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woman  作者: しは かた
55/102

第四十七話

続きです。

最後、ぞわわってなる所があります。苦手な方はご注意ください。


よろしくお願いします。

 


「るるるー」


 会話が途切れるたびに私の口からメロディが漏れる。それは嬉しくて出ちゃうヤツ。私はここ最近の私が叩き出している数字に凄く満足しているのだ。


「んーんーんー」


「絶好調だね。なんかいいことでもあった?」


「ふぁんで?」


「嬉しそうだからね。鼻唄とかさ」


 脚も揺れてるしと、花ちゃんは私がチョコの長細い棒の甘くて美味いヤツを咥えながら鼻唄に合わせてぷらぷら揺らす脚を指した。


「あ、わかる? ふふふ。なんでか知りたい? てかさ、花ちゃん知りたいでしょ?」


 私はよくぞ訊いてくれましたと、咥えていた棒のヤツを口から離し、それを振り回しながら私の成果を聞いて欲しくて思い切り喰いついて、つい花ちゃんの方に身を乗り出していた。

 目に見えるようになるまで我慢しておこうかなと思っていたけれどそれはむりだった。


「いや、べつにいらない」


「えー。ちょっと聞いてよ花ちゃん。てか聞いてください」


「近い近い」


 ねぇいいじゃん聞いてよとぐいぐいと迫り行く私。花ちゃんは私を手で押し返しながら、余計なことを訊いちゃったなと体も気持ちもひいているけれど私はさらに身を寄せる。こうなったら絶対に聞いてもらう。スイッチの入った私はどうしても言いたくて堪らないのだ。


「聞いてって」


「やだよ。なんか面倒くさそう…はぁ、しょうがないな。いいよ。なに」


 花ちゃんは何か言い間違えをしたみたいだけれど、それは私の気のせいだと思うことにして、いいよと言われた私は調子に乗って先を続けることにした。

 どんな理由でゴーサインを出したかなんてどうだっていいのだ。出た以上は遠慮は要らないのだ。



「あのねぇ」


 そして私は、本当は聞きたくて仕方ない筈の、素直になれずに面倒だとか憎まれ口を叩いている花ちゃんに私の成果を教えてあげるつもりで少し溜める。


「実はねぇ」


 んっうんっと咳払いをして、なんだよ溜めるな早く言えよと、心底うんざりしているように見えてしまう花ちゃんに、ではいきますよと口を開いた。


「痩せてきた」


「は? 誰が? ああ、私か」


 花ちゃんは少し間を置いて、そうなんだよね、自分でも結構すっきりしたと思うよと、自分の体を見回してぺたぺたとやっている。

 夏織も分かっていた癖に何を今更と言いつつもその顔は嬉しそう。むふふって感じ。


 以前ならなんか悔しく思ったけれど今の私は全く気にならない。なぜなら私も始まったから。


「違うから。私だから」


 花ちゃんは首を傾げて固まって、とうとうきちゃったのかと悲しげに首を振り出した。


「ああ神様。いくらなんでもそれは…」


「ちょっと花ちゃん」


 なに言ってんの酷いなと思ったけれど、今の私は超余裕、とても気分がいいから怒らない。

 私は、痩せてきた私から逃避しようとするする花ちゃんに向けてもう一度、正確に伝えてあげることにした。


「痩せてきたの。わ、た、し、が」


「はーはーはー」


「いや、まじなんだって」


 花ちゃんは訝しげに私を見ている。きっと、馬鹿なこと言い出しやがってと思いながらも私をチェックしているのだ。だから私は見やすいように花ちゃんに体を向けてあげた。



「何も変わらないと思うけど」


「だから痩せ始めなんだって」


「ふーん。あ。ねぇ夏織」


「なに?」


「それで、なんかいいことでもあった?」


「いや、はじめからとかおかしいから」


「ふはははは」


 冗談はこれくらいにしてそろそろ嬉しそうな理由を教えてくれと花ちゃんは笑っている。してやったりと楽しそう。


「もうっ」


 伝わらないとかあり得ない。それこそ冗談でしょと私は思った。


「おかしいからっ」


「ふはははは」




 十月が翌週に近づいたとある九月の金曜日。午後五時。この時間は閑散としている例のスペースで、私は花ちゃんと休憩している。

 幸は少し前に、あとで行くよとメッセージをくれたから、部長あたりに捕まっていなければそろそろやって来る筈だ。

 そして今、私はそのスペースで、隣に座る花ちゃんにまた一から話を始めたところ。


「で?」


「痩せたから」


「へー」


 もうすぐ十月ということで、外回りもだいぶ楽になった。

 ここ最近、天は高くなって日中かなり過ごしやすくなったし、私が麻呂っぽくなる危険もなくなった。

 秋が来てくれてほんとよかったなと、私は胸を撫で下ろしている。

 そして秋といえば実りの秋。当然、馬も私も肥える季節。はーはーはー。


「けどへいき。私はもう肥えないから。寧ろ痩せたから」


「へー」


「花ちゃん、これほんとだから」


「ふはは。夏織はやっぱ面白いね」


 隣に座る花ちゃんは、チョコのヤツをぽきぽき食べながら勝ち誇る私を馬鹿にして笑っているけれど私は気にしない。だって実際そうだから。


 今朝乗った体重計もそうだったから。二百グラム減ってたから。

 あれ、なんか痩せてきたんじゃないのと気付いてから、トータルで言えば今のところ一.二キロは確実だから。それに不思議と朝は増えている体脂肪だって、その数字は絶対に言えないけれど少しずつ減り始めたから。まじだから。


 それは、ローマは一日じゃむりじゃね? とか、千里の道も一歩からっしょ的な感は否めないけれどそんなことは気にしない。たとえ亀の歩みであったとしても気にしない。そんなのは私達を取り巻く世界と同じだから、私はというか私達は慣れっこだから。


 要は、目に見える数値が実際に減っていることにこそ意義があるのだ。仕事と同じで結果こそが全てなのだ。



「ふふん」


 私はまるっきり信じていない花ちゃんに余裕の微笑みを浮かべてみせる。


「見た感じなにも変わってないけどね」


「えーっ」


 花ちゃんは舐めるように私を見ている。

 なに言ってんの花ちゃんと、スリムになったでしょと言いたいところだけれど、まぁ確かに、見た目にはまだ分からないかもだし、今も美味いなコレとか言いながらお菓子を食べている姿を見せているのだから、花ちゃんからすれば何を馬鹿なと思うかもしれないけれど、そこにはちゃんとした根拠がある。


 ご存知の通り、私は幸とご飯を食べるとき胸がいっぱいになってあまり食べられなくなってしまう。

 つまり、幸と会う週末は知らずのうちに必ずダイエットになっているというわけ。

 さらに謎の圧力によって甘くて美味いヤツが減ってしまったのだから私はもう痩せていくしか選択肢が無くなっていたというわけ。


 そして、それが続いたお陰で私の胴回りが細くなってきたのだ。

 ほぼ諦めていた、去年着ていた秋物をほんの少しだけお腹回りのヤツをベルトラインに乗っけるだけで着ることができてしまったのだ。


 その時の私の喜びようはそれはもう大変なものだった。私はあまりの嬉しさに、さっちにとても優しくしてしまったほどだ。


「いやまじだから。だってこのパンツ入ったし」


「ほー」


 ついでにもうひとつ言っちゃうと、パンツを履いてもお尻が四つに割れることもなくなってきたのだ。

 これには私も驚いたけれど、これで私は何かを気にすることもなく、再びしゃがめるようになったのだから、くるくる回し損ねたペンを床に転がしてももう大丈夫。なんたって自分で拾うことができるのだから。


「くぅぅ」



 つまり、幸とご飯を食べる機会が増えれば増えるほど私は痩せてしまうというわけ。

 もちろん、ぶーって息を長く吐くヤツのお陰でもあると思うけれど、いうなればこれは幸ダイエットの成果とも言える。

 だから、来年になって幸と暮らし始めたら、私は今まで生きてきた中でも経験したことのないくらいに細くなってしまう筈。今はまだ余裕を見せる花ちゃんは、私の細ーくなった姿を見て地団駄を踏んで悔しがるに違いない。


「あはははははは」


「なによいきなり。こわいんだけど」


 と、とにかく、私の体型とか体重についてはもはやなんの心配も要らないというわけ。



「はぁ」


 隣からため息が聴こえたけれど私は気にしない。可哀想な物を見る目も呆れて少し笑っている顔もなんのその。私はいま忙しいのだ。


 で、私がこのまま順調に細く美しくなっていくと、たとえば私が夜ご飯の支度をしていると仕事から帰ってきた幸の奴が、ただいまーって細くて綺麗になった私を後ろからぎゅって抱き締めなんかしたりして、私がちょっと邪魔だよ、もう直ぐできるか手を洗って来てねなんつって微笑むと、素早くそれを終えた幸の奴が痩せた夏織も堪らないねこっちにおいでよなんつって、私が駄目だよいま離れたら不味くなるから我慢してなんつって、そしたら幸の奴が夏織の料理が不味くなるわけないでしょうなんつって強引に私の首と細くなった腰辺りに手を廻して強引にお姫様抱っこをしてくれて、軽いねーなんつってひょいひょいと余裕でベッドまで連れて行ってくれたりなんかして、寝かせた私に優しく覆い被さって、あの揺らすとずっと揺れていたぷにぷにした感触も良かったけど引き締まったこの適度な柔らかさも堪らないねなんつって、それじゃあ覚悟してねと私はそのまま日本海溝の底まで深ーく幸に愛されてしまったらなんかしちゃうのだ。

 まだやったことはないけれど、幸は私の魅力で既にめろめろのめろだから、もはや裸でエプロンとかそんなものは必要ないなと、そんな予感もしてしまう。


「ぐへへ」


「はぁ。駄目だなこりゃ」


 今の私は妄想の真っ最中。私を憐みつつも向けられたままの花ちゃんの呆れた眼差しなどはアウトオブ眼中なのだ。


「ふっふっふっ。完璧。いける」


「あっそ」


 なら、来年の夏は新しく水着を買ってホテルのプールで幸と優雅に過ごすのもありかもしれない…いや、それはないな。暑いから。


「ないない」


 まぁとにかくあとは家を買うだけだからいけるいけると、私は今、本来なら要らぬ苦労や面倒臭いことなんて痩せちゃう私がどうにでもしてやるぜと余裕をぶっこいている。私は能天気だから。


「そうそう」


「夏織は相変わらず残念だな」


「くぅぅ」


 午後五時、例のスペース。隣には花ちゃんが居て何か私をディスるようなじゃなくて確実にディスっているけれどその顔は笑っている。

 その微笑みを受けながら、痩せ始めたと思われる喜びと、また幸に愛されちゃうなやったねと浸る私は両手を握って体を丸めている。


「幸。早く来ないかな。もう怖いんですけどこの女の人」


「くぅぅぅ」




 そうそう。ここに来る前にこんなこともあった。

 午後三時前。私はデスクに着いてPCに向かい数字と睨めっこをしている。既にクリアしていてもこのままでは幸に負けてしまう。だから、何かいい作戦が浮かばないかと唸っているところだった。


「うーん」


 幸は夜な夜な勉強している筈なのに、週末も私といちゃいちゃして忙しい筈なのに、いつものように余裕な数字を叩き出していたのだ。幸の奴は私に隠れてこそこそと仕事をしていたに違いない。


「くそう」



 ふと、時計を見て私は頭を悩ますことをやめた。

 秋といえば食欲の秋だし、ちょうど三時を回ったところだし、今日のおやつを食べなくてはいけないからなと、私はデスクの一番下、そのスペースの半分くらいが常温保存のきく甘くて美味いヤツの貯蔵庫になっている引き出しを開けたけれど、そこは明らかにおかしなことになっていた。


「ん?」


 私はあわわと勢いよく引き出しを閉めた。どきどきと早鐘のような鼓動を感じながら、バッグから目薬を取り出してブルーライトカットのメガネを外してそれを差し、眼球全てに染み渡るように少しのあいだ目を閉じてから再び引き出しに手をかける。どうか今さっきのは見間違えでありますようにと何かに祈りながら。


「ないっ」


 私はわなわなと震えて引き出しの中を漁っていたから気づかなかったけれど、私の悲壮感たっぷりな大きな声に、周りの同僚たちが何事かと一斉に私に顔を向けたみたい。どうかしたのかと声が聞こえる。


「ヤバいヤバい」


 たぶん、引き出しを開けて中を覗き込んでがさごそとしながら焦る私を見て、重要な書類でも見当たらないのかと思ったのだと思う。


 けれどそんなことは私の知ったことじゃないのだ。私に何かを返す余裕はない。

 だって私は今、甘くて美味いヤツの代わりに絶望を味わうという、なんだか上手い感じがしてしまう羽目に陥っているのだから。


「くそう」


 私は財布を取り出して、いまだ何事かと私を見ている同僚たちを気にもせずオフィスを後にした。


 その十分後、笑顔で戻ってきた私を見て呆れた笑う同僚たちに、空気の読める私は、泣く泣く買ってきたおやつのうちのひとつを開けて、お騒がせしましたどうぞこれをと、お裾分けしてやったのだ。残りは私が食べたけど、なんか凄く損した気分になっていた。


「おかしいな」


 お菓子だけに…なんつってな。ふふふ。



「てことがあったんだ。いやほんとまじ焦ったよ」


「さっきのことと言い、夏織は相変わらず馬鹿だね」


「まあね。そこは否定しない」


 やっとこさ我に帰った私はついさっきあったことを花ちゃんに話しているところ。


 その大事件のあと、地下にあるのコンビニまで速攻で行って買ってきた甘くて美味いチョコ、は配って無くなってしまったから、バームクーヘンとたぶん苺ジャムの挟んである小さなクラッカーのヤツと、みんな大好きチョコの細くて長い棒のヤツを花ちゃんとふたりで摘んでいるというかほぼ私だけが食べながら、私が痩せはじめたことも話したところ。



「もう食べないの? 美味いのに」


「うん」


「痩せたいの?」


「痩せたんだよ」


「そうだった」


 花ちゃんもどうぞと勧めたけれど、クラッカーを二、三個食べたあと、もう十分と首を横に振った花ちゃんはいま自分に厳しい。そして頑なだった。

 花ちゃんは山ぐっさんにウェディングドレスを着た綺麗な自分を見せたいのだ。一番の目的はそこだけれど、私と幸を含む参列する人達にも見せたいのだ。それでもって自分の虚栄心をも満たしたいのだ。女性だからそう思うのは当然だ。もしも私にもそれを着る機会が訪れるのなら、綺麗だねと幸に言われるために甘くて美味いヤツを断食してしまうだろう。そのくらいの覚悟が私にはある。たぶんある。今の花ちゃんはそのくらいの気持ちなのだと思う。


「うーん」


 だから私は言おうか迷ったけれど、なんで教えてくれなかったのよとあとで怒られるのも嫌だから、一応、伝えておくことにした。



「花ちゃん、実はさ」


「なに」


「昨日ね、パッフェちゃんからメッセージが来た。昨年の御好評につき来月からまたやるんだって。四種のお芋のパフェwith和栗ソフト。いつもの通り五パーオフだって」


 そう。みんな忘れていたかもしれないけれどというか絶対忘れていたと思う、幸と一緒に歌まで歌ったあの、私が去年食べることができなかったお芋のヤツが復活するのだ。パッフェちゃんがわざわざ教えてくれたのだから、私は今年こそ期待に応えなくてはならない。


 私はっ、今年こそっ、絶対にっ、お芋のパフェを食べるっ。


 私がそんな決意を新たにしていると、がばっと身を乗り出して花ちゃんは私に詰め寄ってきた。私は驚いてこの身を引いた。


「ちょっ、花ちゃん落ち着けって」


「夏織。それまじ?」


 私の声は届いていないみたい。その目がもしも嘘だったら許さないからなと伝えて来る。花ちゃんの必死さが少しこわい。

 私はどうどうと手でやりながらスマホを取ってアプリを開いてそれを見せた。



「まじまじ。ほらこれ。けど、花ちゃんはお芋のパフェいらないでしょ? 太っちゃうから」


「は? なんのこと」


「え」


「行くよ。いつにする?」


「いやいや、花ちゃん太るよ?」


「なんのこと?」


 ナンノハナシカワカラナイヨと、花ちゃんはすっとぼけてみせた。なんか可愛い。


 けれど、花ちゃんは本当にそれでいいのか心配になる。

 リバウンド。それは凄く恐ろしいものだから。下手をすると以前よりも重くなってしまうのだから。そんなの怖すぎて、想像するだけで震えがきてしまうヤツだ。


「いや、太るって。リバウンドするって」


「私はへいき」


「いや、それはどうかなぁ」


「へいき」


「そりゃあね、私は食べても大丈夫だけどさ。なんたって痩せはじめたから。けど花ちゃんはどうかなぁ」


「夏織は馬鹿なんだなぁ」


「言っておくけど花ちゃん、馬鹿っていう奴が馬鹿だから」


「ばかだなぁ」


「しつこいな。花ちゃんこそ馬鹿なくせにっ」


「ばかは夏織」


「花ちゃんだし」



 と、ばーかばーかとひとしきり、子供のような言い合いをしていると、私たちの背後から愛しの幸の声がした。


「なにやってるのふたりして」


 やって来た幸のその手には何やら美味そうなヤツがある。私はそれから目を逸らそうと頑張ったけど駄目だった。

 幸は、美味そうなヤツに視線を注いだままの私をくくくと笑いながら私の隣、花ちゃんの逆側に腰を下ろし、それをテーブルに置いた。

 当然、私は訊いてしまう。



「幸。お疲れ。なにそれ?」

「お疲れ幸」


「お疲れ様。これはふんわりチーズケーキだよ。三人で食べようと思って買ってきた。で、何を揉めているの?」


「あのね」

「あのさ」


 と、私と花ちゃんは、美味そうなふんわりなヤツを凄く気にしながらも同時に声を出して、ちょっと聞いてよこの女の人ったらバカなんだよ幸と、お互いに相手に向けて指を差し、我先にことの件を説明していくうちに幸の顔は呆れたものへと変わっていった。


「ね。花ちゃんて馬鹿なんだよ」


「夏織って馬鹿なんだよね。幸もそう思うよね?」


「あ、また馬鹿って言ったな。花ちゃんのばーか」


「ばーか」


「やめなさい。いい歳したオバさん同士あほらしい」


「「あ゛。せいっ」」


「あだっ」



 こんな感じで全てを語り終えたあと、私と花ちゃんは幸に熱い視線を向けてその裁定を待った。


「まったく。花ちゃんも大人げない」


「うっ」


「はい残念。花ちゃんざまあ」


「夏織は子供過ぎ」


「ぐはっ」


「ふはははは。残念だったな夏織」


「あのね。ふたりとも」


 落ち着いた声で呼びかける幸の呆れながらも向けられた鋭い視線に、ひっとたじろぐ私と花ちゃん。思わず姿勢を正してしまう。


「「あ、はい」」


「私達は姉妹みたいなものなんだから仲良くしないと。ね」


 幸の言葉に、私と花ちゃんはお互いにぽっぽが豆鉄砲を喰らったような顔を見合わせてその馬鹿みたいな、けれど戯れ合いのような言い争いをやめた。


「な、なるほど」


「ま、まぁ、そうだね」


 幸は、私と花ちゃんの浮かべている表情に一瞬不思議そうにしていたけれど、ふたりが分かってくれてよかったよと微笑んだ。

 そして私と花ちゃんは思ったことを口にしてしまう。あまりの驚きにそれを飲み込めず、つい漏らしてしまったのだ。


「幸…にしても意外」


「本当だね」


 私は愕然としていたのだ。幸のくせに珍しくいいことを言ったから。私がぽっぽのようになってしまったのはそのせいだ。

 それは花ちゃんも同じ。幸って馬鹿じゃなかったんだなと呟いている。


「ちょっとっ。失礼でしょっ。ふたりとも」


「「あ、はい」」


「だいたい甘いものばっかり食べてたらふたりとも太るに決まっているでしょうに」


「太る?」


「太る?」


 私と花ちゃんは再び顔を見合わせて右と左にそれぞれ首を傾げてみせた。幸の言っていることが分からなかったからだ。それこそまさにいみふ。思わず声を揃えてしまう。


「「なんのこと?」」


「この馬鹿どもがっ」


「あだっ」


「いったぁ」



 幸はもうこれあげないからねと、持ってきた美味そうなヤツを私と花ちゃんから遠ざけた。


「幸。その美味そうなヤツさぁ」


「だーめ」


 私が涙目になってどうかお慈悲をと訴えても全く取り合ってもらえないのだ。

 花ちゃんは要らないふうを装いながらもちらちらとそれを見ている。あわよくばを狙っているのだろう、しっかりしろ夏織と、なんとしても手に入れろと私の脇の辺りを幸に気づかれないように小突いてくる。地味に痛い。


「痛いって、花ちゃん」


「ごめん。けどがんばれ夏織」


「やってるって」


「なぁに」


「なんでもないよ。けど幸、それ凄く美味そう。食べたいなー」


「これはあげない。そこのおやつを食べてなさい」


「「くっ」」


 幸は悔しがる私達を見て勝ち誇るように笑っている。くそう。



 確かに、私にとって花ちゃんは姉。幸にとっても今はそうだから、私と幸は恋人だけれど私達三人は姉妹みたいなところもあるというかある。この繋がりは私達三人にとって特別な絆。色んなことが変わってもこれから先、私達がいってしまうまで続いていく筈の、失くしたくない確かな絆だ。


「そうそう」


 べつに、痩せたことを信じてもらえなくたって、馬鹿じゃないのと言い合いをしたって、美味そうなヤツを貰えなくたって、私達はそんなことでどうこうなるような薄っぺらい関係では決してないし、こんなことは今までだってたまにあったし、これからもあると思う。

 それは私にとっては初めてだった、幸にとってはやり慣れた、花ちゃんにとっては久しぶりの姉妹喧嘩ってほどじゃないけれどそんなヤツ。


 今みたく幸がしたように、飄々とした長女とまあまあな次女の争いを止める優秀で聡明な三女という構図も、やってみるとなんかいい感じがする。


「ね」


「まあね。当然、長女は私だね」


「次女は私だから」


「笑っちゃう。次女は私」


「なに言ってんの? 私の方が歳上だから」


「そういうことじゃないよ。しっかり者の私が方が姉なの。相応しいの。わかる?」


「いや、それなら私じゃないとおかしいから」


 いや私だし、私でしょう馬鹿なの夏織と言い争いを始める私と幸。それを花ちゃんが笑って見ている。

 その花ちゃんにも幸は挑んでいく。さすが幸。幸の持つ野生の本能が己を群れの頂点に立とうとさせるのだ。


「寧ろ花ちゃんよりもね」


「は?」


「夏織とくだらない言い合いをするくらいだもの。私はそう思うけど。ねぇ、花?」


「花ぁ?」



 こら幸、調子に乗ると黒いヤツ来るよ、いいえ、この際言うけど花ちゃんこそ大人になりなよと、私の方が姉だからと言い合いを始めたふたりを今度は私が笑っている。


「ふふふ」



 このスペースでの時間はもうすぐ失くなってしまうけれど、環境が変わっても私達は変わらない。

 今日のように、こうして三人寄った時は戯れあって笑う心から信頼できる仲良しな三姉妹。そんな感じでこれからも続いていくのだ。そう思いながら私は手を伸ばす。


「よっ、と」


 そして私は思いつく。普段から幸と花ちゃんに甘えたり、甘ったれてばかりの私だけれど、私達がこうして集まる時は、その分わたしが姉としてふたりを甘やかしてあげてもいいかもしれない、と。


「おっ」


 がさごそと触った感じ六つある。私はそのうちひとつを取り出してこっそりと口に入れた。


「美味…」


 大体において、私をあいだに挟んでやいのやいのと騒いでいるふたりよりも、幸が持って来た甘くて美味い三口サイズくらいのふわふわなチーズケーキを食べながらそれを温かく見守って、適当なところで止めるつもりでいる私の方がよっぽど姉らしい。


「そうそう」


 やはり私が普段から自負している通り、我儘だとか毒を吐き散らすとか根も葉もないことを色々と言われていても、私はこの中では精神的に一番成熟した大人の女性。

 だから、幸と花ちゃんのどちらが姉かなどという争いは不毛でしかないのだ。姉の役割は本当は私にこそ相応しいということなわけ。いける。


「ないね」

「ないな」


「まぁね。けどコレはいける。美味い」


「夏織。なんで勝手に食べてるの?」


「えと…そこにあったから。く、腐っても困るし?」


 鋭く睨む矛先を私に変えた幸に、私は可愛く言い訳してみる。うまーいコレ凄く美味いよ幸ありがとと、ゆるふわく、とてもゆるふわく、あり得ないくらいゆるふわく微笑んでみた。

 だってあと一つくらいは食べたいから。


「がはっ」


 その甲斐あって幸はあえなくいってしまった。二個ずつ食べていいからねと呟いて。


 それを聞いていた花ちゃんが素早く反応する。幸を嘲笑うように一瞥したあと私に向かって手を出してさっそく催促をしてきた。


「美味しそうだねソレ。私にもちょうだい」


「どうぞ。美味いよコレ」


「しょうがないなぁ」


 復活した幸が呆れている。私も食べようとそれを手に取った。


 美味い美味しいと三姉妹でそれをもぐもぐとやりながら、私は三日くらい前にあった衝撃的な出来事を思い出し、それを話したくてうずうずしていた。


 私はもう食べ終わったし、そろそろオフィスに戻らないとだから、食べているふたりにはそのまま聞いてもらうことにする。私はそう決めた。



「そう言えばこの前ね、凄いことがあったんだよ」


「なによ」

「なぁに」


 あのね、と私は説明をする。


 得意先を出る前に、私はトイレに行っておこうとそのビルのナニで用を足したの。そこは女の子っぽくお花を摘んだと言ってもいいけれど、意味は一緒だからどうでもいいとして、用を足し終わって水を流すために振り返って横にある小のボタンを押そうとして便器のタンクのところの繋ぎ目から、糸くずっていうか線みたいなのが二本ちょろちょろって出てたのが見えたわけ。

 そんでね、なんだろうなと思ってよく見るとね、ソレが虫の触覚みたいにさ、うにうに、うにうにって動いてるわけ。そこの部分だけ出たり引っ込んだりしてるわけ。どう見てもここから出たいんですって感じでさ。

 それで万が一、繋ぎ目から出てきたらどうしようとか思って、なんか気になってね、出れちゃうの? どうなのよって暫く見てたらさ、私は気づいちゃったわけよ。


「あれさ、絶対ゴ、あだっ」


「馬鹿、やめなさい」

「黙れ。ばか夏織」


「いや、だってあれ絶対ゴ、あだっ」


「「やめろ」」


「くっ」


 そう。悲しいことに、私は最後まで言わせてもらえなかったのだ。アレを背に用を足したと知ったあの恐ろしさを、あの時、ぞわわってなった私の恐怖を、私はどうしても、今もの凄く嫌そうな顔をしているふたりにそれを伝えたかったのにっ。くそう。


「はい残念」





最後のヤツは本当にあった私の体験談です。

まじ、ぞわわってなったから。怖かったから。


けどへいき。私はちゃんと確認してから用を足すことにしたから。いけるいける。


読んでくれてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の話が実体験とは そんなところにもいるんですね.... なんかいろんな場所が怖くなってきました 余計な話ですけど自分が一番恐怖を感じたのは履こうとした靴の中にいたときですね....
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