、私達人間と同じく、肉の塊だとは考えにくいのだが。ほっぺをつねったり、腹筋をつんつんしてみたり、触れれるし、生暖かいし、確かに肉はある。
「んー……でも出会った時は急に現れたし、鍵を開けずに部屋に入ってきたし」
耳を引っ張る。手を掴む。髪は……いつも触ってる。実体があるのは確実。やっぱり肉あるんだ。
「おい、何やってんだ」
「痛っ!」
顔を覗き込むと、刀の柄が顎めがけて飛んできた。しばらく蹲ったが、立ち上がる。
「何すんのよ!」
「何すんのよ、じゃない、なに人の体で遊んでんだよ」
「あんた人じゃないでしょ」
ふぅとため息を吐かれる。そのまま、御影は洗面台へ向かってしまった。そういえば、風呂も入るし、顔をも洗うし、やっぱり人間と同じ事をしている。白咲さんは触ることすら出来なさそうな程、見た目透けていたのに。
「もしかして、白咲さんは最初から見てたのかな」
あの時、遠くにいた風に装っていたが、邪祓人が邪を体から追い出した時に、近くにいなかったとは考えにくい。私達が来てしまったから身を隠していたのかもしれない。だとすると、厄神は自分の意思で見える、見えないを調節できるということになる。しかし、御影はその調節をしているようには見えない。街を歩いていれば、度々振り返る人がいるくらいにはハッキリと認識されている。本人が言ったように影は薄いようだが、これも肉体の影響なのだろうか。御影に肉体がある理由、聞いてもきっと答えてはくれないだろう、今は知る方法がない。顔を洗い終わったのか、キッチンに立った御影を眺め、いつか知る日が来るだろうかと漠然と考えた。
電車に乗り、辿り着いたのは隣街。薬蘑さんの病院がある街の反対方向。来た理由は勿論仕事である。
「えーっと地図によるとこっちね」
スマホの地図を見ながら進む、目指すは【天使孤児院】名前を見る限り、キリスト教系の孤児院だろう。
「邪祓って邪教徒にならないのかな……」
「じゃきょうと?」
「キリスト教は、イエスキリストって方を、絶対の神として信じてるんだけど、それ以外の信仰を持っている人を邪教徒って言うの、本来は邪神を信仰している人を指すんだろうけど、宗派が違うと、信じる神が違うから全て邪神に感じてしまうのは仕方ないかも」
厄神も、神って呼ばれているわけだし、そこに厄が付くんだから充分邪神な気がする。今回相当発言に気をつけないと、私なんか神とか信仰してないし。
孤児院の前に来ると、ワイワイと子供達が元気に遊ぶ声が聞こえる。孤児院だから精神病院のようにもっと邪が多いと思っていたが、そうでもない、むしろ清々しいくらいに邪がいない。普通に歩いていても小さな邪を見るのに……。
「妙だなこの場所」
「やっぱり変よね」
依頼が来たのだから邪がいるのは確実のはずなのだが……気配もない。ここまで邪を感じないと返って怖く、居心地が悪い。
「これはこれは、邪祓の方ですかな?」
渋い顔をして孤児院を眺めていた私達の前に、優しい笑顔を浮べたお爺さんが現れる、この孤児院の責任者だそうだ。お爺さんの案内で孤児院内に入る、そこでなぜ、邪を見ないのかわかった。大聖堂、そこには中学生くらいの子供達が集まり、皆が皆同じ方を向いている。
「イエス・キリスト像……」
「はい、ここはキリスト教を信じていますので、祈れば救われます、一日にあった出来事をこうして報告し、懺悔があれば懺悔室または、この場で懺悔します」
邪とは負の感情、それを祈りという形で消化しているのだ。信じる者は救われる、その定義の元で。
「んなもんですくわ……ふごふご!」
「御影、黙ってて」
ここで下手に宗教批判なんてされたら、たまったもんじゃない、御影の気持ちもわかるが、こっちも邪祓とかいう、一般人からしたらよくわからない職業にいるのだ、人のことは言えない。
「大丈夫ですよ、信じていない者は多いです、この日本は基本無宗教ですから、御影様のような考えも勿論ありますよ」
この人御影をちゃんと認識してる、聖職者故か、この場では御影はやっぱり黙っていてもらった方がいい、誰にハッキリ認識されているかわかったもんじゃない。
集団で祈っている光景に目を移す。邪はやはりキリスト像の周りにまとわりついている。祈って救われるなら簡単な話だと思うが、少なくとも不安要素の払拭には役立っている、救われてないとも言いきれないということだ。
「なんか皮肉ね」
「あ?」
「だってそうでしょう? 信じる者は救われる、そんな話が現実だったら誰だって信じるわよ、だから実質救われてないはずなのに、祈ることで邪を生み出す程の負の感情は彼らにはないのよ」
それは救われているんじゃないかな。私の言葉をどのくらい御影が理解したかはわからないが、御影もキリスト像へ目を向けた。
「こちらですよ、御二方」
お爺さんがいつの間にか扉の前に移動していた。邪に憑かれた人は扉の先にいるらしい。大聖堂を出ると、右側に個室が並ぶ廊下に出た、左側は窓になっている。
「ここはこの孤児院にいる者の部屋が並んでいるのです、ささ、この先の部屋ですよ」
出入口から、六番目の部屋。お爺さんはノックすると入りますよと声をかける。 ゆっくり扉が開き、中には小さな少女が一人鎮座していた。お爺さんは、部屋に入ると少女と会話を交わす。
「具合はどうかな?」
「大丈夫……」
「本当に?」
「うん……」
会話中私はというと、部屋の前で微動だにできずにいた。少女を中心に邪が渦巻いている、それはいつも通りだが、なんだこの淀みきった雰囲気は、まるで部屋全体が邪であるかのような……。
「邪道ができてやがんな」
「邪道?」
邪道、ぱっと思いつく意味は、無常、冷徹な人。でも違うのはわかる。
「邪が集まりやすい道ってのがあるんだよ、それを邪道って呼ぶんだ、なんでできんのかは知らん」
霊道みたいなものか、御影が理屈を知らないということは、霊道のように決まった場所にできるわけではなさそうだ。そこまで考えて、薬蘑さんの言葉を思い出した。
『たまに、人間の中には他人の邪を受け入れ、取り込む者がいるんだよ、これが限界を超えると厄介なんだ、ま、ミムくんは気にしなくていい話さ』
他人の邪を受け入れ取り込む者がいる、もしこの少女がそうだとすれば、あのキリスト象にまとわりついている邪が、この部屋に流れているとは考えられないだろうか。
「ねぇ、あなた、本当に苦しくないの?」
踏ん張って部屋の中に入る。少女は暗く光の無い目で私を見る。そして、なんで苦しいと思うの? そう問うてきた。確かに、邪が見えないのだから苦しいとは感じないか。
「えっと……」
「せんせ、ちょっと外に出てて? 私このお姉さんと話してみたい」
生気のない声、お爺さんはわかったよと返し、この子をお願いしますとだけ言い、部屋を出た。同時に御影が部屋に入る。
パタンと扉が閉まると、視界が真っ暗になった気分だ、照明は付いているはずなのに。
「ねぇ……お姉さん……私の、みゆの話を聞いてくれる……?」
「うん、聞くよ」
しゃがみ、みゆちゃんと視線を合わせる。みゆちゃんは、目を少し瞑ると、話し始めた。
私は、生まれつき足が弱かったの、今はリハビリをして、ちゃんと歩けるようになったけど、昔は歩けもしなかった。私のお母さんはイエス様を信じていて、いつも私の足が良くなるようお祈りしてくれていた。
「主よどうか、どうか、娘をお救い下さい」
涙を流して、私のために祈ってくれた。でも、祈ってくれただけだった。それ以外は何もしてくれなかったの。その内、私はこの孤児院に預けられた。私は要らないんだって、主に望まれていないって。この孤児院に来て、私はリハビリして、歩けるようにはなったけど走れはしないの。
「だから……今度は走れますようにって……祈るの、私が……望まれている存在になりたいの」
まだ、小学生かそこらの少女の言葉とは思えない発言に、私はどう返したらいいかわからない。
主に、キリストに望まれる存在って一体何なのだろうか、彼女に味方してくれる者は居なかったのだろうか。
「けっ、祈って良くなるもんでもねぇだろ」
「イエス様は救ってくださる、祈れば……」
「だから、それで良くなったら誰も苦労しねぇって」
御影が食ってかかるが、みゆちゃんは、首を横に振るだけで、効果は薄い。
「……みゆちゃんの味方は、イエス様なのね」
「イエス様は私達をいつでも見てくださっている……悪い事も良い事も」
「おめでたいこったな」
「御影、彼女の味方は、イエス様だけなのよ」
たった一人の味方を失いたくない。だから、否定できない、でも、本当に味方と感じているなら、こんなに邪を溜め込む事は無い。
「……みゆちゃん、少しそこでじっとしていてね、御影」
「おうよ」
和さんの時のように追体験ができるかもしれない。両の手を合わせ、いつもの呪文を唱える。
「我汝に命ず、人を惑わすモノよ体から抜け出よ」
部屋全体が光に包まれる。やはり邪が多い、それでもなんとなるだろう、なんとかしてやる。
「ミム引いてろ」
力むあまりに、目を瞑っていたらしく、いきなり後ろに弾かれ、倒れる。後は御影に任せればいいだろう。そのまま眠るように意識を手放した。
輝く大聖堂、豪華なステンドグラスに、十字に貼り付けされたイエス・キリストの象。全てが初めて見るもので、全てお母さんが求めていたもの。
「では先生お願いします」
「はい、娘さんをお預かり致します」
「海悠、いい子でいるのよ」
その言葉は暗く、何故私が生まれたのかという疑問が含まれていた。私がもっと丈夫だったら、お母さんにこんな顔をさせなくて済んだのかな、お父さんがちゃんといたのかな。物心ついた時から、お父さんはいなかった。お母さんは結婚せずに私を産んだそうだ。
「あいつ……私にこんな子を押し付けておいて……」
お母さんは救われたかったのだろう。いつも日曜日には、教会という場所に行っていた。私も祈ったらお母さんが救われるかな、お母さんが笑顔になってくれるかな。
「イエス様、お母さんを助けてください」
私の足を治してくれなくたっていいの、お母さんが信じてるのは、頼っているのはこれだけだから。私も祈るから、だから……。
「私に笑顔を向けてよ……」
小さな子の涙。無機質な石像はそれを見てなんと思うのだろう。母親にはこの子の苦しみが見えていなかったのだろうか、こんなにも泣いて、祈っているというのに。
意識が戻ってくる。みゆちゃんを見ると、泣いていて、私はそっと頭を撫でた。
「何を見たんだ」
「……この子の願いかな」
愛を欲して、愛されない自分を憎んで、小さなその体で、一心に悲しみを背負った。
「信じて、救われないのはやっぱり皮肉ね」
「キリストだがなんだか知らねぇが、信じるだけで救われてんなら、俺様達はいらねぇよ」
「そうね」
先程から御影が噛み付いているのは、信じる者は救われるという思想が、邪祓と正反対だからかもしれない。本当に救われている人がいる反面、その思想が人を苦しめる時もあるのだ。
「考えるって難しいなぁ……」
「うっ……」
みゆちゃんが起き上がる。邪は祓ったけどこの子は、ここにいればまた邪を背負うだろう。
「どうにかならないかな……」
邪祓は終わったが、本当の意味では終幕していない。みゆちゃんを救う方法、母親と笑顔……。
部屋を歩き回り頭を動かす、何か、何かを忘れている。どこか頼れる場所があったはずだ。ハラリ、ポケットから一枚の紙が落ちる。これは、黒子ちゃんから貰った名刺だ。電話番号も書いてある。
「これだ!」
「お姉さん?」
春水家、旧家なら人脈も広いかもしれない。
しばらくして、廊下でバタバタと走る音がしたかと思えば、勢いよく扉が開かれる。
「おねえさま! 春水黒子来ましたわ! わたくしを頼ってくださるとは、わたくし嬉しいですわ!」
「黒子ちゃん落ち着いて? 白咲さんもいきなり呼んでごめんね」
「いえ、主が嬉しそうですから」
御影と私を交互に見て、白咲さんはその場に着地する、足が薄すぎて見えないので、地に足がついているかはわからないが。
「それで黒子ちゃん、みゆちゃんの母親ってわかる?」
「えぇ、わかりましたわよ、清水海悠の母親、清水美代子、ここからそんなに離れていない場所に住んでいますわ」
みゆちゃんに向かい合う、お母さんに会っても変わらないかもしれない、それでも。
「会ってみる?」
みゆちゃんの目を真っ直ぐ見る。驚いた顔をしていたみゆちゃんも、心を決めたのか頷いてくれた。
「黒子ちゃん、案内して」
「わかりましたわ、おねえさまの頼みとあらば、この黒子、なんでも致しますわよ!」
心強い味方ができたものだ。行こう、みゆちゃんの手を引き、外へ出た。
……キリスト教徒の方に怒られないかな……と気が気ではない作者です。
邪祓に限らず、私の作品は宗教を信じている方々には合わないような気がします、いつか無茶苦茶怒られそうです。
この話は次回に続きます!
それでは第六話でお会いしましょう!