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woman  作者: しは かた
71/102

第六十二話 前

続きです。


超長くなってしまったので、切りの良いところで前と後に分けてあります。


こちらが前です。短めです。


よろしくお願いします。

 


「寒いな。全然だめじゃん。役立たずか」


 三人で横並びで歩くと周りに迷惑だから、私は幸と遠藤さんの後ろをふらふらと歩いている。ともすれば私は杖と甘くて美味いヤツを所望したいくらい。


 今は帰り道。マイウ…あのバーからの帰りだからもう逃げる必要はない。全ては終わったのだ。


 私がふらふらなのは疲れ切ってしまったからだし、ふたりの後ろを歩くのは、周りに迷惑をかけないついでにふたりを風除けにしているから。

 色んな角度から吹いてくる強いビル風にはあまり意味はないけれど、そこはまぁ、気持ちの問題なのだ。


「んーっ。楽しかったぁ」


「あはは。でしょう」


 伸びをしながら戯けたことを言っている遠藤さんに、笑って喰い気味に返す幸。

 そして私は、私達は三人とも同じバーにいた筈なのにおかしいなと首を捻って思い当たる。


 あー、そっか。私は今の今まで眠っていて、悪い夢を見ていただけなのか。なるほどな……って、いや、違うから。ちゃんと起きてたから。逃げ回るのに忙しくて眠る暇なんか一瞬たりともなかったら。


「はい。初顔の私にも皆さん凄く優しかったし」


「みんないい人だからねー」


 いい人達だし優しいことを否定はしない。真里奈さん達お姉様方はなんだかんだと今回も、がおりはどごにいっだぁと、べろーんべろーんとやりながらうろうろしていたアイスピックママから私を守ろうとしてはくれたから。


 けれど、私はここで再び首を捻らざるを得なくなる。

 どう考えても楽しかったはあり得ないからだ。私がとても楽しかったのは、頼んだおつまみで餌付けに成功した幸ゴリちゃんと戯れていたほんの短い間だけ。それ以降は、また追いかけられたり真里奈さんと美波さんの相手をさせられたり、アイスピックママから逃げ出したりと、いいように遊ばれて、私はもう身も心もへとへとのへとなのだ。

 私はそれを口に出していた。


「いやいやいやいや。嘘吐いちゃだめだから。あんなの疲れるだけだから」


「「へ?」」


 くるっと振り向いて、楽しかったじゃん疲れるってなんのことと首を傾げて顔を見合わせる幸と遠藤さんのぴょこぴょこ跳ねる両サイドのテールは可愛いけれどいと憐れ。


 夜とはいえまだまだ眠らない街中では目立つ恥ずかしいソレ。

 夜の街の住人達は強かで遠慮もないから、たとえ彼等に、いい歳こいてなんだあれ、ぷーくすくすと、指を差されて笑われて傷ついても、負けずに強く生きていきなよと私は思う。

 けれどまぁ、あのバーを心底楽しめるふたりは間違いなく強いから、そんなのは要らぬ心配なのだ。それが私だったら確実に泣いてしまうだろう。



 私の視線は四つのぴょこぴょこと揺れるテールが気になって定まらず、瞳はかなり忙しいことになっていた。


「いや、そこはさ、うへぇもう絶対行かないからなっ、でしょ」


「「へ?」」


 そしてまさかの、へ? 返し二連発。ああ、こいつらはもう手遅れだなと私は確信した。


「こわい」


 幸は行きつけだからどうでもいいけれど、遠藤さんはお姉様方のおもちゃと化していたというのにも関わらずその感想。結局なす術もなく同じようにおもちゃと化してしまった私とは真逆。


 やはりどこかおかしい遠藤さんは危うきを知っている君子な私とは違う。元々持っていた素質があったのだろう、最初からあっち側の人だったのだ。のりが昭和の中期から後期の人なのだ。


「超こわい」


 その結果、私はこの面子でもマイノリティになってしまった。この立場には慣れているけれど悲しくなる。

 しかもこのおかしなふたりは、自分達が少数派であることの痛みを忘れて調子に乗って私をいじめて楽しんでいるようにも思える。

 そんなんじゃ駄目じゃんと思うけれど、人間なんて所詮はそんなものだと私は分かっている。そこももう慣れているけれど泣きたくなる。


「うっ」


 けれどとにかく私は約束を果たした。全ては終わったのだ。これで暫く、いや、十年はマイウ…あのバーに行かないで済むことだろう。それだけが今の私の救い。これでもう私が悪夢にうなされる要因がなくなるのだから、私は今夜からぐっすりと眠れるだろう。睡眠不足で今かさかさのお肌の調子も一気によくなっていく筈だし、ただでさえこのくそ寒い季節に、氷のように凍てつく蔑んだ目で幸に見られることもない。あんな目で見られ続けたら確実に風邪をひいてしまうのだ。


 何にせよ私は超頑張った。私は偉いのだ。


「えらいえらい」


「けど夏織、渚さんとか真里奈さん達と連絡先交換してたよね? のりのりで。べつにいいけど浮気すんなよ」


「してましたね。あ、私もしましたよ」


「は? なに言ってんの? してないし」


「してたよ」

「してましたね」


「…うそ、でしょ…」


 揃って首を横に振る幸と遠藤さん。仲良しかって思うけれど、今はそれどころではない。

 だって私にはそんな記憶はどこにもないのだから。


「あわわわ」


 私は慌ててバッグを漁ってスマホを取り出してメッセージアプリを開いて固まった、と思った途端、体が震えて止まらなくなってしまった。

 このままでは、あの、呪いのメッセージが私の元に、直にやって来ちゃう。きっと来ちゃうのだ。それはむり。マジ勘弁御免の助だから。


「い、いいいいつのまに?」


「「へ?」」


 そんな私を見て笑い出す幸と遠藤さん。声を揃えてまさかのへ? 三発目。やっぱ仲良しだなって私は思ったけれどやはりそれどころではないのだ。

 これはたぶんというか絶対に、私の究極的な自己防衛機能が働いたということだ。私が意図的に嫌な記憶を排除したのではなく、自ずと排除しちゃうヤツだ。

 私の本能がとてつもない危険を感じて、キャパを超えると私が保たなくなると踏んで強制的にやってくれたのだ。私のまあまあそこそこセンサーでもやる時はやるのだ。


 そう。これはそこまでのモノ。絶対に触れてはいけないヤツで、アンタッチャブルなヤツだったのだ。


「これ絶対だめなヤツじゃん。なんで止めてくれなかったの?」


「「へ?」」


 私の必死な訴えを、なぜ止める必要があったのかしら的にまたしても、へ? で返しやがった役立たずども。ぽっぽが驚いたようなその顔はまじで殴りたいヤツだ。

 もういいやと、私は空を見上げる。そう。私は諦めたのだ。


「はぁ」



 こうして天を仰いでも星は見えない。暗い。縋るべき光は私を射しはしないのだ。地上の灯りが明る過ぎるから射していても気づけないのだ。くっ。


 こうして立ち尽くす私に容赦なく冷たい風が吹きつける。寒い。私を庇う意味すら見出せずに見捨てたそこの役立たずどもは、ぽっぽっぽく間抜け面を晒してそこにいるだけで風除けにすらならない全くの役立たずなのだ。くそう。


「うぐ」


 もはや見捨てられた寂しい私にできることは、あても無く視線を彷徨わせて街を眺めるのみ。

 けれど、この目を映るは何かの予兆。店先で水を撒く若い店員さん。寒いのに大変だねと思う私の頭に浮かぶある二文字。水没。


「それかぁ」


 またまた降りて来ちゃったありがた迷惑な役立たずなソレ。日付けを跨いで今夜だけでもう三回目。水没とか。

 するのは超簡単だけれど、したあとのことを考えると超面倒くさいからやりたくない。


 もうやるしかないのかなと私は思った。




「またこのメンバーで来たいですね」


「いいねー」


 水没させる前にバックアップをとらないとなとか、この際乗り換えちゃうかなとか、どうにか気を取り直して採るべき方法を模索していた私は、何か強烈な悪寒を感じて足が上がらなくなってしまった。その途端、私のツインテもどきの毛先が私の頬をくすぐった。それはアレ。慣性の法則というヤツ。

 そのお陰様で、そういえば私の髪もツインテぽいヤツだったなと思い出す。私はそれにされているあいだにも、かおちゃんてやっぱり狸っぽいよねとか、いやだパンダみたいとか、アライグマじゃないかしらなんて散々悪口を言われながらまじまじと鑑賞されていたのだ。


 もうたくさん。面倒くさい。私の方こそ頑張って強く生きなきゃいけないのだ。


「くそう」


「絶対また行きましょうね」


「そうね」


 何を馬鹿なことを。絶対ない。ことはこの面子とかの問題じゃない。場所だ。あのビル全体が危険なのだ。呪われているのだと、何故だか理由は分からないけれど、急にそんな思いが私のツインテもどきの頭に浮かんできた。なびく毛先が鬱陶しいことこの上ない。


 ふたりは同意を求めるようにすっごい笑顔を向けているけれど、私はふたりを見返すだけで、しつこくされても何も喋らなかったし頑として首を縦に振らなかった。

 私は何も聞いていないのだ。突然の若者は去れ的なモスキート音とか強く吹く風の音とかがして、それ以外には何も聞こえなかったのだから返事をしなかっただけでそこに他意はない。


 神に誓って遠藤さんの、またどうのこうのなんて話は、何れにせよ私の耳には届かなかったのだからそれは仕方のないことだなと思いつつ、またしても、ではまた行きましょうね約束ですよっ、なんてぶざけたことを口走って、ひらりとタクシーに乗って去って行く遠藤さんを幸とふたりで手を振って見送った。


「よし。セーフということで」


 幸はともかく、私はただ貼り付けたような笑顔でいただけで同意の意思表示なんてしていない。だから間違っても新たな約束は成立していない、筈。いける。




「あーっ。やっと終わったっ。長い夜だったな。じゃあ幸、私達も…」


 私は、帰ろうと言うつもりで幸に顔を向けた。その幸は、まったねーって感じで、いまだぶんぶんと手を振ったまま走り去るタクシーを見送っていて、そのツインテがびゅうと吹いたビル風にひらひらと舞っている。どうでもいいけれど私のヤツもぴょこぴょこと舞っている。


「あ。この感じ…」


 それはまるでいつか観た古い名作映画、題名は、狼と踊り出す男、とかなんとか、確かなんかそんなようなヤツ。

 その最後の方のシーン、ひとりの男の人がどこかへ去り行く狼と踊り出す男の人に、おいっ、私の髪は風になびくんだぞっ、見ろっ、なびいてるだろっ、すっごくよくなびくんだからなっ、こんなふうになっ、どうだっ、まじすごいだろって、崖の上から片手で槍だか弓だかを掲げて何度も何度も声高に叫んでいた人のよう。幸がいま何を思って手を振っているのか私には分からないけれど、今の幸はそんなふうに見える。見えてしまう。


 その台詞については遥か昔に観たヤツだからうろ覚えだし、なぜその男の人がこれは凄く大事なことなんだから的に、自分の髪が風になびくことをそこまで強調したかったのかその理由も私は忘れてしまった。


「あーあ」


 もしも今そこらに長い棒切れでも転がっていれば、それを槍だか弓だかに見立てて幸に持たせて何度か叫んでもらえるのに。

 そうすれば、その幸の迫真の大根演技を離れたところからぼーっと眺めているうちに、その男の人がなんでそんなになびくことを強調したかったのか、その理由をはっきりと思い出せるかもしれないのになぁ。



「はい残念」


「どうしたの?」


「棒がないなって。槍的な。もしくは弓的な」


「なにそれ?」


「ううん、なんでもない。もう帰ろう幸。寒いし」


「うん。そうね」


 私達もタクるよね? うん。もう電車ないし。なんて話をして、私が手を上げて通りを流すタクシーに合図を送くると、すぐに一台のタクシーがスピードを落として私達の横にやって来た。



「いや、今回もまじ辛かった」


「またまた。あはは。いいじゃんそれ似合ってるよ。やっぱりかわいい」


「かわいいのはいいけどさ、またまたあははじゃないぞっ。このっ、ツインテ幸ゴリちゃんめがっ」


「うほ?」


「うほうほっ。うほっ」


「うっほうっほ」


「あ。乗るよ幸」


「うほ」


 ちょうど横付けされたタクシーのドアが開いて、私達はうほうほ言い合って、笑いながら仲良くよいしょと乗り込んだ。


「どちらまで?」


「あ。取り敢えず、早稲田通りを中野の方へお願いします。近くになったら詳しく言いますから」


「はい。山手通りを行っていいですか?」


「はいそれで」

「うほうほほ」


「うほうほって、幸。今はやめとけって」


「うほう?」


「そうだよ。終わり」


「うほうほうほ?」


「いいよ。また後でね。幸も疲れたでしょ?」


「じゃあ少し眠るよー」


 幸は座席に深く腰掛けるように体をもぞもぞ動かして私の肩に頭を預ける。


「うほうほー」


「うん。うほうほ」


 ルームミラーに映る運転手さんは私達が酔っ払っていると思ってくれたようだけれど、それでよく会話が成立しているなぁと驚いているようでもあった。

 私が食べ物を与えて手懐けたのだからそれは当たり前のこと。たとえゴリラ語でも、愛しの幸のことなら私にはある程度は分かるのだ。このくらいちゃいちゃいなのだ。



「すうすう」


「寝付きいいなぁ」


 まぁ幸だしなと私は思った。





よろしければ、後に進んでくださいませ。


読んでくれてありがとうございます。

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