コロナさんは押しが強い
1
「ねえ、柳くん。しばらく私と付き合ってくれない? 恋人とかいないでしょ? もちろんオーケーよね? それじゃあ、放課後、部活が終わるまで待ってて。連休の過ごし方について話があるから」
僕がなんのリアクションもとれないうちに、彼女は教室を去っていった。
天野コロナ。
高校二年。同級生。
他のクラスに颯爽とあらわれて、堂々と爆弾を投げていく人物。
クラスの男子に胸ぐらをつかまれながら、僕は茫然としていた。
これまで彼女と接点はない。
名前を知られていたことに驚いたくらいだ。
健全な男子高校生である僕が、彼女のことを知っているのは不思議でもなんでもない。美人であることは認めよう。彼女は学内でナンバーワン。成績でもスポーツでも、あらゆる面でトップにたつのが、天野コロナだ。
素質もあるにせよ、意識が高く、他を圧倒するだけの努力を怠らない。
同調圧力が大嫌い。
押しが強い。
ゆるふわ系が好みの僕にとって、名前の響きはなんとなく可愛い同級生でしかなかった。眼力がすさまじいことなど知りたくはなかった。
いつの間にかできあがっていた二重三重の肉壁に囲まれながら、僕の心は動物園にあった。ちょっと泣いていたクラスメイトを落ちつかせながら、ころころ転がる愛くるしい子パンダの姿に癒されていた。
2
僕と天野コロナは、ふたりで冬山に登っていた。
どうやら彼女は、山ガールなるものに興味を抱いたらしい。僕の両親が名の知れた登山家であり、僕もそれなりの経験者であることを知ると、声をかけずにはいられなかったそうだ。
そして意見交換をするうちに、いきなり雪山に登ろうと言いだした。
山ガールは、山を征する女子ではないはずだ。彼女もわかっていたはずなのに、高すぎる意識が困難を求めてしまった。穴場がいいとかテントで寝てみたいとか、標高2000メートルを越えたいとか、いろいろと無茶をいってくれる。
撤退ありきの行動計画。
僕が危険と判断したら即刻下山。
何度も何度も洗脳するように言いきかせてきたけれども、不安しかない。
僕の後ろを、呼吸を乱した彼女が歩いている。不思議におもっているかもしれない。テニス部のエースとして八時間くらい連続で試合ができる自分のほうが、僕よりも体力はあるはずなのに、と。
歩行技術ひとつとっても、それだけの差はある。
わかってほしい。
いまからでも下山して、冬が終わるまで待っていてほしい。
「うん、わかってきた」
歩行技術の差が初日で埋まってきた。
3
ちょっとでも天候が荒れそうだったら即座に下山すると訴えつづけてきたが、一週間くらいは絶好の登山日和だという、天気予報にブレはないらしい。
そういえば、天野コロナは晴れ女としても有名だった。
テントの設置を手伝いながら、翌日の下山をすすめてみるも効果なし。
彼女は山で食べるインスタントラーメンが格別においしいことを学び、ゆでた餅をいれた甘々汁粉も完食した。
疲労や寒さや不便さに文句のひとつもなく、夜空の美しさ、山の魅力を満喫していた。
4
仕方がないので行動計画表に沿い、日の出前から活動を開始した二日目。本当に標高2000メートル付近に到達してしまったころ、異変に気づいた。
「なに?」
青と白の世界にたたずむ、彼女の顔が、なんとなくふっくらしている。
いや、あきらかに膨らんでいる。
なにをどう言っていいのかわからず、僕は彼女に、先導することを提案した。
道幅は狭く、すぐそばに急斜面。
ロープでつなぐほどではないが、前を歩いてもらったほうが安心できる。
なにかあればサポートできる。
「オッケー。任せなさい」
彼女は素直に前を歩きだした。
後ろを歩いていると、やはり気になる。
顔だけではなく、全身がふっくらと膨らんでいるような気がする。
いやしかし、ポテチの袋でもあるまいし、どうして膨らむというのだろう?
高度が上がるほど大気圧は小さくなる。
外気圧が低くなり、内気圧が相対的に高まるから、袋は膨らむ。
人間は自然と内気圧を調整するので……。
いやいや、まさか彼女は、調整しない? 集団の同調圧力が大嫌いだとは知っていたけれど、大気の圧力にさえ同調しないとでも?
そんな馬鹿な。
それでは低気圧がくるたびに、天野コロナの胸が大きくなるという、室町の研究データが正しかったとでも?
僕が室町スカウターの性能に驚きを隠せないでいる間にも、天野コロナは山頂を目指して歩いていた。
ふくらんでいる。
風船のように膨らんで、ちょっと弾んでみえなくもない。
妙に可愛くおもえるのが少しくやしい。
「えっ、なに?」
さすがに呼びとめた。
ぱつんぱつんになった服をみれば彼女も否定できなかった。
どうにもならないそうだが、それでも山頂まで登りたいという。
「あと少しでしょ!? もう見えてるじゃない!」
負けず嫌いな彼女は、服が破けそうになってもあきらめなかった。お腹まわりだけ膨らんでもいいように、少し無茶をした。ちょっと下着がみえたぐらいで眼力はおとろえない。
ロープでつなぎ、僕が先導した。
雪山でお腹をさらけ出していた彼女は、ついに山頂まで到達した。両手を突きあげて、歓喜の声をあげていた。
5
僕と彼女は無事に下山できた。
彼女の身体はもとにもどり、とくに違和感はない。
不思議体質のことは、ふたりの記憶のなかだけに残された。
いい体験をしたと満足していたが、もう二度と、彼女が高山に登ることはないだろう。彼女が天野コロナであることに変わりはない。きっとこれからも、台風がくるたびに室町の鼻息は荒くなる。いまの僕にわかっているのはそれだけだ。
「ねえ、柳くん。山もいいけれど海もいいとおもうでしょ?」
今度はスキューバダイビングに興味を示している。水深何メートルまで潜れるかに挑戦するかもしれない。世界記録を出しそうな予感がする。
なんといっても、彼女の押しの強さは半端じゃない。
カナヅチだと訴えているのに、なぜか僕も、彼女と海に行くことが決まってしまった。




