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woman  作者: しは かた
98/102

第八十六話

続きです。


よろしくお願いします。

 


「時間食っちゃった」


「三十分。夏織ったら食べたもんねー」


「幸だって飲んだでしょ」


「まぁね」


 宵の口。私達は今すたこらさっさと歩いている。

 ここは不夜城。夜と昼間の住人が入れ替わるここは、その営みが絶えることはない。


「不夜城て。古いなぁ」


「ちょっと使ってみたかったの」


「なるほど。あはは」


「お?」


 バッグの中のスマホが震えた。

 騒がしい街にいてもその振動を感じ取ることができるのは私の注意力が散漫だから…いや、違うから。草を食む弱者がゆえに極まった警戒心の賜物だから。


 それは私のぽんこつセンサーとは別にあるシックスセンス的なヤツ。

 この感覚お陰で機会を逃すことなく取れた契約もままあるし、コレのせいで余計な仕事が増えたこともままあるのだけれど、おそらくとんとんだろうから、結局、優れものの感覚なのかそうじゃないのか私的にはいまいちよく分からないまさに一長一短というヤツで、どうにもスペシャルな感じはしないソレ。



「幸。ちょっとたんま」


「なに? 自慢げな顔して。あ、メッセージ?」


「うん」


「いつも思うけどよく分かるよね」


「凄いでしょっ。いや、べつに自慢じゃないし」


「またまた」


 夏織。鼻の穴、広がっているよくくくと笑う幸は放っておく。良くも悪くも分かっちゃうんだからそんなことどうでもいいんだけどと、ソイツについてはとっとと頭から追い出して、私は片方の手をバッグに突っ込んみながらもう片方で幸の袖を掴む。


「こっちきて」


「そうね」


 そのまま歩道の端に寄って立ち止まり、スマホを取って画面を見ると通知あり。


「やっぱな」


「さすが」


「まあね」


 つい自慢げになりつつアプリを開くと、どこにいるの? 私達はもう着いたよと、見るからに変な動物がきょろきょろと何かを探しているように動くヤツが付いたメッセージが画面に出てきやがった。


「なにこれ変なの。毎回毎回あの…」


「なぁに」


「これ」


「おー。かお狸。それもなかなか可愛いね。あはははは」


 もはやひとつの単語になってしまったかお狸。それを口にして愉しげに笑う幸に私は無言で足を出した。つま先。トウ。


「あたっ」


「そんなとこいたら邪魔だよ?」


 幸は脛のあたりを抑えて蹲ったけれど私は悪くない。私の出した足のの先に無防備に突っ立っていた幸が悪いのだ。コンクリートdeジャングルーで油断しては駄目。

 その幸がうひょひょひょひょいとか変な声で痛みを表現しながら脛を摩っている。突然襲って来た痛みにそうなるのは分かる。タンスの角にぶつけた時は私もそうなるから。


「可哀相」



 これで私は大丈夫。幸は痛い振りをしてくれたし、恵美さんのヤツには必ず変な生き物が付いてくるからもう慣れたものだから。


 恵美さんは若い頃から勉強し過ぎで細かい文字ばかりを読んでいだろうし、今はPC画面ばかり見ているから近眼もいいところな筈。

 それに加えて恵美さんはもういい歳だから老眼も進んでいるわけだし、私と狸が似ているように見えてしまってもそれは仕方のないこと。

 だから私はそのことでいちいち目くじらを立てたりはしない。私は素敵な大人の女性だからそんなことしない。ただ、タバスコを買ってからいこうかなとちょっと思っただけ。


「ふう」


 大きく息を吐いて気持ちを整える。あの近老ばばあが、ひーっ、かっらぁぁって悶える様を想像すれば私の機嫌はそれだけで真っ直ぐになるのだ。


「それっ」


 私はスマホをそれに見立ててぴっぴってやってみる。


「おー。完璧」


 よしもう一度。うん、いけるなとほくそ笑んでいると、復活した幸が哀しげに私を見ていた。


「大丈夫?」


「平気。でね、近老ばばあと陽子さんもう着いたって。由子と美帆さんももういるって」


「この時間だもんね。って夏織。きんろうばばあってなんなの?」


「近老ばばあは近老ばばあだから。幸もそうならないように気をつけた方がいい」


「わからないけど?」


 今すぐ眼科に行けと私は吠える。そこにあるぞと向かいのビルに見つけたソレを指を差した。とはいえ私を狸だと思い込んでいる幸もまた、もはや手遅れ実は近老オバさんなのだ。ばばあ呼ばわりしないのは私と幸は同い年だから。すると私もばばあになってしまうから。


「手遅れだけどさ」


「手遅れって?」


「恵美さん。あと幸も」


 そう言い放って返信するから今は邪魔をすんなとますます悩める幸に背を向けて、いま歩いてるもうすぐ着くよとちゃちゃっとメッセージを送りスマホをバッグに突っ込んだ。


「いくよ」


「はいはい」


 いまだ釈然としていない幸に、私のことならお見通しじゃないのかよと軽くがっかりしながらその幸を袖を掴んで再び歩き出しながら近老ばばあがタバスコ買って来いってさと幸に振る。


「タバスコ?」


「タバスコ。ハバネロ入りならなおオッケーだって。私を見習ってマイタバスコにするんだって」


「嘘でしょう」


「ほんとだし」


 幸が立ち止まり、私も止まる。歩道で見つめ合う、というか明らかに猜疑心満載の幸が私をじっと見ている。その顔がやけに真剣で私は笑ってしまう。


「やっぱり嘘じゃない」


「嘘だけどさ。私がほしい。甘いの食べたから今は辛いの食べたい」


「だめよ。待たせるのもなんだし」


 人のにぴっぴってするつもりでしょう、馬鹿なことを言うんじゃありません的に幸が私の腕を取った。


「アクシデントがあったんだから待たせちゃうのはしょうがないの」


「まさか夏織。あれをアクシデントと言えちゃうの?」


 外に出てると列車遅延と事故渋滞とかにぶつかることがあるでしょうよと、営業の仕事をしていればそれはよくあることでしょうよと私は幸を諭す。そういうことは自然災害的に、ちっぽけな存在の私達にはどうしようもないものなんだしと。


「それはそうだけど、さっきのも夏織にはそうなの?」


「びっくりしたね」


「ぶっ。びっくりって。あはは。やっぱり夏織は面白いね」


「褒めんなって」




 そう。今日、私と幸も遅れないようにちゃんと余裕を持って家を出たのだ。アクシデントというものは誰にでも起こり得るのだから。私達には関係ないからとたかを括っていてものほほんと過ごしていてもある日突然それに巻き込まれたりしちゃうもの。


 備えは大事。だからそれを回避するために余裕を持ったということは私達には持て余す時間があったということだから、私は幸を説き伏せてちょっとカフェに寄っただけ。



「コーヒー飲みたい。休憩しよう」


 バーを目指す道すがら、私は幸の袖をくいくいと袖を引いて、目に止まったそこにあるカフェを指した。

 幸は少し、また何かを狙っているんじゃないの夏織さんはと私となんの変哲もないどこにでもあるようなお店構のカフェを見比べて納得して頷いた。


「いいよ。まだ時間あるしね」


「やった」


 そしたらそこにお得感満載の催し物があっただけ。私はそれをチョイスして時間いっぱいまで食べただけ。

 たまたま入ったカフェにたまたまそんなヤツがあって、それはアクシデントと言えるヤツだから私は悪くない。



「幸は? ビールあるよ」


 もう夜だし飲んでもいいよと幸にお酒を進める。黒とかハーフとか、クラフトビールとかほらここにと、私はメニューを指す。


「やったっ。私はおしっこ行くから頼んでおいて。ハーフアンドハーフね」


「お? おお、わかった。気をつけて」


「まかせろっ」


 そのあとメニューをぺらっと捲ったら、デザートのとこに、なんとっ、三十分ケーキ食べ放題二千円ですよってあったわけ。

 これをアクシデントとと言わずしてなんと言えばいいのか私は知らない。


「うーん。三十分かぁ」


 十個くらいはいけるかなぁと私は考える。

 確実に遅そくなるなとかそんな先のことを考えるは今は無駄。より直近の問題を先に片付けるのは当然のことだから。


 それに、幸だって少しも遠慮もせずにお酒を飲むのだから、私もいいに決まっている。私達は同等。そこには上も下もないのだ。



「夏織は何を頼んだの」


「ん? ケーキのやつ」


「またそんな。けど、私も飲むからまあいいか」


「そうそう。いいのいいの。で、幸のやつはセットだから」


 幸のはね、ブルスケッタとチーズとローストビーフがちょこちょこっておつまみ的に付いてるんだよとメニューを見せつつ説明してあげると。幸は美味しそうだねありがとうとお礼を言ってくれた。


「さすがっ。気が効くねっ」


「まあね」


 これで私の食べ放題に、幸は強く言えない筈。私は紙一重のところに天才寄りに立っている人なのだ。はっはっはっ。


「おっ。きたきた」


 幸の前に置かれたビールとつまみ。私の前にはコーヒーと何も乗っていないお皿。

 夏織のそれはなに? と言われる前に私はコーヒーカップを持って声をかける。


「かんぱーい」

「あ、乾杯」


「ね。じゃあ私ちょっと選んでくるから」


「あ、うん。うん? え?」


 どういうことなのと、いまいちよく分かっていない幸を置いて私はにこにこ顔で席を立つ。

 時間がないから端から順に選んだケーキを取れるだけ取ってすぐに席に戻ると、お皿に第一陣のケーキ達を乗っけて戻った私のヤツを見た幸はお前なぁみたいな顔をした。


「かーおーりー」


「美味そうなのいっぱいあった」


 そう言って席に座り、幸を無視して食べ始める。


「三十分しかないから頑張らないとなっ。あむっ」


「三十分っ?」


「そうだよ」


「待ち合わせはどうするの?」


「アバウトだから大丈夫。幸も気にしないで飲んどけって」


「はぁ」


 諦めてぐびぐび飲んでグラスを空にした幸。私は空かさずお代わりを頼んであげることにした。飲ませておいてそのうるさい口を黙らせておくつもり。


「まだ飲むよね?」


「飲むっ」


「わかった」


 この街は不夜城だけれどここはカフェだし居酒屋じゃないから私は静かにして優雅な感じで店員さんに向けて手を挙げる。


「こっち、同じのお代わりください」


 何か不満げでも、頼んでしまうと幸は満更でもない様子。私は元からご満悦。


「うん。美味いなコレも」


「仕方ないなぁ」



 ということで、さっきまで、私は幸せいっぱいに、私に巻き込まれた幸も結局はへらへら笑って喜んで飲んで食べていたのだから文句は言えないのだ。


「ほら。幸的にはアクシデントじゃん。不幸じゃないやつ」


「夏織は違うでしょう」


「うーん。説明するの面倒くさいからもうどうでいいや」


「はあ?」


「ほら急ごう幸。これ以上遅くなると近老ばばあにぶつぶつ言われちゃうかもだし」


「まったく。自分から始めたくせに」


「なんのこ、あだっ」


 幸がおでこにデコピンをくれた。せめて最後まですっとぼけさせてくれてもいいじゃんか

 と私は思った。


「ひどいぞ」


「はいはい」






「着いた。けど疲れた」


「夏織にしては珍しく早足だったからね」


 ということで、まだ冬とはいえないけれど、起きるのやだなぁ、布団と幸があったかいなぁと朝晩は確実に寒くなってきたなと思うようになった十一月の半ばの週末、午後七時半過ぎ、私は幸と一緒にいつものバーにやってきてその扉に手を掛けたところ。


「よいしょっ」


 と、勢いよく扉を開ける。

 ここは私の世界。訪れる女性には誰にでも分け隔てなく優しい世界。

 つまり、危険がいっぱいのマイウエイと違って、私にとってなんの憂いもない、ラブアンドピースに溢れた素敵な世界。


「お。ありがとう」


 だから幸に背に隠れることもなく堂々と、いつものようにお気楽な挨拶をしてさっさとお店に入ろうと思ったら、何を勘違いをしたのか、私が扉を開けたことで図々しくも先を譲られたと思ったらしい幸が私にお礼を言いながら私と同時に足を踏み出したのだ。


「ちょっ、うわ」

「あれ? おっと」


 狭い入り口をふたり揃って通れる筈もなく私達はぶつかってしまう。


「「あたっ」」


 その反動で扉の縁にもぶつかりながらもつれるようにお店に入ることになった。


「ててて」


 何やってんだあのふたり的な視線を感じるけれどここは私の世界だから少しも怖くないし気にしない。

 私は今から幸に説教をしなくてはならないのだから。あとで言い聞かせることにすればいいやと放って置くと、その時には何で怒っているのか私には分かりませんですと悲しい顔をされて、私がいじめっ子みたいになってしまうから。ご存知幸の本質は野生でタロと同じだから。


「もぉ…幸さぁ。危ないでしょ」


「夏織こそ幅を考えてよ」


「あ?」


 幸、お前いま何をと、沸々と湧き上がる怒りに我を忘れてどうにかなりそう。まさかまさかの私のことかと震えてしまう。


「幸。幅ってなんの幅だこら」


「扉の幅に決まってるでしょ」


「あ? 本当か?」


「本当も何も他に何があるのよ?」


 私は幸をじっと見る。その真面目な顔を窺うに、目の形はへの字になっていないし瞳は濁っていない。無駄にきらきら眩しい感じまでもする。

 そしてその肩もぷるぷる震えていない様子。

 どうやら嘘を吐いていないらしい。


「ならいいか」


 私でなくて本当によかったと、ほっと胸を撫で下ろしながら幸の指す空間に目を向けた。


「狭いね」


「でしょう」


 そりゃあ、幸がふたりならいけそうだけれど、扉などは本来、人が並んで入ることができる設計にはなっていないのだから。

 幸に比べて私の方が幅があるとかそういう問題なんかじゃ一切ない…いや、大丈夫。泣かない。

 私は涙をぐっと堪え、幸に言い聞かせる。

 見れば幸は。ふたり一緒は無理だよと真面目腐って頷いている。私達は一体何をやっているのか謎。


「けど幸。お先にどうぞなんていってないでしょ」


 扉を開けたのは私。だから私が先に入る。これ常識。人を使って楽しては駄目。


「なに言ってるの。こういう時は夏織が私を先に促すものでしょう」


 招待してくれた今日のホステスたる夏織が私を立てないでどうするのよと幸が言う。それは確かにそうだけれど、幸は違う。ちゃんちゃら可笑しくて笑っちゃう。


「あのね幸。幸は一度来たんだからもうお客さんじゃないから。てかさ、いつまでもお客さん気分でいるなんてまじいい御身分だな」


「は? 今それ関係ないでしょう」


「ある。学生気分の抜けない新社会人か」


「は?」


 先に入りたければ自分で開けろや甘ったれるなと正論を振り翳す私と、夏織がそれを言うとかまじいかれてるよねオバさん頭大丈夫? とど正論を突きつける幸。


 きぃーきぃー

 しゃー


 そんな威嚇の声を上げているように睨み合っているうちにどちらからともなく笑い始めた私達は少し笑ってから、なにいちゃいちゃしてんだよしかも入り口でさぁとうんざりしたような顔を向けるお馴染みの同胞達に何食わぬ顔をしながら挨拶を交わし、本日の面子の待ついつものテーブルに向かって行く。私達は仲良しだから仕方ないのだ。ふふふ。


「ね」


「ねー」


「あ、まずはこっちだ」


「はいはい」




 麗蘭さんに挨拶をして、ようやくみんなと合流できた。落ち着いて考えてみるとこうなるまでにやけに時間がかかった気がする。


「こわいよね」


「ばか」


 やはりアクシデントととは恐ろしいものだなぁとしみじみ思う私の肩を幸が強めに叩いたけれど私は気にしない。

 そして私はいつものテーブルに着くこの面子の長、老近ばばあこと恵美さんに手を振った。



「お疲れ様、ろう…恵美さん」


「ろう? まぁいいけど。お疲れ様、夏織。それに幸さんも。あそこでなにやってたの?」

「遊んでたの」

「恵美さん。お疲れ様です」



「陽子さんお久しぶりだね。幸だよ」

「幸です。お噂は恵美さんから色々と聞いていますよ」

「そうなの? もう恵美ったらぁ。あ、初めまして。噂どおり綺麗な女性だねぇ」

「ふへへ」


「美帆さんだよ。幸」

「幸です。由子から聞いていますよ」

「初めまして。さっそくなんだけど、あまり由子を虐めないでね」

「いやぁ。あはは…」



 そんな会話から始まってあらためて乾杯をした私達。

 一人はまだ学生さんだし、大人とはいえ、他にももはや頑固で意固地で我儘になってしまった女性が四人も居ればかましいのは当たり前。

 私達のテーブルはうるさいったらありゃしない。


「でね。夏織」


「うん」


「あ。そうだ夏織さん」


「ん? なに?」


 なんつって、深刻な話でも無し会議でも無し、それぞれに人の話を流して自分の話したいことを話しているのだから、一人気を遣える私の首だけが、へぇそうなんだぁ、ふーんそうきたかぁと、あっち向きこっち向き疲れてしまうのも当たり前。ひとり気を吐く私が癒しのダッツを食べたくもなるというもの。


「あっ、莉里ちゃん。ダッツちょうだ…」

「だめよ」


「は? なんで?」


「ケーキたくさん食べたじゃない」


「鬼か」


「とにかくだめ」


「このっ。かちの鬼っ」


「は?」


「「「「かち?」」」」」


「かちは幸だよ。かちかち。ね、幸。あだだだだ。やめろ。のびるのびる」


 私がオブラートに包みつつみんなに教えてあげたというのに、些細なことにいちいち腹を立てる怒りん坊幸が私の頬を思い切り伸ばしてきたり。


「おー。お餅みたいに伸びるね。膨らんだそこと一緒」


「「「「そこ?」」」」


「うっせ。これは今だけだし。ケーキのせいだし」


「え? 夏織さん。ケーキってなんですか? いつ食べたんですか?」


「ちょっと由子。落ち着いて。よだれ拭いて」


「あのね。さっき夏織ったらね」


「それで遅かったんだ。まったく。夏織は普段からそうやって」


 そこに由子が絡んで来たと思ったら、なぜか恵美さんに絡まれる羽目になっていたり。


「ううっ。なんだよもうっ。わーわーわー」


「こら夏織っ。聞きなさい」


「やだよ。老眼ばばあの説教なんて。あっ」


「なんですってっ」

「なるほどねぇ? 恵美がばばあなら私もおなじよね? ふふふふふ」

「いや、陽子さんは別だから」

「老近ばばあだなんて。うふふ。なら夏織さん。私はどうなるのかしら? ねぇ?」

「はっ。れっ、麗蘭さんっ? なぜこんなところにっ」

「楽しそうだから来ちゃった」


 目の悪いことをちょっと揶揄しただけなのに、図星を指されたからってすぐむきになって責めてくる歳上のみんなとか。大人のくせにって思う。


「子供か」


「「「は?」」」


「いえ。なにもないです」




「あはは。あ、これ美味しいね」


「もぐもぐ。美味しいです。なんか夏織さん、大変そうですね。もぐもぐ。これは里香さんの本日のおすすめです」


「由子。食べ過ぎちゃだめよ」


「美帆さんだって」


「「ふふふふふ」」


「仲良いいんだね。お二人さん。あはは」


 私の窮地に我関せずの幸が、食い意地ばかりでまじ役立たずだったりとか。




「疲れるなぁ」


 愉しげに笑って好きに騒いで纏まらないコイツらについていけずに私は涙目になってしまう。食べられそうにないダッツのことも考えれば疲れはさらに増すというもの。けれど…


「みんな楽しんでる」


 輪から外れた麗蘭さんが私に声をかけてくる。私の髪を優しく撫でる。


「みんな夏織さんで繋がったのよ」


「私じゃなくてもこうなれたかも」


 私がいなくてもこうして楽しく過ごしていただろうと思う。私の代わりなんてここにはいっぱいいる。ここに集うみんながみんな、そうなれるのだ。


「そうかも知れないしそうじゃないかも知れない。けれど、目の前にあるものが本物なのよ。それは否定できない事実なのよ」


 この世界を創ってくれた麗蘭さんがそう言ってくれた。私はこうなることを特に意識をしていたわけじゃない。けれど、形はどうあれ麗蘭さんがそう言うのならきっとそういうことなんだろうと私は納得できた。


「胸を張っていいのよ」


「はい」


「いい子ね」


「ふへへ」


「ああ、そうそう。これあげる」


「おお? やったっ。超美味そう」


 麗蘭さんは豊かな胸の谷間に仕込んでいた美味そうなヤツを渡してくれて、より優しく微笑んでくれた。麗蘭さんは何でもかんでも分かっているのだ。こんな私の心の移ろいさえもちゃんと分かっているのだ。


「ああ、そうそう。夏織さん」


「はい」


「老近ばばあってどゆこと?」


 …ちゃんと分かっているのだ。くっ。


「あわわわわっ」




「もうだめ」


 口八丁手八丁、あれこれと言い訳をしてどうにか出禁にならずに済んだ私は手をだらんと垂れ下げて、顔を横に向けてべたっとテーブルに伏せているところ。疲れ果ててしまったのだ。


「美味そう」


 そのテーブルの上にちょこんと置いた、取り上げられずに済んだ美味そうなヤツを目の前にしながらも、みんながわいわいとやっているのも目に映しているところ。


「ふふふ」


 そして不意にこの肩を叩かれる。


「ねぇ夏織さん」


 体を起こして振り返ると、そこに居たのは顔見知りの常連の女性達。彼女達なりにいつも私をかまってくれる、私なりに愛すべき優しい人達がうずうずしていた。


「どうしたの?」


「私達もいい?」


 わいわいがやがや騒がしい、私達のテーブルを指した。


「いいけど、見ての通り、みんな好き勝手に話してるだけだよ?」


「そうだけど、なんか楽しそうなんだもん」


「そっか。じゃあどうぞ。適当に座って」


「「「「わーい」」」」




 私の世界の夜が更ける。みんな何の憂いも表に出さずわいわい騒いで楽しく過ごす。

 こうやって、麗蘭さんが創ってくれた器の中に少しずつ広がっていくちっぽけながらも大切な私の世界。私の拠り所のひとつ。


 今このテーブルや周りではしゃいでいるみんな、普段、心の奥底ででも表に出してでも、感じて抱える悩みや憤り、取り巻くくそったれな世界さえも忘れてわいわいとやっている。そうして過ごす私達とそれ以外の他の人、そこに一体どんな差があるというのか。


 なーんだ、私と何も変わらないじゃんねと、一人一人がそう思ってくれてもいいのになぁと私は思う。


「それな」


 そんな、もしかすると誰かの心を動かすかも知れない光景でも、見る人が見れば嫌悪感を丸出しにしてくるだろう光景でもある。そんなことも思う。


「それな」


 嫌なら放っておけばいいものをわざわざ絡んでくるとかまじいみふ。いまもどこかで好き勝手なことを書き込んだりしているのだろう。

 嫌なものでも在るものは在るものとして受け容れられないとかどんだけ小さな器なんだと鼻で笑う。


「くそちっちぇなぁおい」


 月明かりくらいの世界でなにをしようと私達の勝手。私に優しい世界はここにしかないのだ。だってあそこはちょいと違うから。マイウエイは、ほら、アレだから。


「ホラーハウスだしなっ」


 はっはっはっ…



「うぐっ」


「あ。泣かないで夏織」


「むぐっ?」


 慰めてあげる的に私を胸に抱き寄せて包む陽子さんはさすが。疲れ果て傷付いた者達に慈愛を与える存在、白衣の天使は伊達じゃない。しかも陽子さんは私の中では元祖ゆるふわ、おっとり系の代表。自然と醸し出すその雰囲気を参考にして、私は私を作り上げてきたのだ。


「大丈夫だよー」


「むぐぐぐ」


 とはいえ食い物に夢中になっていた幸もさすがだった。陽子さん豊かな胸に抱き寄せられる瞬間に見えた幸は私の移ろいに気づいていたけれど、手食いしていた里香さん特製の何かの肉を置いて手を拭いた分だけ遅れをとってしまったのだ。はい残念。ま、このあとすぐに騒ぎ出すけどなっ。


「いい子だね。泣かない泣かない」


「ふがふがっ」


「あっん、もう。暴れないで。くすぐったいよ」


「むぐむぐっ」


「あっ。もー。わざとでしょ。えっちぃなぁ」


 いやいや私は苦しいから動いているだけ。何か誤解があるようなと思っているとやはり幸の慌てた声がする。


「こらかおりー。なにやってんだー。ひっつくなー」


 傍にきて、思った通り私を引き剥がそうとする幸に、私は陽子さんの埋もれそうな胸から頑張って顔をずらして幸を見る。


「ここふわふわ。だから幸。引っ張らないでくれる?」


「あ? ふっざけんなー」

「夏織? なにやってるの?」


「あ。恵美さん。ここふわふわなんだね」

「夏織。離れなさい。そこは私の場所なのよ。陽子もっ。なにしてるのよっ」


「いいじゃん」

「いいじゃない」

「「ねー」」


「「あああ?」」


「いてて」

「いたいいたい」


「ならはなれろー」

「離れなさいっ」


「「べーっ」」


「「がはぁ」」



「美帆さん。この人達はなにをやってるですかね。もぐもぐ」

「由子。この人達はね、いちゃついてるだけなんだよ。もぐ」

「私もしたいなぁ」

「あとでたっぷり。ね?」

「…っ、はぁい」


「かわいいわねぇ。うふふ」



「夏織さんダッツですー」

「やったっ」

「いたっ。夏織っ。なんでいきなり突き飛ばすのっ?」

「なんでって陽子さん、ダッツ来ちゃったから。あ。莉里ちゃんありがと」

「いえいえー」



「美味ーい」

「夏織。餅になるよ?」

「は? 誰が鏡餅か」

「そこまで言ってないよ」

「そこまでってなんだこらー」






 楽しくも優しい時間はやがて終わる。いつまでもそのままではいられない。みーんなそれを知っている。けれど、また今日みたいな夜が訪れることも知っている。また今度ねと手を振って、充実しながらでも面倒くさがりながらでも悩みながらでも腐りながらでも、それぞれにの日々を頑張って生きていくのだ。

 まぁ、それについてはLでもヘテロでも変わらないところ。


 そうして日付けが変わったその夜遅く。私達の家の寝室のベッドの上。私は幸の胸の中。ぐいぐいやって潜り込んだ私の居場所。


「疲れた。やっぱここがしっくりくるな」


「陽子さんの胸で甘えてたくせに。柔らかかったか? おい」


「いや、あのさぁ…」


 何を言ってんだかと呆れる私は幸が一番。ここが私の居場所。私の特別。私の全て。

 まぁそんなこと、幸は分かって遊んでいるのだと思うけれど。


「うそうそ。そんなの知ってるよ。あはは」


 ほらね。やっぱり幸は分かっている。私は顔を上げていつもありがとと、日頃の感謝のつもりでその唇に触れた。


「てへへ」


 自分でやっておいてなんか凄く照れちゃったから、とっとと顔を伏せてまたその胸に潜り込んだ。ぐりぐりやって想いを伝えることも忘れない。幸はくくくと笑っている。私はそれで満足する。じゃあまた明日。


「おやすみ幸」


「あ。夏織」


「なに?」


「二度と浮気すんなよ。あんな真似、次は許さないからね」


「なんだよもぉ。台無しだぞっ」


「あはは」





お疲れ様でした。いつもありがとうございます。

長々細々続けていますが、ここまで来てくれた猛者の皆様には感謝の念に堪えないところ。


「ありがと」

「ありがとう」

「あざっす、あだっ」


「「しはかたさぁ」」


「ごめんなさい」


読んでくれてまじ感謝しかないなっ、あだあだあだっ、ぐぇぇ


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