第六十話
続きです。
よろしくお願いします。
「うげ」
私はいま雑誌を読んでいる。今日、私の素敵な外側だけでなく内側からも綺麗になっちゃうぞと、そう決意をした。
けれど残念。私の決意は早くもぐらぐらに揺らいでいる。
「これはちょっとなぁ」
そう。私の決意とやらは所詮、吹けば飛び散って二度と拾えなくなってしまうようなその程度のものだったみたいなのだ…いや、泣いてないし。
「おいちくなさそうな予感しかない」
「ふむふむ」
令和三年の一月も終わろうかという週末の土曜日午後四時過ぎ。最近特に増えた幸の傍で過ごす時間。私はデトックスについての記事が載っている雑誌を、幸は私の手首をぐきってやった、あの憎っくき分厚い参考書を読んでいるところ。
私は付き合い初めの頃みたく、傍にいるだけでどきどきするとかはもうないけれど、そこに居て当たり前に思えるような、安心感とか居心地の良さは確実に増している。
そして私が幸に抱く愛は、恋人という意味の愛だけではなくなったように思う。身内へと、家族へと向ける愛情も生まれ育って、今やそれが混じってきたようにも感じている。
私にとって愛しの幸はそういう意味でも特別な存在になりつつある。私の幸への愛は歪んだり曲がったり捻れたりすることなく、順調に、確実に育っている。
きっとそのうちに、誰でも一度は気になる木、この木なんの木くらい余裕で超える超大木になってしまうだろう。ファンタジーとかで言うなら世界樹的な。
「いや、コレ絶対不味いって」
「あーんはぁ」
「え」
玉ねぎの皮を煮出すとか超むりなんですけどと、思わず出した私の呟きや、幸の欧米ちっくな呟きに思わず二度見しちゃったことはともかく、こうやって幸の傍で過ごす私は確実に幸せを感じているのだ。私は今とても充ち足りた気分だから。
それは幸も同じこと。なぜならここ最近の幸は夜眠りにつく前に、溜めた思いを私の胸で吐き出して泣くことを殆どしなくなったから。私の胸でただ甘えて、時たま今の幸せを噛み締めながら嬉し涙を浮かべるくらいなものだから。
それは私も同じこと。当然私は私はだから、ぶつぶつ文句を垂れることはままあるし、悔しくて涙が滲むこともままあるけれど、このところ私の浮かべる涙の理由の殆どが、私達の目指すところが目前に迫っていてそれが嬉しくて仕方ないからだし、愛しの幸に出逢えたことや愛されていることは間違いないのだと、この胸に幸を抱くたびに、幸の胸に抱かれるたびにひしひしと感じでしまうからだ。
つまるところ、私は今、私達の関係が、そして私達自身も、頗る安定しているのだと思えて凄く嬉しいし、こと、幸に関していえば、もの凄くほっとしてもいるところ。
といっても幸は年がら年中わたしに心配されるほど弱い女性ではないから、幸の甘えたい時にこれでもかってくらい甘やかしていれば、あとは幸自身が幸の中で落とし所を見つけてくれる。本当に辛い時にぴったりと寄り添ってさえいればおそらくは大丈夫だと思う。やはり幸は幸だから。
私はいいの大丈夫。私の心の移ろいは今に始まったことではないし、慣れっこだし、嫌なことはとっとと忘れてしまえばそれでいいのだから。それが私。いかにも私らしくてなんか笑える。
「そうそう」
結局、幸が抱えるモノのせいで抱えてしまう憤りとか悔しさとか悲しみを、私がどうにかすることなどできはしないのだ。
けれど、この手で直接なにかをできなくても、私が傍にいることで幸が無理することなく幸らしく在ってくれるのなら私にとってそれが一番。私は幸にそれを望んでいる。
それは幸も同じこと。幸もそう伝えてくれる。
私達は互いにとって必要不可欠な存在。私と幸。足りないピースはいまだ整うことのない社会的な環境だけ。
やはり私達がふたりでいれば、私達は、私達の世界は、家族も含めてほぼほぼ完璧なのだ。ふふふ。
「ね。幸」
「ねー」
昨日の金曜日、とっとと仕事終えた私は甘くて美味いヤツを食べながらわくわくと幸を待って、一緒に夜ご飯を食べて幸の部屋に帰った。
幸を待つあいだ食べた甘くて美味かった懐かしのプリン・ア・ラ・モードの食べ終わったお皿をすぐに下げてもらったし、会計も自分でしたから幸にはバレていないと私は思っていた誤算。
「も、もう、むり」
「駄目よ。あと二回」
「む、り、だって、ばっ。幸スト、ップストッ、プ。んんっ」
けれどその夜、謎の圧とともに執拗にライトニング何とかを繰り出して、夏織は少し反省しなさいとか訳の分からないことを耳元で囁きながら、激く燃えに萌えていた幸との夜を這々の体で乗り越えた私と、とても満足そうに眠りについた幸は午前中の、幸にしては早い時間から起き出して、幸の部屋から中々の量の冬服とか私達の家で必要な幸の物とかを持ち出したのだ。
「今日はこのくらいで勘弁してやるの?」
「うん。これくらいあれば大丈夫かな。お腹も減ったし。帰ろうか」
足元に置いてあるバッグに視線を遣ったあと、顔を上げた幸は私に向けて微笑んだ。愛しの幸が帰ろうと言うたびに私は凄く嬉しくなる。
「うん。帰ろう」
けれど、まだ朝ご飯を食べてから二時間も経っていないのにお腹が空いたと宣言をする幸に呆れてもしまう。
「けど幸。もうお腹空いたの?」
「だってもうお昼だよ」
時計を見ると十一時半前。お昼かどうかは議論の余地があるけれど、幸時間ならそうなのだろうなと私は納得する。
こんなことももう慣れたものだ。
「なるほど。じゃあしょうがないな。幸だから」
「何食べようか?」
「肉以外ね」
「なんでっ?」
いつものように驚く幸。じゃあ、訊かなければいいのになと私は思った。
こうしてほぼ毎週末、幸の物をふたりでせっせと運んでいたから幸の部屋のクローゼットやタンスの中は閑散としてきた。その代わり、私達の家の荘厳な棚やクローゼットとかタンスには幸の物が着実に増えてきた。
それに応じて幸の生活基盤が私達の家にシフトしているのだから、私はこうしてせっせと運ぶのは全く苦にならない。それは幸も同じこと。そんなの嬉しいに決まっているのだから。
あ、そうそう。せっせととはいっても、アヒルのかおりは早いうちにウチにきてさっちと仲良くお風呂に浮かんでいるけれど、狸の奴らは今のところまだ幸の部屋にある。私が頑張って阻止しているところだから。だってまじ要らない奴らだから。
「けど、こうして見るとだいぶ物がなくなった」
「うん。そうだね」
私に頷いたあと、幸は物が減ったこの部屋を感慨深く見回した。私は幸の様子を見ている。
幸と恋人になってから隔週で通ったこの部屋は元々物が少なかったけれど、それでも今の状態を、私も寂しく思うのだから幸はもっと寂しく思っていると思う。笑ったり泣いたり、落ち込んで呑んだくれたりと、幸には色々とあった部屋だから。それは私もそうだったから。
「幸」
「ん」
私は幸の腰を抱え込むようにそっと寄り添って、空かさず肩を抱いてくれた幸と同じように部屋をぐるりと見渡してみる。
「ああ」
初めて幸とむふふなことをとか、異臭騒ぎとか幸の真っ黒くろの朝ご飯とか色々あったなぁと、私も少し感慨に浸っていた。
とはいえ私達は女性だから、大抵の女性と同じく、前を向いたら過去は過去だと割り切れるものだから、思い出は大事なものだけれど、いつまでもそれに囚われたりはしないのだ。
「また来るからね」
幸はもう満足したらしく、そんな呟きとともに床に置いてあったぱんぱんに膨らんだバッグふたつをそれぞれ肩に掛けた。
「さてと。帰るか」
頷いた幸と一緒に玄関の方へと体を向けた私は、その回る視界の先に違和感を覚えて立ち止まり、もう一度部屋を見渡してみる。
と、あれ変だなやっぱおかしいよなと、私はあることに気がついてしまった。つまり、ないことに気づいてしまったのだ。
「ねぇ幸。ちょっと」
「なぁに」
「狸の奴がひとつ足りない」
「え」
私は玄関に向かおうと部屋の扉を開けていた幸に声をかけ、ひーふーみーと数を数えてみるとやはり足りない。
あの一番変な奴どこいった。まぁ捨てたならべつにいいけど、そこんところどうなのよと、私は目を眇めて幸を見る。
「おおおおおかしいね?」
「幸がな」
動揺してぽんこつと化した幸にツッコみを入れると同時に、私はこのぽんこつが、これは私がやるから大丈夫だよなんて言って、私だってひとりでできるもん的に私に背を向けて服やら何やらをバッグに詰め込み出した、その行動がどこか怪しかったことを思い出す。
「そこ」
私は今まさに、服を詰め込んだにしてもバッグの上の部分がぽこっと不自然に膨らんでいる、幸の肩に掛かるバッグに目をつけた。
「なななに?」
いやいや幸さんそのぽこっと膨らんだ形は明らかにソレでしょうよと、私はピンときてしまったから。
「いや、だからそのバッグ。膨らんでる形が変。おかしい」
「えっ。いいいや、ふふふ普通だよ普通」
「幸さぁ」
「なゃににょ?」
私が幸のバッグをじっと見つめていると、こここここには入ってにゃいからにぇっと、慌てた幸はバッグを守るように抱え込んだ。
怪しさ満点、もはやバレバレ。やはりぽんこつ幸に隠し事はできはしないのだ。
「ここにはないのっ。ないったらないっ」
幸は更にバッグをきつく抱え込んだ。
いや、ちょっと。その必死さ久し振りだし膨らんだバッグとか笑っちゃうからまじやめてくんないと、私は一呼吸入れてどうにか笑いを押さえ込んだ。
けれど、さすがぽんこつ。そこに抜かりなどありしはない。どうしても私を笑わせたくて仕方ないとしか思えない。
ぽんこつ幸がバッグを思い切りぎゅとしてしまったせいで、ぱんぱんに詰め込んで閉まらなかったらしいバッグの口から奴の頭がにょーって出てしまっていたのだ。
あっしをお呼びで? そんな感じで。幸が狙っていなければ偶然にも。
「あ…」
私は唖然としてしまったけれど幸は狸が顔を出したことに気づいていない様子。いまだ必死な顔で、ないないっ、ないからねっとすっとぼけるという無駄な足掻きをしているから。
「…いや、まじかぁ」
「な、なによ」
「ミラクル。もうね、さすがぽんこつとしか言えない」
「な、なんなのよ」
「それ。そんなことある?」
指を差して幸に教えてあげながら私は吹き出してしまった。さすがぽんこつ。いつかもこんなことがあった。つまり私はまたも耐えられなかったのだ。
「ぷぷっ。ふふふふふ」
私の指の先を見て顔を出している狸に気づいた幸は、やっちまったと驚いて困ったようにへへへと笑い出した頼りない声は、すぐにあははと楽しげな笑い声に変わった。
そして私達は暫くのあいだ、お腹を抱えて笑っていた。仲良く笑いのスイッチが入ってしまったから。
んがんがとやり合って笑う私達は、止める人がいない分だけ、よけいにお腹が痛くなってしまった。
「あー。面白かったね」
「うん。まだお腹痛い。あんなの中々あり得ないし」
「ねー」
じゃあそろそろ帰ろうと私達は幸の部屋を出ることにした。けれどその前にやることをやっておく。このまま有耶無耶にしようとか幸の奴、それがいけると思っているとか笑っちゃう。それもまじあり得ないから。
私を舐めてはいけないことをちゃんと幸に教えてあげないと後々に響いてしまう。ごり押しすればいけると思われては堪らない。幸は私よりももっとずる賢いから。
これ以上狸は要らない。というか、私達の家に狸なんぞはひとつたりとも要らないのだから。非狸三原則ということだから。
私は平然と前を歩き出した幸のバッグをぐいっと掴む。
「幸。待った」
「なぁに?」
「置いてけ」
「なななっなんとこと?」
「噛んじゃったね。はい残念」
その帰り道、両肩に大きなバッグをかけていても颯爽と歩く幸は、私と違って重いだのなんだのとかが泣いたりしなかった。
ちなみに狸は入っていない。私は幸の必死っぽい嘘泣きに騙されなかったのだ。私は確実に成長している。私はやってやったのだ。
「ねぇ幸。それほんとに重くないの?」
「服だけだから全然余裕だよ。狸ないしさ。うぐうぐ」
「さすが幸。てか嘘泣きするな。けど、お昼はお肉にしよう」
「ほんとっ。やったっ」
喜ぶ幸を尻目に、私はふふふとほくそ笑む。これは私の作戦だから。狸を諦めるとお肉を食べられると幸に思い込ませるのだ。お肉と狸ならお肉の方がいいに決まっているのだから。
そして更に私は駄目を押した。
「あとね、夜はわたし。ね?」
私のことも美味しく食べてねと、幸にゆるふわーく伝えたのだ。
「ぐはっ」
これで完璧。いま幸の脳内では、狸を諦めると肉を食べられて、更には私を食べられちゃうという図式が確実にインプットされた筈。
つまりこれは幸の優秀さを逆手に取った素晴らしい作戦なわけ。
「ちょろいな」
とはいえ、言った私もどうかしているなという自覚はさすがにあるけれど、私のお誘いを昨日の今日でも喜んでくれる幸も幸。幸は絶対にえろえろのえろ、のえろだ。
「くはっくはっ」
呆気なくいってしまった幸を見て悪く微笑みながら、私はあと何年、幸はこんなふうに私を求めてくれるのだろうと、ふと思う。
たとえそうなっても、幸は違う形で私を求めてくれるだろうけれど、私に磨きが掛かればそれだけその期間は長くなる筈。気持ちが一番大切だけれど、体の触れ合いもまた凄く大事なことだと私は思うから。
「よーし。がっつり食ったるでー」
「ちっょと、幸。やめろって。落ち着けって。みんなこっち見ちゃうからっ」
復活したと思った途端、ぴょんぴょん跳ねて吠える幸。
「やっふぅぅぅ」
「もうわかったから落ち着けって」
私は、ヤバいな今じゃなかった失敗したななんだよもう恥ずいなと思いながらも、頑張って他人の振りをぜずに、どうにか幸を落ち着かせたのだ。
まぁ実のところ、私は幸の、珍しく息切れするくらいの喜びようをとても嬉しく感じてもいたのだけれど。
で、私に磨きをかける。すると、幸も私も超ハッピーになれると、喜ぶ幸を見てそう思ったから、私はそのための手段を学ぶためのものを手に入れたというわけ。
それは帰り道で通りかかった本屋さんで偶然にも目に入ったデトックススープと銘打った雑誌。そのシチュエーションからしても出逢うべくして出逢った運命的な本バージョンという感じ。
私は帰ったらそれを読んで、さっそく実践してしまおうとその時は思っていたのだ…いや、まじだから。まじでそう思っていたから。嘘じゃないから。ほんとだから。
「いや、玉ねぎの皮とか野菜の残りかすとか。これはむりかも」
「なるほどなるほど」
てなわけで、途中、本を買って、焼肉を食べて二時過ぎにここに戻った私と幸は、持ってきたヤツを片付け終えて、今それぞれに思い思いの時間を過ごしているところ。
寒い冬、今、暖房の効いたこの部屋はぽかぽか暖かくても、体のどこかが必ず触れているように座る幸と私は、この部屋に帰ってすぐ、持ってきた幸の冬服とか諸々をいちゃいちゃしながらクローゼットやタンスに片付けをした。私達はとても仲良しだから。
「なにこれちっちゃっ。入るの?」
「くくく。余裕」
「あ。でもこれ伸びるヤツだ。うわ、高っ」
「結構するんだよ、それ。あ、入るなら夏織にそれあげる」
何着かあるからねよかったらどうぞ。あげるだなんて優しい振りしてにやついている幸が私と遊ぶ気満々なのだと気づく。
「ほう? まじか」
入るなら。そう言って幸はせせら笑っている、気がする。俄然火がつくその言葉とその態度。
私の中ではもはや遊びは関係ない。そんなことを思いながら、私はそれを伸ばしてみて、これならいけちゃうかもしれないと、分不相応なことを思ってしまった。
「よしっ」
暖かそうだしお高いし、折角くれるというのならもらってやろうじゃないのよと、私は立ち上がって、ソレを体に当てて伸ばせるだけ伸ばしてみて、そこをじっと見る。全くいける気がしない。
「だよね」
「どう? いけそう?」
「いけな…いらない。やっぱ幸のだから。高いし悪いから」
はい残念。ストレッチ部分の伸びが足りないのだ。もうふた伸びはほしかったところ。いや、何かが多い。もうふた周りは減らしておきたかったところ。くっ。
幸の忍び笑いを聴きつつも、私は何もなかったことにして、それを幸のスペース、奥の奥、そのまた奥へとしまいこんでやった。
履きたければ幸が引っ張り出すから構わないのだ。まぁ、整理するのは私だけれど、これもまた代償というヤツ。私はえらいから、ちゃんとそれを受け入れるのだ。
「遠慮しなくていいのに。くくくくく」
「は? なんのこと?」
幸の言う残念とはなんだろうと、私は私の標準サイズのヤツよりも確実にワンサイズ、下手をするとツーサイズダウンなヤツのことや私の一連の行動なんかなかったことにしてやったのだ。不快だから。
幸が身に着けるヤツはそんな不快なヤツばかりなのだから記憶に残すだけ無駄なこと。
私はそういう無駄は省く人。私は身も心も身軽にスリムに生きたい人だから。今は特に身の方を。切実に。
「ぷっ。身軽? スリム?」
「そうだよ」
「ぷぷっ。ちょっとやめてよ夏織。あはは、あはははは」
だから幸の奴が何をそんなに大笑いし出したのか私にはさっぱり分からない。たぶん、幸は何かツボっておかしくなってしまったか、箸を転がしたことを思い出しているのだと思うことにした。
「あはは、あははは」
けれど、お腹痛いと笑い転げる幸を見ていると凄く不快。私が笑われているような気になってしまう。なぜだかもの凄い怒りが腹の底から湧いてくるのもまた事実。
「なんか腹立つな」
「ひーっ、んがっ」
そして私はなぜこんなにも怒りが湧いてくるのか理由も分からないままに、肘を前に突き出して、苦しそうに笑って蹲って床を叩いている幸の脇腹に狙いを定めていた。
「幸。笑い過ぎ」
もはや私は奴を止めなくてはならない気がして仕方がない。私の肘が脇腹をぐりぐりしたがってうずうずしている。私もしたくてうずうずしている。何人たりとも私を止めることなどできはしないのだ。いざっ。
「いってしまえっ。天誅」
「ふぐぅ」
「うりゃうりゃぁ」
「ちょっ、まって、ふがぁぁ」
「はっ。ざまあ」
「超すっきりしたなっ」
ばったんどったん悶える幸を暫く笑ったあと、気を取り直して私達は片付けを再開した。
「酷いよ夏織」
「そういいながら笑ってんじゃないぞっ」
「バレた? あはは」
「ったく」
なんつって、幸の冬用のヤツをそれ以外と入れ替えようとタンスを開けて、私はいい物を発見してしまう、というか、私はとっくに知っているし見慣れたし、どうでもいいと思っていることだけれど敢えてそれをいじったのだ。
「なにこれ浅い。これに収まるんだからやっぱ幸ってすごいんだなぁ」
「え?」
私はにやにやしながらそれを自分の胸に当てた。もしも私がコレを着けたなら、確実にはみ出してどこぞのえろい同人みたいになってしまうだろう。
「あっさ」
コレは私には絶対に無理だなぁと、そんな感じで尊敬の念を込めて。実際は回らないから着けられないけどなっ。はーはーはー……は? うっせ。
「うん、むり」
「なっ、う、うるさいっ。いまそれは関係ないでしょっ」
「だって幸。片付けてたら出てきちゃったんだからしょうがないでしょ。あたっ」
私は叩かれたところを摩りながら幸を見る。この視線には一切の怒りや呆れはない。込めるのは慈愛のみ。この顔に微笑みを湛えて、優しく、私がいるよとただ優しく。
「幸泣くなって。へいきへ、ぶわっ」
「黙れ」
幸の冬服がごっそり飛んできた。超こわい野生の幸が現れたのだ。
「くらばらくわばら。いたっ」
「ふんっ」
雑誌をそのままにしてデトックスかぁと、私はほんの少しだけ考える。
「今回はご縁が無かったということで」
私にはヨーグルトがあるから大丈夫。私はそれでいけるということにして、結局それを諦めて雑誌を閉じた。
それから私と違って頑張り続けている幸をちら見して、さすが幸だなと感心しながらとことことクローゼットに近づいてそれを開けた。
「ふふふ」
「夏織。クローゼット見て笑うって、ちょっとこわいよ」
背後から聞こえた声に振り向くと、勉強していた幸は素早く私の側に来て私の横に立った。
「わかってるでしょ?」
「まぁね」
私は幸の腰に手を回してくっついた。私を抱えるように抱いてくれる幸の胸、というか肩の辺りに頬を寄せてまたクローゼットに目を向ける。
「ふふふ」
幸が私の髪にキスをする。その唇は頬に降りてくる。こそばゆいい感じがして肩を竦めた私の顎に添えられた、幸の綺麗な指に導かれて顔を上げて目を閉じると、私の唇に柔らかくて温かい幸のそれが触れた。私はへろへろだ。
「かわいい」
「ま、ぁね」
キスが終わっても暫く、私達はクローゼットを見ながらくっついたままでいた。私が幸を離さなかったのだ。どこにも行かないでねと、心の中でたっぷりとお願いしていたから。私は甘えたくなったのだ。
私が顔を埋めてぐりぐりとしているそのあいだ、幸はずっと私の髪を撫でていてくれた。それはまるで、分かっているよ夏織こそと伝えてくれているような、とても優しい手つきだった。
「ありがと」
「もういいの?」
幸が向かい合うように私を抱き直して、綺麗な顔を間近に寄せた。私は満足したから元気よく頷いた。
「うんっ。あた」
「あた」
近かったから、おでこ同士がごちんとぶつかってしまったのだ。それでも、いや参ったなぁとおでこを摩る私達は離れない。間近な顔を見合わせて、ふふふあははと笑っていた。
「好きだよ幸」
「私も。夏織のこと大好き」
そして私はまたクローゼットに目を向ける。そこに見るのは隙間が埋まると始まる幸との生活。
「ふふふ、ふふふふふ」
「やっぱりちょっとこわいかな」
「だよね」
「あはは」
幸が私を抱き締める。私は幸を誘うようにキスをした。綺麗な指が私に触れて、上擦る声を漏らしながら私は私を幸に預けていく。
幸の指に翻弄されて、唇で触れられて、私は息を荒くして幸にしがみついていた。
「夏織」
そっと呼びかける幸に私は微かに頷いた。甘くて切ない感覚に囚われて、私は夢中でそれと戯れていたから。
私はもう我慢はしない。遠慮もしない。ここは私達の家で、私と幸のだけの世界だから。
互いを求めて互いに与えて、想いをぶつけて受け止めて、そうやって全てを吐き出して愛し合って、互いの愛情を心の底から実感したらまた明日を頑張って生きていく。私らしく幸らしく。
それはなんとも自然なことだと私は思う。私と幸はそれでいいのだと私は思う。
「おいで」
すぐに幸が私の手を取った。私から離れた指と唇に、私は不満げに鼻を鳴らしながらも幸に誘われるままとことことリビングを出た。
幸が寝室の扉を開けて先に入り、続いて私が入って後ろ手にその扉を閉めた。
今日のところはこの先は内緒。
そう。私達の戦い、ではないけれど、今からだ、的な。今日の今から私はついに隠していた爪をにゅって出すの。この手の内は明かせない。だから内緒。はい残念。
ふふふ。
「大丈夫?」
「このっ、このっ、このっ、このっ。やりすぎだぞっ。このっ、えろっおんっなっ」
「まあまあ。だって夏織、なんか痩せた感じするよ?」
「え、まじで?」
「まじまじ。なんかね、頬がげっそりって感じ」
「は? それは痩せたとは言わない。やつれたっていうんだからなっ。幸のせいだからなっ」
「いやいやそんなこと。あはは」
「何がいやいやだっ。あははとか笑ってんじゃないぞっ幸。うらうらうらぁ」
「あだっ。あだだだだ」
そう。私は負けてしまったのだ。うぐっ。
書いていた楽しかったです。皆様、置いてけぼりになってしまっていたらごめんなさい。
「いけた?」
連載を始めてもうすぐ一年。皆様、お付き合いしてくれてとてもありがたく思っています。ありがとうございます。
「なかまなかま?」
読んでくれてありがとうございます(´∀`*)