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woman  作者: しは かた
54/102

第四十六話 後

こちらが後になりますのでご注意ください。


では続きです。


よろしくお願いします。

 


 午後五時半過ぎ、私と幸は国立何とかかんとか館に着いた。なんやかんやと楽しく過して少し遅くなってしまったのだ。



「あ、()いてる。さぁいこう。とくいこう」


「ちょっと幸、引っ張るなって」


「早くしないと干からびちゃうからさ」


「馬鹿なの?」


 私は呆れた目を向ける。幸は冗談と笑いながらも急ぎ足。逸る気持ちを前面に出している。それはご飯を前にした時と同じで、我慢できない早く食べさせろという感じ。

 それは、美味そうなスイーツ屋さんを見つけた時の居ても立ってもいられなくなる私にそっくりで、私は今それを客観的に見せられているわけ。


「夏織。早くってば」


「居なくなったりしないでしょ。少し落ち着けって」


 私をぐいぐいと引っ張って歩く幸が忘れているみたいだから、油断していると売り切れてしまうスイーツと違って展示物は逃げないから大丈夫だよと教えてあげた。


「夏織だってケーキ屋とか見つけるとそれしか見えなくなるくせに」


 幸は前を向いたまま私が思っていたことと同じことを口にした。


「まぁね」


「同じだよ。そんな自分をどう思うの?」


「かわいいしかないと思う」


 即答。私は自信を持って言ってやった。

 早く早くと私を急かす今の幸が可愛いのだから、私も可愛いに決まっている。そこは幸も否定する筈がない、と思う。たぶん。


「確かに」


 やった。ほらね。

 幸はぴたっと立ち止まって満面の笑みを私に向けた。私もにっこりと微笑み返す。


「くくく」


「ふふふ」


 ほんの少しのあいだだけと、見つめ合って微笑む私達の空気はそれを読まないバカップルのソレ。


「しょうがない。いくか」


「しょうがないってなによ?」


「残念だってこと」


「ああ。そうだね」


 私達はすぐにソレをやめた。

 今ここは人が少ないけれど、意外なことにあの花ちゃんですらここに来たのだから、偶然にも誰がどこで見ているかも分からない。私達は浮かれていてもそこまで馬鹿じゃないのだから。


「そうそう」


「ねー」




 幸が絶対に混んでいるからチケットを手に入れてからでいこうということで、出掛けにコンビニでそれを定価で買ったものの、閉館の二時間前ということもあってか、混んでいるかと思いきや会場には全く列ばずに入ることができた。


「早く」


「はいはい。わかったから」


 私達はチケットを出してゲートをくぐると意外にも館内はそれなりに人がいて少々混雑していた。私は愕然としてしまう。


「驚きだわ」


 そんなにミイラ好きが多いのかと、一瞬ほうけたあとそう呟いた私の横で、幸は渡された資料的なヤツを真剣に見ている。おそらくお目当てのヤツがどこに居るのかマップで確認しているのだろう。



「えー、どこかなぁ」


「メインはルートの最後の方じゃないの。たぶんだけど」


「そうか。あ。あった」


 こんな奥なのかぁと幸は嘆く。けれどやはり楽しそう。わくわくが止まらない。そんな感じの幸。

 それを隣でちら見して、私はいつものように、幸は本当に可愛いなと顔を綻ばせた。


「いくか」


「うん」


 私は幸の背中を押した。そして素早く触れるか触れないかくらいの距離感で幸の横に移動してその隣を歩き出す。ここは混んでいるから友人同士だったとしても全然不自然じゃない。変に距離をとっている方が迷惑だから。

 ミイラも役に立つものだ。ミイラっていいかもなと私は思った。私は現金だから。


「ふへへ」




 それは三日前のこと。私からすればなんでソレにと思う、幸ったら変わった物に興味を持つんだなと思うことがあった。そしてそれが私達がここに来た理由。




「は? ミイラ?」


「そうミイラ。いま来てるの。あっちから。上野に。凄くない?」


 思わず訊き返してしまった私のミイラに、がばっと被せ気味の答えとともに幸が目を輝かせてそんなことを言ったのは水曜日午後遅く、例のスペースでの出来事だ。


 私は一体どこにそんなに興奮する要素があるのかと、スライスしたアーモンドとザラメがまぶしてあるパイ的な棒状の甘くてさくさく美味いヤツを口に入れようとしたまま固まって、えぇぇと少々ひき気味になった私が我に帰るよりも先に、向かいに座っていた花ちゃんがああソレねと幸のミイラに喰いついていた。


「わたし行って来たよ。インカ展だよね? なんか凄かったよ、ミイラ」


 私は再びえぇぇとなって、パイ的なヤツを落としそうになりながら視線だけを花ちゃん向けた。

 花ちゃんは一本だけ食べようと言って手に取っていたそれを普通に齧っていて、実はねとか言っていて、意外も意外、花ちゃんは幸の興奮振りには全くひいていなかったのだ。


 どうやら花ちゃんは先週の日曜日、山ぐっさんとブライダルフェアに行ったあと、わざわざ上野まで足を伸ばし、デートがてらそこに行ってきたのだとか。わざわざ。



「花ちゃん見たのっ?」


「見たよ」


「どうだった?」


「なんかすごかった」


「えー。いいなぁ」


「いいかぁ?」


 とは、上から幸、花ちゃん、幸、花ちゃん、幸ときて最後のヤツが復活した私の言。


「それでさ」


「ふむふむ」


 けれどふたりは私の素直な疑問を無視をした。まるでお前は黙っていろと言わんばかりにふたりの話はどんどん進んでいったのだ。くっ。


「おかしい」


 大体において、ミイラよりもブライダルフェアの話の方が花ちゃんはしたい筈だと思うし、私も幸も、当事者となると実際どんな感じなのかを聞いてみたくなるのが普通じゃないかと私は思ったの。現状、無理な私達だって、それ自体にはかなりの興味があるのだから。


「いや、おかしい」



「美味いなコレ」


 そうは思ったけれど、私はとっととこの状況を諦めて、サクサクのヤツを齧りながら幸と花ちゃんの話を大人しく耳に入れているというか勝手に入ってくる。


 そして孤独には突然なってしまうことを私は知った。

 ミイラ話で盛り上がるふたりとは対照的に、私はたったひとりでさくさく美味いパイ的なヤツを大人しく齧っていたのだ。その話が終わるまでずっと。

 お陰で残りのそれを全部食べることができた。



「あ、食べちゃった」


「幸。あれは必見だよ」


「やっぱり」


「…美味かったな」


 そう。パイはさくさく甘くて美味かった。決して塩味なんか効いてなかったから。うぐ。




 私にはミイラを見ることがデートになるとは到底思えないけれど花ちゃんは楽しかったみたい。

 あのね、凄いんだよと、こんななのこんなと、婚約指輪のはまっている手をちゃかちゃかと動かして何かを伝えようとしていた。


「写真だと小さいですよね?」


「幸。聞いて驚くなよ。それがさ、こんなでこんななの」


「おー」


「でさ」


「ほうほう」


 私にはいまいち伝わらないソレに、幸はへぇほぅとしきりと頷いている。さすがは幸だと感心してしまう。


 まあ、デートなのに映画館で黙って二時間座っていて、お尻が痛くなるよりは幾分はマシなのかも?


「そうかなぁ?」


 と、呟く私をまたも無視して幸と花ちゃんは盛り上がっていた。

 塩味がちょっとだけするパイ的なヤツはそれでもやはり美味かった。



 結局、幸の言うあっちって、南米、マチュピチュだったかと思いながら盛り上がる二人の会話を泣きながら馬耳東風していた私を、幸はどうしてもソレを見たいと、行こう行こうと私を誘ってくれた。


 私は特に興味なかったけれど、幸が行きたいのなら私も行く。理由はそれで十分だし、どこに行くにしても幸とふたりならそれはまさしくデートだから。



 そしてその三日後、週末の土曜日。お昼に待ち合わせをした私達は、割りかし上野に近いこともあって、先ずは湯島にある学業の神様のところをお参りしておくことにした。

 それは当然、幸の試験の合格祈願的なことをしておくためだ。


 そんなことをしなくても私は大丈夫だよと幸は笑っていたけれど、縁起を担いでおくのも悪くないからと私は思ったのだ。決してミイラにこれっぽっちも興味が無いからとあわよくばを狙ったじゃないのだ。 


「いこうよ」


「お参り?」


「そうお参り。ついでだから」


「えー。ミイラは?」


「そのあと行くって。近いから」


「ほんとに?」


 疑うなってと私は力強く頷いておいた。

 その甲斐あって幸はじゃあいいよと折れてくれたけれど、その様子から察するに、幸は少しでも早くミイラに会いたかったのだと思う。

 ミイラに会いたいとか、私には理解できないけれど、そんな幸は凄く可愛かった。


「ふふふ」



 と、私達は今日、お参りをしてその近辺の不動産屋さんを覗いて西郷さんを見てインカ帝国展に行ってディナーという名の餃子を食べて過ごしたのだ。私は凄く楽しかった。それは幸も同じというか大満足だった筈だ。






「さっぱりしたねー」


「うん」


 いちゃこらしながら入ったお風呂を終えて、私達は隣り合って寛いでいる。

 幸はグラスの氷をからんと鳴らし、ゆったりとソファに座ってそれを口に運んでいる。私を見て優しく微笑んだりもしている。

 私はこの部屋に漂い始めた謎の圧力もなんのその、二つ目のアイス、ダッツなヤツを美味い美味いとご機嫌で食べている。

 幸に目を向ければ、幸はただ微笑んで見ている。

 そう。ただ優しく私を…優しく? こわい?



「あ、そうだった」


 私はどうしてか目を逸らし、バッグから学業成就の御守りを取り出して、それを幸に渡した。


「はいこれ。頑張って、るのはいつも見てるからわかってるけど一応言っておくから。幸、頑張ってね」


「お。ありがとう夏織。もち、頑張るよ」


「うん」


 幸は私からそれを恭しく受け取ると体を捻ってロータンスにあるたぬき達のうちの一つに、これを持っていてねと、ソイツに御守りを抱えさせた。


「なんでそこ?」


「夏織がくれた大事なものだからよ」


 ぱんぱんと手を叩き一礼したあと、幸は体を元に戻しながら普通にそんなことを言った。

 これで絶対にご利益がとか、稲荷じゃなくて何大明神て言えばいいのかなとか、真剣に、されどくすくすと笑いながらぶつぶつとか言っている。ねぇ夏織はどう思うと普通に訊いてくる。その流れからか、なんだろうねと私も普通に返していた。


「わかったっ。スイーツ大明神だなっ」


「…いやいやおかしいでしょ」


「おかしくないよ。だって、狐が稲荷でしょ。狸は夏織だからスイーツでしょ。ほら、スイーツ大明神じゃない」


「ほう?」


 私は幸を睨む。体が震えてどうにかなりそう。

 いま幸は、絶対ヤバいとそっぽを向いているけれどそれが正解。私と目を合わせた途端、幸は石になってしまうだろう視線だから。絶対何か出てるから。幸からしたら私の髪は今ぶわわぁってなって蛇のようににょろにょろにょろって見えるに違いない



「そそそれより夏織っ」


 一瞬にして私が不穏な空気を纏ったことを察したあほ幸はよほど石になりたくなかったのだと思う。


「あ?」


 私は顎をクイっとした。何かあるなら言ってみろと幸を睨む。ていていと手を出す準備も忘れていない。

 けれど幸の奴はやはり優秀、上手く話題を変えてそれを口にすれば私がすぐに喰いつくことが分かっている話をし始める。


「今日、話を聞いた物件どう思った? 予算的には全然いけるけど」


「あ? あー、あれか。ちょっとたんま」


 私はローテーブルに置いておいたスマホを手に取って名刺を見ながらその不動産屋さんのホームページにアクセスする。そのあいだに、幸は自分のバッグからもらった資料を取り出していた。


「えっと」


 そう。私達は街を歩いて不動産屋さんを見かけるたびに、貼ってある物件の情報を見ていたのだ。立ち止まってああだこうだと話をして、そのうちの気になったヤツの資料をもらったり、不動産屋さんに入って資料を見せてもらいながら話を聞いたりもしたのだ。


「これ」


「これだな」


 実際に見てみないと何も判断できないけれど、話を聞いた限りでは、立地とか街とかごちゃごちゃしてて、そこの住人は個々っぽいという話だし、そういう意味ではかなりいいと思う。

 ただし、古くてリフォームもしていない、ただ売りに出されたような物件だから、綺麗にしたければその分お金がかかりますよと言っていた。


「リフォームもしくはリノベーションするとして、このくらいとすると、総額でこれくらい」


「あれ? そんなもの?」


 ほらこれと、幸がスマホを私に向けた。

 優秀で聡明な幸は、頭金にもよるけどさ、今の金利で固定するとして、予定の額でも十五年もあれば無理せず完済できそうだねと、既に簡単な数字を弾き出していた。


「おー」


 さすが幸。ホームページの料金シミュレートで結果が出るたびに、今みたく、おおーとか言ってなんか喜んでいる私とは訳が違う。


「けどさ、いくら古いとはいえ、あの立地でこの金額はどうなんだろ」


「あらら。夏織は話をちゃんと聞いてなかったのね」


 幸はため息を吐いて、異様に真面目な顔を私に向けた。そしてなぜかスマホの画面が上になるようにしてそれを顎の下に持ってきている。


「どういうこと? ていうか、幸はなにしてんの?」


 私の問いかけを無視したまま幸は話を続けていく。声のトーンが少しおかしい。


「事故物件なんだって。あそこ」


「は?」


「夜な夜ななんか出るんだって」


「え。うそ」


「リフォームしようとすると知らないうちに壁紙とかぼろぼろになってたりするんだって。だからお安いんだって言ってた」


「……絶対買わない」


「でもそこは大丈夫みたいだよ。夏織が買う気になったらお祓いしてくれるって言ってたし。だから、ね」


 安心していいよみたい幸が言うけれど、何を言ってんだこのぽんこつと私は思う。そんな曰く付きのヤツは絶対に要らない。こわいから。

 夜な夜な布団を被って朝までとかむりに決まっているから。自然に呼ばれてもトイレにいけないとかありえないからっ。


「だから、ね。ってなに? むり。要らない。絶対に買わないからっ」


「くくく」


 幸がもう無理耐え切れないよと笑い出した。私はそこで、幸の奴が私をからかっていたことに気がついた。顎の下のスマホの意味も理解してしまった。

 幸は怪談ぽく演出したかったのだろうけれど、部屋が明るいのに馬鹿じゃなかろうか。幸はほんとに馬鹿だなと、私もふふふと笑ってあげる。


「ふふふふふ。幸ったらおもしろい」


「夏織の顔、ぷっ。あはははは」


「ごらさち、ざけんなっ。うりぁぁぁ」


「ふぐぅぅ」


「さちー。こんにゃろー。笑いたいならずっと笑わせてやるからなっ」


「ちょっ、くすぐったいよ。あはははは。ご、めんて、夏織。あはははは、んがっ、冗談だって、あはははは、んがっ」


「このっ、馬鹿幸めがー」




 私は脇腹をひたすらくすぐって暫く幸を弄んでやった。弄んでやったついでにことにも及んでやった。そこはあくまで優しく慈しむように。幸は乙女だから、私の愛を受ける時は、自分のことを棚に上げて、優しくしてと、溺れながらもうわ言のように懇願するのだ。私はそれを受け入れて優しく丁寧に幸を慈しむけれど、たまに意地悪もしてあげる。そうすると幸は必ず私を可愛く睨んだりするのだけれど、それがまたやけに可愛くて、そのことを指摘すると、いやいやと顔を手で覆ったりする。


「幸かわいい」


「…もうっ。いじわるっ、んっ」


 こんな感じ。これ以上は教えない。もったいないから。幸は私のものだし、こんな幸も私だけのものだから。ぐへへ。


 そうやって私が優しく幸を愛でていれば、幸は体を硬くしてそのまま激しく辿り着く。それを何度か繰り返していと、そのうちに大きな波がやってくる。幸はさらに体を硬くして大きな声と一緒にその波に攫われていく。幸はそれで十二分に満たされる。


 ことのあと、愛しの幸は私の腕の中でぐったりとその体を弛緩させてただただ息を整える。そのうち息が整うと、ありがとう夏織と微笑んで私にキスをしてくれる。


 そしてこう言うのだ。


「次、私の番ね」


「今日は駄目。嘘ついた罰だから」


「なっ。なななななっ」


「当然でしょ。ふふふ」



 その時の幸の顔を私は忘れない。固まる幸は間抜けた顔をしながらもとても可愛かったから。

 こうしてまた一つ、私の中の特別な幸が増えていく。私はこうして心に幸を刻み込む。いつか必ず訪れてしまうその日のあとのために。私が先かもしれないけれど。




「愛してる」


 私は幸の髪を撫でる。その幸は今、へろへろになっていい夢を見ている。だから幸を起こすのはもう少しあとにするつもり。




「みいらがいっぱいだよかおりむにゃむにゃ」


「はっ…って、なんだよそっちかぁ」



 はい残念。





私は痩せました。が、体重は以前と同じになりましたが体型が明らかに違うのです。私の筋肉はどこに行ってしまったのか…

副作用は恐ろしいですね。くそう。


読んでくれてありがとうございます。

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