拗らせ令嬢、婚約破棄をすっぽかす
たおやかで儚げで大人しくて政略婚を受け入れる、そんな『令嬢』のイメージをどこまで変えられるか考えながら書いてたら、こうなりました。お暇なときの時間つぶしにどうぞ。
やはりココに来てしまうんですのね・・・
分かっていたことですが、少々やりきれないですわ。
顔を伏せ、扇で隠す。侯爵令嬢の憂い顔なんて、ゴシップのもとにしかなりませんもの。
何を隠そう、このワタクシ。ファルケニート侯爵の娘、オレリア・ファルケニートは、この時間をループしていますの。ええ、頭がおかしいと思われてもよろしくてよ。厳然たる事実ですから。
ここは王宮、ダリアの間。通常の舞踏会は夜に開催されるのですけれど、今回は貴族子息子女の顔合わせ、というか、お見合いの場を兼ねて昼間に行われておりますの。当然、ノンアルコールですわ。
で。ワタクシここで、婚約破棄を告げられますの。それも今回で5回目ですわ。
まだ始まっていないのですが。
先ほどループしていると申し上げましたわね。ええ、そのもとはワタクシの婚約破棄、ですの。
こういった場で婚約破棄って、どういう事でしょう。ひどいと思いません?
ワタクシのお相手はタミール・ファラ・コルスゲン。コルスゲン王国第一王子、ゆくゆくは王太子となる予定の尊いお方、なのだけれど。この方は昔から思い込みが激しくて、ご自分の見たいものしか目に入れない傾向がありましたの。少々思慮が足りないところも直りませんし。
先ほども言いましたように、ワタクシ何回も婚約を破棄されてますの。一番最初は殿下おひとりでバルコニーに呼び出され、婚約破棄を言い渡されて。
愕然としたまま家に戻ってくれば、父から叱責されて即、修道院行き。その途中で崖崩れに遭い、馬車ごと転落して一巻の終わりでしたわ。
全身の痛みに気を失い、ふと気づけばワタクシの寝室にいましたの。それも舞踏会前日の。
大声を上げそうになりましたけど、侯爵令嬢としての矜持を支えに、ワタクシ自分を取り戻しましたわ。
それから慌てて調べてみたら、タミール様と親しくしている存在が浮かび上がってきましたの。
顔を合わせるのも嫌だったので舞踏会に行くのを取りやめましたら、2回目の婚約破棄こそ免れたものの、逆に国王陛下の御前で断罪されましたわ。こちらの言い分は無視されて一方的に!
またしても父に叱責されて、国外追放。崖崩れを心配して怯えていましたら、今度は盗賊に襲われて。
辱められるよりはと自死を選びましたの。
致死毒がのどを焼く痛みに気が遠くなり・・・気が付いたら、今度はなんと3年前、学園入学の年まで巻き戻ってしまいましたわ。
もう、訳が分かりませんの。
・・・3回目は・・・学園にいる間に婚約破棄の騒動が起き・・・この時は嵐の中の学園祭だったせいか、雷がワタクシを直撃して・・・思い出したくもありません、わ・・・。
そのあとに気が付いたときは何と8年前。婚約が結ばれる直前でしたわね。
さすがに嫌になって来まして、婚約したくないと駄々をこねましたが、父に許してもらえなくて。
王家と縁ができる機会を逃すはずありませんものね、あの父が。
なので、タミール様と仲良くなるよう頑張りましたの。できる限りそばにいて、一緒に勉強して、お話して、誰にも割り込めないような仲になっておけば大丈夫だと思っていましたのに・・・。
今度は隣国からの要請でタミール様が第3王女の婿に選ばれましたの。
それも、学園の卒業パーティで陛下直々に発表があり、顔合わせに来た王女が、あの・・・。
ま、まあ、その時は追放も何もなかったんですけど、ワタクシすでに行き遅れでしてよ?
どうしろっていうんでしょう!?
何か、ワタクシに恨みでもありますの?
婚約破棄をされた行き遅れの侯爵令嬢なんて、使い道どころか厄介者でしかありませんわ!ですから父に、領地の隅にある館へ引きこもらせてもらうようお願いしましたの。そうしたら・・・その夜、父から依頼を受けた暗殺者が、ワタクシの命を絶っていきました、の。
ええ、父がそういう野心を持っていることは承知していましたわ。でも、役に立たなくなった途端にこの仕打ちとは・・・。実の父に幻滅を覚えても致し方ないでしょう?
暗殺者の剣が心臓を貫いた瞬間・・・ワタクシは5回目となる今、それも15年前に来ていましたわ。あのまま逝けたら良かったのに。
ワタクシ、ベッドの中でめそめそと泣いちゃいましたの。だ、だって、まだ3歳ですのよ?大目に見てくださいまし!
でも落ち着いた後、思い出していくうちに不思議なことに気づきましたの。
あの方、毎回違う立ち位置でいらっしゃったな、て。
ベランダでの婚約破棄では乳母の娘で侍女をしていた方が原因だと聞きましたし、2回目以降も子爵令嬢、聖女、隣国の王女などと、肩書はバラバラでしたわ。共通しているのはふわふわピンクの髪にルビーのような赤い瞳、小動物のしぐさと庇護を求める言動・・・要するに守ってあげたくなる可愛い女の子、であることでしょうか。
そして、婚約破棄の時、ワタクシの前に現れてタミール様と共に断罪を仕掛けてくるんですの。
もう充分ですわ!
ワタクシの言い分を聞かないタミール様も、使える道具としか見ない父も、こちらから縁を切らせていただきます!
そう決心した時、頭の隅にチクリと痛みが走って、すぐに頭全体が割れんばかりの痛みに襲われましたの。まだ朝早い時間でしたので、布団に潜り込み、次々襲ってくる痛みに耐えることしかできませんでしたわ。そうしてうずくまっていると・・・ワタクシの中にいろんな知識があふれてきましたの。
それでわかってしまいました。この世界が『ゲーム』と呼ばれる世界だと。
主人公はヒロインに位置づけられる少女で、桃髪赤眼の小動物っ子。攻略相手は何人かいるものの、第一王子が最終目標。当然婚約者の令嬢もいて、ヒロインは割り込む形になるため騒動となる。そこを経て、ヒロインは第一王子と結ばれてハッピーエンドを迎えるといった筋立てのようです。
最初に侍女、子爵令嬢、聖女、隣国の王女のどれかを選ぶことで物語がスタート。それぞれに協力者がいてもちろん障害となることもあり・・・最後の障害ブツが侯爵令嬢というのは鉄板とか。何それ、と言いたいですわ。
そして、すべてのルート?を終わらせると隠しルートへの移行が始まり、そこに究極(?)のイケメンがいるとのこと。イケメンってなんのことですの?
要するに、ヒロインさんはこの隠しルートを始めるためにワタクシを断罪し、様々な方法で死に至らしめた、と。
・・・呪いでもかけたくなりましたわ。
コホン、気を取り直して。
今回、舞踏会での断罪までは同じ流れのまま。そこから先で、イケメンとやらが登場してくるらしいのですが、さすが隠しルート。内容は不明ですわね。
ならば、やることはひとつです。これを機に、ワタクシも逃げ出しますわ!
ワタクシ、身体能力や魔力はかなり高スペックにできてますのよ。勉強だってこれまでの積み重ねで楽勝ですわ。空いた時間を利用して冒険者ギルドに登録し、魔獣との戦い方や剣術、魔法技術を磨きもしましたし、冒険に出るための知識や道具もバッチリ揃えましたの。
事情が事情なのでソロでしか動けませんけど、気の合った方が何人かいらっしゃいますし、皆様ワタクシの身分を薄々は気づいていても見ないふりをして下さるような気のいい方達ですの。
なので、決行当日の手助けをお願いしてしまいましたわ。口に出した後、迷惑がかかることに気づいて後悔したのですが、それでも引き受けてくださいましたの。本当に申し訳ないですわ。
いよいよ始まりですわよ。
楽団の方の奏でる音楽も、高位貴族の入場を知らせる曲調に代わってきましたから、開催も間もなくでしょう。
あら、タミール様とあの方が入場してこられましたわ。お二人とも得意満面ですけれど、周りは困惑されておいでですよ。そうですわよね。タミール様の婚約者はワタクシですのよ、今はまだ。
そのように貴族の常識を無視なさって大丈夫ですの、お二人とも?
さあ、ワタクシも逃げ出す準備をいたしましょうか。
うん?タミール様が辺りを見回しておいでですわね。こんなに早くから始めますの?
どうもそうですわね。こちらへ近づいてきますもの。
周りの方達も見ないふりして興味津々ですわ。うふふ。
「見損なったぞ、オレリア・ファルケニート!貴様、エリナに何という事をしてくれたのだ!」
この展開はすでに何回経験したことか・・・思わず漏れるため息を隠すために扇を広げる。
金色の輝かしい髪に碧眼のテンプレ王子、タミール・ファラ・コルスゲン。見かけだけなら本当に王族らしい方なのですが。残念ながら気性は直しようがなかったですわね。今回、かなり気合を入れて方向転換を試みたんですけど・・・全部無駄になってしまいましたわ。
それもこれも、脇にべったり張り付いている方が邪魔してくださいましたし。
本当にことごとく潰してくれましたわ。まったく目障りな。あら、舌打ちしそうになりましたわ。淑女のすることではございませんね。
「ご機嫌・・・よろしくないですわね、タミールさま。ワタクシにご用ですの?」
それでも表情筋は仕事をしてくれてますのよ。完璧な侯爵令嬢の仮面をつけて対応して見せますとも。
「白々しい!エリナへの数々の嫌がらせにも呆れるが、今回は何にもまして許せんぞ!」
「タミール様、私、怖かったぁ・・・」
「おお、可愛いエリナ、もう心配はいらぬ。私が必ず守って見せる!」
「素敵、タミール様ぁ、愛してますぅ」
「エリナ・・・」
なに、このクサい芝居は・・・
前回はここまでベタな役回りではなかったですわね。あら、そういう意味では新鮮、ですかしら?
おつむは悪くなかったハズなんですが、目か耳が退化しているようですわ。ワタクシの視線が冷たくなるのも当然でしょう?れっきとした婚約者を『貴様』呼ばわりするような、貴族の常識外れに手加減はいりませんわね。
「タミール様、その方はどなたですの?ごあいさつしたことはないと思いますが」
「今ここでもそのようなことを言うか!エリナはタランドール男爵の娘だ。貴様、これまで暴言を吐いたり無視したりしていじめていただろうが!!」
「アリシア様が私にタミール様に近寄るなって、うう、いじわるするんですのぉ・・・」
「この、根性曲がりが!優しいエリナに何とひどい言葉を!おまけにドレスにワインをかけたり、茨のとげで破かせたりしおって!」
はあ、本当に人の言うことを聞かない方ですわね。周りの方達も呆れていらっしゃいますわ。
「婚約者のいる方に近づくのはマナー違反ですし、爵位の下の方が話しかけるのも貴族の中では非常識ですわ。第一、ワタクシ、挨拶も交わさない方など興味も関心もありませんことよ」
「その高慢ちきな顔が気に障る!エリナは私の大事な人だ!それを知っていてよくもまあヌケヌケと!もう我慢ならん、貴様との婚約は破棄させてもらう!」
「お声が大きいですわ。お静かに。それよりタミール様。婚約を破棄なさること、国王様とワタクシの父は分かっておりますの?」
「もうすぐここへ父上も来られる。その時に貴様の性悪を暴いて許可を得るのだ!」
では、まだご存じないんですのね。ハア、陛下もお気の毒に。でも、チャンスですわ。ここで一気に先手と行きましょう!
「そうですの。わかりましたわ。殿下との婚約破棄、承りました。これで殿下とのつながりは一切なくなりましてよ」
「お!?おお、承知・・・した・・・?」
「ですが、エリナ、さまとやらへの行為は全く存じ上げません。知らない方へのそそうなどできませんわ。ワタクシ、侯爵令嬢ですのよ?おかしな言いがかりはやめて下さるかしら」
「言いがかり、だと!?よくも・・・」
「何度もうるさいですわ。知らないものは知らないのです。では、これで失礼いたしますわね」
いけない、苛立ちすぎて口調が令嬢らしくなくなってしまいましたわ。ボロが出る前に退散ですわね。
「あ、待て!逃げる・・・」
「ごきげんよう、殿下。もう関わらないでくださいね?」
これでやることは終わりですわ。カーテシーを決めたなら、さっさと逃げ出しましょう。
陛下や父が現れる前に抜け出さないと引き留められますもの。今のうちに距離を稼がねば!
ドレス姿で出来得る限り素早く動く。エントランスに向かうと見せかけて辺りを見回し、人目のないのを確認して横の通路へ。その先にある使用人の小部屋のひとつに、用意してきたものが置いてありますの。
めざす小部屋に滑り込み、鍵をかけたらひと安心。でも時間がありませんわ。そのまま部屋の中央でドレスやらペチコートやらを脱ぎ捨てましょう。あと、コルセットは一人では無理なので紐だけ切って、ふうう、やっと息ができますわ。
さあ、次の用意を。部屋の隅に置いてあった袋を逆さにして中身を取り出し、手早く身に着けますわ。ええ、下着程度ですけれど、今はこれで。空いた袋にドレスその他を突っ込めば、『無限収納』の魔法のおかげで、あっという間にかさばる生地が片付きましたわ。この袋、高かったんですのよ。
あとは部屋の隅に立っていた甲冑をパーツごとにばらして着込めば終わり。何度も練習しましたもの、お手の物ですわ。最後に髪を頭の上にお団子にしてから兜をかぶると、準備は万端。
コンコン
窓を叩くかすかな音に振り返ると、冒険者仲間のドルシェが手を上げてますわ。頷いて、窓枠を越えて飛び降りますの。令嬢らしくない?あら、失礼。
「迎えに来たぜ、お嬢」
「ええ、ありがとう。時間ピッタリね」
「約束だからな。けど、ホントにいいのかよ、これで」
「いいのよ。ここにワタクシの、いえ、アタシの場所はなくなったわ」
「そうかい。じゃ、手はずどおりにいくぜ」
「うん」
そう、もうワタクシではない、アタシにならなければ。
建物の角を回って移動すると、裏門の前に出た。待っていてくれたほかの仲間が笑顔で迎えてくれる。
「よっし、そろったなら出るぞ、いいな!」
「おう!!」
4、5人の仲間に交じって門へと移動する。門番にドルシェが近づいた。
「冒険者ギルド所属『ガルガンチュア』、荷駄の警護を終えた。通してもらいたい」
「うむ、わかった」
「ご苦労さんで~す」
挨拶して門を抜ける、その時。
「おや、その鎧を着た奴、前はいなかったように思うが?」
(ギクッ)
「ああ、そいつは別の要人警護で入ったからな。門番さんとは会っていないはずだぜ」
「・・・ふむ?だが、念のために顔を見せてもらおうか」
「そいつは勘弁してやってくれ。昔、魔獣と戦って顔にひどい傷を作っちまってな。俺たちにとっちゃ勲章みたいなもんだが、そいつは傷が残ったことを悔しがって、寝るとき以外は兜を取らねぇんだ。無理に見ないでくれるとそいつのためにも助かる」
「そ、そうか。すまん、悪いことを聞いた。通って良し!」
「へ~い」
そんな一幕ののち、一団は城から最も遠い西の門近くの裏路地へと移動していた。
そこで鎧を脱ぎ捨てたアタシは、うっとうしかった長い髪を肩口でバッサリ切り落とし、慣れた冒険者の格好へ変わったの。
「ほらよ、お嬢」
「手伝ってくれてありがと、ドルシェ、それにみんなも。門番に疑われたときは肝が冷えたけど、よくもまああんな出まかせスラスラと言えたわね」
「ははっ、そこはほれ、臨機応変ってやつさ。ああ言っとけば城の奴ら無理強いはしねぇからな。それより、ホントに一人で行くのかよ。大丈夫か?」
「ええ」
笑って答えたけれど、ホントはちょっぴり不安。
でも、行かなくては。これはアタシの問題なのだから。
「ん、そうか。なら何にも言わないさ。ただ、覚えておいてくれ。手助けが欲しくなったらオレたちを思い出してくれよ」
「うん、そうする。じゃ、行ってくるね」
「おう、行ってこい。無茶するなよ」
「お嬢に無茶するなって、それこそ無茶だってば」
「無駄でも言っておけば何とかなるもんさ」
「刷り込みってか。お嬢にはそれこそ効果ないと思うけどなぁ」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「お嬢に聞く耳はないってことさ」「ああ」「んだな」「言えてる」「そうそう」
「あんたたち・・・アタシに喧嘩売ってるのね?言い値で買うわよ?」
「お~、お嬢が怒ったぞ。キレる前にニゲロ~っ」
ワッとばかりに散開して路地に駆け込んでいく。彼らなりにアタシに気を使ってくれたのだろう。本当に気のいい人たちだ。
ただ一人、アタシの横に残っていたドルシェに顔を向ける。
「じゃ、ね。また今度」
「ああ、死ぬんじゃねぇぞ」
「冗談」
笑って手を振り、門を抜けていく。この先はアタシひとり。
今までは『ゲーム』に振り回された人生だった。でも、これからは違う。
アタシはアタシの人生を生きる。
自分で決めて、自分で責任をもって、その先に進んでいく。
5回も足踏みしたんだから、これからは走っていこう。
誰にも邪魔されない、人生を。
空にある太陽と共に。
今回のお話の令嬢はかなり元気で、作者も持て余すくらいに動き回り始めました。もしかすると、連載にするかもしれません。・・・作者の筆力があればいいのですが・・・(汗)