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woman  作者: しは かた
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第六十三話 後

こちらが後です。


よろしゅうお頼もうします。

 


「あほくさ」


 嬉しさのあまりに高笑いした一昨日。その二日後の週末、見ていたタブレット端末を横に置いてはいはいお決まりのヤツですかーと呆れたあと、私は頭をちゃちゃっと切り替えて、凝り固まっていた体を伸ばしてやった。


「んーっ」


 今回、私の伸びはひと味違う。私は前足をぴーんとし伸びをしていたタロみたく、転がっていたソファの上で両手を前に出し、畳んだ足のままぐいっと背を反らすようにしてみたのだ。なんか気持ちよさそうにしていたのをふと思い出したから。


「ぐぅぅぅ」


 たぶんどうでもいいかもだけれど、私はこのあとの、ふぇぇと脱力する瞬間が凄く好きなのだ。


「だはぁぁ」



 私は調べものをしていて少々根を詰めてしまったのだ。私のためじゃなく、幸のためのバランスの良い食事についてあれこれと検索していたのだ。


 けれど、好きなことを調べていたとはいえ、ぶっ通しで一時間以上も画面を見続けていれば、たとえ寄りかかったり仰向けになったりうつ伏せたりと、体勢が辛くなったらそのたびに姿勢を変えたりなんかしてソファにだらしなく転がっていたとしても、さすがに疲れてしまうというもの。


 まぁ、休日にだらだらと好きなように転がって、タブレットをいじくって疲れるとか、平日に身を粉にして働くリーウーマンとしては、贅沢な話だよなぁ、なんてちょっと思う。ご存知わたしは自分に厳しくありたいなと常日頃から思ってはいる人だから。出来ていなくても気にしない。私の中では無理は駄目という決めごとの方がその効力は遥か彼方の上だから。


「いいのいいの」



 その甲斐あって、来週の夜ご飯の献立はだいたい決まった。

 これで幸には、肉を食ってばかりでなく、魚、炭水化物、野菜をバランスよく食べてもらえる。


 この季節だし一緒に帰ることができる日には、お肉でもお魚でもいけて、野菜を多く摂れる鍋を食べてもらおうと思う。

 鍋ばかりになって、また鍋なの飽きちゃったよなんて言われないように、味や具材を変えておけば大丈夫。今や、鍋の素的なスープの種類は凄く増えている。売り場で何にするかなと頭を悩ませるくらいは売っているし。


 ああ。ここでひとつ耳寄りな情報をひとつ。これは特別、あなただけに。

 ちょっと前に流行ったコラーゲンの鍋ってあるでしょ? アレを食べた次の日、顔がぷるぷる、つるつるだーと、ぬか喜んでいた女性達が多くいたけれど、果たしてそれは真実か。


 あのね、実はね、鍋であればコラーゲン云々は関係なく、湯気のせいでお顔のお肌の調子が良くなるという説があるの。

 つまり、敢えて油の塊を鍋にどぼんと突っ込む必要はないということなわけ。お肌の調子が良くなるからと、調子に乗ってコラーゲンをたくさん摂ってしまう方がよほど怖いよなと私は思うの。言っても油だし。


 その説を信じた私の明日はどっちだろうと思うけれど、今のところは悪くないみたい。幸は私のお肌を大福みたいと褒めてくれるから。ふへへ…あ? 大福だぁ? なんだとこらー。


 顔の話がお腹の話になっていたことを思い出して、私は無性に腹が立って、すぐ側にある幸の頭に狙いを定める。


「ふっ。隙だらけ。いける」


 幸の奴が勉強に集中している今なら当たる気がする。てか、絶対当てる。二発。


「えいえいっ」


 ぺしぺし


「よしゃ」


「いたぁ。ちょっとなによ夏織」


「誰が大福かっ」


「いきなりなに大福って? あー、そのこと。だって、ねぇ。くくく」


 私のナニを指でつまんで、これこれやっぱりこれだねーと笑いやがる幸。

 けれど私も負けてはいない。私は幸の手を払い、素早く幸のかちに触れてくいくいとやってやった。


「すぐぴんときてんじゃないぞっ。やめろ。触るなって。このっ、かちっ」


「は? 夏織。貴女いまなにしたの? 貴女いまなんて?」


「あ? かちだけどなに? かち」


「あ?」


「は?」


 と、まあそんな感じ。だからどんな感じなのよと言われてもそんな感じだから。私達はこのあと仲良くへろへろ、ダブルノックダウンだから。わたし超頑張ったから。まじ凄かったから。


「まじまじ」


 とにかく私は伝えたから、あとのこと、信じる信じないはあなた次第。是非とも頑張ってほしいところ。


「たぶんいけるから」



 ともあれ幸と鍋をつつくのは楽しくて私は好き。鍋、美味いし。


「あちち。ミトンどこだっけ」


 私はそこらに置いた筈の、手の甲のとこに目があって、掴む部分がちょうど口になっている、熱い取手を簡単に掴めちゃう凄いヤツ、緑色した可愛いげこげこのミトンを探す。


「あった」


 それを見つけて手に着けた途端、その掴む動かしながらげこげこと言いたくなってしまう不思議。


「あった。げこげこ。よし幸。そっち行くよ。コンロは?」


「オッケー。でも、それ私が運ぶよ」


「できるけど?」


「だめ。危ないから」


「じゃあお願い。ありがと幸。これ着けてね」


 傍に来てくれた幸に、私は可愛いげこげこのミトンを渡した。

 私が着けると可愛いだけで今から人形劇でも始めるのかと思われてしまうそれは、幸が着けるとどこかの最新モードのようで、なんだか凄くかっこ可愛い。


「いいの。まかせて。運ぶくらいしかできないからね」


「だな」


「くっ」


 なんつー会話をして、幸の優しくて甘い過保護っぷりを堪能しながら隣同士くっついて座って、今日もお疲れ様はいどうぞなんつって、幸のグラスにビールを注いでから、鍋の蓋を取るともくもくもくって湯気が立って、眼鏡が曇る、なんも見えねぇってそこだけ金メダリストふうに言って、私が手をわたわたやってみると、私のもだー、なんて幸もやりだして、幸はかけてないけどなっ、夏織もねー、なんて感じでふふふあははと笑ったあと、先ず幸の器に野菜とか肉とか魚とかを盛って、次に私のヤツにも取ってから、揃っていただきますをするのが私達の間で流行っている。


「うん。やっぱ鍋で」


 文字に起こすと何をやってんだかと思うけれど、楽しいからべつにいいの。

 今、にっくきアイツを開いて集中しているしている幸。来週、一緒に帰れる日はあるのかなと私は思った。





「んしょ」


 じゃあ、コーヒーでも飲んですっきりしようかなと、私は伏せて伸ばした体を起こしてローテーブルにある私のカップを取ろうとしたけれどそれは既に空だった。


「む」


 さっき飲み終えてしまったことを忘れていたのだ。しつこいようだけれど私は根を詰めていたから。

 さらには視界に入るすぐ横の幸のヤツも同じく空だった。


「むむっ」


 私のヤツはともかく幸のカップまで空だとは。これはしたりとおでこをぱしっとやりたくなる。私は父さんの影響もあって時代小説が好きだから。ひとりぼっちの時間を持て余してよく読んだから…いや、泣いぢゃうじ。


 とにかく周平先生のヤツとか何週したか分からないくらい超読んだから。

 残念ながらもう新作が出ない以上、私は未発表だったヤツも含めておそらく全てを読破しているから。


 そしてついでを言えば、ローテーブルの上、私に近い方、さらにその横にある、甘くて美味いヤツの入っていた筈の見た目もでか可愛い鉢も空っぽだった。


「むむむっ」


 それはいっぱい入る優れもの。欲張って甘くて美味いヤツを積み上げても今のところは崩れたりしていない、とても頼りになる幸みたいな鉢。三笠山だって丸々三つ入ってなお余裕だった凄い奴。


 コーヒーはともかくその鉢が空っぽだなんてあり得ない。でかい分、中に何も入っていなければ、途端に無駄にでかいただ邪魔なだけな役立たずなヤツ、なんでそこに金使うかなぁみたいなそこらに設置されている意味のよく分からないオブジェに成り下がってしまうのだ。

 油断したのだ。空っぽは良くない。主に私の精神面で。凄く心許なく不安になってしまうから。やはり、常に満たされているということはとても大事なことだと私は思うのだ。


「そうそう」


 私としたことがと反省すること約一分、私はコーヒーを淹れて、バーで交換こしたチョコの内のひとつと、昨日ふた袋買った、なにやら懐かしい匂いのする、ヨーチなる、動物達を模ったビスケットを持ってくることにした。幸は脳に、私は気持ち的に糖分が必要だから。



「コーヒー淹れるよ」


「あ、うん。お願い。ありがとう」


「いいの」


 幸は顔を上げずに手だけを伸ばして私のお尻、腿の付け根あたりに手を触れてくれた。それが私を満足させる。

 べつに、私は私のしたいことをするだけだし、どこに触れてくれても構わないし、そもそも無くても平気だけれど、幸が毎回お礼の言葉とともにするそんな行為が私の心をこちょこちょとくすぐるのだ。


「よっ、と」


 私はへへへと顔を綻ばせながら幸に肩に手を置いて、それを支えに勢いよくソファ立ち上がる。

 鉢を持って体の向きをくるっと変えてキッチンに向かおうとしてすぐに気がついてローテーブルに手を伸ばす。


「これこれ」


 幸の手前、おやつはあくまでコーヒーのついでなのだ。危なかった。

 私はさり気なくステップを踏んだふうを装って、空のカップも手に持って今度こそキッチンに向かった。

 その後ろからくくくくと、幸の忍び笑いが聴こえてくる。やっぱバレたかさすが幸だなと私は思った。




 そして私はキッチンに立っている。

 そこはもちろん私達の家のキッチン。一人暮らしの時と変わらないけれど、器具や調味料なんかを私仕様に、超使い勝手のいい配置にしてあるここは、もはや私の聖域と言っても過言ではない。

 ここで行われることは全て私のさじ加減ひとつ。つまりは私の裁量次第なのだから。ここにいる限り私は神にも等しいのだ。はっはっはっ。


 リビングに目をやれば、どかっと胡座をかいて座る幸は、むむむな顔してペンの頭で頭を掻いている。きっと無意識なのだろうけれど、あれはよく理解できない時なんかにする、極々たまにみせる幸の癖だ。


 平日はなかなか時間が合わないからこんふうに幸を観察することはあまりない。

 けれど、今日みたいな週末には、ここに立ってご飯を作りながらリビングで勉強しているカッコいい幸をちらちら見るのがマイブーム。ちら見は前からしていたけれど、意識をするとまた違って見えるもの。そのとき幸と目が合ったりしたらその日は良いことがあるような気になってよっしゃと小さくはしゃいでいたりもする。私はひとりで遊ぶのも得意だから…いや、泣かないし。

 まあ、最近は大体そんな感じ。幸せとしか言えない。


 そしてまたリビングに目を向ければ、そこには今も愛しの幸のカッコいい姿がって、居ないし。


「あれ? 幸、どこいった?」


 座っていた筈の幸はどこいったと、私はきょろきょろしてみたけれど、ぱっと見、幸は見当たらない。


 たぶんトイレだろうし、そのうち戻ってくるからまあいいかと、私はリビングから持って来た色違いのカップを洗たりポットに水を入れたり、こっちの方が雑味が少なくて美味いんだよと聞いた三角柱のひとつ口のヤツなんかを手に取ってかちゃかちゃとやり出した。


「甘いヤツがあるから濃いめにしよう」


 私はおやつもさることながら、幸にほっとひと息入れてもらって、その間だけ私にかまってもらおうと思いついたのだ。私は甘えん坊だから…いや、自分で言っていて、私ってまじ可愛い奴なんだなぁって思う。


「うんうん」


 コーヒーの粉をどさどさと三杯フィルターに入れて、洗って並べたカップを眺めてにやにやとお湯が沸くのを待ちながら、幸はどうしたかなと部屋を見渡すと、リビングの窓の外、ベランダにそれなりに激しく動く人影があった。まさかこの真っ昼間からお化けは出ない筈だしあのシルエット。ならあれはやはり…


「幸か…え、幸?」


 私はくいっくいっ首を動かして二度見をしてしまった。そしてすぐ理解してしまった。

 幸は勉強で疲れた頭と体をほぐしているのだと。晴れてはいても冷たい空気と風の舞うベランダで。


「さすが幸」


 なんでわざわざそこでと思うけれど、幸にすらその理由は分かっていないと思う。

 ただおそらくは幸の持つ野生の本能が、駆け回れないのならせめてお外に行きたいと幸にそう思わせたのだと思う。


 その幸はいま両腕をぴんと上に伸ばしてはその指先を肩に下ろし、さらに気をつけの姿勢になることを繰り返して、それに合わせた足の横移動も忘れていない。びしっと伸びる指の先まで気を使うその姿は様になっている。


「こわいけどかっけー…けどやっぱこわい」


 私の記憶にあるあの動きは、いわゆるラジオ体操だろうと推測できる。

 あの、夏休みの朝、参加すればハンコをもらえる、けれど〼に漏れなく皆勤してしまうとなんだかとても悲しくなってしまうヤツ。



 私の視線にまるで気づかずに、幸はラジオ体操第二? 第一? だったかなと、私はそれすら怪しいのに、それを戸惑ったりすることなく着々とこなしていく半ば半笑いの幸。

 幸はそれをちゃんと覚えているみたい。さすがだなぁと私は思った。



「さてと、おやつおやつ」


 私は幸を諦めて、少し離れていてもでかいからすぐに見つかる優れた鉢に目を向ける。こっちのヤツが私のおやつ入れというわけ。


 そこには綺麗に包装されてリボンまでもが付いている美味そうなチョコが四箱ある。

 こっちに来いと呼ばれている気がしてふらふらと近づいていくと、コーヒー専用のポットが注ぎ口からしゅしゅしゅと湯気を出して蓋がかたかたと音を立てた。


「あ、沸いた」


 私はすぐに火を止めた。これを少し冷まさないと美味いコーヒーは淹れられない。これ常識。


「じゃあいまのうちにっと」


 私はそれを待つあいだ、おやつ入れの中のヨーチなる動物ビスケットを取って、美味そうな四つのチョコの箱を前に、どれにするかなと悩み出す。どれも美味そうで、このままではいつまで経っても決まらない。


「うーん」


 少し悩んだあと、私は指を立てた。いざっ。


「ど、れ、に、し、よ、う、か」


 私は順番に指を動かしていく。結局、運を任せることにしたのだ。

 これなら始める地点と文字数を把握していなければ単なる偶然。誰からもというか、この場合は私から、こっちのヤツがよかったなぁなどと文句を言われることもないのだ。


「と、お、りっ」


 その中でも一回り大きな箱に指が止まる。それは恵美さんがくれたお高めなお店のヤツ。コレは絶対に美味い筈だと、私はなんとなく嬉しくなった。


「美味そう。ふふふ」




「ったく。な」


 幸はいまだ楽しげに、ベランダで体を動かしている。私はこんなに長かったっけかなと幸を眺めつつ、ついさっき知った、この前もまた誰かが私達の同胞に絡んでいたことについて考える。


 幸には伝えないでおく。伝えれば幸はぷんすかと怒るだろう。疲れるだけだし、騒いだところで伝わらないから意味もないし、何より幸の時間がもったいないのだ。


 それはさっき、ポータルなサイトのニュースなんか見ていたら偶然目にしたものだけれど、目にしてしまったものは目にしてしまったのだからその内容を見ただけで、私はなにも望んでそれを見たわけじゃない。

 今の私はもう、敢えて自分から腹を立てたり、気分を悪くしたり、ましてや傷つくつもりなんて全くないのだから。

 けれど、それでもやっぱり目にすれば、不本意ながら覗いてしまう面倒くさい習性が身についているのだ。



 私達が嫌いらしい、さぞかし立派な人物であろうそのお方は、ネット上、わざわざその同胞まで訪ねていって、このアカウント、不快だし気持ち悪いから消えてくれ的なことから始まって、最終的にそんな人達の得意技、これさえ出せばこっちのもんだぜと、生産性がどうのこうのとけちを付けていた。


 けれど、生産性とか笑っちゃう。そもそもの意味をちゃんと勉強してほしい。攻撃するのであれば、それなりの知識は必要だと私は思う。


 生産性。その、もじってなのか上手いこと言ったふうなのか、全く意味を分かっていないのか、せっかく超頑張って編み出した、得意げな顔をして事あるごとに繰り出していた必殺技は、もはや的外れな主張であることを私達は知っている。

 そんなことも知らないのは、いまだにそれを口にしたり書き込んでくる人達だけ。なんとも必死で、滑稽なお話と言える。笑かしに来ているのかとさえ思わせる。



 高度成長期、生まれた子ども達はたくさんいた。団塊の世代。俗にいうベビーブームというヤツだ。第二次だってある。

 そんな時代にも私達の同胞は一定数はいた。その時代、私達が産まなくても生まれてきた子はたくさんいたのだ。


 私達の存在など微々たるもの。だからこそのマイノリティ。

 今の時代、自分らしく生きる的な、選択できる生き方は増えたけれど、それでも私達のせいでないことは明明白白。

 それなのに、堂々とそんな主張をしちゃうなんて、いい加減に気づかないと恥ずかしいぞと、ぷーくすくすと笑われちゃうぞと私は思うわけ。

 現に私はそう思っているし、馬鹿なことを言い続けるのもいい加減にしてほしいと私は思うわけ。


 これだって、分かっている人は分かっている。分かろうとする人もすぐ分かるだろうこと。そういう人が増えてくれたらいいなぁと思う。そう願う。


 私は今回のことについては特に憤っているわけでも不快に思っているわけでも、ましてや悔しくて泣きたくなって幸に慰めてほしいと思っているわけでもない。

 けれどまぁ、ほんのちょっとだけ、そうかもしれない。私はまあまあ強くてそこそこ弱い人間だから。


 けれど、当の絡まれていた方はとても冷静に対処していて、私は気持ちを煽られずに済んだ。その対応を超かっこいいと思ったし、それだけに相手のダサさが目立っていたのだ。


 だから平気。私は全然大丈夫。私はこのことをただの一言で片付けられる。


「あほくさ」



 私は幸には話さない。伝えない。いま大きく深呼吸をしている幸は私の大事な宝物。その宝物が気分転換にと、気持ち良くいい汗を掻いて楽しく過ごしているのだから、私はもうすぐ戻ってくる幸を笑って迎えればいい。幸が楽しければ、私はそれで充たされるのだから。


「だな」



 不愉快を頭から追い出した私の前には今、甘くて美味いチョコと懐かしのビスケットがある。

 さて、コーヒーもドリップし終わったから幸を呼ぼうと私はベランダに目を向けた。


「ひっ。なにっ?」


 幸の奴がびたって窓にくっ付いて、ローテーブルに並べた美味そうなヤツを羨ましそうに見ていたのだ。

 私は、なんだよもうと思いながらも、コーヒー淹れたしコレ一緒に食べよう的に甘くて美味そうなヤツを指し、手招きをして幸を呼んだ。


 けれど、幸は首を捻って、ささっ、さささって、訳の分からないハンドサインを返してくる。


「は?」


 私も負けじと、ひょひょひょっ、ひょひょって謎のサインを返す。


 さささっ


 ひょひょっ、


 互いにそれが伝わらなくて、暫くそれを繰り返していた私達。意味なんてないのだから伝わらなくて当然なんだけれど。


 ひょひょっ、ひょひょひょ


 って、私がいま出したサインを理解したらしい幸があははと笑いながらこっちにやって来て、ようやくそれは終わった。

 意外と楽しかったけれどかなり馬鹿っぽくなってしまった。



「もう。始めから分かってただろ」


「まあね。いたっ。あはは」


「私たち絶対間抜けだったからなっ」


「そうだろねー。あはははは」



 幸は笑った。

 私が守れるものならその全てを守りたいと心からそう思わずにいられない、優しくも楽しげないつもの幸の笑った顔。それを向けられるのは私だけ。


 私はそれに満足する。知らなくていいことは知らなくていい。何も好き好んで嫌な思いをすることはないのだ。ね。幸。


 私がそう思った次の瞬間、幸が私の肩に腕を回して抱き寄せてくれた。そして、一転して心配そうに私を覗き込んだ幸。

 ああ。もう、なんということだろうと私は思う。


「ねぇ夏織」


「なに?」


「大丈夫?」


「あー、うん。へいきへいき」


「ほんと?」


「ほんとだよ」


「そっか。ならよかった」


 幸は、分かってなくても分かっていた。

 体操をしながらも私のちょっとしたイラつきをちゃんと察してくれていたのだ。やはり幸も、私を注意深く見てくれているのだ。


「ああ」


 そして私は思う。やはり私には幸だ。凄く大事な宝物だ。愛しの幸だ。


「泣きたい?」


「うん」


「おいで。ま、かちだけとね」


「わたしはかちがいいの」


 泣きたくなったのは優しい幸のせいだから、私は幸の胸に遠慮なく顔を押し付けた。かなりの勢いで。


「「あだっ」」



 はい残念。

 けれど、そうなると分かっていても私はここが好き。堪らなく好き。

 私の全て。その幸の胸。そんなもの、大好きに決まっている。



「ありがと幸。もう落ち着いた。じゃあ、ちょっと休憩にしよう。コーヒーは温めなおさないと」


「休憩? 今したよ?」


 体操したからすっきりしたよ。幸はそう言っている。


「え。それまじで言ってる? 甘くて美味いヤツは? ヨーチだよヨーチ。ねぇ幸。ヨーチってなに?」


「よーち? 知らないよ」


「だよね。けどたぶん美味いと思うんだよなぁ」


「そっか。じゃ、食べようか」


「うんっ」





お疲れ様でございました。けれどやはり猛者。皆様さすが超素敵。


大手のサイトなどは、特定の記事を検索しているとお勧め的に記事が載りますよね。

つまり私は、調べものをする過程で、ほぼ毎日のように不快な話を目にしている訳です。はーはーはー。


「くそう」


では、本年もどうぞよろしくお願いします。


読んでくれてありがとうございます。

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