ガッカリ王子とザンネン姫
4月の春。
今日は高校1年の入学式。
私はスカートを身に付けながら、これからの高校生活に不安を感じていた。
元々私はそんなに人付き合いが得意な方では無い。
更に言えば…私の容姿は人を誤解させてしまうらしい。中学生の時に言われた言葉が頭をよぎる。
女子1「聖さんてさ、見た目とは全然違うよね」
女子2「トロいし引っ込み思案で何考えてるか分かんないよね。ガッカリって感じ」
女子3「背が高くて王子様みたいで格好良いんだけどね、見た目は」
そう吐き捨てて去っていく皆の顔が脳裏に思い浮かんだところで、私はそれ以上考えるのを止めた。
聖「お母さん。行ってきます」
母「聖!」
お母さんが玄関まで送り迎えに来てくれる。
歳の割に若く見える母はその大きな瞳をこちらに向けながら、期待と不安が入り交じった表情を浮かべ、それでも優しい声で言ってくれた。
母「きっと良いお友達が出来るわよ。いってらっしゃい」
聖「うん……行ってきます」
大丈夫。大丈夫だよお母さん。
ありがとう。
聖「お母さんもお仕事頑張ってね」
そう言って玄関のドアを閉めた。
父「聖は大丈夫そうだった?」
リビングの奥からこれまた、少し若く見える聖の父親が顔を覗かせた。
聖の母は夫の方へ向き直り微笑みながら答えた。
母「ええ、きっと大丈夫よ。良い子ですもの」
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学校の校門に着いた私は手元にあるプリントを確認した。プリントによると、入学式の前にクラス分けが貼られている掲示板でクラスを確認しないとなんだけど…。
(あった…!)
少し迷いながら歩いていると掲示板に人だかりが出来ているのが見えた。
ただ、込み合っているため掲示板の文字が遠くて見え辛い。
これは人が離れるのを待つしかないかな…。
女子1「ねぇ、あの子見て…!」
女子2「…えっ!めっちゃかっこよくない!?」
女子3「スカート履いてるってことは女子だよね!?」
女子4「背が高くてモデルさんみたい!」
ざわざわざわ
少し離れた所で同級生らしき女の子達が私の噂話をしているのが耳に入った。
それに釣られた周りの人達も横目でチラチラと私の様子を窺っているのが肌に突き刺さる視線で分かる。
視線。期待や好意の…視線。
ひやり、と。急激に。
まるで水面に突き落とされたかのように急激に心の熱が下がっていくのを感じる。
周りの人に勝手に何かを期待されて、その後に失望しながら皆離れていく。
まただ。
私に何かを期待しないで欲しい。
私をそんな目で見ないで欲しい。
そんな風に考えながら俯いていた時だった。
?「ねぇ、ちょっと良い?」
聖「えっ…?」
後方、鳩尾辺りから聞こえた声に振り返った先には小学生が、いや、小学生にしか見えないほどの小さな制服姿の女子がいた。
その子が目に入った瞬間に思ったことは。
(すごく…可愛い)
純粋に心からそう思った。
ゆるふわな髪、それでいて見ただけでその質感が良質なものと見てとれるそれを、シュシュで纏めて片側から垂らしている。
なんと言うか、ドレスを纏ったらそのまま童話に出てくるお姫様に見えるような、そんな女の子がそこに立っていた。
女の子「ーーーがーーーからーーてくーーい?」
彼女が何かを言っていたが、あまりの可憐さに見とれて聞き取れなかった。いや、音としては聞き取れていたけど頭が回っていなかったと言った方が正しいか。
そうなってしまうくらい彼女は………魅力的だった。
棒立ちになっている私を見たその子は、返答が無かったからなのか、不快だと言わんばかりの表情を浮かべた後にため息を吐いてから再度口を開いた。
女の子「掲示板が見たいから退いてくれない?って言ったんだけど」
聖「……あ!す、すいません…」
恥ずかしい。
彼女に対して浮わついた視線を送ってしまったこともそうだけど、何よりもこんなに可愛い子が声を掛けてくれたことにフワフワとした、形状しがたい何かを抱いた自分が恥ずかしかった。
私は彼女に頭を下げるとすぐに人混みから抜けだした。
元からあの人混みを離れるつもりだったのでそれは問題なかったのだが、自分のクラスが確認できていないので移動も出来ない。
待つこと以外は特にやることもないので、何の気なしに先ほどの小さな彼女を見ていることにした。
彼女は人集りを避けて掲示板を見に行こうと奮戦していたが、その成果は思わしくない様だった。
時折、上手く前に進んだかと思いきや人に弾き出されて元の位置に戻ってしまう。
私の時みたいに声を掛けようともしていたが、他の皆は掲示板を見ようと必死になっていたためそれにも気付かない。
私は身長が他の女子と比べると高い方なのだけど、とろい性格と引っ込み思案が災いしてこういう時は積極的に入っていけない。
なので、小さいながらも人の波を掻い潜ろうと頑張っている彼女のことを逞しいと思った。
何か力になってあげられないかな…。
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女の子「ーーー痛ッ!ちょっと気を付けなさいよ!」
私は精一杯の怒声を上げたはずだったが、しかし、ぶつかってきた男子はまるでぶつかったことに気付かなかったかのようにこちらを向くこともしなかった。
(これだからこの身体は…!)
私、高坂姫子は昔から良く小さい小さいと言われてきたけれど、小学生や中学生になったばかりの時であれば私くらいの身長の子は周りにも沢山いた。
でもそれは中学三年生になった辺りで当たり前では無くなってしまった。
周りには既に大人くらいの女の子もいたし、少なくとも小学生に見間違われる背丈の子はもう私以外にはいなかった。
小学生で成長が止まってしまったのでは、と何度も思ったけれど私は諦めたくなかった。
成長ホルモンを促すためには適度な運動と栄養、そして睡眠が大切だと中学一年生の時に家庭科の先生が言っているのを聞いたその時から、私は日々の運動と適度な栄養摂取、そして早寝することを欠かしていない。
高校生になった今もそれは変わらない。
何故なら私の成長期はまだまだこれからだから。
今までは成長ホルモンを身体に貯める期間だっただけで、まだ本気出してないだけ。
いやマジで。
今に見ておけ。
いつか背が伸びた暁には小さい小さいと小馬鹿にしてきた阿呆共を見下ろしてこう言ってやる。
「あら、ゴミが何かほざいてるけど背が高くて聞こえないわー!あはははははは!」
はい完璧!超クール!
これ以上無いほどの勝ち宣言!
満場一致で私の勝ち!!
勝ち勝ち勝ち!!!!
イエーイ!皆さんありがとうございます!
高坂姫子、今まで目線で見下ろしてきた奴らを下に見返すことに成功しました!
あーっはっはっは!!
まあ、ざっとこんな感じで煽り文句は考えてあるから後は身長を伸ばすだけ。
余裕よ。
全ては今までの苦労を水の泡にしないため。
だからこんな場面だって華麗に切り抜けてやる!
再度、私が息巻いて人混みを押し退けようとしたその時だった。
男子「ーーー押すなよ!」
女子「キャッ!」
左斜め前にいた女子が弾き飛ばされたらしく、今まさに勢い良く倒れ込もうとしていた。
ちょうど私をクッションにするような形で。
(あっ、これは駄目だな)
瞬間的にこれから起こるであろうことを私は悟った。昔から良く何かに巻き込まれて怪我をすることはあったけれど、高校生デビュー1日目でいきなり怪我をする羽目になるなんて、神様はよっぽど私のことが嫌いみたい。
(いや、神様なんていないか)
(ああ………)
(…糞ファック)
私は静かに心の中で覚悟を決めた。
ーーーーーだけど、その時。
スッ
私の視界に真っ先に飛び込んできたのは女子の背中ではなく、陶器の様に滑らかで綺麗な手だった。
次の瞬間、倒れた女子を誰かが膝立ちで抱き抱えるように支えた。
?「……大丈夫ですか?」
ハスキーな声が聞こえてきたと思ったら、やたら顔の良い男子(いや、スカートを履いているから女子か)が安否を窺うようにこちらを覗き込んでいた。
私はしばらく呆然としていたが「うん、大丈夫」と返事をすると、その女子は「良かった…!」と惚れ惚れするような笑顔で言ってきた。
うわぁ……格好良い………。
ドラマか?ドラマの撮影か何かかこれは?
一瞬彼女が凄くキラキラして見えたのはプロの撮影技術によるものに違いない。
予測しなかった事態に対してまだ胸の動機が抑えられない。
いやー…マジでビックリしたわ。
少女漫画で例えるならこれこそ正に王子様の登場シーンって感じ。
こんなに顔の良い生き物いるんだ。
イリオモテヤマネコくらいレアじゃん。
ふぅー…。
……やぁ~ば、何も考えられないわ。
頭がおかしくなりそう。いやもうなってるか。
だってさっきからテンションが良く分からないことになってる。
一つ分かることは未だにドキドキしてるってことだけど、これは怪我するかもって思った反動が今ごろになって来てるだけだから。安堵というか安心したというか、そういう類いのものであって百合漫画でよくある様な「キュン///」みたいな感じじゃない。別に私はそういう界隈の奴らが喜ぶようなチョロい萌えキャラでも無いんだわ。残念だったな百合豚ども!
そんなことを私が考えてる間に「あなたも大丈夫ですか?」と倒れた女子に声を掛けるその子が目に入った。
抱き抱えられた女子は真っ赤になりながら「はぃぃ///あ、ありがとうございます///」と答えていた。
ほらね、これが百合漫画だとしたら向こうがヒロイン。私はただのモブってわけ。
まあそういうもんだよね。
怪我しなかっただけでも儲けもんよ。
さて、周りもこの光景に魅入ってることだし今のうちに掲示板を見てこよう。
私は軽くスカートを払ってからその子へとお礼を言って、掲示板の方へと歩き出した。
皆が棒立ちになってるとはいえ、まだまだ進みずらいことこの上ない。
ああもう、邪魔邪魔!
野次馬に回るならもう少し掲示板から離れなさいよ!
ただでさえ人よりも小さいんだから、最前列に行かないとこの身体じゃ見えないってーのに!
そこまで考えて、ふと、さっきのイケ女子をほんの数分前に一度見たような気がした。
?「待って」
肩に手を置かれて振り返ると目の前に例のイケ女子。その顔面をいきなり目の前に持ってくるとか何?人をキュン死させる気なの?
しかも、わざわざ目線を合わせるために屈んでくれていた。
イケ女子「え……えっと、さっきから困ってそうだったよね。良かったら私と一緒に掲示板まで行かない?………私が手を引くから後からついてきてもらえるかな?」
あぁ…そうか。
さっき声を掛けた時に気付いて退いてくれた子か。
あの時の私は必死で、確かに彼女の顔を一度は見たけど特別気には留めなかった。
でも、あの時と今とでは彼女を見ていて抱く気持ちが全く異なるし、さっき助けてくれなかったらこうして話すこともなかったかもしれない。
そう考えると、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
姫子「ありがとう………。じゃあよろしく」
まあ、見た目が王子様みたいなこの子にとってはあれくらいのこと日常茶飯事なのかもね。
そう思いながら手を差し出すと、軽く握り返してきたイケ女子の手は震えていた。
少しの震えとかではなくて、結構大きく震えていて激しく脈打っているのが分かった。
顔も良く見ると緊張からだろうか、あの助けてもらっていた女子以上に真っ赤だった。
そこまでしてもらって初めて、この目の前にいる女の子は見た目よりもずっと勇気を振り絞って私に声を掛けてくれたのだと気付いた。
多分、あの時助けてくれた時もとにかく必死だったに違いない。
私とあの子の両方を助けたくて頑張ったんだろう。
私の手を引いて息も絶え絶えに声を降り絞りながら「うん……ついてきて」と言った彼女の額には汗が滲んでいた。
彼女のことを見つめながら、私は自分が百合漫画のヒロインになったことを悟ったのだった。
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人混みを掻き分けて掲示板の前まで来た私達は自分のクラスをチェックしていた。
(瀬上聖…瀬上聖……あった!)
(…二組だ)
今もまだ少しバクバクしてる心臓を落ち着かせようと、深呼吸してからクラスを確認したまでは良かったけれど…。
チラリと、未だ手を繋いだままで横にいる彼女を見る。
さっきは必死だったから考えもしなかったけれど、随分と差し出がましいことをしてしまった。
嫌がられたりしてないだろうか。
一杯一杯だったから敬語じゃなくてタメ口で話してしまったし…。
考えれば考えるほど失礼なことをしてしまったような気がする。
もう手も離した方が良いかも。
そう思い、手を離そうとした瞬間に強く握り返された。
女の子「ねぇ!あなたは何組だった!?」
最初に声を掛けられた時の表情とは真逆で、自分に向けられているものとは信じられないくらい目をキラキラさせて聞いてくる彼女に何故か心がキュッとして熱くなる。
聖「ええと…二組でした」
そう、私が答えた瞬間に。
女の子「本当!?私も二組ッ!!あははっ!やったーー!!!!」
彼女がぎゅーっと抱きついてきた。
!?
まさかいきなり抱きつかれるとは思ってもみなかった…!
…でも。
あぁ…とっても胸が熱い。
熱すぎるくらいだ。
初めて人から抱きつかれたからかな。
凄くドキドキしてる。
苦しいくらい胸が高鳴ってる。
けど、不快じゃない。
凄くフワフワとして夢見心地だ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あぁぁ~!!
やったやったやった!!!!
同じクラスとかヤバくない!?
神様いたわ!神様発見したわ今日!!
いました!!神はいましたッ!!!
私が今日、発見しましたー!!
そうじゃなきゃこんな幸運訪れるわけねぇー!
幸せー!!!
てかめっちゃ良い匂いするぅ~!
ヤバい~~!ここに住みたい~!
頭が蕩ける~~あひゃ~~~///
イケ女子「あ、あの…」
……ハッ!
そこまで言われてやっと自分の世界に戻ってきた。
そうだ。
嬉しさのあまりイケ女子に抱きついちゃったけどこれって普通にキモいよね!?
やばいやばいやばい!
やらかした!?私やらかしちゃった!?
終わったー!神死んだぁー!!
ああもう!何やってんの私は!
さっきまでせっかくボロ出さずに済んでたのに嬉しいとすぐこれ!!
嫌わないで!
私を嫌いにならないでイケ女子!
姫子「ご、ごめん!同じクラスになれたのが嬉しくて…」
イケ女子「いえ、大丈夫です」
良かった…。
嫌われてはいなかったみたい。
ほっと胸を撫で下ろす。
するとイケ女子はとんでもないことを言い出した。
イケ女子「私も…同じクラスになれて凄く嬉しいです」
はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~!?
え"ぇぇぇ~!?
好きぃぃぃぃぃ~!!!!!!!!(キレ気味)
はぁぁ!?
好きなんだが!?
同じクラスになれて嬉しいのは私の方なんだが!?
待って待って!超好き!ヤバい!
今までこんなに他の人のこと好きって思ったこと無い!
好き!
好き好き!
好きだぁぁぁぁー!
殺される!私この子に殺されちゃう!
好きすぎて死んじゃう!誰か助けて!
いや、やっぱり助けなくて良い!!!!!
もっとこのドキドキに包まれていたい!!!!
って!そうだ!
バグってる場合じゃない!
とりあえず、この子と仲良くなりたい!
えっとまずは………そうだ!
名前、名前が知りたい!
姫子「私、高坂姫子。あなたは?」
聖「あっ…瀬上聖です…。よろしくお願いします。高坂さん」
せのかみひじり……良い名前…!
格好良い彼女にはぴったりの名前ね!
…もう少し欲張っても良いかな?
姫子「敬語は止めてくれると嬉しいわ。それと『さん』付けじゃなくて下の名前で呼んでくれる?」
姫子「聖」
聖「!」
名前を呼んだら、彼女は何故か少し泣きそうになった後で
聖「うん!よろしくね!姫子ちゃん!」
とびっきりの笑顔を見せてくれた。
やっばい鼻血出そう……。
私が鼻を抑えていると聖が心配そうに覗き込んでくる。
聖「どうかしたの?大丈夫、姫子ちゃん?」
姫子「だ、大丈夫よ聖」
姫子「それよりも、まずは友達としてこれからよろしく」
私は出来るだけ平静を装ってそう返した。
まあ、友達で終わらせるつもりは無いけどね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
姫子ちゃんと並んで教室に向かう途中で手を繋ぎっぱなしだったことに気が付いた。
少し名残惜しいけどそろそろ手を離した方が良いのかな、とまた考えていたところで姫子ちゃんが口を開いた。
姫子「周りの目が気になるかもしれないけど、もう少しこのままでも良い?」
聖「うん…良いよ」
頭で色々考えるよりも先に自然と口から言葉が出た。
今まで散々人の目に晒されることが嫌だったけれど、ねだるようにこちらの様子を窺いながらそう言ってきた姫子ちゃんを見ていたら、人の目を気にするよりも姫子ちゃんともっと手を繋いでいたいと思う自分がいることに気付いた。
友達って……良いな。
お母さん、お父さん…高校生活はまだまだ不安が多いけれど。
姫子ちゃんと一緒なら…楽しい学校生活が送れそうだよ。
4月の春。
家に帰ったとき、今日のことを話したら母と父がどんな顔をするか楽しみにしながら、少しはにかんで小さな女の子と教室に入っていく、背の高い女の子がいた。