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ー天ー  作者: ねんねこねんね
1/1

祝祭の日


     -プロローグ―


 唯一神が治める『天』の周辺地域。

 辺境近くにある小さな集落の、小さな家の裏庭で小さな男の子が満天の星空を見上げていた。


「眠れぬのか、ルースや」

 小さな背中の後ろから男の子に声を掛けたのは、腰の曲がった老婆であった。

「おばあちゃん。うん……」

「そうか。今夜は星がきれいじゃなぁ」

 言いつつ、男の子の祖母であるらしい老婆は子供の横に座った。

 

 時折り、こうしてルースが夜中に外に出ているのを見かけていた。

 貧しい里なので、両親は朝早くから忙しく働きづめで、夜にはぐっすりと眠りルースが夜中に外に出ている事に気が付いていなかった。

 ルースも昼間は明るく元気で、家の手伝いや弟達の面倒をよくしているので、たまには一人でゆっくりしたいのかと思っていた。

 だが、もしかしたら何か悩み事でもあるのかと、今夜は出て来てみたのだ。


 しばらく二人で星空を見上げていたら、

「ねぇ、おばあちゃん」

と、小さくルースが祖母に話しかけて来た。

「ん~?」

「僕達は、あの星が輝いている所からこの天に来て、そしていつかあそこに帰るんだよね」

「ああ、そうじゃよ。あそこへ行ってはここに降りきて、またあそこへ帰るのじゃよ」

「僕さ、天に来る前に、すっごく悪い事をしたのかなぁ」

「ん? 何故そんな風に思うんじゃ?」

「だって……。僕……誰かに殺されちゃう夢を見るんだ……」

「殺される?」


 思いもよらぬ話に、祖母が目を見開いて聞き返した。


「うん。背中に何かが当たると、身体の中がすっごく熱くなって、お腹の方を見ると剣みたいなのがお腹から突き出てるの……。それから”気”がいっぱい出てね、倒れちゃうの。それからね、男の人が笑いながら僕から離れて行くんだ。それって……僕がその男の人に剣で刺されて殺されちゃったってことだよね?」


 老婆は男の子の話を黙って聞き、しばらくルースを見つめていたが、

「今夜もその夢を見たのかい?」

と、優しく聞いた。ルースはこっくりと頷いた。

「そうか……。じゃがな、殺されたからと言って、悪い事をしたとは限らぬさ」

「そうかな……?」

「ああ。隣の集落が山賊に襲われ、何人かが殺された。では、その殺された者達は、悪い人なのかねぇ?」

「え? そ、そんな事ないよ! こ、殺されちゃった……おじさん……いつも僕のこと可愛がってくれて、優しかったよ!」

「じゃろう? その夢の中で生きていた時、何があって、どうしてそうなったかは、誰にもわからん。あそこへ帰り、ここに降りて来る時に、前に生きていた時のことはすべて忘れるからのぉ。たまに覚えておる者もおるようじゃが、それはすべて過ぎた事。今生きているこの時を大切に生きればよいのじゃよ、ルース」

 ポンポンと、優しくルースの頭に手を乗せて叩いた。

「ん。でも……もしかしたら……僕を殺しちゃった人も……ここに降りて来ているのかもしれないんだよね……。なんだか……怖いな」


 小さな身体をより小さくして、ルースは俯いた。


 かすかに震える背中を見つめ、どう言葉を掛ければ良いかとしばし逡巡した後、祖母はにっこり笑い、

「ん~~~? もしかしたら、おまえを殺した者は、わしかもしれんぞ?」

こうルースの顔を覗きこみながら言った。

「え? そ、そんな事あるわけないよ!」

 ルースはビックリして、顔を上げて叫んだ。

「わからん、わからん。あそこへ帰った順番に、ここに降りてくるとは限らんし。前の記憶は忘れてしまっているのじゃからなぁ」

「でも! でも……」

「人は何度も、何度も、あそことここを行き来しておる。おまえを殺した者も、ず~~っと以前は家族であったかも知れぬし、友であったかもしれぬ」

「そんな……」

「じゃがらな、ルースや。この「天」に生きる者すべて……いつかはおまえの家族であり、友であり、仲間や恋人であったかもしれぬのじゃよ」

「みんな……家族だった……?」

「そう思えば、誰も恐くなかろう?」

「だったら……だったら、僕、天に住む人みんなを守りたい!」

「んん?」

「だって! 僕、父さんも母さんも、おばあちゃんも大好きで守りたい! いつか家族だったかもしれないなら、僕、天の人みんなを守れるようになりたい!」


 夢の中で自分を殺した者がもしも近くに居たら、の恐怖感を拭う為にした話しで、まさかこんな事を言い出すとは思いもしなかった祖母は、皺に埋もれた目を一層細くした。


「おまえは優しい子だねぇ、ルース」


 ルースを抱きしめ、背中を何度かさすると、

「さて、みんなを守れるようになるには、強く大きくならないとねぇ。その為には、夜はゆっくり休む事だよ」

と、諭すように言った。

「うん! ありがとう、おばあちゃん! おやすみなさい!」

 素直に頷いて、ルースは家の方に駆け出して行った。




  -祝祭の日ー



 この地の唯一の神、唯一神が治める『天』。

 唯一神が住われし「宮」を中心に、都、周辺、辺境と円状に広がっている。

 それとは感じられないほどに、「宮」を頂点として辺境に向かいなだらかに傾斜している。

 その三つの地域は、東西南北の地方に分かれ統治されていた。


 都は「宮」の近くだけあって華やかに発展しており、高い建物が並び、人々の生活も豊かな物であった。

 周辺は、都近くはある程度都に近い生活様式であるが、辺境近くになると高い建物は見る事はなくなり、平屋の家がポツポツとある農業や林業を主とした暮らしであった。

 辺境となると、住む人々は居る事は居るが、鬱蒼とした山の中に細々と暮らしている。


 

 今日は唯一神がこの天を治める事となりし、記念すべき日であった。

 「祝祭の日」と呼ばれる、天の祝日である。

 この日は唯一神が「宮」のベランダに立ち、天の民達へお姿を現される。

 そのお姿を一目見ようと、人々は「宮」近くへと集まり始めていた。


 都の人々だけではなく、周辺、辺境からも大勢の者達が集まって来ている。

 唯一神を一目でもと思う者達は勿論であるが、この天に住むすべての民は150歳になると、唯一神の祝福を受けられる。

 人生でただ一度「宮」へ上がり、唯一神のお姿をより近くで見られる機会であった。

 祝福を受ける以外でも「宮」へ上がれる者は居るが、それはごく一部の選ばれた者に限られていた。


 故に、この日の都は人でごった返していた。


「この中から探せって?」

「仕方がないな。近くに……居るとは思うが……」


 楽しそうに宮近くへと向かう者達の中、口をへの字に曲げてその人波をいやそうに見る、腰まである美しい銀色の髪をたなびかせた男と、このいい天気に黒いローブを羽織り、そのフードを目深に被った男が人並みを避けた端の方で、この様な会話をしていた。


「本当に感じたんだろうな」

「私を疑うのか?」

「いえいえ! そのような恐ろしいこと!」


 黒いローブの男は目深に被ったフードの下から銀髪の男を睨みつけ、銀髪の男は両手を胸の前にあげて降参のポーズをとる。

 そのおチャラけた態度に、ローブの男は今一度銀髪の男を睨みつけ、ふいっと踵を返して人波の方へと足を向けた。


「おい、ちょっと待てよ。冗談の通じない奴だな!」


 慌てて追いかけようとする銀髪の男は、背にドンと小さな衝撃を受けた。


「あ?」


 何かと振り向くと、まだ幼さが残る少年が人波に押されてぶつかったのがわかった。

 祝祭の日には、あちらこちらで見かける光景であった。


「すみません」

 素直に謝る少年が、男を見上げて一瞬で顔色を変えた。


「あ……」

「ん?」


 不思議そうに少年を見つめる男の前で、少年の顔色がみるみる青ざめ、身体が震えはじめているのが手に取るようにわかる。

「どうした?」

 心配そうに男が少年の顔を覗きこもうとしたら、少年は身を竦めてその場にしゃがみ込むと、

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 殺さないで!!!」

と、頭を抱えるようにしながら叫び始めた。

 周りに居た者達が、怪訝気に二人を見比べるように見て来る。


「ああ~~?」

「おい、何をしたんだ?」


 騒ぎに気付いた黒いローブの男が、咎めるように聞いて来た。


「何もしてない!」

 叫ぶ銀髪の男を無視して、ローブの男は震える少年の肩に手を掛け、

「大丈夫か? 気分が悪いなら、癒し手を連れて来るが?」

と、優しく声を掛けると、少年はローブの男を見上げ、ハッとしたように首を振った。


「あ、だ、大丈夫です! ぼ、僕、銀色の髪をした男に殺されて……」

「あ? 殺された~~?」

「ああ! 違います! 夢です! 夢を見ただけです!」


 必死に首を振って、事情を説明する少年であったが、銀髪の男と黒いローブの男は意味ありげに目を見交わした。


「夢ねぇ……」

「す、すみません! すみません! 変な事を言って!」

「別にいいが……。祝福を受けに来たのか?」


 少年が大事そうに手に持っている招待状を見て、問うた。


「はい! やっと受けられる年になったんです!」

「そうか。あの青い壁の建物を左に曲がれば、大きなペガサス船が並んでいるのが見える。そこに行けば、係りの者がどれに乗ればいいか案内してくれるはずだ」

 青い壁の建物を指差し、銀髪の男が言った。

 その指の先をキラキラ輝く瞳で見つめ、

「そうなんですか? 僕、こんなにたくさん高い建物が並んでいる所初めてで、地図を見てもよく分からなくて」

と、恥ずかしそうに言った。


 周辺、辺境からの祝福者には宿泊施設も用意されていて、そこから団体でペガサス船の発着場へと連れて行って貰えるが、中には都観光をしたいと思う者も居て、この少年もそうであった。

 ただ、初めての都会である上に、この祝祭の人出に地図を渡されていはいたが、ほぼ迷子の状態になっていた。


「ありがとうございます! 助かりました! おかしな事を言って、本当にすみませんでした!」


 勢いよくお礼と謝罪の言葉を言って、これも勢いよく青い壁の建物に向けて少年は駆けだした。


「あの子が?」

 少年を見送りつつ、銀髪の男がポツリと聞いた。

「ん」

 黒いローブの男が小さく頷く。

「……八神、揃ったか」

「…………」

「と、なると……この騒ぎはちょっと厄介になるかな」


 銀髪の男が周りに目を配ると、先程の少年の後を追っていると見られる者が何人か居るのが見えた。

 それに、黒のローブの男も眉をひそめていた。



 男達がそんな会話をしている頃、少年は大きく目と口を開いて、男が言ったペガサス船を見上げていた。


 周辺の辺境近くは、集落もまばらで周りは森に囲まれている。ペガサス船を見た事がないわけではなかったが、たまに郵便物を届けに来る小さな一頭立ての船だった。普段は地面を走る馬車で集配されるが、急ぎの郵便物がある時は、ペガサス便を使う。当然、料金は高い。

 だが、目の前のペガサス船は10頭立てで、後ろには何十人も乗れそうな豪華な装飾が施された客車がついていた。それが何台も並んでいる。


「祝福者か、名前は?」

 ボウ~~っと見上げている少年の後ろから、係りの者らしき男が声を掛けて来た。

「あ、ル、ルース・バル・ランダ、です!!」

 招待状を差し出しつつ、つっかえながら答える。


 正確には、名前はルースだけで”バ”は周辺を、”ル”は地方を表し、ランダは集落の名称である。

 つまりは名前を言うだけで、どの地域、地方の町や村や集落の者かわかるようになっていた。


「東方の周辺の者か。なら、あちらの船に乗るといい」

「はい!!」


 一生に一度の体験に胸を躍らせ、ルースは示された船の方へと走った。



 「宮」へはペガサス船でしか行けない。

 何故なら「宮」は宙に浮いているからだ。故に、天のどこからでも「宮」は見える。もっとも辺境からは山に登らねば見えないが。

 周辺の集落から小さく見えていた「宮」が、目の前に迫って来てその大きさ、優美さ、豪華さに同じ船に乗っていた祝福者と共に、ルースもただただ言葉を失い、目を丸くしているばかりであった。


 ペガサス船が降りたのは、広い広い広場のような所で、馬車の前には宮の建物へと続く数十段の階段があり、その踊り場は大きな舞台のようであった。


 夢のような場所に、本当に夢を見ているのではないかと思っていると、ふと陽射しが陰った。天気はいいはずだし、陽を遮る物などないはずなのにと不思議に思い見上げると、そこには大きな竜が悠々と空を飛んでいた。


「竜族だ! 竜族の長達だ!」


 同じように空を見上げた誰かが叫んだ。

 唯一神を守るのは、竜の姿をした竜族だと聞いていたが、目にするのはもちろん初めてで、ただもう、ポカンと口を開けるしか出来ないでいるルースであった。


 色の違う四頭の竜達が、ふわりと階段の踊り場に降り立つ。

 その姿だけでも壮観であったが、その竜達の間を静かに歩み出て来る者が居た。

 真っ白な衣装を身に着け、同じく白い長いローブをまとい、神々しいまでの存在感を醸し出しながら前へと歩んでくる。


「唯一神様……」


 誰かがそう呟くと同時に、誰からともなくその場に跪いた。

 唯一神らしき者がゆっくりと両手を上げると、空から白い光りが舞い降りて来た。


「祝福だ……」


 その光りは、祝福者たちを包むように舞い降り、その光りが触れたところは暖かく、身体の中までが暖かくなってくる気がした。


「唯一神様、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 口々に唯一神の祝福にお礼を叫ぶ中、ルースは低く、くぐもった声で、

 「フン、神殺しが……!」

と言うのが聞こえた。


 え? と思い辺りを見回したが、誰が言ったのかわからず、

「何をキョロキョロしている! しっかりと唯一神様の祝福を受けよ!」

と、それを見咎めた衛士に注意され、肩を竦めて前を見た。

 


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