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woman  作者: しは かた
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第五十四話

こんにちは。寒くなると特に右の手首が痛くなる、しは かたです。


続きです。


よろしくお願いします。

 


 おっ、これは…


 アレだ。これはたぶんいつかの吉日。季節外れの(うらら)かな日の午後の、まだ早い時間だと思う。どうやら前回の時よりも天候に恵まれたみたい。

 大丈夫。私はちゃんと分かっているのだ。



 遠くに海が見えるどこかの丘の上。この場所やそこにある白い建物は私の記憶。


「うーん」


 だから私は知っている筈だけれど、雑誌の写真とかテレビとかで目にしたヤツとか、我慢しきれずついつい検索しちゃったネットで見たことのあるヤツとかが色々と混じってしまっているらしく、いずれもその原型を留めていないように思える。

 だからもう、この場所がどこで、その白い建物が一体どこのどんなヤツだったかのかさっぱり分からない。


「ま、べつにいっかなっ」


 そこはそれ程重要じゃない気がして、私はそれを頭から追い出した。

 これから私に、たぶん幸にも起こるであろうことの方が私には重要な気がするから。

 それを保存しておくための容量は空けて置かないといけない。


「そうそう」



 今その白い建物の中に、女性なら誰もが望むかどうかはさて置き、いいなぁと羨む筈の、予定では生涯で一度しか着ないつもりの素敵なドレスを着てそわそわわくわく喜びを爆発させている私がいて、その(かたわら)には同じように素敵なドレスを身に纏って微笑んでいる幸がいて、ついでにそれを俯瞰的に眺めながらどこか醒めている私もいる。


 つまりこれは、言ってしまえば、終わるとともに否応なしに、何も変わっていないくそったれな社会が残念でしたと再び私を迎えてくれちゃうという、なんとも喜劇的であほくさくも馬鹿げたお話。

 そしてそのとき私がそれをどう受け止めるのかも、私は既に知っている。


 私はちゃんと分かっている。そう。つまりはそういうことわけ。




 ということで、私はいま周りをぐるりと見渡している。


「すごいな」


「ほんとだね」


 ここは私が時おり妄想していた通りのとても美しいところ。何かがぐっと胸に来てしまうものがあるところ。

 おめでたい話題を耳にするたびに、まずあり得ないよなぁと諦めていながらも、私もこんな感じのところで挙げられたらいいなぁなんて、今ではもうというか、今でもまだほんのちょこっとだけ、密かに憧れてもいるところ。


 入って正面上部一面に並ぶ小さな白いガラス窓から差し込む陽の光と、両側面上部に惜しみなく嵌っているステンドグラスからの(いろとり)どりの光の加減とが相まって、空気中に漂っている無数の埃が嫌でも目に入ってしまうこともなんのその、その雰囲気はまさに荘厳、この場所はこの私でもさえも身の引き締まる思いがする。


 私には絶対にないと知っている分だけ特別そう思えることも私は分かっているけれど、今はこの状況を素直に喜びたいと思う。


 そして私と幸は今、そんな場所で向かい合っているところ。



 幸とこの場所に立っていると、その愛に嘘偽りなどあってはならないと、それを決して許さないぞと、愛しの幸に向ける私の愛が本物なのかと問われているような気になるけれど、私達にそんなことを問いただすことに意味はない。それはまさに愚問というヤツ。

 そんなことは訊くだけ野暮というものだし、私と幸の育んだ愛は、抱いた当初からまごうことなき本物で、今や見事なまでに昇華しているのだから、そこを疑う必要なんて少しもありはしない。


「はい。誓います」


 そして幸が今、私を愛し続けると自信たっぷりに返事をしてくれた。それが、は? なんでそんなことを訊くのかしら? 愚問だわねと、そんな感じだから、私は嬉しくて堪らなくなる。



 私達はお互いに、素敵な大人の女性としてとてもよく似合っているクラシカルなAラインのドレス、私は袖無し、幸はレースの長袖の、純白というよりは少しクリーム色っぽいヤツを身に纏っている。

 実は、プリンセスタイプと迷ったけれど、この歳でプリンセスっていうのもねぇと幸と笑って、大人な印象のこっちのヤツにしたの。

 やっぱ正解。私も幸もとても素敵だから。特に、今はベールで隠れているけれど、アップにした髪にティアラをちょんと乗せている幸がとても綺麗で超可愛いの。

 容量を空けて置いてほんと良かった。私は幸のその姿を絶対に忘れない。それをたまに思い出して、ぐへへ、幸超可愛いとかやるつもりだから。


「ぐへへ」



 こうして私が見たいなぁと願っていた幸の姿を見ることができた。どうしても見てほしかった人達に超綺麗でとても素敵な私の姿を見てもらうこともできた。それで充分、私はとても満足している。


「ばい。ぢがいまず。うっふぐっ」


 幸に続いて私の番。お前は本当にいけるのか、大丈夫なのかと問いかけられて、あらら、アレは泣いているよねと明らかに分かる感極まった声で答えてしまうと幸がぷっと吹き出したから私は頬を膨らませてベール越しに幸を軽く睨んでやる。


 まぁ、そんなことをしても幸の顔にもベールがかかっているから、今いいところなんだから笑うなこんにゃろう的な私の視線には、さすがの幸といえども気づけていないみたい。だって幸の奴は、いまだにくくくと忍び笑っていやがるのだから。


 いくらベールがあってもこの静けさの中じゃ忍べないんだからなっ。真面目にやれよこのぽんこつめがっと私は蹴りをくれてやる。ただし、誰にも気づかれないように、ドレスで隠れている足をこっそりと伸ばして足先でつんつんと突く感じで。私はここが家であるあの方のようにとても慈悲深くて優しいから。


「てい」


「くくく、あたっ」


 幸の奴が大袈裟に反応したけど大丈夫。たぶん誰にもバレてない。私はそう信じている。私の記憶では信じる者は救われる筈だから私は信じる。そうでなければ信じない。けれど今は絶対いける。


「幸」


 今ならバレずにいけるからと、私は立てた人差し指を唇に当て、幸に向けて首を横に振ってみせた。


 幸は小さく頷いてごめんごめんと伝えてくる。けれど、愛しの幸は馬鹿だから忍ぶことはやめなかったのだ。


「くくく」


「幸ぃ」


「うっうんっ」


 バレない筈だったのに、私達のすぐ側に立つおじ様の咳払いが聴こえた気がする。明らかにしてしまう。


「うぉっほんっ」


 ほらね。


 まったく、幸のせいで私までふざけてないでちゃんとしなさいあの方はいつも見ていますよと暗に怒られてしまったじゃんかと、私は更に頬を膨らませて目を細め、じとっと幸を睨んでやる。すると、膨らませ過ぎてしまったせいで私の口からぶぶーと音を鳴らして息が漏れてしまった。


「ぶぶぅ」


「ちょっ夏織? やめてよもー」


「は? わざとじゃないし」


 幸の奴はあろうことか、忍ぶことをやめてあははと笑い出しやがった。

 私は悪くないけれど、怒られるのは嫌だから今はやめろと慌てて幸を止めようと頑張った。


「あはははは」


「ち、ちょっと幸。今は駄目だってっ」


「ははは、ひーっ、んがっ」


「や、やめろってばかっ」


「うぉっほんっ、んんっ」


 再び聴こえる咳払い。気持ちよく笑っているのは幸なのに、やはり私までまた怒られたような気がしてしまう。こんな場所でも理不尽はまかり通るのか。

 どうにも腑に落ちないなと私は首を捻る。


「いや、おかしい」


「くくく」


「幸。真面目にやれって」


「いや、だってさぁ」


「んんっ。おっほんっ。げほっんっげほげほっ」


「うるさいな。いまやめさせるから」


「ぷっ。くくくくく」


「ぐおっぶぉんっ。げっほんっ。んんっ。んんっ」


「ふたりともわかったからもうやめろって」


「あはははは」



 こうやって、いかにも私達らしくわちゃわちゃやってぐだぐだと進んでいった定番の誓いの言葉とか指輪の交換とか。

 といっても私は至って真剣そのもの、ぐだぐだは幸のせいだから私にまで責めるように咳払いをするのはお門違いもいいところ。あたかも真剣がドレスを纏っているように感じたなとは、のちの私の談。


 だって実際そうだったから。分かっていたって、私は真剣に、真面目に取り組んだから。

 幸を含めた他のみんながどう思っていたかなど、私の心構えには全く関係ないのだ。



 ()()真面目に粛々と進めた筈のその定番のやり取りの最後になって、それでは誓いのヤツをとおじ様に促される。

 その言葉を受けて幸が先ず、私の顔を隠すベールを交換したばかりのリングがはまる手を伸ばしてその綺麗な指で摘み、そのまま私の可愛く結った髪の後ろへとそれを上げる。それから私も少し震える指先で同じように可愛く結った幸の髪の後ろへそれを上げた。


「なに幸超綺麗しかもぐうかわとか」


「ちょっ、ぷぷっ」


 互いにかかっていた謎のベールが取り払われた瞬間にはっきりと認識できた美しくも可愛いい幸の顔と姿。

 あらためて見てもため息が溢れそうなくらい素敵だった。


 そのせいで思わず漏らした私の心の声に耳聡く反応した幸がまたしても小さく吹き出すと、あのな、お前らいい加減にしておけよと、おじ様がすぐさま一段と激しく痰を絡めだして私と幸をじろりと睨む。


 けれど、最初(はな)から一貫して真面目に取り組んでいる私はもう気にしない。私はただちょっと心の声を口にしちゃっただけだし、今はそれどころではないのだから。大事な大事な誓いのキスが、今か今かと私達を待っているのだから。


 同じく幸もそんなものはどこ吹く風。怒られているのは幸なのに全く動じていない。それもその筈、幸は面の皮が厚いから。

 構わず私を優しく見つめるその目には私と同じように光っているものが確かにあった。かっはかっはしながら真っ赤になって微笑むその顔は、その確かな愛情を、私にしっかりと伝えてくれている最上級のヤツ。

 その微笑みを湛えたまま、幸が私に一歩近づいて、夏織と囁くようにそっと呼びかけた声も私に抱く幸の愛情を惜しみなく伝えてくれている。


 そして幸は、綺麗で格好よくて、時に可愛らしくも間の抜けたようにもなる顔を私に近づけて私の頬にそっと唇で触れてくれた。

 そのあと私も、真っ赤な顔して固まって私のキスを待つ幸に唇で触れた。


 誓いのキス。

 本当は唇にしたかったけれど、それは駄目ですどうしてもしたければ頬にしてねと言われてしまった、後にはもちろんこの先にも二度とない、私達にとっては生涯で一度きりしかない特別なもの。

 集ってくれたみんなの前で、抱えるものに関しては私達に試練ばかりを与えてくれる神様の家で、誓い合った尊いものだ。


 こうして私達は結ばれた。病める時も健やかなる時も常に共にというヤツだ。



「愛してるよ幸」


「私も。夏織を愛してる」




 それから私達は揃って参列席へと体を向けた。そこで私達を見守ってくれていた親達も、環さん一家も花ちゃんも、恵美さんや麗蘭さんをはじめとする、今日のよき日に集ってくれた同胞達も私達を心から祝福してくれているのが分かる。それがちゃんと伝わってくる。私達はそういった感情にはとても敏感な生き物だから。私達は伊達に普段からヘイトを受けているわけではないのだから。


 それに、定番のやり取りが続いていたあいだ私は気づいていた。

 花ちゃんの小さな啜り泣くような声とか父さんのうぐうぐと啜りあげる大きな声とか、ちょっとお父さんやだもうしっかりしてと父さんを嗜める母さんの声も聴こえたし、それと同時に起こったみんなのはははと笑う声とかも全部、ちゃんと私の耳に届いていたのだ。それが祝福じゃないのなら、一体何だと言うのだろう。


「ふへへへへ」


「夏織ったらだらしない顔」


「幸だってその顔、だらしなーく弛んでるからな」


 顔を近づけたままひそひそと、そんな会話をしてほくそ笑む私達。ふふふくくくと忍びあった。



 ああ。私はいま、喜びいっぱいではち切れそう。突かれたら確実に割れてしまうから突かないでねなんて思ってもいるところ。


 そして私も幸ももう限界。涙が止めどなく溢れ出てしまう。

 私と幸はひとりだった時も、幸とふたりになってからも、何ひとつとして変わることのなかった取り巻く世界を私なりに幸なりに、時に笑って時には泣いてくそうくそうと悔しがったり不安になったり、面倒くさいとぐちぐちと悪態を吐いたりしながらも、それでも笑顔を忘れないように、嬉しい時には思い切り、辛い時でもできるだけそれを顔に貼り付けて、嫌なことを頭から追い出したり忘れたふりをしたりして、そうやって頑張って生きてきた。

 だから、そのことを思えば泣いてしまうのは当たり前。私は凄く泣き虫だし。


 いま母さんも花ちゃんも泣いている。幸の両親はもちろん、あの環さんですら泣いている。


「うぅぅ、おぅ、がおりぃぃ」


「なんだあれ」


「夏織のお父さんだよ」


「いや、知ってるから」


 私の父さんに至ってはもはや号泣、恥ずいからやめてくれと思うけれどやはり笑っちゃう。それが私の父さんだから。そんな父さんに愛されていると思えるから。


 集ってくれた同胞のみんなも涙を浮かべたり、静かに泣いている人もいる。みんなが涙する理由はそれぞれにあるとしても、根っこのところはおんなじだ。それぞれの想いをいま幸せいっぱいで泣き笑っている私達に重ねているのだ。私だっていつかと、私達だって必ずと、私の分まで幸せにと、私達の分までどうか幸せでいてと、そう想っているのだから。それは僻みでも妬みでもない、決意とか願いとか、託す想いとかそういうヤツ。


「夏織」


「なに?」


「幸せになろう」


「当然でしょ。けどもうなってるから」


 幸のお陰で。そう伝えると幸は思い切り微笑んでくれたのだ。飛び切りのヤツで。





「う? うーん?」


 目を開けるとそれは涙に濡れていた。その目に入ったのは天井だった。


「知らない天…いや、それはいいや」


 確か昨日も見ている筈だし。と、私は寝ぼけた頭でそんなことを考えて、知らない筈のない天井をぽーっと見ながら今の状況を整理するそして、ほらやっぱりなと、少しだけがっかりした。

 けれど、少しだけだ。それはそうだ。醒めた私はちゃんと分かっていたのだから。


「そうそう」


 それにしてもと、私は隣ですうすうと眠っている幸せそうな(さち)に目を向けた。

 今もしも同じ夢を見ているのなら、嫌がる私を無理矢理アレに乗せて、幸は高いねーとか言ってはしゃいでいるだろうなと、くすりとしながらやんわりと釘を刺しておく。


「幸。ゴンドラはないでしょ」


 あの最後、披露宴的な会場。

 いや、よくあったなコレ、けど古過ぎて絶対動かないでしょと不安がる私に向けて、幸の奴はとてもいい笑顔で、じゃじゃーん、サプライズだよすごいでしょと、ゴンドラを前に、コレがあったからこの会場にしたのよと、さも素晴らしいことのように言っていた。幸はどうせやるなら全力なのだ。まったくもって幸らしい。


「ま、いまさらだしなっ」


 そして私は、乗らずに済んだ安堵とともに、いい夢見たなはい残念と、大きくひとつ、ふぅとため息を吐いた。



 それは夢。当たり前だけれど目覚めと同時に夢は終わった。今すぐ眠れば夢の続きを見られるかもだけど、過ぎれば喪失感の方が大きくなってしまうし、何よりもゴンドラには絶対に乗りたくないからそれはやめておく。確実に見世物になって、何あれ、ははは、珍獣がゴンドラにー、とか言われてしまうから。だからこの判断はいい判断だと思う。


「もう眠くないしな」


 私は愛しの幸の方へ体を向けて、私達ね、結婚式挙げちゃったんだよ、幸、凄く素敵だったよ私もだけどと、伝えるつもりでその髪を撫でた。


「ん…」




 それは夢。使い古しもいいところのベタな展開だけれど、私は多少の喪失感とか気怠さなんかを感じながらもなぜかすっきり、気分は悪くない。

 私は途中から、ともすれば最初から、あーコレはアレだと、なんとなく意識の内で分かっていたのだ。こんな夢を見たのはこれが初めてじゃない。

 ね。私はちゃんと分かっていたの。


 それでも私と幸は結婚できた。式まで挙げて。参列者も、身内と仲間内だけれどそれなりにいてくれて、みんなが祝福してくれた。たとえ夢でもそれは幸せなこと。


 だから私は、私達が形だけでも挙げようとすら考えてもいない結婚式というものを、たとえそれが、出席した結婚式とか、テレビや雑誌で見たヤツとか、私の記憶の底に憧れとして確かに残る、過去に見た映画とかドラマのシーンなんかを継ぎ()いだトレース的なヤツだったとしても、それを幸と体験できて嬉しく思う。


 虚しくたって目覚めとともに儚く露と消えたって、見ていた時の私は凄く幸せだったから私に文句なんてちょっとしかない。夢なら覚めないでほしかった的なことも思っていない。だって夢は所詮夢だから。



「ふふふ」


 多少の喪失感とか虚しさを頭から蹴り出してしまえば、私の中に残るものはいま見た夢の幸福感だけだから。それは私の得意技だし。

 凄く綺麗だった幸と、とても可愛かった私のドレス姿やみんなが祝福してくれたことを忘れなければそれでいいのだから。私は私だから、都合よくそんなこともできちゃうのだ。


「そうそう」



 けれど私は気づいてしまった。

 我が家で過ごす二日目に見た今の夢は、お正月なら初夢みたいなものなんじゃないのかなと。ならば私がいま見た夢は何かを暗示しているのかもしれないぞと。


「いける? だといいな」


 私はそう思うことにしてもいいじゃないと、顔をにんまりと綻ばせた。

 まぁ、このさき何かがあるとは思ってもいないけれど、期待するのはべつにいいかなと私は思うから。世を儚んでいるだけじゃつまらないなと思うから。


「そうそう」


 いい夢は誰かに話しては駄目。話すは離すに繋がるから正夢にしたければ話してはいけない。だから幸には内緒にしようかと思うけれど、半日くらい経てば大丈夫らしいよという説もある。

 なら、今夜、夜眠る前、午前0時を過ぎたら幸に話そうかなと思う。


 とはいえ、いくら期待したところでどうせ叶いっこないと諦めている私が居ることもまた事実。それに私は今からでも夢の話したくてうずうずしているところもある。あんながこんなで凄かったんだよと聞いてほしくて堪らない。幸はきっと、話を楽しく聞きながら、ずるいずるいと羨ましがることだろう。ふふふ。



「ね、幸。わたし挙げちったから」


「あげた? なにを?」


「結婚式。幸と。幸、凄く綺麗だった」


「まじ?」


「まじまじ」


「えー、ずるい。いいなーいいなー」


「へへへ。いいでしょう。けど幸」


「なぁに」


「ゴンドラはありえない」


「ななっ、なんのとこ?」


 こんな感じ。幸はゴンドラ計画がバレて、しかも最後にまた噛んでしまうの。それで、くっそうくっそうと悔しがるのだ。私には分かる。


「ふふふ」



 こんな会話を今すぐしたいけれど、それでもやっぱり日付けが変わるまでは我慢だなと思うのは、兆が一にも望みが叶うことを私が密かに期待してしまってもいるからだ。

 迷信を信じたいとかげん担ぎとか、諦めきれない私はやっぱり弱いんだなぁと思い知らされるけれどそれでいいと私は思う。

 私は口ほどに強くないし、必要以上に強がることはしない。無駄だから。意味ないから。適度に悩んで葛藤して悔しがって落ち込んで忘れてまた次に進むだけ。それが私。私は私だから




「さてと」


 色々と考えさせられたけれど、いい夢だったなぁということにしてそろそろ幸を起こすことにした。

 けれど、その前に濡れている目元をこっそり幸で拭いちゃおうかなと思って体を向けると、幸は体を少し起こし肘をついて私をじっと見つめていた。私が知らない天井を見ながらあれこれ考えてぶつぶつ呟いているあいだに幸は目を覚ましていたのだ。



「あ。ごめん幸。起こしちゃった?」


「平気。夏織こそ大丈夫?」


 なんだかぶつぶつ言っていたし、よく見ると目元が濡れていたからどうしたのかと思ってさと、幸は少し心配そうに眉を顰めた。

 そして幸は、リングのはまっている方の手で、私の目元を優しく拭ってくれた。幸のことだから、私が疲れ果てて眠っているあいだも何度かそうしてくれていたのだろう。


「うんへいき。ありがと幸」


「えと、もしかしてきつかった?」


 ナニが。と、幸はやり過ぎたかと反省している様子。それはいつものことだから私は何も気にしていない。幸が満足なら私も満足だから。


「そんなこと全然ないから」


 いつも愛してくれてありがとと私はお礼のつもりでその頬に触れた。へへへとはにかむ幸のなんと可愛らしいことか。


「さーち」


「かーおり」


 抱き締めあって微笑んで見つめ合う私達はいま確実に幸せなのだ。その思いはちゃんと伝わって、幸の笑みは一段と大きくなった。


「ふふふ」


「なぁに」


「幸せ」


「だねっ」


 ほら、確実でしょと、抱き合ったまま互いにもぞもぞぐいぐい、いてて、やめろとやりながら、暫くのあいだいちゃいちゃしつつ幸せな気分を満喫していても、その終わりは突然にでも必然にでもやって来る。始めたものは遅かれ早かれいつかは終わる。

 その切っ掛けが些細なものでも、そういうものだと私達は知っている。今回の切っ掛けは腹ぺこ幸のせい。



 ぐきゅるるるー



「お腹鳴った」


「幸のな。お腹空いたの?」


「うん。だってもう六時過ぎたから」


「な、なるほど」


 六時過ぎた。それがお腹が空く理由になるのかなぁとちょっと思ったけれど、それが幸だしなぁと納得する。


「じゃあご飯でも食べに行くか」


「行くっ」


「うわっ」


 素早く私を放り出してベッドから立ち上がった幸。私の様子にすぐに気づいてごめんごめんと手を伸ばすその姿はまっぱでも様になっているというか、まっぱだからこそ美しいとも言える。


「やっぱ幸は綺麗だな」


「そう? へへへ。しょうがない。甘いの奢ってあげる」


「やったっ」


 にんまり満面の笑みを浮かべて自信たっぷり微笑む幸が私を優しく起こしてくれた。


「夜ご飯なに食べようか」


「幸の食べたいヤツで。割り勘だけど」


「や、やったっ?」


 こうした食事も食費から出すと私達は決めた。その約定の発行は私が引越した昨日から。私達はそのための財布を買った。とても可愛くて、じーって開ければお札と小銭をささっと出せる優れもの。

 それに毎月の食費とか雑費にかかるヤツを前もって入れておいて、残ったヤツは翌月に繰り越すの。

 それで昨日、ふたりでお金を入れたってわけ。だから今日のご飯は割り勘みたいなものなわけ。

 ふたりの財布。今はそんなことも楽しいのだ。


「ふふふ」




 私達は私が越してきたばかりの街をふたり並んで歩いている。

 私はとことことマイペース、幸は颯爽と歩きながらも私に合わせてくれて、きょろきょろとやってあれは肉だよ、こっちは寿司だから魚だねと言っている。飲み屋も多くて幸せそう。その姿が可愛くて私はにこにこしてしまう。

 そうして暫く歩いているうちに幸は決めた。



「よし、やっぱり肉にしようかな。焼肉ね」


「わかった。じゃあこっち」


 私は幸を案内するように、幸は私についてくるように歩いていると、焼肉じゅうじゅう、お肉っお肉っと浮かれている幸がわけの分からないことを言った。


「肉食べないとわたし痩せちゃうからさ」


「は?」


 私は唖然として幸を見る。いやおかしい。肉をたらふく食べて現状維持とかありえない。私は甘くて美味いヤツをたらふく食べたら確実に増加してしまうというのに。くっ。


「は?」


 他のを食べててもね、体重がね、落ちちゃうの。不思議でしょうと私を見る幸がからかうように笑っている。意図するところがバレバレだ。


「うらぁ」


「あだっ」


「やめた。今日は焼肉食べないから」


「えっ」


 私はそう言い放って、来た道を戻る。幸を置いてとことこと歩いていく。確かこっちに定食屋さんがあったよなとか呟きながら。


「やだやだー、焼肉がいいよー」


 呟きを拾った幸がなりふり構わず騒ぎながら追いかけてくる。夏織、ねぇ待ってよーとかまじ恥ずい。


「ふふふ」


 それでもやっぱり幸は幸。必死な幸も凄く可愛いなと思う。これから幸とこんなふうに過ごしていける私は幸せだなぁと思うのだ。


「夏織ってばー、ねぇねぇ、焼肉にしようよー。やーきーにーくー」


「はいはい。わかったから騒ぐなって」


「やったっ」


「割り勘だけどなっ」


「や、やったっ?」





幸は無事に焼肉を食べることができました。夏織は甘くて美味いヤツを食べました。そして幸はその夜、あの伝説の寝言を言ったとか。夏織はばっちりそれを聞き逃したとか。眠っていたから。はい残念。


手首は持病のせい。重いヤツでぐきってなった訳ではないのです。けど平気。私はもう十年選手だから慣れたもの。治らないなら付き合っていくしかないの。私は泣かない。はーはーはー。


読んでくれてありがとうございます。

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