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woman  作者: しは かた
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第四十八話

続きです。


ながい…


よろしくお願いします。

 


 幸と花ちゃんにばしばしと叩かれたあのあと、私達は一度それぞれの課に戻り、仕事終わりにあらためて落ち合って夜ご飯を食べに行った。


 お店の喧騒の中、幸と花ちゃんは例のスペースの時と同じテンションのままたまにやり合っていて、そのやり取りを眺めているのは面白くもありそこに私がちょっと待ったと絡んだりすれば、それがまた可笑しくもあった。

 そうやってわいわいと三人で食べたご飯は凄く美味かった。



「しゃあ、帰るよ」


「うん。お腹いっぱい」


「そうだね」


 二時間くらい楽しく過ごして、さてそろそろとお開きにしてお店を出た。取り止めのない話をしながら三人並んで駅へと歩いて行く。


 とことこ歩く私の両隣、幸と花ちゃんはかなりお疲れのご様子。やり合っていたのだからそれは仕方ないけれど、その顔は何気に満足そうだ。


 ふたりの口から何かの音がする。もしや独り言じゃないのならそれはたぶん歌な筈。けれどふたりは気持ちよく酔っているから、その音程はどこかおかしいのだ。


「下手くそか」


 そう小さくツッコむ私もまた、その様子からやはりふたりも楽しかったのだととても満足していた。



「なんか聞き分けのない人がいて疲れちゃったよ。夏織」


「たしかにそんな奴が一人いたよ。私も疲れた。癒して」


「だろうね。あ、花ちゃん。私でよければ胸くらい貸すけど?」


「おー。さんきゅ」


「あっ。だめっ」


「ふはは。ここはいま私のものだから幸はどいてなよ」


「なにをー」


 おおラッキーと、でろーんって感じで私の肩にもたれてきた花ちゃんを幸が本気で引っ剥がそうとする。花ちゃんは私から離れまいと私にしがみ付き幸に向かって舌を出す。


「はーなーれーろー」


「やだね」


 その花ちゃんを幸が引っ張るから、歩きながらもぐいんぐいんとなってしまう私は苦笑ってしまった。


「ててて。ふたりとも落ち着けって。私が酔っちゃうって」



 けれど私は嬉しかった。幸と花ちゃんのあいだには、もはや置いておく気など存在しないのだから。

 私はにこにこ微笑んで、ひとりうんうんと頷いていた。

 揉めるふたりを遊ばせておく。これこそまさに長女の貫禄というべきヤツ…い、いや、貫禄はなしだから。余裕というヤツだから。


「あぶなかった」


「聞いた花ちゃん貫禄だって。あはは」


「聞いたよ幸。貫禄だってさ。ははは」


「そそそんなの言ってないからっ」


 ふたりは顔を見合わせて、声を揃えて笑っている。


「なんだかなぁ」


 やり合っていたくせになんでそこだけ仲良く揃うのよと私は思ったけれど、ふと、幸と花ちゃんは二人の距離感で仲良くなったのだと気づく。


「ああ」


 それは誰にというか私を気遣ってとか私に強要されたとかじゃなくて、仲良くなったふたりの自然な振る舞い方なのだから、それでいいんだ良かったなぁと私はまた嬉しくなっていた。


「ふふふ」



 その帰り道、今夜は山ぐっさんの部屋にお泊まりだから私はここでと嬉しそうにはにかむ花ちゃんとは途中でばいばいをして、私と幸は幸の部屋へと帰って来た。帰るにはここの方が近かったから。

 もちろん、部屋に入る時にはふたりでただいまーと声を揃えた。それが嬉しくて私の顔は緩んでいた。隣の幸も同じ顔。それはやはり私と幸には特別な瞬間なのだ。





「よいしょっ。狭いな」


「夏織、押さないでよ」


「わざとじゃないし」


 そして私と幸は今からお風呂に入るところ。きゃーきゃーと騒いでもいるところ。私と幸はすっごく仲良しだからくっついていたいのだ。



「ちょっともう」


「幸こそなんでそこにいるの」


「なんでって、脱ぐためだよ。よっ」


「うわあ」


 さすがにふたりも居れば狭まくなってしまう洗面所に敢えてふたり、幸、邪魔だから、私が先に脱いじゃうからとか、夏織がどいてくれたらいいのよ、あ、無理だよねごめんねと私の体を見て幸がふざけたことを口走って私に軽く蹴りを入れられたりとか、互いの服を脱ぐ手がぶつかったり、狭い狭いとお尻で押し合ったりつつもキスをしたりなんとなく体を触れ合わせたりなんかして、楽しくいちゃついてもいるところ。


 ちなみに、尻相撲的なヤツは私の勝ち。押し合えばぼよよんってなって、幸はうわぁとたたらを踏んでいた。



「さすが夏織。お尻では勝てないよ」


「まあね。私の方がでかいから…いや、でかくないから…いや、やっぱでかいな。くっ」


 比べてみれば一目瞭然、そこは否定できないのだ。


「ぷっ、あはは」


「笑うな。うりゃあ」


「わっ」


 なんか悔しくて、私はもうひと押しり(おしり)てやった。幸は脱衣所の扉までふっ飛んでいってた。


「ふっ。また勝った」


 二連勝。これで、覚えているだけでも八戦負けなし。父さんが大好きな相撲でいえば、確か中日を超えて無傷の勝ち越しとかいうヤツだ。

 もしもこのまま全勝優勝なんてしちゃったら、来場所には番付が上がって確実に大関になる筈だから父さんは大喜びしてくれるだろう。

 ふふふ。けれど私は痩せ始めちゃったからもっといっぱい食べないと、大関なんて儚い泡沫の夢の話で終わってしまうから、もっと頑張って甘くて美味いヤツを食べて肥え太らないと。ケーキとか大福とか月餅とか…



「…はっ」


 私はいま何を考えていたのか。


「こわい」


 それに気づいてこわいこわいと震えながらも私は首を振って、そのあほな思考を追い出してやった。

 それも私の得意技、がっぷりと四つに組むと見せかけて、立ち合いの変化からの上手出し投げというヤツだ。

 それを喰らったソイツは土俵の遥か遠くまで自らの勢いで消えていくのだ。今、まっぱでおかしな動きをしている幸のよう、に?


「えぇぇ…」


 私は幸に釘付けになってしまった。



「また負けちゃったよ、もう」


 と、幸は悔しそうにして、えいっえいっと、どこかに向けてお尻を突き出しては元に戻すことを繰り返している。その姿は滑稽だ。


 不思議と私に当たらないけれど、この狭い空間で馬鹿なの幸と思わせて私を笑わせたいわけではないのだろう、その顔は真剣だから。たぶん次こそ負けてなるものかと稽古しているのだ。


「幸…」


 いや、先ずは四股を踏めと私は思った。



「えいっ。ほいっ。たぁっ」


「ふっ。ふふふ。さすが幸。面白いな」


「それっ」


 両手は前に伸ばし、お尻を後ろに突き出したポーズで止まったまま私に向けて不敵な笑みを溢す幸。


「もう負けない」


「よかったね」


 薄っすら汗をかいきながらきらりと光る歯を見せて親指を立てる幸。


「楽勝」


 私は笑っちゃうけれど、実は私の方は、勝ったことは素直に嬉しいけれどなぜだか全然嬉しくない。試合に勝って勝負に負けた。あっているのか分からないけれど私はそんな気分でいる。


「うーん」


 けれど、なぜ今そんな気分になってしまったのか私には全く分からない。一体何のことやらとその理由はもはや忘却の彼方。私はやはり私だから不快なことは何も知らない。私は私。それでいいのだ。


「いいのいいの」



 そして、やっと全ての服を脱ぎ終えて生まれたままの姿になった私は、幸が居るにも関わらず、ここ最近の癖でつい体重計に乗って本日の成果を確認していた。



「よし。着実に減ってる」


「そうなの?」


「そうだよ。増えてないんだから減ってるの、って、幸、のぞくなっ」


 傍に戻っていた幸が私の肩越しに覗いているのに気づいて、私は慌てて体重計から足を離して腕を広げて向き直る。

 これはすなわち乙女の機密レベル五だ。それをちゃっかり覗こうとする幸に、私は鉄壁のディフェンスで対抗する。私は伊達に、幸よりもほんの少しだけ横幅があるわけではないのだから。くっ。


「見るなって。レベル五だからっ」


「レベル五? あー。まあまあいいじゃない。べつに減るもんじゃないんだから」


「いや、そこは確実に減ってるから」


 おっ。私いま上手いことを言ちゃったなと、そんな自分に満足しつつ私はお腹に手を当ててその事実を確かめてみる。


「ふふふ。やっぱ細くなってる」


「よかったねー」


「まあね」


 それでちょっと満足してしまった私はふふふと笑みを浮かべながらお腹のナニを摘むことに夢中になってしまった。


「どれどれ」


 幸はその隙を突いて私の防御を掻い潜り、くくくと笑ってしゃがみ込んで液晶画面をチェックし始める。


「んー」


「あっ。こら見るな」


「おー。ん? おお?」


 今の体重計はぴっひってやれば、前回値のヤツも見ることができちゃうし幾らでも比較できちゃう優れもの。とても便利だけれど、昔の針やつの方がよかったなと思ってしまう。


 いま幸の奴はまさにぴっぴっとやりながら、その数値が変わるたびに唸ったり首を捻ったりと、する筈のない変な反応をしている。


「おかしいなぁ」


「いや、おかしいから」


 その反応はあり得ない。数字は嘘を吐かないのだから幸の方がおかしいのだ。


「うーん」


「なに」


「夏織。これはさ」


「だからなに」


 いま幸はしゃがみ込んでいて、なぜか私に代わって数値を確認している。その姿は、まっぱで何をやっているんだと思わなくもない。

 斯く言う私もまっぱで腕を組んで仁王立ち。やはり何をやっているのかなとも思うけれど、さっきの幸の尻相撲の練習よりは酷くない筈だと、そこは自分に納得させておく。まっぱで立っているだけだからアレよりは酷くない。大丈夫。いける。


 そんな中、幸は誤差じゃないのコレとか言って首を傾げて私を見上げた。

 は? 誤差ってなにと、私はそれを思い切り否定する。この体重計で計ったのは今週月曜の朝だからそれはあり得ない。私の歩は着実なのだ。

 私は幸を鋭く睨む。


「食べたのに増えてないから誤差じゃない」


「でもさぁ」


「誤差じゃない」


「えーっ。でもさぁ」


「誤差じゃない」


「そ、そっか。うん、そうだね。夏織はすごいね。やればできるね」


「…喰らいやがれっ」


 言葉を濁してやたらと不自然に取り繕う幸に、私は焦る幸を見つめながらその心は何ぞやと少しだけ考えた結果、私の得意技、へろへろパンチをくれてあげることにした。


「ていっ」


「あたっ」


 なによ一応、褒めたのにと、私から顔を背けた幸の顔はにまにまと笑っているのはバレバレだ。

 今まっぱでしゃがむこの女の肩が小刻みに震えていやがるのだから。


「ねぇさーち。おもしろい?」


「だって誤差だとしか、ふぐぅ。あたっ」


 私は全てを言わさずに、しゃがんだままの幸の背後から脇腹をがっしりと掴んでやった。指を立ててむにょむにょとやることも忘れない。そこは幸の弱点だから。


 うひゃってなって、ぴょんと跳ねて洗濯機の角に肘をぶつけて痛がる幸。ふわわわとか言ってそこを懸命に摩っている。

 たぶん、じーんとなってしまうところをピンポイントでぶつけてしまったのだ。


「ざまあ」


 天誅だぞと言いながら洗濯機をちら見してその無事を確認したあと、私は先に入るねとお風呂の扉を開けた。


 シャワーのノズルを取ってお湯をだしながら今日の成果をほくそ笑む。幸が何を言おうとも私は痩せていたのだから。

 いま計った数値からして今週の成果は今のところ四百グラムくらい。幸からすれば誤差に思えるかもしれないけれど、私からすれば確実に減っていると言えちゃう数字。

 つまり、減っているったら減っているのだから減っているのだ。

 トータルで一.六キロは減ったから。落ちたからっ。


「そうそう」





 私がお湯を浴び始めてすぐ、扉が開いて幸が入ってきた。案の定、じーんってなったよじーんてさと、私に肘を向けてくる。私は持っていたノズルを掛けて、ちょっと貸してと幸の腕を取った。幸には効いてしまう魔法を使ってあげるのだ。


「痛いの痛いの飛んでけー。飛んで悪い奴にくっついてしまえー」


「おおー」


「どう?」


 私には分かる。幸は精神的に無垢な部分を残している残念大人だからこの魔法はちゃんと効くのだ。


「うんっ。もうへいき。ありがとうね、夏織」


 幸は嬉しそうに肘をくいくいと二、三度動かしてから私の頬にお礼のキスをしてくれた。


「ん」


 私はこそばゆいやら可愛いやら、幸はそれでいいのかとか、なんとも言えない気持ちが湧いてきて幸に抱きついた。


「どうしたの?」


「わかんないけど幸は優しいなって」


「そっか」


「うん」


「けど夏織にだけだよ」


「それは知ってる」


 シャワーのお湯に打たれて抱き合う私達はいま凄くいい感じ。ノズルから出るお湯のように想いが溢れて愛も満ち溢れている。

 私は愛しの幸に向けて唇を尖らせた。そこに優しく触れる幸の唇が私には一番効くの。それは魔法だ。




「私達いまさ、お湯も滴るいい女だね」


「へぇ。幸がそんなこと言うなんて珍しい」


「ヤバい。夏織が移ったかな。どうしよう」


「それは確実にヤバいから」


 となると私も幸が移るかも。そしたら優秀で聡明な女性になれちゃうかもなんて考えが浮かんでくる。

 部長とか、周りの連中が、屋敷はどうなっているんだなんつって慌てる様を鼻で笑ってやるのも面白いかも。私はふふふにやけてしまった。


「なぁに。夏織は私のようになりたいの?」


「うーん」


 私は少し考える。

 幸は優秀で聡明、頭の回転も速い。私とは明らかに出来が違うし、見た目も含め、総じて頗るカッコいい女性。颯爽と歩くどこから見てもカッコいい大人の女性だ。そこは確かに憧れる。私は若い頃、そういう感じになりたいと思っていたから。私の見た目が真逆だから、よけいそんなカッコよさに憧れていたから。


 それを体現する幸は、余裕な顔して仕事をばりばりこなしていつも忙しく動き回っている。その隙を縫って恋人の私の相手を喜んでしてくれる。

 私の相手。私は可愛いし優しいし気が利くし本当によくできた恋人だと自分でも思うけれど、その相手をするのはなぜか少し大変そうだなと思う。何となくそうも思う。


 幸はこれから転職をするし仕事の内容も変わって暫くはばたばたと忙しいだろうし、慣れても忙しさはさほど変わらないだろう。

 更にはあの恵美さんと一緒の部署ときているし、しかもそのための資格試験の勉強もしているときたもんだ。


 と、纏めたところで、さて私はそんな感じに生きたいだろうかと考える、までもなく、途中でもう答えは既に出ちゃっていた。


 そう。あり得ない。


「むり。やっぱいいや。なんか大変そうだから」


「あはは。まあ夏織ならそうだよねー」


 幸は幸に任せるねと、私はにこっと笑って幸を見る。そりゃそうだねと、私に幸を任された幸も納得顔でうんうんと頷いている。夏織はそれがいいんだよと伝えてくれる。



「私こんなのだよ。こんなのでいいの?」


 私は思わず口にする。私は自分のことが好きだから、適度に快適に生きようと頑張る私でいることを特に気になんてしないけれど、側からみれば、特に幸や恵美さんから見れば、私はさぞかし甘ちゃんに見えることだろうなと思うというか実際そう。この私だって、たまにはなんかすいませんねぇと思うことはある。


「夏織がいいの。だからさ、これから夏織がどう変わっても夏織はやっぱり夏織だから、私の好きは変わらないの」


 お分かり? と、幸は自信満々、私の想いは軽く永遠を越えるのよと私をしっかりと抱き締める。

 有り難いことに、やはり幸は私を肯定してくれる。だから私は幸の前では私らしく私のままでいられるのだ。


 その幸に私は私を任された。どんな私でも私だと言ってくれるのなら私は安心して私らしく生きていける。何と幸せであることか。


「ありがと。幸はやっぱ凄いって思う」


「お。ありがとう。けど、夏織だって同じでしょう?」


 幸が、私が自分らしくいられるのは、夏織のお陰だからねと伝えてくれる。

 私は幸の役に立てている。それは知っているけれど、優しい顔でそんなふうに口にされればなおさら嬉しいものだ。私の顔が綻んでいく。


「まあね。けど幸。無理しないで。ほどほどで」


「わかってるよ。夏織はもう少し頑張って」


「台無しだなおい」


「冗談だよ。あはは」


「知ってたから」


「うん」






 お風呂上がり、お芋のパフェの歌を口ずさみながらとっとと顔と髪の手入れを終えたあと、いつものように幸の髪をぶおーとやっている私は幸せを感じている。

 目を閉じて気持ちよさそうにしている幸を目にするとよけいにそう感じる。

 いま少し暑くても確かな幸せがここにある。


「ふふふ」


「ねぇ夏織」


「ん? なに」


「今日の花ちゃん、なんかいつもと違ってたよね。なんていうかさ、むきになって幼かったっていうか、子供っぽかったっていうか」


「あー」


「ちょっとびっくりしたよ」


「けどそれは幸だって同じでしょ」


「あー」


「そういうことだから」



 確かに普段の花ちゃんとは違っていた。例のスペースでも夜ご飯を食べた時も、帰り道、その別れ際、山ぐっさんに会いにいくと嬉しそうに微笑んだのもそうだった。

 羨ましいか? ちっ、お前達は恋人同士だったな羨ましいとか私も早くぐっちゃんに会いたいなとか言っていた。

 そこまでの感情を話してくれることは滅多にないことだったから私も少々驚いていた。


 飄々と淡々と受け流して締めるところはばしっと締める。それが花ちゃんだ。それが私がずっと見てきて知った花ちゃんの()だ。

 私は今日みたいな感じの花ちゃんも極たまに見てきたけれど幸は知らなかった筈。花ちゃんは元来、そういうふうに出来上がっているのだから幸が驚くのも当然だ。


「つまりあれはね」


「うん」


 今日、たぶん花ちゃんは私達レベルのところ、と言うとちょっとあれだけれど、私達のところまで降りて来たのだと私は思う。

 一緒になって遊びたくて、くだらないことではしゃいだり笑ったり怒ったりとかそんなヤツを私達としたかったのだと思う。その面子なら遠慮せずに一番好き勝手にやっている、やってしまう私のように。

 つまりそれは、自ずと幸に対してもということになる。


 私の中でも珍しかったあの花ちゃんの振る舞いは絶対にそういうこと。その方が楽だし楽しいから。

 普段は無理することなく姉のように自然と振舞えても、たまにははしゃいだり甘えたくもなる筈だから。


 花ちゃんは自分がそんな一面を持っていることを幸に知ってほしかったのだと思う。それは私と幸が付き合う前に互いにしてみせたことと同じ。

 一歩も二歩も踏み込んで普段は見せない自分を見せることで、これからはいつでも好きな時に、私達を相手に降ろしたくなった肩の荷を下ろして楽になることを、私達なら受け入れてくれるだろう思ってくれたのだ。


「でね」


「うん」


 その相手に私だけでなく幸も選んでくれた花ちゃんは、幸がオフィスから居なくなってしまう前に幸ともっと仲良くなろうと決めたのだ。幸に対するあの振る舞いはそういうことなわけ。


 この考えはあくまで私の視点からだけれど、間違っているとは思わない。だから幸もこれからは、あんな感じの花ちゃんをいっぱい見ることができるようになる。


「そういうこと」


 今日の花ちゃんの感じはそういうことだよお、ね、幸が今日、花ちゃんにしていたことと同じでしょと、私はドライヤーを止めて幸を後ろから覗き込んだ。


「どうよ?」


「そっか。花ちゃんも私と一緒だったんだね」


「で、どうよ?」


「すごく嬉しいよ」


「私も」


 私は幸も花ちゃんも同じことをしているなと分かっていた。今日、私が楽しかったのはそれが理由でもある。幸は幸らしく、花ちゃんは花ちゃんらしくお互いに甘ったれていたのだから。



「ふふふふふ」


「なぁに? そんなに嬉しい?」


「当然でしょ」


 私の漏らした笑い声に幸が振り返ってそんなことを訊く。そんなのは当たり前。私は本当に嬉しいのだ。






「おやすみ幸。また明日。朝ご飯でね」


 午前零時過ぎ、私達はベッドに入ってお休みのキスをした。今夜はことは無し。何となくそんなふうに感じながら私はいま幸のちょっとは成長した慎ましやかな胸に抱かれ、腹ぺこ幸にそれらしい挨拶をした。

 これから互いの話したいことを話しながら眠りに入る、その筈だった。



「ほんとに眠っちゃうの?」


 頭の上で幸の声がする。幸は心なしかもじもじという感じで体を揺らしている。

 私の背中に感じる幸の指の動きももじもじ(文字文字)している。何かを書いているような、かなりくすぐったいそれのせいで私はんふっと鼻にかかった息を吐いて身を捩った。それが色っぽく聴こえたに違いない幸は、予想に反してねぇねぇと調子に乗り始めた。


「ねぇねぇ?」


 おかしいな。大人しくベッドに入っただけなのに、一体どこでスイッチが入ったのかしらと思わなくもないけれど、ああ、なるほど、私の色香が幸を惑わせてしまったのだと思い至る。私は罪な女性だから。

 不思議なことに私の色香に気づいてくれて惑ってくれるのは幸だけだけれど。くっ。


「抱いてほしいの?」


「うん」


 そんな時だけ、じゃないけどあざと可愛い幸の仕草に私はいってしまう。


「かはっ。し、しょうがないなあ」


 なんていってみたけれど、愛しの幸が抱いてくれと言うのなら私がぐへへってなってしまうのは仕方ないこと。

 私は幸を深く愛しているし、それに応えないのは女が廃る。実はスイーツよりも大好物、かどうかは議論の余地を残すけれど、とにかく同じくらい大好物な幸の据え膳を食べなければ女の恥なのだから。

 私に抱かれる幸はとても可愛いから。その姿を見せてくれるのなら私はなんだってしちゃうのだ。



「幸」


 私は体を起こして仰向けになった幸の首に左腕を通し、右手を慎ましやかなそれに触れるように置いた。幸と呼びかけて唇を寄せると幸は待ち切れないようにその顔を持ち上げて唇を少し尖らせるようにして私に触れた。触れるようなキスを何度かしたあとに、私は幸の中へと入っていく。右手を遊ばせるのも忘れない。焦らすように優しく触れているのだ。幸はそれが好みだから。



「いっぱいキスしてあげる」


「…うん」


 一度唇を離してそう耳元で囁くと、幸は真っ赤になって頷いている。かはかはとしながらも私は先ずは幸の髪に唇で触れる。これから時間をかけて幸の全身を唇で愛してまうのだ。余すことなく文字通り幸の体を隙間なく私で満たす。私の右手はそのあいだも幸で遊んでいる。そのリズムに合わせて幸が切ない声を聴かせてくれる。私は私の愛に応えてくれる幸をこれでもかと全身を私で満たしていく。そうしているあいだに幸は小さく震えて何度か辿り着いてしまうけれど私の唇も右手も休むことはない。


 どれくらいそうしていたか、幸が苦しそうに辛そうに掠れた声を出した。幸の準備が整っていたのだ。



「もう、お、ねが、い」


「いいよ。ほら」


 んんんっと、全身に力を込めて、恥ずかしがりながらもそれを喜んで受け入れてくれる幸は本当に可愛い。この瞬間の幸も私だけのもの。幸は程なく大きな声をあげた。


「かわいい」


 そして大人しくなった幸は、そっと私の胸に抱かれるのだ。私にしがみつこうにもその指先に力は入らない。私は包むように幸を抱く。そうすれば幸は安心したように微笑んでその身を任せてくれる。何とも愛しくて仕方ない。私はその微笑みで充たされる。


 こうやって乙女な幸はまた私の色に染まってくれる。だから、私が堪らなくなるのは当然なわけ。



「ぐへへ」


「またへん、な、こえだし、て」


「幸は可愛いなって」


「もう。でも嬉、しい、よ」


「大好きだよ」


「私も、夏織、の、こと、大好、き」


「ぐへへ」


「もう」



 私はよしよしと幸の髪を撫でる。それ以降は特に会話もなく、幸の荒くなった息遣いだけが響く部屋で私達はひっそりと寄り添っている。それもまた心地よい時間。


 そして暫くすれば、復活したやる気に満ち溢れる幸に私は襲われてしまうだろう。



「じゃあ、次、私の番ね」


「きて」


「ぐはっ」


 私は幸に腕を伸ばした。いってしまった幸を抱え込むように抱き締めた。


 そして私達はまた愛し合う。

 普段から気にかけることもなく、要らないとさえ思われているように感じさせてくれちゃうこの世界の中の隠れ家的なこの部屋で。


 無関心で冷たい世界は今日もまた知らん顔して回って行った。誰彼(だれかれ)の事情など一切構うことのない時間は今も、私達の幸せな瞬間を躊躇なく奪って通り過ぎていく。そこに残るものは記憶だけ。けれどそれすらもいずれは消えてしまうだろう。


 だから私達はしがみつく。その温もりを決して離さぬように失くさぬように溢さぬように、不安定でも必死になって精一杯、それを握り締める。それしかできないから。


 眠ってしまえばまた明日が始まるのだ。それは何も変わることのない、なんとも生き辛い日々、私達の日常というヤツだ。くそう。



「ん? いや、待った。明日は土曜日だからお休みだった。明後日も。よかった」


「なに急に?」


「ううん。なんでもない」


 暗がりの中、幸が間近に私を見ている。幸はちゃんと分かっているのだ。綺麗なその顔に私がいるから心配するなと書いてある。

 その幸が大丈夫だよと私の頬を優しく撫た。



「ありがと」


「いいのよそんなこと」


「うん。ねぇ幸」


「なぁに」


「して」


「がはぁ」


 私が耳元で囁くと幸は海老反るようにいってしまった。そして私に覆い被さるように倒れ込み、私に体を預けてかはっかはっと苦しそうにしている。


「ふふふ。面白い」


 あの狭い洗面所でえいえいってお尻を突き出したり、ふぐぅって変な声を出してみたり、今みたく海老反っていってしまったり、そんな芸当は私には絶対むり。

 やはり幸のようにはなれないなと、私は思った。


「やっぱ幸ってすごいんだな」


「なんのこと?」


「なんでもないよ。それよりもさ、抱いてくれない、の?」


 こてんっ、しばしばっ


「ぐっはぁ」


「ふふふ」


 やっぱ幸は最高だっ。





体を丸めてお腹をへこませるとムンクの叫びみたいになるんですけど誰も分かってくれません。

おへそが口で、シワが周りの禍々しいぐにょぐにょのヤツみたいな感じなんだけどなぁ。くそう。


けどへいき。私は強く生きていくから。いけるいける。


読んでくれてありがとうございます。

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