第三十四話
続きです。
よろしくお願いします。
私は今、エアコンを入れておいてよかったなと思いながら、ただいまーとお風呂から戻ってきた幸を座らせてその髪をドライヤーでぶぉーとやっている。正直言ってとても楽しい。
「気持ちいい」
「ふふふ。ならよかった」
ここは実家を出るまで使っていた私の部屋。いまだ、かおりのへやとあるプレートまでもがドアに掛かっているままの私の部屋。
そう。今夜、私達は実家に泊まっていくことになったのだ。なぜかと言うと、酔い潰れた父さんの知らぬ間に帰ってしまうと拗ねて泣いてしまうかもよと母さんに言われたからだ。
私は子供かよと鼻で笑いそうになったけれど、幸は優しいから、それを聞いて、それがいい、そうしようとうんうん頷いていた。
「じゃあそうするか。幸はそれでいいの?」
「いいよ。帰るのも面倒くさいしね」
「うふふ。幸さんたら、それが本音? ああ夏織、掃除はしてあるけど部屋はそのままだからね」
「わかった」
と、つまりはそういうことになったのだ。
「おー、かわいいね。これ、夏織が作ったの?」
幸は掛かるプレートをつんつんと触っている。私は手を腿くらいのところまで下げる。
「そうだよ。まだこのくらいの時に作ったヤツ」
「へぇ」
「かおりのおを、お、なのか、を、なのか悩んだりしてた気がする。幸もこういうの、したことあるでしょ?」
「ないなぁ。こういうのは環がやってくれたからさ」
環の作るやつを見よう見まねで作るたびに、たまねぇの作った方がいいとか言ってね、泣きながら駄々をこねていたんだよねーと、幸は笑った。
「へぇ、そうなのか」
「うん。それからは、私は作ってもらうばっかりだったなぁ」
幸はまたプレートつんつんとし始めた。何か思うところがあったのだろう、その顔は優しげで思考はどこかにいってしまっている。だから少し放っておくことにした。
私はひとりっ子だから、そういう思い出は、私の場合はタロとのものかななんて思っているうちに、少しだけ寂しくなって、何となく幸にくっついてしまった。
「どうしたの?」
「少し羨ましいかなって。私はひとりっ子だから」
「じゃあ、私が夏織のお姉さんにもなってあげる」
幸は私の髪を撫でながらそんなことを言うけれど、私の方が姉っぽい、筈。
「え。そこは私がお姉さんで幸が妹でしょ」
「あははははははー」
乾いた笑い声を響かせる幸は、馬鹿な妹が馬鹿なことを言い出したわねと思っているふうにも見える。
「おい幸、なぜ真顔で笑う」
「あははははー」
からかうように笑われるのはしゃくだけれど、私はここで姉として、器のでかいところを見せることにした。そうすることで私が姉だと幸に分らせてやるのだ。
「まぁいいか。はいどうぞ。入って」
「夏織の部屋か。なんかわくわくする」
「はいはい。そういうのいいから」
こんなふうにして、私は幸の思い出から幸を取り戻してしまった。それはそれで少々大人げなかったかなと恥ずかしくなる。
この忙しい感情はたぶんここが実家だからだと思う。さすがにこの私でも、この部屋を前にしては、殊更に可愛かった自分を思い出して感傷的な気分になっているのだと思う。いいヤツも嫌なヤツも含めて、思い出がいっぱい詰まっていると言うヤツだから。
事実、この部屋は幸と出会う前の私の仕様そのままだから、凄く可愛くて乙女で幼い少女だった私がいた、喜んだり笑ったり、ある日を境に泣いたり苦しんだりしていた、私らしくばたばたと過ごした懐かしくも照れ臭いなと思ってしまう私の部屋なのだから。
確かにこれは凄く好きだったヤツだけれど、いまソレを目の当たりにすると、なんであれほど好きだったのかと首を捻ってしまう物もあったりするのだ。
「うーん。なんでかな?」
この部屋に入って暫く幸は、うろつき回って貼ったままの古い映画のポスターとか、当時読んでいた文庫本とかハードカバーのヤツとか、ぬいぐるみとか着ていた服とかを眺めては、へぇ、ほほぅと微笑んでいた。
「そうだ。ねぇ夏織、アルバム見せて」
「えー」
「いいじゃんいいじゃん」
それに満足したのか飽きたのか、私の隣りにどかっと腰を下ろした幸は、ほら早く出せよと手を出している。その手をくいくいと動かすことも忘れていない。
「ほれほれ」
一瞬だけイラっとしたからどうしようかなと思ったけれど、自らこの部屋に招いた以上は隠しごとはなしだと私は思うし、見たいというのなら見せるべきだとも思うし、やいのやいのと言いながら、さっき散々みんなで見てたからなと、私は立ち上がる。
「ま、いいか。ちょっと待って」
クローゼットを覗いて、片付けの申し子的な私ゆえに、いつでも必ずあるところにあるアルバムのうち数冊を取り出して幸に渡す。幸はさっそくアルバムを開いて、おー、ちっちゃいねとかあらー、かわいいとか言っている。私はそれを横目に着替えを持って立ち上がった。
「コレ幸の着替えだから。じゃあ、お風呂入ってくる」
「はーい。いってらしゃい」
幸はひらひらと手を振った。
私は部屋を出てお風呂に向かう。脱衣所で服を脱いだあと、体重計を無視して扉を開けた。
ふと、顔を上げずに手を振るだけの幸を思い出し、なにか嫌な予感というか、釘を刺すのを忘れていたなと思いながらもお風呂はお風呂。お湯に浸かる派の私はちゃんとお風呂に入ってやった。
「ああぁぁぁ」
「まぁ、そうなるだろうな」
私の予感は当たっていた。私がお風呂に入っているあいだに幸は色々と物色していたらしく、私が居なくなってから母さんが掃除をしてくれて綺麗にしてあった部屋は、私が戻る頃には見事に散らかっていた。
あまりに物がなくても散らかすことができるとはさすが幸。私は笑ってしまった。
幸は、やっちゃった、てへへと笑っている。ちょっとだけ、申し訳ないですねという顔をしているそれは、私の友達兼兄弟を思い出させてくれた。
「タロか」
「あはは」
その幸らしさがなんか可愛くて私は幸を抱き締めてキスをした。幸も私にキスを返してくれたけれど、そのキスは実家でするには少しどころかかなり情熱的だった。
「今日はダメだから。我慢して」
「わっ、わわわかってますっ」
「ならいいけど」
「あーあ、残念」
幸はそう呟いてから、お風呂いただきまーすと着替えを持って部屋を出ていった。
その幸に手を振りながら、私は先ず髪を乾かすべきか部屋を片付けるべきか悩んでいた。だってどちらも汗をかいてしまうから。けれど、やはり髪は女性の命ということで、私はドライヤーを引っ張り出して鏡の前に陣取った。
そして、片付け、お手入れと全てを終えたあと、私は決めた。
「あっつ。だめだ。エアコン入れるか」
依然として幸の髪をぶぉーっとブローしてふぁさふぁさとやりなが、それにしてもと私は思う。
夕方からさっきまで、あれだけ呑んだ筈なのに、と言っても居酒屋とかバーとかで呑む、いつもの量とさほど変わらなかったけれど、鏡に映る私をにこにこと見ている幸は、ねぇ夏織、寝酒ってもらえるのかなぁ、なんて思っているようにも見える。見えてしまう。
「こわい」
無謀にも幸に対した父さんは、今は潰れて眠っているみたいだけれど、そのうち起き出して、一階のトイレに篭るはめになると思う。
「超こわい」
結局、残念ながら父さんは、娘を奪う君を殴らせろ的なことは何ひとつできなかったのだ。可哀想に。
ああ父よ、お疲れ様です、まあまあ頑張ったけれど無駄だったねと私は思った。
その父さんも母さんも、幸を受け入れてくれた。とても気持ちよく、温かく。そこに何か問題でもあるのかという感じで、その態度はいつもと変わらず極々自然なヤツだった。
それには、私と父さんと仲直りしたあの日、私が幸せいっぱいに幸について嬉しそうに楽しそうに話す私の素振りから、私をこんなふうにしてしまう幸なら大丈夫だと思ったところも多大に関係していた思う。
「ちょっといいかな」
「お父さん、どうしたの?」
みんなでわいわいとしていた中、父さんは娘の父親として、ゆるんだ空気を引き締めてから、父としての威厳のようにも思えるヤツを一度だけ見せてくれた。
「幸さんは夏織を守ってくれますか? 幸せにしてくれますか?」
父さんの言葉は、ストレートならあり得ない私達に付いて回る、無くなることはない、いわれ無き差別や中傷、白い目や好奇の目、そういうことからも私を守れるのかと言外に伝えていた。
他人に娘を託す父親の気持ちとしてはそうなのだろう。ましてや私達は同性愛者だから、父さんが尚のこと心配するのは当然だ。私はそんな父さんにちょっと感動していた。
そして私は、感動してはいたけれどそれはちょっと違うんじゃないかなとも思えて、敢えてそこに口を挟もうとしたところを母さんがやんわりと手で合図して私を止めた。
私が何で止めるのと思ったとき、幸が私の言いたかったことを言ってくれた。
「当然です。けど…」
「けど、何かな?」
「夏織も私を守ってくれますし、幸せにもしてくれます」
父さんが何か言う前に幸はそのまま先を続けた。
「私と夏織はお互いがお互いを幸せにしているんです。これから先ずっと離れず傍にいて、愛し合って、何かあれば守り合って、私達はそうやってふたりで一緒に幸せになるんです。だから、私と夏織のどっちかがどうのと言う話ではありません」
「そうそれ」
私は思わず声を出した。母さんは微笑んで頷いた。その顔は凄く嬉しそうだ。
そして最後に父さんが力強く頷いた。厳かに。
「そうか…うん、そうだね。わかりました。幸さん、夏織をよろしくお願いします」
父さんが頭を下げると、隣にいる母さんもそれに倣った。幸は、若輩者ですがこちらこそよろしくお願いしますと頭を下げた。私も慌てて頭を下げた。
「ところで幸さん、やっぱりあれだな、一回だけなぐ、いたいっ」
「馬鹿なの?」
「馬鹿だな」
「馬鹿ですね」
父親として威厳ぽいものを見せてくれたのはそれっきりで、そのあとの父さんはよくも俺の娘を的な嫉妬を隠せずにいたけれど、幸に噛みつこうとするたびに母さんに叩かれていて、それはそれで面白かったし、やはり父さんは私に愛情を持ってくれているのだと確信できて、アホだなぁと思いながらも私は凄く嬉しくもあった。
「ふぐっ」
そう。とにかく私は凄く嬉しかったのだ。幸のこと、私と幸のこと、カムアウトした時と違って今回は絶対に受け入れてくれると分かっていたけれど、いざこうなると安心して感極まって泣いてしまうくらいに。
だから今、私の目に涙が溜まってしまうのは当然のことだから。
「うぐっ」
「夏織?」
「あら?」
「おいおい」
「どゔざんもがあざんもありがど」
私は感謝の気持ちを精一杯込めて頭を下げた。幸は私に合わせてありがとうございますと頭を下げたあと、私の膝の上にあった手をそっと握ってくれた。さらに空いているもうひとつの手をそこに重ねた。私もそこに手を重ねた。
私は重ね合った私達の手に心強さを感じつつ、涙を溢しながらも産んでくれてありがとうと、こんな私を育ててくれてありがとうと、私を受け入れてくれてありがとうと、私達を認めてくれて本当にありがとうと伝えることができた。
そして私はしくしくと泣き出した。涙が勝手に溢れてしまうのだから仕方ない。
「あら、泣いちゃったの。夏織は昔っから泣き虫だったもんね」
そう言う母さんもうるうるきているみたい。
「そうだな。よく泣いていたな。仕事に行くたびにお父さんいっちゃやだぁなんで言っでだなぁ」
そう言った父さんはもううるうるだ。まぶたを閉じれば流れてしまうだろう。
「なにお父さん、あなたまで?」
「だっでがあざん、ありがとうなんで言われるどよぉ」
「あはは。ね、夏織、泣くなら私の胸で泣きなよ。ほら夏織、おいで」
私達に優しい眼差しを向けていた幸は、本当にいい家族だねと笑ったあと、いつもの台詞をサイズを省いて言ってくれた。私はもう親の前でも遠慮はしない。
「ううっ、さぢー」
「おっと」
私は迷わず慎ましやかな幸の胸に飛び込んだ。幸が私を受け止める。重くなってしまった…か、かもしれない私をしっかりと。
「よしよし」
「ざぢー」
私はうぐうぐと泣きながら幸の胸に顔を押し付けていたからその声はあまりよく聞こえなかったけれど、幸と母さんのあいだで、慰めたり甘えてくるときは夏織はいつもこんな感じですよ、そうなのね、幸さん、あらためて夏織をよろしくお願いします的なやり取りがあったと思う。それに反応した鼻を啜る父さんの歯ぎしり的なヤツも。
「夏織、すごい顔してるよ」
「ほんとね」
「う、うるさいっ。ふたりだって泣きそうだったくせに」
私はソファにあるクッションを投げつけてやった。父さんに。思いっきり。
「ぶっ」
「うふふ」
「あはは」
「なんで俺?」
「ふっん」
母さんは笑う。私の行動にちょっとびっくりした幸も、遠慮することなく楽しそうに笑っている。
ぶつけられた父さんは、なんで俺だけとか言って少し悲しそうにしていたけれど、実は私に構ってもらえて嬉しい筈だし、私も実は父さんとのこういう戯れ合いががまたできるようになって凄く嬉しいから私は気にしない。ついでに軽く睨んでもやった。
「父さんは悲しいぞ。夏織」
「へぇ」
「冷たいなおい」
「気にするなって。いつものことなんだし」
父さんは私が甘えていることをちゃんと分かってくれている。それを良しとしてくれている。だから私は思い切り甘えられる。私なりに私らしく。
最初はひいていた幸も、今はそれを笑ってくれる。幸ももうちゃんと分かっているのだ。
「あはは。いいね。そういうの」
「うんっ」
「おいおいふたりとも。勘弁してくれよ」
「お父さんたら、嬉しいくせに」
ね。母さんがそう言うのだから間違いはないのだ。
それから私達は、和気あいあいとうちで用意してくれた甘くて美味いピスタチオのクリームたっぷりなシフォンケーキと、幸が見張って…見ているところで、私がちゃんと母さんに渡した甘納豆を食べながら楽しくお喋りをしていた。母さんがどこからか引っ張り出してきた古いアルバムを広げてみたりして。
「ちっちゃいねー」
「幼稚園だから」
「甘えん坊だったから、お父さんに引っ付いてる写真ばっかりね」
「そうだろうそうだろう。うんうん」
「犬がいたの?」
「うん。タロだよ。小学校の帰り道で、後をくっ付いて来たから飼っちゃった。可愛かったな」
「飼いたい飼いたいって、タロを離さないで泣いて騒いでいたのよ」
「そうだったな。うんうん」
こんな感じ。楽しそうに、なんの緊張もプレッシャーもなくにこにこ過ごす幸の隣で、私は父さんと母さんの姿勢というか態度というか、幸に対する気遣いを本当に有り難いと思っていた。
「ところで幸さん、相当イケる口なんだって?」
ふと思い出したように、父さんは手でくいくいとやりながら何かを決意したかのような顔で幸に訊ねている。その姿は紛れもなくおっさんだ。
「イケますよ。お酒好きですから」
「じゃあ、どっちが強いか勝負しよう」
何を思ったのか、父さんは殴る代わりにがんがん呑ませて潰してしまおうと思ったようだ。これならいけると凄くいやらしい顔をしている。
「いいですよ」
一方幸は余裕の微笑み。呑めるならなんでも呑みますよーと嬉しそう。
お酒で幸に勝負を挑むなんて、こと娘の父親として振る舞うことに関しては、父さんはとことんツイていないんじゃないかなと思えてしまう。
「ねぇ幸」
「なぁに」
「あのね」
私は幸に、手加減してねと頼んでおくことにしたのだ。
今、お酒とグラスを用意し始めた父さんは、これで一矢報いてやれるぜと、私の知らない昔の歌を口ずさんでえらくご機嫌だけれど、好きと強いはまた別なもの。いくら好きでも、大好きでもの凄く強いに勝てるわけはないのだ。
このあと父さんは幸にこてんぱんにやられてしまう上に、あの歳になって、今から吐くまで呑むのはさすがにちょっと可哀想そうだと思うから。
幸は優しく微笑んで、いいよまかせてと頷いた。母さんはひそひそと話す私達を見て、これまた優しく微笑んでいたけれど、じゃあ摘みでも作ろうかとキッチンに入っていった。
私も母さんを手伝うつもりで腰を上げかけたけれど、いやちょっと待てよと、半分も手をつけられていない父さんのシフォンケーキと残っている甘納豆を自分の前に持ってきてソレを食べ始める。
どうせこのあと戻してしまうのだから私が美味しく食べた方がいいなと思うから。こと甘いものに関しては無駄なことはさせない。
「そうそう」
私はコレを美味く食べてから母さんを手伝うことにした。甘納豆は言わずもがな、当然、シフォンケーキも美味いのだから。
「うん。ふわふわして美味いなコレ」
「くくく」
よかったねと、幸がもぐもぐ頬張る私の髪を撫でてくれた。
「ふふふ」
優しく撫でられ嬉しくなって、私は幸に満面の笑みを向けた。
母さんはキッチンから愛を込めて微笑ましげに、父さんは泣き笑い的な複雑な顔で、震えるその手でグラスとお酒を持ったまま、イチャつく私達を見ていた。
夜ご飯を食べていた時も父さんが張り切って始めたソレは続いていた。父さんは私の想像よりも遥かに頑張っていたのだ。
けれど、終わりは突然やって来た。
「うっ。も、もう、む、りだ、ひっく」
「あはは。じゃあ、夏織さんは私がもらうということで」
「うっ。くっそう」
「あらあら」
「あーあ。だからやめろって言ったのに」
「「言ってない」」
「そうだっけ?」
「か、おり」
「ん?」
「よめに、いく、なんてなぁ、とおさ、んかなしい、ぞぉ、ぐわわぁー、ぐごごぅ」
「あ、寝ちゃったね」
午後九時過ぎ。父さんは負けてしまった。笑っちゃう、けれど凄く嬉しくもあった。私のためかどうかは今もよく分からないけれど、とにかく父さんは頑張ってくれたから。
だから私はお礼を言っておいた。伝わらなくても伝えておきたくなったから。
「ありがと父さん。父さんの娘でほんとよかったな」
「うぃひっく、ぐごー」
「あ、当然母さんもだから」
「なにをいまさら。そんなの知ってるわよ」
母さんは嬉しそうに微笑んだ。今日はそんな顔しか見ていない。
私達みんな、今日、幸せに過ごしたのだと思う。殴らせろ的なことはできなくても、父さんも概ねそうだと思うから、やはり私達みんななのだ。
「そうそう」
と、今日という日をこうして過ごして今はもう午前一時を回っている。
すうすうと眠っている幸の横で、私は少し考えているというか、頭の中を思考がくるくると回っている。
こんな時間に脳を使うと眠れなくなってしまうかもと思うけれどそうなのだから仕方ない。私は今は眠ることを諦めているのだ。
今日のことは私なりに生きてきた人生の中でも、間違いなくベストな部類に入る嬉しくも素敵な出来事だった。私達は確実にまた一歩前に進んだ。
今日のことは、対外的にはなんの意味もないけれど、私が大切に思う両親に私達が認められた瞬間だった。
ここまで来るのにどれだけ泣いたり落ち込んだりしたことか。こそこそしたりすっと居なくなったり、バレないように己を殺してどれだけ我慢をしてきたことか。私なりに。それなりに。
間違った選択もたくさんしたと思う。だって私は私だから。
けれど、生きるということはそういうことだと私は思うからそこに後悔はない。正しかったとか間違っていたとか楽しかったとか苦しかったとか、私が歩いてきた道にそういうモノ達が事実としてそこにあるだけだから。
ストレートでもビアンでも誰だって、それなりに抱えるモノはあるのだから、私が特別大変だったとは思わないけれど、私自身のことを少しは褒めてあげてもいいのかなと、そんな思いも湧いてくる。
私は頑張った。これからも続けていかなくてはいけないけれど、まだまだ終わりはしないけれど、それでも私はよくやったなと、私は頑張ったなと思うのだ。
「夏織はよくやってるよ。えらいえらい」
幸が顔を上げて私を見つめていた。そう言って腕を伸ばして、よしよしと頭を撫でてくれた。
やったっ。このまま幸に甘えてしまおう。
「さち」
「おいで」
私は幸に抱き締めてもらった。心地よく温かい。
「ごめん。起こした?」
「感じたんだよ。なんかさ、夏織が泣いちゃうかもって。そしたら目が覚めた」
「エスパーか」
「あはは」
こうしてどうでもいいピロートークを暫くしているうちに、私は眠たくなってきた。
「ふわわぁ」
私があくびをすると、幸も遅れてあくびをした。コレはアレ。確か共感というヤツだ。ウチのタロも私のあくびが移っていたように思う。
「眠ろっか」
「うん」
私が抱くよとかいや私でしょとか言って、互いにもぞもぞと動いて眠る体勢を整える。少しの攻防のあと、さっきと同じように私が幸を胸に抱いた。
「ねぇ幸」
「なぁに」
「私って、頑張れてるかな?」
「うん。頑張ってるよ。えらいえらい」
「そっか。よかった。ふふふ」
周りには伝わらないから分からない。伝えるつもりもないしその努力もしていないし、隠しているのだからそれは当然だ。
幸はともかく私なぞは、力を抜いて思うまま、適当に生きているように見えていると思う。それを不満に思うことは今はない。私はそういう星の下の元に生まれついたのだと、それを受け容れているのだから。
それにたまにこうしてえらいえらいと幸が褒めてくれるのだから、私はこれからも頑張れるぞと思えるのだ。
ただし、私らしく私なりに。だって私は私だから。そこは絶対譲らないから。私の場合、キャパを超えたら潰れてしまうのだ。
「そうそう」
「ん? なぁに」
「ううん。なんでもない。好きだよ幸。ずっと傍に居て」
「当たり前でしょう? 夏織はもう私のものなんだから」
幸がてへへとか笑いながら、私の胸に埋めた顔をぐりぐりとやってくる。
そんな嬉しいことを言っておいて、いまさら何を照れているのかと私は笑ってしまった。
愛しの幸を抱き締める。その温かさに触れながら私は思う。
私には愛する幸がいて、私達を受け入れてくれた家族がいる。みんながいるから私はいま幸せなのだ。そしてみんながいてくれる限り、私はきっとこれからも幸せでいられるのだ。
昨日、さつまいもをトースターで焼いてやりました。もう旬じゃないからなのか、上手く焼けませんでした。固かったです。控えていたバニラアイスとはなんだったのか…くそう。
読んでくれてありがとうございます。