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woman  作者: しは かた
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第四十一話 前

続きです。

と、いうことで前と後に分けています。

こちらが前になります。


よろしくお願いします。

 


「いや、今日のヤツすごかったな」


 本日、八月十三日は私の誕生日。

 略して八一三(はちいちさん)。の謎と、思わず続けたくなる人もいるかもしれない私の誕生日がやって来たのだ。


「ほんと、美味かったな」


 私はあれだけ甘くて美味いヤツを食べたのに、元に戻ってへこんでスリムになってしまった私のお腹をもの悲しく思いながら、私のために用意されていたと言っても過言ではない甘くて美味いスイーツの数々を思い出してはそんな感想を漏らしている。幸よ、よーく聞いてくれと呟いている。


「また行きたいな」


 けれど、半分はお店とそこにあったスイーツに対する素直な称賛の意味を込めて、もう半分は近いうちにまた連れて行けと幸に暗示をかけているつもりの私の呟きにも幸は全く動じることなく冷たく言い放った。


「また来年ね」


「なっ、んて」


「また来年の誕生日にね」


 うう嘘でしょ? 


 私の呪…暗示を易々と跳ね除けるとはさすが幸と思いつつも私は慌ててしまった。


「け、けど幸。一年後にはあの素晴らしくも素敵なお店が無くなっているかもしれないでしょ」


 そして私は自分で言ってその可能性があることに気づいてしまった。

 それは駄目。あんな素敵なお店が消えてしまうなんてことになったら辛過ぎる。

 もしもそんなことになったら、くそうくそうと自棄(やけ)になって、せっかく減らし始めたスイーツを余計に食べるようになってしまうかもしれない。

 それはそれで私にとっては決して悪いことではないからまぁいいんだけれど、私のようなスイーツ大好き人間にとって素敵なお店が無くなってしまうのは凄く嫌。

 私とあのお店の甘い物語は今日始まったばかりなのだ。


「そそそんなの、だだだだめだからっ」


 どどどどうしよう幸まじどうしようと焦る私の様に幸は呆れてため息を吐いた。はぁとか聞こえて私の胸に熱い息がかかったのだ。


「いやあるでしょ。何を馬鹿なこと言ってるの」


「いや、ででもさ、世の中、万が一ということもあるし」


「大丈夫だってば」


「そ、そうかな」


「そうよ。だからまた来年の誕生日に連れていってあげる」


「むり。私にはそんなに待てない自信しかないし」


「あはは。すごい自信だね」


 これでこの話は終わり。またすぐに行ったら有り難味がなくなっちゃうでしょうと、幸は笑ってそう言った。


「ぐぬぬ」


 そんなのなくてもいいからたくさん食べられるし美味いからまた明日にでも行きたいんですけどと私はため息を吐いて、いいのか幸、泣くぞ幸、泣いちゃうぞ、と私は唇をぐっと噛み締めた。うぐ。



「はぁ。美味かったな」


「くくく」


 と、今しがた、いけると踏んだ企みが失敗に終わった私とそれを見事に看破して歯牙にもかけなかった幸はいまベッドの上。

 日付が変わる午前零時はもうすぐそこで、私の誕生日はあと五分くらいで終わってしまうところ。



 やって来たら嬉しい筈の誕生日。今年のそれは一つ歳を重ねたことを除けば確かにそうだった。幸がいてくれたし最近我慢していたスイーツもお腹いっぱい食べることができたから。


 誕生日。小学生の頃は、夏休みの、しかもお盆の最中だから、友達を呼んでのお誕生日会などできる筈もなく、私はお呼ばれしてはなけなしのお小遣いで買ったプレゼントをあげるだけの人だった…いや、泣いてないから。


 それでも夏休みの旅行とか帰省のお土産を、夏織ちゃんこれお誕生日のプレゼントねと超有名な白い猫のキャラクターの、ご当地キーホルダー的なモノなんかをくれる子も中にはいてくれたのだ。その頃の私は決してひとりではなかったのだ。


 私がひとりだったのは、抱えたモノを意識して、私はなんたか怪しいぞと悩み始めた時から花ちゃんや恵美さんと仲良くなるまでのあいだ。青春の真ん中だった頃だ。


 せいちゃんに気持ち悪いよと私を否定されてから、自分を守るため敢えて周りと距離を取ることで、付き合い悪くなったよねとかどうせ誘っても来ないから声をかけなくていいよねとか言われるようになったそのあいだ、私は誕生日が好きじゃなかった。

 今は別の理由で要らないなと思っているけれど、まぁそれは置いておいて、身内以外からおめでとうと言われることが失くなったから。


 私はその当時、バレるよりはと、誰かを好きになってまたキモいとか言われて否定されるよりはマシだと、嫌々ながらも納得はしていた。

 けれど、ひとりでいることがその代償の一部だと割り切ってはいても、私は子供だったから当然寂しくも悲しくもあったのだ。そこは理屈じゃないところだから。そう簡単に割り切れるものじゃなかったから。


 花ちゃんが私に声を掛けてくれて仲良しになるまでの、おそらくは長く続いていく私の人生のうちのたかだか二年くらいのことだったけれど、私はそのあいだに何度枕カバーを濡らしたことか。それがあまりに頻繁に濡れるもんだからいつの間にかタオル生地に変わっていたくらいだから。


 母さんは私の泣く理由を何も訊ねてこなかったけれど、凄く心配したと思う。こうして当時を思い返すたびに、心配をかけちゃったなと本当に申し訳ない気持ちになる。

 そして今なお悲しいことに、私は高校三年の時のクラス会に呼ばれたことがない。今もやっているのか、そもそもあったかどうかさえ知らないのだ…いや、そこは、普通、に泣ぐでじょ。


「ふぐっ」


「どうしたの夏織? 悲しいの?」


「さちぃ」


「よしよし。悲しくなっちゃったんだね。でも大丈夫。私がいるからね」


「じゃ、じゃあさ、また連れでってぐれる?」


「いいよ。来年ね」


「うぐっ」


「だって太るよ? いいの?」


「なんのこと?」


 スイーツを食べたら太るとか意味が分からない何言ってんの幸と、都合の悪いことなどもはや忘れてしまった私は、ふと、凄いことを思いついてしまった。久しぶりに降りてきたのだ。幸が駄目でも花ちゃんと行けばいいじゃないの、と。

 この思いつきはまさに天啓、私は思わず含み笑ってしまった。


「ふふふ。天才だな。ふふふふ」


「そうそう。花ちゃんは行かないと思うよ。来年の結婚式に向けてまだまだ痩せたいんだってさ」


「ふ?」


 残念でしたと私を嘲笑う幸の放ったその台詞は、私の含み笑いを止めるには十分だった。間髪入れずに確認してみる。藁にもすがる思いで。


「それまじ?」


「うん。まじ」


「花ちゃんが? ほんとに? 冗談とかじゃなくて?」


「花ちゃんが。ほんとに。冗談とかじやなくて」


「まじかぁ」


 ああくそう。私が生まれついた星の奴は、一体どれだけの試練を私に与えれば気が済むのだろうか。

 やはり世の中は斯くも厳しくできているのだと私は悪態を吐いた。


「もうっ。なんだよー、くっそう」


「あはは」


「ふんだ」


「あはは。やっぱり夏織はおかしいね」


「おい幸。おかしいとか言うな」



 けれど、くそうと悪態を吐きながらも、からかうようにあはは笑う愛しの幸を抱いて離さない今の私がひとりだった昔に比べれば充分過ぎるほど幸せなのだと、私は分かっていた。



 思い返せば若い頃の嫌なことの思い出の代表の一つみたいな誕生日。

 それでも私は早く大人になって居場所を見つけたいと強く望んでもいたから、好きじゃなくなってしまった誕生日を指折り数えながら早く来ないかなと待ち焦がれてもいた。


 そうやって人知れず、私なりに悩み苦しんでやっとこ待ち焦がれていた大人になってからは、恋人がいた時はその女性と、そうでなければひとりでスイーツを食べに行ったり、幸や花ちゃんが買い物とか飲みとかに誘ってくれたり、バーに顔を出して恵美さんとかに祝ってもらって、また人並みの誕生日を過ごすようになった…いや、泣かないし。これ普通だから。


 一昨日の盆休みに入る前の日だって、花ちゃんが甘くて美味いヤツをくれたから。

 昔に比べるべくもなく、私を取り巻く世界は広がっている。私はもうとっくにひとりなんかではなくなっているのだ。



「夏織」


「あ、花ちゃん」


「はいこれ」


「わーい。いつもありがと」


「いいよ」


 知り合ってから毎年のことだからいちいち何でとか訊いたりしない。私はさっそく、今年はなにかなぁと渡された袋を覗き込む。


「お? これはっ」


 くれたからには遠慮なく、私は包装紙を剥がし箱の中身を確かめてみた。


「おぉぉ」


 そこには私の期待を裏切ることのない、数量限定お取り寄せのみの取り扱い、聞くところによると三か月待ちの甘くて凄く美味そうな、和三盆を使った抹茶の風味と中の滑らかなこし餡が堪らないと評判のふ饅頭的なヤツ、生モノだから早く食べてねとふわふわでぷるぷる震えるヤツがいたのだ。


「揺れてる」


「ボク、悪いふ饅頭じゃないよ」


「なんだそれ。それっぽいけどさ。てか花ちゃん、どっから声出してんの」


「ぷるぷる」


「しつこいな。もしかして花ちゃん、それをやりたかっただけじゃないの」


「バレたか。ははははは」


「もう。ふふふ」



 花ちゃんは私のために三ヶ月も前に予約をしてわざわざお取り寄せしてくれたのだ。

 凄く嬉しいことに私は愛されている。言わずもがな、花ちゃんらしく花ちゃんなりの理由で。


 そう思うと、渡された甘くて美味そうなスラ…ふ饅頭と相まって、私の顔が半端なく綻んでいくのが分かる。

 覗いていた箱から顔を上げると、花ちゃんも微笑んで私を見ていた。私はその微笑みをありがたく、とても嬉しく思うのだ。


「花ちゃんいつもありがと」


「いいよ。おめでとう、とはもう言いにくいけどね」


「そんなことどうでもいいから。早くコレ、一緒に食べよう」


「いいの?」


「いいのいいの。そんなの決まってるじゃん」


「だよね。じゃ、遠慮なく」



 そのあと私達はふたりでそれを食べた。

 お互いの誕生日の当日もしくはその前後、飲みに行ったり買い物をしたりもするし、こうして甘くて美味いヤツをもらって、それを一緒に食べたりもする。これも私と花ちゃんの過ごし方のひとつでもあるのだ。



「美味かった。残りは幸にあげようっと」


 あとで幸に持っていこう。喜ぶかなぁ。そう言いながら私はそれを大事に包み直した。


「熱は、無いみたいだね。おかしいな」


「おかしくないから」


 夏織がそんなことを思うなんて熱でもあるのか大丈夫かと私のおでこに手を当てつつも、花ちゃんは優しく笑っていた。

 きっと、今までは自分の分として食べてしまっていたそれを、あげようとまで思える相手が私にできたことを喜んでいたのだと思う。


「そっか。ならいいけどさ。夏織が残りを誰かにあげようなんて、何か起こるのかと心配したよ。わたし今日、傘持ってないからさ。ははは」


「傘なんて差してもどうせ雨で濡れるじゃん」


 この辺とかさ、と体の前を指で差す。けれど、ここにも裏切り者がいた。


「そんなところなかなか濡れないけどね」


「え?」


「なによ?」


「い、いや、なにも」


 もしかして私だけ? いやいやいやいや、あり得ないから。濡れるから。

 なるほど花ちゃんはお姉さん振って強がっているだけなんだと、なに言ってんだと私を訝しむ花ちゃんに優しい目を向ける。


「分かってるよ花(ねえ)


「…はぁ、やっぱ夏織は馬鹿なんだなぁ」


 うんうんと頷いて、その肩をぽんぽんと叩く私。

 花ねえ呼びに一瞬驚いた花ちゃんはにんまり微笑みかけてくれる。まるで、妹よ、馬鹿でもいいけど強く生きてねと私を励ましているみたいに。


「くっ」


「夏織。落ち込むなって」


 私は花ちゃんにぽんぽん返しを喰らってしまった。その優しがやけに痛い。


「うるさいなもう」


「ふはははは」




 そしてその日の夜、私がバーに顔を出すと、麗蘭さんが、コレ、今日いないみんなから預かっていたのよと紙袋を渡してくれた。


「なにかなぁ」


 やはりさっそく中を確認する私。そこには化粧品とかその道具とか、アンチエイジング的なモノがあった。

 ほらね。どうよ? 私はひとりなんかじゃないのだ。その意味では誕生日なんてとっくのとうに怖くなくなっているのだ。



「あ。メッセージカードまである」


「寄せ書きよね」


「よせっ…お、おっ。アンチエイジングなヤツですね。コレぜんぶ」


「夏織さんもようやくこっちに来たのね」


 仲間仲間と微笑む麗蘭さんはこれまでとは距離感が違う気がする。なんとなく近く感じるのだ。

 まさかとは思うけれど、麗蘭さんは年齢で線を引いていて、それを超えた私を本気で仲間として認識したのかもしれない。

 私とは二十歳以上の差が確実にあるのだから、その引かれた線がやけに低い気もするけれどそこはツッコんでは絶対に駄目なヤツ。

 私を罠に嵌めようとしているのだから、なんか離れ過ぎてますねとか言ってはいけないのだ。たぶん血を見るから。物理的に。


「こわい」


 私はまた試練かと、最近多いなと半ばうんざりしながらやはり下手なことは言えないなとおべっかを使って乗り切ることにした。


「なにいてるですかー。れいらさんにはひつようないじゃないですかー」


「あら。そうかしら」


 私は噛んでなんていない。緊張したせいで少し棒読みになっただけだから。たぶん平気。


 窺えば、麗蘭さんは満更でもないご様子。ここしかないなと私はさらに畳み掛ける。

 私は麗蘭さんの手をがしっと握り、それを私の胸の前へと持っていく。その手を強めに握りながら胸に当てるのも忘れない。それから麗蘭さんの胸に顔を一瞬だけ預けてから顔を上げた。まるで、目を開けたままキスをしちゃうのかと思うくらいまで近づけて。その時にしばしばっと瞬くことも忘れない。


「やっぱり麗蘭さんのお肌、近くで見てもつるつるですよね。いいなぁ。すごいなぁ。あ、よければ何を使っているのかとか教えてほしいですぅ。てか教えてくださいっ」


 しばしばっ


 完璧。


 見上げる私の何ときらきらしていることか。ゆるふわ奥義(できるだけ可愛くひたすら媚びる)。麗蘭さんに中途半端なヤツは効かないし、寧ろ逆効果にしかならないだろうと、私はソレに賭けたのだ。


 しばしばっ


「私も麗蘭さんみたいにずっと綺麗なままでいたいんですぅ」


 しばしばっ


 絵面的には何してんだろうねあのふたりはみたいな、暫し見つめ合う間があったものの、麗蘭さんは小さく、ほんとに小さく聴きとれないくらいのかはを聴かせてくれた。いけた。


「もう。しょうがないわね。ちょっとまってて」


 赤い顔をした麗蘭さんは名残惜しそうに私から離れて一度奥へと引っ込んで行った。


「成功か」


 すぐに戻ってきた麗蘭さんのその手には、みんな知ってるお高い化粧品の袋があった。


「はい。これあげる」


 そう。私はやってやったのだ。罠を回避するだけでなく、私は麗蘭さんからも、私が使っているヤツなのよと、お高い化粧品のセットをもぎ取ってやったのだ。


「やったっ」


「うふふ」


 まぁ、麗蘭さんは元からくれるつもりだったと思うというか絶対そう。私の髪を撫でる手が少し乱暴だったから。その手がなかなか止まらなかったから。こわい。


「いたた」


「嫌?」


「いいえ」


「うふふ」



 そのあと、みんながハッピーバースデーの歌とともに甘くて美味いケーキで私を祝ってくれた。毎年こんな感じだけれど、例のごとく私は泣きそうになってしまった。


「うぐっ」


「「「「「泣くの? 泣くなら私の胸でどうぞっ。Aだけど可愛らし私はBだけど形が私はCだよDだよ私もDよほら」」」」」


 おかしい。この前、幸はサイズを省いていた筈。なのになぜみんなはサイズまで言っている。大きさに比例して声も大きくなっている。私は大きいヤツに慰めてほしいというわけでもないのだけれど。

 結局は人に拠るのだ。信頼する人、愛する人。誰の、という話なのだ。


「いや、そんな一斉に言われても。誰かどのサイズか全然分からないから」


「どどとうぞ。わ私はっ、し、Cですけど、形には自信がありますっ」


「へ?由子。何言ってんの?」


「Dよ。さぁおいで夏織」


「恵美さんっ?」


「Eよ。さぁいらっしゃい夏織さん」


「麗蘭さん…」


「「さぁ」」


「えっと…では麗羅さんからで」



 結果、麗羅さんを一番目、恵美さんを二番目というふうに、私はみんなに癒してもらった。このばたばたで私の泣きたい気持ちは既に収まっていたから、私の胸で泣かせてあげると手を挙げてくれたみんなとハグをした。


 やはりここは優しい世界。危険な罠はあったけれど、みんならしく、いつでも私を迎えてくれる。私はやはりひとりじゃないのだ。


「そうそう」


「私もいるもんね」


「うんっ」





後半に続きます。


読んでくれてありがとうございます。

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