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woman  作者: しは かた
60/102

第五十二話

ようこそおいでくださいました。

続きです。

いつも通りです。


よろしくお願いします。


※ 10/17 0時50分 すみません。誤字の訂正等、少しいじりました。内容は全く変わっていません。

 


「よっ、ほっ、はっ」


 とんとんとんと、私は三階まで階段を駆け上がる。しかも休むことなく一段抜かし。さすが私。まだまだ足はもつれない。


「よっ、と」



 夏織はバーが三階にあると知ってしまったからもうこの階段は使わないと思う。

 まじか幸こわい。私はエレベーターで行くからと思い切りひいて、またあとでねと私に手を振るだろうけど、それでもやはりさすが幸と褒めてもくれる、筈。

 口では遠慮なく毒を吐いていて私に向ける顔は呆れていても、見つめるその目はいつも愛情いっぱい、私の勘違いかもしれないけどとても優しい。私にはそう見える。やっぱ幸はカッコいいなという呟きもう聴こえてくる気がするし。


「くくく。絶対言ってる」



 呼んでもなかなかやって来ないエレベーターなんて待っていられない。私はせっかちで負けず嫌いだし、何事も、やるからには結果がすぐに欲しい人だから。

 何もそこまでと思う人もいるだろうけど、誰にでも譲れないものはあるんだから、何を思われたって気にしない。それはそう。だって私は私だから。


 そんなの当然だけどね。そう思いながら颯爽と通路を歩き、いつものバーの前までやってきた。

 その扉に貼ってある小さなプレートにちらりと目をやれば確かにでかいエが目に入ってくる。隣の店からはおじ様とおば様の、とーきょーでーひーとつーと、何とも言えない歌声が漏れ聴こえてくる。夏織が定番だなと呟いていたヤツだ。



「…ぷっ」


 夏織にそう指摘されてから、私はここにくるたびに吹き出すようになってしまった。

 エがでかいねと指を差していた夏織の、少し困ったように眉を下げた、なんだこれみたいな顔を思い出すと本当に可愛かったなと笑っちゃうの。


 私達は離れていてもバカップルだ。きっと、うわぁと思う人もいるだろう。けどそれだって人知れずみんなやっていること。もしくはやっていたことだ。

 付き合いが長くなれば馴れ合いとか不満とか、色々と抱えるようになるものだけど、好きになった理由を省みて、それを全て無かったことにできるものをひとつでも相手の中に見つければいいだけのこと。それが相手の傍にいる理由に十分なると私は思うの。

 まぁ、私の場合はいっぱいあって困っちゃうくらい。誰が何と言おうとも私にとって夏織は愛すべき女性なんだから。

 それは夏織も同じこと。揺るがない私達は完璧だ。


「うんうん」



 扉を前にそんなことを考えて顔を綻ばせたあと、私は毎回笑っちゃうのを渚さんに悟られないようにと気を引き締めてから、からんころんと音を立てて扉を開けた。


 午後九時半。私は恵美さんに会ったあと、いつものバーにやって来たところ。



「こんばんは」


 バーに入って誰にともなく声を掛ける。そうすれば名前を呼ばれたり手を振ってくれたりと、返事は必ず返ってくる。



「あ。さっちゃんだ」


「さっちゃんこんばんは」


「お疲れさま。あぁ、またかおちゃん居ないの?」


「あ、ほんとだ。今日もいないのね」


 いつものように暗がりにどかりと座る真里奈さんと美波さん、少し明るい席にいる由紀さん達には手を振って聴こえてますよとアピールしておく。

 重鎮を無視と痛い目に合う。人が集うところには必ず序列が存在する。私はそれを知っている。


 そうしておいて先ず、まぁまぁ明るい席にいる若い子、と言っても私と同じくらいだけど、みんなと挨拶を交わしながら暗がりの席へと近づいていく。


 この暗くて落ち着いた雰囲気の、と言うと夏織はホラーハウスの癖にと嫌な顔してひくけど、みんなとはもう長い付き合いだから私は渚さん以外は怖くない。要は、高い高いと地雷を踏まなければいいの。それだけ。あはは。



「夏織はいませんよ」


「残念。かおちゃん面白いのに」


「ねー」


 夏織は完全に重鎮のおふたりに気に入られているみたい。この前もその前も、かおちゃんはいないのか、会いたかったのにと落胆されたけど、いくら私が誘っても夏織は全然乗ってこないんだから仕方ない。




「ね、夏織。みんながまた会いたいって」


「へぇ」


 夏織はにこっと、とても可愛らしく微笑んだ。けどそれは、私は大丈夫、会いたくないしと、そんな声が聴こえる気がする笑顔。

 あ、これは無理だなと私は思ったけど、いやいや気のせい気のせいと思い込んでまた誘ってみた。


「か、夏織もなんだかんだで楽しかったでしょう? 今日、行こうよ」


「むり」


 だって私まだお腹いっぱいで入らないしと、私のお誘いを間髪入れずお断りを入れた夏織はそれよりもと、首を傾げて不思議な物を見るような目で私を見ている。


「大体、楽しかったとかさぁ。幸、大丈夫? どこかで頭でも打ったの?」


 どこ? ここらへん? と、幸ったら可哀想、ほら、幸にしか効果のない例の魔法をかけるから頭を出してと夏織が手を伸ばしてくる。


「ちょっとっ」


 と、言いつつこの辺りと適当に指を差して頭を差し出す私。それはそれ。これはこれ。私は嬉しいこととイラッとすることを混同して機会を逃したりしない人だから。


「わかってるでしょ。行くと絶対後悔する予感しかしないから」


「まぁまぁ。そんなこと言わないで」


 痛いの飛んでけやーと、痛くも痒くもない頭を撫でられる感触は嬉しいからそのままに、特に真里奈さんと美波さんが会いたがっていたよ、あと渚さんもねと教えてあげた途端にうへぇってなった夏織。

 頭を撫でる手を離し、アイスピックママはまじ無理だし、お姉様方は気を使うから疲れるんだよなぁと言いつつ今度は頭を振っている夏織はおもむろにぶつぶつと呟き出した。


「くわばらくわばら」


「なにそれ?」


「おまじない。厄除け的な。コレすごく効くヤツだから」


 何かあったら幸もやってみたらいいよと夏織は真面目に勧めてくれた。けど残念。それも私は知っている。


「くわばらくわばら」


「いや、無理だよね。だってそれ、雷避けでしょうに」


「くわ…」


 途中で唱えることをやめて、えっ嘘でしょと、見開いた目で私を見る夏織。

 なんで本気で驚いているのよそれこそ嘘でしょうよと思いながらも私は本当ですと頷いてあげた。


「まじなの?」


「まじまじ」


「……いや、大丈夫。い、いけるから。今までだってなんとかなったから」


 知らなかったなまさかそんなことがと夏織は暫し愕然としたあと、普段なかなか見せない真剣な表情で胸の前で手を組み必死に何かを祈っている。もしかして、夏織は本気でくわばらが桑の木がいっぱいある場所には雷は落ちない的なことを知らなかったのかも。


「だから効かないって」


「う、うるさい。邪魔すんな幸。気が散るからっ。間違えちゃうからっ」


「っ、間違っ。ぷぷぷっ」


「笑うな。こらっ」


「あた。けど絶対むりだよそれ。ぷぷぷぷぷ」


「いいの。効くし。絶対効かす」


「そっか。ま、頑張って」


「くそう」





「あはは」


 思い出だすとなんか可哀想な気もするけど笑っちゃう。



 初めてここに来た最初のうちは演技があった。波風が立たないようにするのは当たり前だし、ここは私の世界だから、私があとで何か言われないように夏織は夏織なりに頑張っていた。

 とはいえ、それに飽きたのか疲れたのかいけると踏んだのか、呼ばれれば嫌な顔したり露骨に態度に出したりと、結局いつもと変わらず自然に振る舞っても気に入られるなんてさすが夏織。それは夏織の凄さなんだと私は思う。


 もしもそれを伝えたら、私は可愛いから仕方ないなとか言いつつ夏織はきっと、いや、気に入られるとかまじ勘弁してほしいんですけどと毒を吐きながら半ば本気で嫌がると思う。



「一応、誘ったんだけど」


 そして今日の夕方、例のスペース。当然、私はまたまた夏織を誘ってみた。

 まぁ、やはりというか、こんな感じになった。



「わたし今日、契約の条件なんかの確認しながら恵美さんと夜ご飯を食べるの。そのあとバーに顔を出すつもりなんだけど、夏織もおいでよ」


「げ」


 ふふふ。美味そうなヤツ買ってきたぜ。そんなふうにご機嫌で、膝に乗せたよく見る和菓子屋の箱を開けようとしていた夏織は私に顔を向けて固まった。そこに私を誘うなんて幸は正気ですかー、私を巻き込んで誰得ですかーとそんな顔をした。

 今はこわいこわいと呟いている。


「げって、夏織さん。あなたねぇ」


「げなんて言ってない」


「言いましたー」


「言ってませんー。そんな記憶ありませんー」


「まぁそれはべつにいいんだけど」


「なんだ。いいのか。よかった」


 あのね夏織と私は言う。

 あんなことはそうそうないから大丈夫よと、だから行こうと誘っても、夏織は今日の夜ご飯は軽く済ませるからとか用事があるからと言い訳をし始める始末。


「だから、ね?」


「ね? じゃないからな。行かない。恵美さんとはバーで会えるし、私いま痩せてきてるから。このまま少し抑えないとだから今日は外食しない。お酒も飲まない」


 今そう決めたのっ。あ、いや待った。今日はそのつもりだったからと、夏織は懸命に捲し立てる。

 やけに必死な感じで笑っちゃうけどその中に気になる言葉があった。


「抑える?」


「うん」


 それは夏織の辞書にはない言葉の筈。

 私は夏織をじっと見る。その態度は堂々としたものだけど残念ながらタレ目の奥の瞳がゆらゆらと揺らいでいるからやっぱり笑っちゃう。


「くくく。なに言ってるのよ。そんなことしたことないでしょう」


「ある。てか、いつもしてるから。抑えるは私の代名詞だから」


「へー」


「それに今日はあれだから。えっと、栗買わないとだから。今しか食べられないから」


「え? なに買うって?」


「栗」


「栗?」


「幸、栗知らないの? いがいがの中に入ってるヤツだよ。こうやってさ、仲良く並んで入ってるの。私と幸みたいにさ」


 こんなヤツと、手をわさわさしてみせる夏織は私を馬鹿にしたけど、私達みたいとか可愛すぎるから許してあげる私はやはり馬鹿なのかも。


「いや、知ってるから。けど、なんで栗?」


「なんでって? 栗、美味いでしょ」


「いや、美味しいけどさ」


「でしょっ。美味いんだって。栗」


「いや、知ってるけどさ」


 こういった会話は何度かしたことのあるやり取りだ。このままいくとたぬきに()かされて私がつい、うんと言ってしまう流れ。

 そう一瞬戸惑った私を見て、夏織はこれでいけると踏んだみたい。栗かぁ、栗いいなと呟いている。

 なるほど夏織はその思いつきで押し通すつもりなのだ。


「うちの近所のスーパー今日特売日なの、確か。早く帰らないと栗買えなくなるから」


 ほんとほんと嘘じゃないからと夏織が私を見つめているけど揺らぐ瞳は健在だ。けど、始めた以上は意地でもやめない止まらない。

 えらく必死だなぁと、私はやはり笑っちゃう。


「まじまじ」


 身を守るためならなり振り構わないところもまた、いかにも夏織らしい。


「栗ねぇ」


「栗」


「栗かぁ」


「栗だよ。美味いよね」


 だってね、幸、知ってる? 今年は出来があまり良くないとかであまり出回ってないみたいなの。わたし今年のヤツ、まだ食べてないんだよなぁとか言っちゃっている。

 出来がどうとか、私がそんなこと知るわけがない。あまりの必死さにもはや栗星人と化した夏織はたぶん壊れてしまったのだ。夏織ったら可哀想。


「定時に帰れば確実に買える。栗」


「ふーん。そっか。わかった」


「やったっ」



 危なかったと、あからさまにほっとした顔をしていた夏織はあろうことか、よし決めた。今日は栗買って帰ろうとか呟いていた。

 まったくどういうことなのかしら?


 なんちゃって、あはは。


 夏織は何より高い意識に巻き込まれて、ああだこうだと言われることをとても警戒している。私が恵美さんとご飯を食べるから行こうと誘うたびに、夏織は、幸、君子はねと、必死に言い訳をしたりする。


 確かに私と恵美さんだから警戒するのは致し方ないなと思う。実際に巻き込んでしまうから。

 恵美さんに言われてたじたじになっている夏織を眺めているのはとても新鮮で楽しいから。あはは。



 バーのこともそう。あちこちから声をかけられていちいち移動するのが面倒くさいのだ。上手いこと愛想良くこなせても話は別。やはり面倒なことは面倒だから。夏織はただ単に私の傍に居たいだけだから。夏織は私のことが大好きだから。


「ぐへへ」


「焼いてみるかなぁ。普通に茹でるかなぁ」


 栗っ、栗っ、栗っと、軽快なリズムと妙な節を付けて、体を揺らして歌う夏織は面倒くさいことにならずに済んだぜと、そんな顔している。けど、もう頭の中は栗でいっぱい。ほんと可愛くて笑っちゃう。

 しょうがないな。今日は許してあげるからねと私は思った。


 そう。私はちゃんと分かっているの。夏織のことだから。


 はい残念でした。





「くくく」


「さっちゃん?」


「あ、えっと。美味い栗が私を待っているから今日は無理っだって」


「「「栗?」」」


「うん。栗。あ、あとは、お姉様方によろしくと言ってたかなぁ」


「お姉様?」

「お姉様?」


「「誰のこと?」」


「えぇぇ」


 真里奈さんと美波さんが同じ方向に首を傾げてすっとぼけている。それは毎日のように見ているデジャヴ。

 お高いおふたりには少し無理があるなぁと思わなくもないけどお口にチャック。私は夏織のように思ったことを素直に口にはしない。敢えて虎の尾を踏んだりしない。だって私は賢いから、


 それにしても夏織は変なところで影響力があるんだなと私は思った。


「さすが夏織。やるな」




 その夏織は今日、私の誘いを断ったあと、幸これどうぞと期間限定栗大福をひとつくれた。


「見て」


「おー」


 コレすっごく伸びるから見ててと、にょーんとやりつつそれを食べながら、ほんと馬鹿くさいなと夏織は呆れていた。

 私が夏織の中で既に無かったことになっている私達をイラつかせた例のアレについてついさっき知った、事の顛末を話したから。



「謝っちゃったんだって」


 私が一応ほらこれと、そのニュースを表示したスマホを渡そうとしても、思った通り夏織はそれを一瞥しただけで、受け取りも読もうともしなかった。無かったことなんだから当たり前。


「そうなんだ。笑える。けど、もうどうでもいいから」


「さすが夏織」


 私はスマホをしまいながらその切り替えの早さを褒める。

 夏織はだって要らないヤツは要らないから、わたしキャパ狭いからと言いながら、なぜか栗大福の栗を取り出して、栗でかいね幸、凄くないとそれを私に見せて、けどいいよなぁと呟いた。


「あの人達はさ、撤回すればそれで済むと本気でかどうか知らないけど、それでいいと思ってるんだから」


「だね。馬鹿にしてるよ」



 自ら選択した生き方でしょ、べつにいいんじゃないの。否定しないよ、助けないけどね的な、言いたいことを言い放って活字にまでなって、それで騒ぎになったら撤回します傷付けてごめんなさいなんて本当に馬鹿にしている。


 私にも夏織にも選択肢はひとつしかなかった。それでも男性と交わって子供を産んで育てろと、女性は子供を産まなければ無価値だとでも言いたかったのか。

 それを考えると、怒りと悲しみが同時にこの胸に湧いてくる。言葉は時に人を傷付けるのだ。鋭利な刃物と同じ。ソイツには見えていなくても、傷口から何か大事なものがだらだらと流れてしまう。


 ああいうことを言う人達は、思っていても口に出さない人達は、私達のようなマイノリティを受け入れて、そこからどうしていくのかと建設的に考えようとする頭はない。

 おかしいからと、気持ち悪いからと、気に入らないからと今までの秩序が混乱するからと私達を排除するだけ。そうでない人達も、いざとなれば私達の存在をなかったことにして、目を閉じて耳を塞いで思考を停止してしまうのだ。そうしておけば立場も揺るがず波風も立たないから。


 そんなふうに思いたくなくてもそう思える。思ってしまう。

 マイノリティの立場を経験したことのない人達にはこんな思いは分からない。分かりようがないんだからそんなの当たり前。


 けど、今は分からなくても同じような立場に立てばきっと分かる。蔑まれたり突き放されたり無視されたり気持ち悪がられたり。その時になってなにを思うのか是非とも聞いてみたいものだ。



「くっそ」


「幸。もう気にすんなって。あんなの今に始まった話じゃないでしょ」


 夏織が私の腕をぽんぽんと叩く。優しく笑っている。そんなこと考えても時間の無駄だし意味ないから忘れてしまえと私を見ている。分からない人には分からないんだからなと、気にするとストレスが溜まって小皺が増えるよ悲惨だぞと私を心配してくれている。


「む」


 夏織ったら一体何の心配をしているのかしらと思うけど、私はやっぱり笑ってしまう。


「くくく」


「私達は強い。一緒ならもっと強いでしょ。三本の矢的な。だから私は平気。幸も平気」



 身内なら、うちの親と幸の親、あと環さんもいるから七本は確実だなと、だから決して折れたりしないと、夏織はそんな感じのジェスチャーをしている。頼もしくも微笑ましく思える。


 夏織の言う強さ。その根拠は曖昧だ。私は強いようでもこういう話題は凄く気にしてしまうから。


 けどそんなこと私はちゃんと知ってるからと、大丈夫、平気、いけるいけると夏織は笑う。それは敢えて半分、本気半分。

 けどね幸、幸の本気の半分を加えると一になるから大丈夫。笑う門には福来るってヤツだから。私達はほんとに強いんだぞと、だって私と幸だからなと夏織はそう伝えてくれる。

 曖昧だって何だってべつにいいじゃん。確かなものなんて私と幸以外、私も知らないし。あ、あと身内もいけるなと夏織はそう伝えてくれる。


「ね。七本は確実にある。大丈夫」


「そっか。うん。そうだね」


「そうそう。悩むのも当たり前だけど気にしすぎるのも疲れるでしょ。ま、幸も甘くて美味い栗大福でも食べて元気出せって」


 と、もはや普通の大福になったそれを齧ってはうふふ美味いなとにやついている夏織。

 わざわざほじくり出した栗は細くて長い夏織の指に摘まれたまま。私は思わず訊いてしまう。


「それって栗大福の意味あるの?」


「もう一個あるからいいの。確認したの」


 栗でかかった。やっぱあの和菓子屋さんは外さないなと満足そうに笑っている。私はさらに訊いてしまう。


「もう一個?」


「うんっ。三つ買っちった」


 みっつと、夏織は嬉しそうに指を三本立てている。見る? あ、駄目だ。やっぱなしでとか言っている。


「…かは」


 夏織さんさぁ、甘いもの減らすんじゃないのと思うけど、守りたいその無垢っぽい笑顔。とても可愛いじゃあないのと、私はやられてしまった。



「幸はもう平気?」


「うん大丈夫。ありがとう夏織」


「いいのいいの」


「がっはっ」


 よかったよと私に向けてゆるふわく微笑む夏織のそれはまさに天使。私は再びいってしまった。かはかは。



「うん。美味いなコレ」


 かはかはとテーブルに突っ伏しておでこをぶつけた私を幸ったら面白いおでこ赤いよと、もぐもぐしつつもの凄い笑顔の夏織はなにも言わないけれど、その膝に乗せている和菓子屋さんの箱の中にはもう一個の栗大福の他に夏織の定番、きんつばがあることを私はちゃんと知っている。

 私を笑うお返しに、それをいつ指摘してやろうかなと私はうずうずしていた。



「だってさ。花ちゃんが言ってた」


「へぇ。そうなんだ」


 そして、全てを忘れた私達がどうでもいい話をしながら夏織は二つ目の、私はもらった栗大福を食べている時にその機会が訪れた。



「私も撤回とか記憶にないとか使いたいな。全てを無にする魔法の言葉だし。アレ」


「どうしたの? いきなりなに」


「アレ、超便利そうだから」


 ウチの社でも導入してくれないかな。そしたら部長に使うのにと夏織はとても楽しそう。


「笑っちゃう。夏織はよく使ってるでしょう」


「は? いつよ?」


「はーはーはー。ねぇ夏織」


「なに」


「私、きんつばも食べたい」


「は? 買ってません。まったく記憶に御座いません」


「ほら使ってる」


「ほんとだ。ふふふ」



 なんつってなっ。そう言って夏織はふふふと笑っている。そうやって私を元気づけてくれる。やっぱり夏織は優しいから。私を凄く大事に思っているから。私は夏織に愛されているから。


 それをこうして実感すると涙が出てきそうになってしまう。こんな所で恥ずかしいからとそれを隠そうとしても夏織には必ずバレてしまう。それは当然。私を気遣う夏織にバレないわけがない。


「泣くの? ほら幸。泣くなら私の胸で泣きなよ。DだよD」


「あはは。ありがとう夏織」


「気にすんなし。けど、どういたしまして」


 あのことに囚われるのはもう終わり。私達はにっこりと微笑みあった。


 こうやってまた、夏織が私を癒してくれた。そして夏織も同じことを思うだろう。

 理解されなくても排除されても、今の私には優しく微笑む女性がいてくれる。その女性は私の何より大切な女性。そしてその女性の何より大切な女性は私。

 つまり夏織の言う通り、私と夏織の世界はもう完成しているのだ。なら私は全然余裕。夏織の言う、へいきへいき、いけるいけるというヤツだ。そう。一緒なら。





「そっかあ」


「いいわねぇ。若いって素敵」


「若いっていいよねぇ」


「はい。あ、いえ。そんなことは」


 いつものカウンター席で、私は渚さんにそんなことを話した。消化し切れなかったわけじゃなくて、感じたことを、そのあとあったことをただ事実として。


 渚さんはそれを受け止めてくれた。一度アイスピックを取り出して、ムカつくねと氷を砕いただけで、それ以降はふわふわと柔らかく、ただ聞いてくれた。

 真里奈さんと美波さんもなぜかそこに居た。だから一緒に聞いてもらった。


 さすがのお高い御三方は、当然今回のことを知っていたけど動じる事はなかったみたい。

 昔はもっと酷かったんだからと、あんなこともあったねとか、そんなこともあったわねと笑っていた。今はもう、ただの事実として。



「それにしてもさぁ」


「ねー。かおちゃんてああ見えて結構しっかりしてるんだね」


「ね。もっと適当にふらふら生きているのかと思ってたのに。なんかいいね。かおちゃん」


「なに美波。浮気?」


「ならどうする?」


「今夜、虐めちゃう」


「やだぁもう。真里奈ったらぁ」


「えぇぇ」


 夏織について失礼な話をし出したなと思ったら、急にいちゃつき出してもうとか言って肩をぶつけ合っている御二方。渚さんはにこにこと、私は唖然としてそれを見ている。


「さっちゃんのその顔笑っちゃうよ? 意外だった?」


「あー。まぁ、そうですね」


「ふたりはこんな感じだよ。普段は見せないだけ」


「そうなんですね。仲良くて何よりです」


「私達の若い頃はね、歳をとっても仲良く手を繋いでいたいねなんていうのが流行っていたの。はいこれおかわり」


「そうなんですね。あ、どうも」


 渚さんが目の前に置いてくれたグラスを取って、それをゆっくと振って氷を鳴らして口に含む。美味しい。


「まぁ、ふたりともそこまで歳じゃないんだけど、それを体現しているのよ」


 今の子達がどう思うかは分からないけどねと、渚さんは微笑んでいる。私は素直に、素敵なことですよねと頷いた。それが私の理想だから。


 周りを見れば他のみんなはあれは一体何事かと、それぞれの席でひそひそと話している。分からなければそうなるのは当然だ。あとで教えてあげようと私は思った。




「さっちゃんは幸せ者だね」


「かおちゃん、いいよね」


「はい。夏織は凄いんですよ。私の自慢の恋人ですから」


 私は笑顔満タン胸を張った。私の夏織を褒められれば誇らしくも嬉しいから。


「「「あら、お熱いことで。さっちゃんごちそうさま」」」


「昭…」


「さっちゃん?」

「さっちゃん?」

「さっちゃん?」


「あ。いやぁ、まぁ…ねぇ?」


 あ、ヤバい。私は賢かった筈なのに、馬鹿なのかなとやけに不安になったけど私はすぐに否定する。

 なぜならこの御三方に思わず昭和かと突っ込みたくなったのは夏織のせい。いつも一緒に過ごしていれば何かしら移ってしまうものだから。


 すんでのところでその衝動を抑えたものの、最初の文字は口から出てしまった。

 これはまずいなどうするかなと思っていると、ピンチの私を救うように私のスマホが、ぽこぽんっと音を立ててメッセージを受け取ってくれた。


「あ」

「お」

「ん?」

「む」


 仕事の話かも知れないのでと、私は素早くスマホを取って確認するとそれはまさに救いの天使、夏織からだった。

 なんて偶然超ラッキー。このまま有耶無耶にしてしえばいいと、私は飛びついた。


「あ、夏織から」


「あら」

「へぇ」

「かおちゃんからかぁ」


 再びお熱いことね、ひゅーひゅーとなった御三方にちょっと失礼と断りを入れてアプリを開く。


 お疲れ幸


「「「おー」」」


 遠慮なしに覗く御三方が声を上げる。

 お疲れのメッセージに、おーってなにと思っていると、ぽんという音とともに続けてメッセージがやって来た。


 ぽんっ


 栗買っちった。


 ぽんっ


 半分焼いて半分茹でてるところ


 ぽんっ


 アイスピックママによろしく伝えてね。あと、幸の言う高い方達にもお願いね。私はそんなことないって思うけどね


「え」


 急に刺さる視線を痛いほど感じつつ私は考える。絶対アウトだよねこれ、と。


 ぽんっ


 あ、そうそう。エはまだでかいまま?


 夏織はなぜにこのタイミングでこれを送ってくることがてきちゃうのかなと思いながらもさすが夏織と吹き出す私。


「ぷぷっ」


「さっちゃん?」

「さっちゃん?」

「さっちゃん?」


「あ、はい」


「「お高い方達ってなに?」」

「アイスピックママってなに?」


「えっとですね…」


 これは絶対におかしい。

 私はこのバーに来て、渚さんに夏織と住む家が決まったことなんかを報告しておこうと思っただけだった筈。


 けど私は優秀で聡明でしかも賢い女性だから、瞬時にその解決策を思いつくのは当たり前。要は、御三方のお気に入りになった夏織のように振る舞えばいいことに気づいたのだ。天才か。


 では。さっそくそれを試すことにしよう。

 私はそう思って、よしやるぞっと、気合を入れ…たりなんかしない。寧ろ体も気持ちも力を抜かないといけない。なぜなら夏織のつもりだから。それこそが夏織だから。くくくくく。


 さぁ見ていなさい。


 私はっ、伊達にっ、夏織とわちゃわちゃ過ごしているわけじゃないのよっ。それっ。



「なんこのと?」


「「「え?」」」


 なななっ。噛んじゃったっ。


 可愛らしく首を傾げたままで私は固まった。御三方もきょとんとしたまま固まっている。

 顔を付き合わせたまま四人で固まる私達の明日は一体どっちだろう。

 夏織的に言うのなら、まさにほんこれ神のみぞ知るというヤツだ。ならば私の採るべき策はただひとつ。



「くわばらくわばら」





進まなくても気にしない。だって書きたかったから。書いてしまったものは書いてしまったのだから投稿するしかないぞと私は思ったのです。


たぶん大丈夫きっと平気。いけたいけた٩( ᐛ )و


読んでくれてありがとうございます。

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