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woman  作者: しは かた
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第四十一話 後

こちらは後ですのでご注意ください。


よろしくお願いします。


 

 そして今、まさに日付が変わろうとしている。


 私の誕生日の奴は去り際に、そんなにがっかりしないで、一年なんてあっという間だからまたすぐに会えるからねと、何を勘違いしたのかそんなふうに伝えてくれている気がする。

 けれど私はやはり、ソイツが来るたびに歳をとってしまうという意味では全くがっかりしていないから、すぐとか言わずに一年置きとかでもいいからねと、指をびろびろとやってこっち来んなと念じながら、伝われーとやっているところ。



「何してるの夏織?」


 念を送る私のびろびろに気づいた幸が私の胸から顔を上げた。また馬鹿なことをやってるなという顔をして私を見た。


「何って? 見ればわかるでしょ」


 けれど私は至って真面目にやっているのだ。今の私が幸の目にどう映ろうが、普段からこんなことばかりをしている私を周りがどう思おうが、私がする、こうした理解されにくい一見馬鹿げた行動にもちゃんと私なりの意図があるのだ。


「まぁ、なんとなくね」


 ほらぁ。幸には伝わっている。幸はなんとなくでも分かっている。

 ということはつまり、意図を汲み取ろうともしないで、屋敷さんまた何かやってるよと呆れる周りの方がおかしいのであって、決して私がおかしいわけではない。私はおかしくない。

 私はただ少しだけやや天才寄りに、紙一重のところにいるだけなのだ。



「八一三がもう終わる、というか終わった」


「そうだね。残念?」


「まぁ、色々とね」


 今日、歳をひとつ重ねたことは残念だし全然嬉しくないけれど、さすがのこの私でもそれを無視してなんのこと? とかすっと呆けることはできない。


 そりゃあね、この先わたしは三十ですと言い張って、それがバレないのならそれでしれっと通したいところだけれど、書類とかデータですぐにバレるから。

 登録とか何かの契約とか、公的なものでも私的なものでも本人確認には生年月日は必須だし、あれ屋敷さん? 確かあなた去年も三十歳でしたよねなんてことにもなりかねない。永遠の三十歳とか凄く中途半端だしイタ過ぎて目も当てられないから私は歳を重ねたことを甘んじて受け入れることにしたのだ。


「くっ」


「まあまあ」


 何かを察した幸がくくくと含んで笑いながら私を優しくぽんぽんする。歳なんて気にするなとやっている。

 けれど残念。幸だってあと二ヶ月もすれば、幸の言うところのおばさんなるんだからなと私は思った。



 そして、私が残念に思う理由は幸と幸がくれたプレゼントにもある。私は今年の誕生日に凄く満足してもいるのだから。


「今年は恋人として幸が祝ってくれたから、今まで無いってくらい凄く嬉しかった」


 祝ってくれてありがとと、幸の髪にキスをして私は幸を抱く腕に力を込める。すると幸は私の胸にぐりぐりと顔を擦りつけてきた。


「嬉しいことを言ってくれるね」


「本当のことだから」


 私の胸から聞こえる幸の優しい声に真剣に答えて、抱いている幸を離して、んっと唇を尖らせた。幸は笑ってそこに唇を寄せてそっと触れてくれた。


「大好き」


「私も好き。けどたぶん私の方がずっと好きだと思う」


「いやいや。私の方が好きだよ絶対」


「そうかなぁ。じゃあ幸はどらくらい私のこと好き?」


「このくらい」


 と、幸が両手をいっぱいに広げてみせてくれる。自信満々、こんなにあるのよすごいでしょと自慢げに。その姿はぐうかわだ。

 けれどそれも残念。たかだか両手いっぱいとか、その程度では私の愛の大きさには勝てはしないのだ。


「なんだ。そんなもんか。私はね、こっのくらいっ」


 見て腰を抜かすなよと、私はバレリーナがするように伸ばした両手を頭の上に上げて手の甲をくっつけてみせた。


「えっと、夏織。それ、何してんの?」


「右手の平から左手の平まで。つまりコレは地球を一周したヤツだから。私の愛は地球くらいっあるってことだから」


「なるほどねー」


 じゃあ私もと、幸が私の真似をする。これで夏織と同じだねと微笑んでいる。私は私と同じ格好をしながら無邪気に笑う幸を見て、くそう、なんだよ可愛いなと思うのだ。

 これはアレが出ちゃうなと、私は慌ててそっぽを向いた。


「かはかは」


 私はこっそりいってしまった。明るかったら顔の赤さがバレバレだ。今の体勢がバレリーナっぽいだけに。なんつって。


「0点」


「だよね」


 その体勢のまま、私達は顔を見合わせてふふふあははと声を揃えて笑い合う。


 コイツらは何をやっているんだかと他の人からは確実に思われるだろうけれど、いちゃいちゃなんてそんなものだし理解される必要のないふたりだけのものだ。

 幸とこうやって遊んでいるのは凄く楽しいし、カップルなら誰にだって人には理解されないいちゃいちゃをしていることに思い当たる節が絶対ある筈だから気にしない。

 今どきっとした人が確実にいる筈だ。


 大体において、私達は外で恋人に甘えたり、いちゃいちゃしたり、手を繋ぐことすらできないのだから、部屋でこうして過ごしたくなるのは当たり前。ここは私達だけの世界だから何をやっても大丈夫。それなら普段できないことや我慢していることを、思い切りやりたくもなるものだ。


「そうそう」


 いずれするかもしれないし、しないかもしれない痴話喧嘩なんかも、もしもその時が来たら私は思い切りやるつもり。私というものがありながら、不潔よ不潔、このっこのっこのっとか言ってぽかぽかと殴ってやるのだ。


「そうそう…いや、ないな」


 そう。私達に限っていえばそんな事は起こる筈がないのだ。


「そう思う?」


「まあね」


「この前不動産屋の女性と浮気したくせに」


「あれを浮気とか。馬鹿なの?」


「違うの?」


「やれやれだな」


「冗談よ。分かってるくせに」


「まあね」


 私が幸を抱き締めると、幸は私にすり寄ってくる。これ以上はくっ付けないよというくらい、いま私達は一つになった、ように思える。個性は二つだから完璧に一つなんてことはあり得ないけれど、それに近いものが私達には確かにある。今、シルエット的には完璧に一つだと思う。


「ね」


「まあね」




 こうして私達は今、ベッドの上でいちゃいちゃしているところ。

 誕生日ということで盛り上がった感のあることのあと、暫く続く余韻を充分に味わいながら疲労から復活した私と幸はピロートークをしているところ。もう少ししたら私達はお風呂に入って匂いの元を断つところ。



「けどもう三十一かぁ」


「夏織もついにオーバー三十、つまりオバさんだね。私はまだだけど。くくく」


「なにそれ? 意味わかんないから」


「なっ、伝わらないっ?」


 うそうそ、はいはいそうですねーと、気のない返事をしてあげる。

 幸は途端に嬉しそうな顔をする。ついでに夏織をからかってやろうみたいな顔をしている。


「夏織がオバさんかぁ。私はまだなってないけど。ねぇ夏織。今どんな気持ち? ねぇ?ねぇ?」


 私は余裕の笑みでそれを捌く。これから幸の誕生日までは私の方が歳上でお姉さんだから、このくらいのことでいちいち怒ったりはしないのだ。


「ねぇねぇ」


「うーん」


 そうだなぁとか呟いて、私は幸を抱いている腕を離して握り拳を作る。例えるならこんな感じかなと教えてあげるのだ。


「うりゃ」


「あだだっ」


「こんな気持ち。三十一なんて来なければよかったのにっ。くそう。ほれ、よく味わえやー。うりゃうりゃー」


「あだだだだっ」



 私はなんか嬉しそうにしている幸に梅干しぐりぐりをお見舞いしてやった。それをしながらあらためて、ありがと幸と今日のことを思っている。






「うまーい。幸これすっごく美味いよ」


「かは…そ、そう。よかったね」


 今日、私がとうとう幸が言うところのオバさん、三十一歳になってお昼過ぎ、私の向かいにはにこにこしている幸がいて、はち切れんばかりの笑顔でほっぺが落ちる的なことをしてケーキを頬張る私を見ている。


 幸はその綺麗な指でシャインなマスカットを優雅に摘んでいる。


「それも美味そう」


「食べる? あーん」


「あー、って。やめろって」


「あはは。駄目か。残念」


 幸は笑って、差し出してくれたその一粒をあっさり自分の口に放り込んだ。美味しいのになとか言っている。

 けれど、とても残念がっているようには見えない。寧ろ見せつけているような感じがする。


「あっ」


 食べちゃった。差し出してくれたからには私のモノ、その筈のシャインなヤツが幸に食べられてしまった。

 少し悲しくなったけれど私は平気。私もあとでそれを食べる気満々だから。

 私はお皿に盛ってあるソレに、待っていろよと目を向けた。私のお皿。そこにはちゃんと私の分が取っておいてあるのだ。ふふふ。



 今日のお昼過ぎ、私達はとあるホテルの、お高けれど美味いスイーツのバイキングが売りのフルーツパーラー的なお店にいた。

 制限時間は一時間半。そのあいだに甘くて美味いヤツをたらふく食べていいよと、幸が私を連れてきてくれたのだ。


「ありがと幸」


「いいよ。誕生日だし、今日ぐらいはたくさん食べてね」


「うんっ。時間になんて負けない自信がある」


「ん? あはは」


 頑張ってと、幸は笑った。


 私の目の前にはケーキとか、マンゴーとかシャインなヤツを含む果物とかでてんこ盛りになっているお皿がある。それは当然わたしのお皿。

 そして私はその一品目、先ずはと狙っていたこのお店のいち推し、スペシャルなフルーツがたくさん乗っているケーキを一口食べたところ。


「ほんと美味いなコレ」


 いつもの台詞を口にして、私はもうひと口、またひと口と食べながら、次は何を取ってくるべきかなと用意されているスイーツたちを視界に収めてそんなことを考えてもいるところ。


 だってこの状況はまさに、私の戦いはこれからだっ、とかいうヤツだから。




 その一時間半後、私の戦いは終わった。空になった杏仁豆腐のお皿を前に、私はお腹を摩りながら宣言する。


「完全なる勝利だなっ」


「よかったね」


 そう。私は勝ったのだ。全品制覇とはいかなかったけれど、元々そんなつもりは無かったし、美味いと思ったヤツをただひたすらに食べていたのだ。


「ありがと幸。みんな美味かった。ご馳走様」


「いいの。気にしないで」


「うんっ」


 気にするなと言われたのだから私は気にしない。

 けれど私はせめてものお礼の意味を込めて、はち切れんばかりのお腹を…笑顔を幸に向けた。

 幸は、やっぱり連れて来てよかったと満足げに頷いた。はち切れそうにも見えなくもない、けれど私的にはあともう少しいけそうな、私のお腹に視線を向けて、うわぁ、それすごいねと若干ひいているようにも見える。私が幸に向けたのは笑顔の筈なのに。けふ。


 そんな顔するほど酷いのかと、私もそのナニに目を向けてみる。


「そうかな?」


 確かに少しまあるいけれど、私は私だからすぐにそれから目を逸らし、食べ過ぎてはいなかったことにする。私は甘くて美味いヤツを食べただけ。

 この一時間半の間で私に起こったことは、幸が嬉しそうにスイーツを食べる私を見て微笑んでいたこと、それだけなのだ。決してこの店の新記録を残してしまったわけではないのだ。


「そうそう」


「ね、夏織。なんか記念品くれたよ」


「まじ? やったっ」


 私は素直に喜んだ。何でも一番はいいことなのよと、その昔、おばあちゃんが言っていた気がするから。




 その夜、愛しの幸はたっぷりと私をお祝いしてくれた。それはもうたっぷりと時間をかけて、ライトニング何とかも随所に織り交ぜながら。


「浮気者は許さない」


「あほ、なの」


 ことの最中、あろうことか幸は物件を見に行った日のことを持ち出した。

 私は特に何も考えずに対応してくれた女性がこんな感じだったんだけど幸はどう思う。怪しい感じはしたんだけど結局よく分からなくてさと、私は幸に伝えていたのだ。


「この浮気者」


「まだ、言う、か」


「お黙りなさい浮気者」


「ちが、う、でしょ、んんっ、ちょっ」


 こうやって攻めることを幸は気に入ったのだろう。私の耳元でそんなことを囁きながら、そのライトニング何とかで私の体がぴーんとなるたびに、幸は嬉しくて堪らないと言わんばかりの笑みを浮かべて、可愛いもう一回ねと、私の返事を待たずに何度も何度も襲いかかってきた。


 幸は先日の物件を見に行った時の話をネタにして私を好き勝手に弄んだのだ。

 私は何も悪くないというのに。私の誕生日だというのに、なぜに私がへろへろのへろにならなくてはならないのか。


「おかしい。こわい」


「おかしくないよ。夏織は浮気者なんだから。私から離れなれなくしてあげたのよ」


 そうは言いながらも幸の目は笑っている。忍び笑いも聞こえてくる。

 幸は最初から遊んでいただけだった。当然、私もそれを分かっていたのだ。


「私が幸から離れるとかあり得ないから」


「知ってるけど、証明して」


「いいよ。してあげる」


 私はへろへろの体を起こして、幸に覆いかぶさった。先ずは優しくキスをする。意地悪をしてなかなか深いところまでいかない。

 私はこれから私の愛をもってして、幸をへろへろのへろにしてしまうのだ。


「好きだよ幸」


「私も大好き」


「ふへへ」



 私がじっくりとただひたすらに、慈しむように幸を愛していると、私を受け入れていた幸は私にしがみついてくる。もうすぐにでもと伝たえている、漏らす吐息がもうお願いと私の耳をくすぐっている。

 何かに耐えるようにぎゅっとしがみつくその必死な感覚にさらなる愛しさが溢れてきて、私は堪らなくなる。

 私も幸に遅れないようにして、程なく私達は同時に荒れ狂う波に飲み込まれた。



 浅くて荒い息をしながら横たわる幸に唇で触れた、


「もう、むりだよ」


「わかってるから」


 もう一度、唇を寄せてその唇に軽く触れたあと私は幸を胸に抱いた。

 息も絶え絶えの幸はへろへろのへろだ。私はやってやったのだ。私は今とても満足している。


「はっ」


 そして私は思い出した。そういえば私はリバだったなと。


「あっぶな。忘れるとこだった」





 臭いの元をしっかり絶って、愛しの幸はいま穏やかに眠っている。

 私は幸を抱いて、眠いながらも今日のことを思い返している。


 今日を過ごす中で私達がしたことは、街をぷらぷらしたり思い切りスイーツを食べたり、話をしたりキスをしたり愛し合ったりと、普段と何も変わらない。誕生日だからといって、何か特別なことをしたわけでもない。幸から誕生日のプレゼントとして物をもらったわけでもない。


 けれど、三十一歳になってしまったことを除けば、やっぱり誕生日だからこそ、幸と過ごした今日のことは全てが特別なことだったようにも思えてしまう。


 普段何気なく過ごすことは、たとえそれが私と幸とのことであったとしても、ソレいつの話だったっけみたいな、記憶も曖昧でただ積み重なっていく私達の軌跡みたいなものだけれど、同じことでも今日のこと、幸が祝ってくれた誕生日は、私の中で特別なものとして、ずっと大切にされて忘れることなく憶えていられるのだと思う。


 朝起きてからどう過ごして今にここに至るまで、そうやって私が今日のことを特別なものだったと意識すれば、それはもうその瞬間から特別なものになる。

 それは、もちろん今日のことに限った話ではなくて、知り合ってから私達のあいだであった、忘れ得ぬものもたくさんある。この胸の中に、記憶の中に大切に取って置いてある。

 私はたまにそれを取り出しては、笑ったり照れたりしている。


 そして、私と幸のこの関係もまた特別。私が私で幸が幸だからこそこの関係を自然で必然で何よりも特別なのだと思えるのだと思う。

 どんな人達よりもとか、一番とかじゃなくて私達は無二の存在。そんな特別。


 そしてそれもまた、私達に限った話ではない。

 恵美さんだって麗蘭さんだって莉里ちゃんだって、みんなお互いの恋人に、その関係に特別を感じているのだ。その筈だ。麗羅さんだけはずっと謎のままだけれどたぶんそう。同じ筈。


「そうそう」




「ふわわぁ」


 そろそろおやすみなさいなと、私にも眠りがやって来たみたい。

 私は愛しの幸をそっと抱き直して、目を閉じてそっと呟いた。


「愛してるよ幸」


 くうくうと眠る幸から答えはなくても大丈夫。私はちゃんと分かっているから。私達は特、別、だか、ら。ふわぁ。


「おや、す、み、幸」







「もうむりこれいじょうたべられないよかおりむにゃむにゃ」


「ん…」






「はっ」





長かったですね。もはや仕様なんだなと、どうかここはひとつ、許してやってくだせぇませ。


けれど、今回は分けておいたから大丈夫。いけたいけた。


読んでくれてありがとうございます。

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