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woman  作者: しは かた
38/102

第三十三話

続きです。


よろしくお願いします。

 


 いま私の左手薬指にはリングがはまっている。今日はプライベートだから何を気にすることもなく着けていられる。


 私はどうしてもゆるんでしまう顔でそれをそっと撫でる。

 周りいる多くの人達にはこのお揃いのリングが持つ本当の意味は分からない。もしも分かる人がいたら、その人はこっち側の人だ。そしてそういう人達は、たとえそれに気付いたとしても同胞として優しく微笑むだけで私達をそっと見守ってくれる。


 この特別な絆は私と夏織、ふたりだけのもの。

 私達には、私達は愛し合っていますと、誰彼構わず主張する気はさらさらない。良くも悪くもそれが私達のスタンスなのだ。





 生憎の雨の週末、私はいま電車に乗っている。夏織の親に挨拶に行くためだ。


 私の膝の上には手土産のワイン、夏織の両親は白が好きということで、シャブリグランクリュとそれに合いますよと勧められた牡蠣の薫製的なものとスモークサーモンが乗っている。私もシャブリは好きだから、夏織ふうに言えば、超ラッキーだな、というところ。


 まあそれはそれとして、昨日の夜、明日は私の恋人で婚約者で結婚相手でパートナーの夏織の親に会うんだよねと緊張していた私は結構な量のお酒を呑んだけど結局あまりよく眠れなかった。分かっていたけどお酒を呑むイコールよく眠れるということではやはりないのだ。


 けど実は今、私はあまり緊張していない。その理由は私の隣に座っている夏織にある。

 その様子を窺うに、気が抜けるというか何というか、ウチに来るのに緊張なんてする必要はないでしょ、へいきへいきと言われているような気になってしまう。

 夏織は実際にそんな感じのこと、父さんと母さんは幸に会いたがっているから、大丈夫だからと、もの凄いゆるゆるでふわふわな笑顔で言ってくれたし。


 そういえばあの時も為す術なくいってしまったななんて思いながら、私は何をするでもなく適当に弄っていたスマホから顔を上げて、また隣の夏織に目を向けた。



 夏織は頭を前後に揺らしてこくりっ、こくりっと船を漕いでいる。見たところヨダレは垂らしてないけど、座ったあと暫くはぴたりと閉じていた筈の脚が少し開いてしまっている。


「くくく」


 そのゆるくて無防備な姿を見せている理由はたぶん私が傍にいるからだ。幸がいるなら気を張っていなくてもいいやと思ってくれているのだ。

 私に対するその信頼と安心感を、私はとても嬉しく思う。


 その、船を漕ぐ夏織の膝の上にはバッグの他に、夏織がコレ美味そう食べたいなと呟いたあと、ショウケースをじっと見つめたままそのお店の前からずっと動かなくなって、結局、私が買った産地限定特選甘納豆も乗っかっている。うつらうつらとしながらも、コレはとても大事なヤツだからと、コレだけは絶対に守るぞと、それを両手で大事そうに抱えている。


 ちょっと確かめたくなって、私は手を伸ばしてその袋をそっと引っ張ってみる。

 予想通り、夏織の手にぎゅと握られたそれは微動だにしなかった。

 続いてバッグに取手のところに手を伸ばしてみるとそれは軽々と持ち上がった。この結果はやはり私を笑わせてくれた。


「くくく」


 そして私はそれを買ったほんの少し前にあった出来事を、ほんと、可愛かったなぁと思い返していた。




 この電車に乗る前に寄ったデパ地下、とあるお店のブースの前で美味そうと呟いて動かなくなった夏織にどうしたのと声をかけると、夏織は視線をそのままにこんなことを言った。


「確かこのお店のヤツ、母さんが好きだったはず」


「そうなの?」


「うん。どうしよっかな。買ってこっかなぁ。母さん喜ぶだろうしなぁ」


 固定していた視線を私にちらちらと向けては、うーん悩むなぁと腕を組んでいるその姿や言動は、明らかに何かを狙っているのがまる分かり。普段の夏織なら、ほしければもうお財布を取り出している筈だから。


 こうした人によっては小賢しいと思われるだろう小芝居を入れてくる夏織のおねだりはたまにある。私はそれを軽くあしらったりしないでそのぽんこつ小芝居に付き合ってあげる。

 それはもちろん微笑ましくてとても可愛いから。私は私のできる範囲で夏織を甘やかしたいのだ。袖があるなら振るけれど無いのなら振らない。こういう場合はそんな感じで。


 それに、親が好きだと言うのなら買ってもいいなと思うのは当たり前のことだらか。

 まぁ、それが本当かどうかは夏織の実家に行けばすぐに分かってしまうから、夏織、大丈夫なの? バレちゃうかもよと逆に心配にもなってくる


「あはは」


 私は夏織の隣に立ってショウケースを覗きながら、私のちょろさに一段と磨きが掛かっていることを実感していた。



「どうするの? 買わないの?」


「うーん。どうしよう」


「じゃあ、手土産として私が買うよ」



 八年間の内に何度かあったこの流れ。それでも私が買うよと言った途端に顔に満開の花を咲かせた夏織は、はっとした顔をして、ヤバい小芝居がバレちゃうなと躊躇する振りをし始める。


「えー、でもぉ悪いよお」


 けどもうとっくにバレてるのよぽんこつだねと、私は夏織のそれをこっそりと笑う。


「お母さんが好きなんでしょう? それにほら、ワインと摘みだけっていうのもなんだし、ね」


「そぉお? じゃあお願いしようかな」


 夏織は腕を後ろに組んで体を左右に揺らしながら、私の親のために、なんかすいませんねぇ感を出しているように見せている。


「いいよ」


「ありがと幸。催促したみたいでなんか申し訳ないなぁ」


「くくく」


 してた癖にと、私は顔を背けて忍び笑った。夏織は全く気づいていない。それはそう。だって私はもう、上手く忍び笑えるようになっているのだから。



「どれがいいの?」


「うーん。こっちも美味そうなんだけど、やっぱ定番のこっちかな。これで」


「これね。わかった。すいませーん」



 やったと呟き小鼻をぴくぴくさせてにやつく夏織は、それが私にバレないように違うお店に気を取られている振りでそっぽを向いた。

 私はその隙に、店員さんに向けて指を二本立てた。


「これをふたつ」


「はい。少々お待ちください」


「はい」


 いまそっぽを向いている夏織には私と店員さんの会話は聞こえない。

 アレも美味そうだなとか呟く夏織はぽんこつ小芝居を終えて、作戦成功、上手いことしてやったなって思っているみたいだけど、その小芝居はいくら可愛くても所詮はぽんこつだから、いつも私にばればれなのだ。

 残念でしたーと、私もにやついていた。




「コレありがと幸」


 会計を済ませて、私が受け取った甘納豆の入った袋を夏織に渡す。私はそれを掲げて嬉しそうにお礼を言う夏織に悪戯してやった。

 小芝居が始まった時点で私が買うつもりだったけど、私はもう少しこの夏織との掛け合いを楽しみたいのだ。


「いいよ。けどそれ、お母さんにだよ?」


「え」


 がーんと、夏織の顔が一瞬で曇る。もうすぐ土砂降り。その目に溜まり出す涙が豪雨なってしまうだろう。

 なにその顔は。あまりに絶望的なその顔に、笑っちゃうからやめなさいと思いながら私はさらに言ってあげる。


「お母さんにだよ?」


「でも…」


「お母さんにだよ? わかってる?」


「わわわかってるしっ」


 夏織は、うぐっ、とか声を出して酷く悲しそうな顔をする。私はこっそりほくそ笑んでからタネを明かしてあげた。



「ね、覗いてみて」


「…なんで?」


「いいから、ほら早く」


「…うん」


 私に促されたしょんぼり夏織はがさがさと袋を開いてその中を覗く。そしてあっと声を出し、途端にばぁっと明るい笑顔になった。まるで夏の豪雨のあとの一気に晴れた青空みたいに。夏織だけに。

 私は夏の日差しで焼けたアスファルトに雨が降ったあとに漂ってくるあの独特な匂いが好き。それを嗅ぐと夏だなぁと思えるから。

 そしてそれはいつの間にか、私にとって夏を感じる特別な匂いになっていた。いや、特別な夏の香りかな。そう。夏織だけに。



「ふたつあるでしょ。ひとつは夏織にあげる」


「やったっ。ありがと幸っ」


「あはは。気にしなくていいの」


「うんっ」


 いやまじよかったぁびっくりしたなぁと、夏織はもう一度、袋を覗いて呟いて、見れば分かるのに、いち、に、と数を数えてちゃんと二つあることを再確認している。


「かわいすぎる」


 悩んだ振りして、してやったりとにやついて、喜んで、落ち込んで、そして最後にまた喜んで。その感情を忙しくもころころと変えていた夏織はとても可愛かった。

 夏織はこれからもたまに、今のような姿を私だけに見せてくれる。次がいつなのかは分からないけど、私はそれを楽しみにしているの。


「くくく」





 がんっ


「いだっ」


「え」


 隣からから聴こえた音と声に私は慌てて夏織に向くと、夏織は頭を摩って窓を睨んでいる。

 どうやら今、がくっと電車が揺れた弾みで船を漕いでいた夏織の頭もがくっとなって窓に後頭部ををぶつけたようだった。


 私だけでなく私と逆隣りに座っていた小さな男の子が夏織を見ている。

 がんっという音にびっくりしたのだろう、目をぱちぱちとやったあと、ねぇ、おねえちゃんあたまだいじょうぶ? と尋ね、小さな手を懸命に伸ばして夏織と一緒になってその頭を撫でている。


 夏織はそう言われた瞬間、頭を摩りながら一瞬だけ嫌な顔をしたけど、すぐに笑顔になって、もう大丈夫だよ、心配してくれてありがとうと返してから、挨拶でもしているのか、その隣に座る母親らしき女性にもなんだか言っている。


 その男の子の言葉は、頭をぶつけてしまった夏織に向けるには正しい言葉だけど、そのニュアンスはどうなのかなと私はちょっと苦笑ってしまった。

 たぶん夏織もそう思ったのだと思う。一瞬浮かべた嫌な顔はそのせいだ。直情的な分だけ顔に出てしまったのだ。いま超こわいとか呟いている。


 まあ確かに、あんな小さな子にあたまだいじょうふ? なんて言われてしまうと、私は本当にこのままでいいんだろうか、大丈夫なんだろうかなんて自分を見つめ直したくなる気がしてしまう。

 私達のような大人にそんなことを思わせるとは、全く持って無垢とはとても恐ろしいものだ。


「こわい」



 そして私はさらに気づく。夏織の手にしっかりと握られたままの甘納豆の袋に。それにはさすが私も笑ってしう。


「ぷっ」


 夏織はくるっと私に向いて、頭をを摩りながら笑う私を可愛く睨んでいるけど、私は悪くないから笑ったまま。


「笑うな幸」


「いや、無理でしょ。くくくくく」


「くそう」


 夏織は頭をぶつけてしまったことを笑われていると思っているみたい。確かにそれにも笑ってしまうけど、私の笑いが止まらない理由は寧ろこっち。

 夏織は痛かったなくそうとか言って片手で頭を摩りながらも、ぶつけてからもずっと、もう片方の手は甘納豆の袋をしっかり握って離さなかったのだから。夏織はちゃんと守ったのだ。そして今もちゃんと守っているのだ。くくく。


「ちょっと幸。笑うなって」


「だって、それ。くくく」


「それってなに? あ、もう着いちゃうな。まぁいいや。降りるよ幸」


「え? あ、はーい」



 降りる駅に着くと分かった途端に、くそう笑うなと怒っていた筈の夏織は急に真顔になった。

 なるほど夏織はこの瞬間にしれっと全てをなかったことにしたのだ。頭を摩っていた手は降ろされていて、べつに痛くも痒くもないんですけどという体でとことことドアへと向かっていく。


 その顔がなんだかとても可笑しくて、私はまた笑ってしまう。


「くくく、いたた、お腹痛い」


 痛むお腹を摩りながら私は遅れてドアの前に立つ夏織の横に並んだ。


「あー、おかしかったー」


「なにが?」


 夏織は何がそんなに可笑しかったのかという顔で私を見ている。恥ずかしいから訳もわからず笑い出すのはいい加減にやめてくれと、幸の悪い癖だからと、その顔が言っている。



「ううん。なんでもない」


「ふーん」


 それならいいよと夏織は前を向く。私はその横顔をじっと見る。


 間違えることもままあるけど、その切り替えの速さや、夏織の中でどうでもいいとか意味がないとか、無駄なことだと判断したことをさっさと切り捨てて無かったことできるところが夏織の凄いところなんだよなぁと私は思う。


 いま澄ました顔をしてドアの向こうに視線を遣っている夏織を横に見て、見習いたいなと私は思った。

 その澄ました顔はやっぱり笑っちゃうんだけど。


「あはは」



 そして私ははたと思い至ってしまう。

 ああそうか。もしかすると夏織は、私の緊張を解すために、わざと甘納豆屋さんでねだったり、頭をぶつけたのかもしれない。

 子供のことは計算外だろうけど、いつものように可愛らしくも愛らしい姿を見せてくれることで私をリラックスさせてくれたのかもしれない。

 そうやって、幸、何でもいいから笑っとけってと、私を気遣ってくれたのだ。たぶん。


 そう。つまりはそういうことなんだ。



「ありがとう夏織」


「えっ? なにが?」


 改札を抜けて、こっちだよと私を連れて歩く夏織はすっと呆け。私、お礼を言われるようなことはなにもしてないんですけどと、首を捻っている。


 ここまで徹底して全てを無かったことにするなんて、さすが夏織と私は感心してしまう。

 私も夏織ほどではないにしても、バーで聞いたりメディアやネットのニュースとか情報とか、こと私達のような人間について抱かされる辛くて悔しくて嫌なことに関しては、深く考えることなく自然とそうできるようになりたいなと思う。私は考え過ぎてしまうから。



「さすがだね」


「まあねって、なにが?」


 あくまでしらを切るつもりの夏織に、さすがは夏織、やはり夏織はなかなかやるなと、私はうんうんと頷いて夏織の肩をぽんぽんた叩いた。


「だからなにが?」


「いいの。こっちの話」


「ふーん。あ、幸、こっちだよ」





 ちょっと歩くよと言った夏織に連れられて、ふたりで傘を開いて夏織の生まれ育った町をきょろきょろしながら並んで歩く。

 あれが私の中学校だよとか小学校は向こうの方とか、昔はここにチューリップ公園って呼んでいた公園があったとか、ここは一面林だったとか。

 夏織が教えてくれるそんなことを、ほうほうなるほどと聞きながら夏織と並んで歩くこと約八分。いよいよその時がやってきた。



「着いたよ幸。ここ」


「そ、そっか」


 夏織の実家の前。夏織のお陰でだいぶ楽になったとはいえやはり緊張してしまう。私は深呼吸をしようと大きく息を吸い込んだ。


「ねぇ幸」


「ふうぅぅえ?」


「ここ、たんこぶできたかも」


「なに?」


「たんこぶ。ここ。触ってみて」


 息を吐こうとした私に、夏織は突然そう言って頭を摩りながら私の手を取った。

 夏織の手に導かれたところを触ると確かに膨らんでいるし、夏織はいたたと呟いた。そんなに強くぶつけたかなぁとか言っている。


「凄い音がしたよ」


「まじで?」


「まじで」


「なるほどな。あのちかちかは星だったのか」


「なにそれ?」


「よく飛んでるでしょ。漫画とかでさ。それが見えたの」


「まじで?」


「まじで」


 私はがんっと、中々の音がしたあの光景を思い出して、思わずくくくと笑ってしまった。


「くくく」


「よしっ。じゃあ入るから」


「わわっ」


 夏織は扉を開けて有無を言わさず私を中に押し込んだ。


「たっだいまー。おーい、父さん母さん、幸が来たよー」


 慌てる私に構うことなく、いま帰ったよと元気よくご機嫌に夏織が大きな声で親を呼んだ。

 それを合図にがたがたと音がして、私が出るわ俺が出るぞとがたごとと何かがぶつかる音やぱたぱたぱたぱた我先にと争うような二つの足音も聴こえてくる。


「え。なに?」


「ふふふ」


 私が呆気にとられながら何事かと音のする方、視線の先にある扉をじっと見ていると、ばんっと開いた扉から二人の男女が縺れるように勢いよく出てきた。


 がんっ


「いってぇ」


 けど、出てきた二人がその勢いのまま一緒に通れるわけもなく、夏織のお母さんらしき人にぶつかって、男性の方、たぶんというか絶対に夏織のお父さんが更に勢いよく開いたせいで跳ねて戻ってきた扉にぶつかって、腕を押さえながら痛がってその場に蹲ってしまったデジャブ。


「えぇぇ」


 それと同時に私の隣でふふふふふと笑い声がする。そっちを見れば、夏織が何だあれとか言いながら蹲るお父さんと思わ…もうお父さんでいいかな、夏織がお父さんを指差してお腹を押さえて笑っている。



「面白いでしょ? これが私の家族なの」


 夏織は私に顔を向けてけらけらと笑いながらそんなことを言う。


「いや、たしかに笑っちゃう、けれ、ども…ぷっ」


 私は笑うのを堪えようと頑張ったけど、夏織は気持ち良く笑ったまま、幸、無理すんなって、笑っておけばいいんだよと私の肩を叩く。


「そうそう。遠慮しないで笑ってやればいいのよ」


 その声に顔を向けると、二人が並べは確かに夏織の母親だと分かる、夏織にそっくりな女性がって、もうお母さんでいいかな、夏織のお母さんが側にいて、私を見て微笑んでいる。


「ぷぷっ」


 そういうことなら遠慮なくと、私はいまだにくそうとか何で扉がとかぶつぶつと言って蹲るお父さんを見て笑うことにした。

 だって、電車の時の夏織と同じでとても面白かったから。リアクションとか悪態を吐く言葉までそっくりだったから。


「あはははは」


「ふふふふふ」



 夏織は私の肩を叩きながら楽しそうに笑っている。私も楽しく笑っている。


 こうしてあははふふふと笑う私達を、夏織のお母さん、それにようやく近くにやって来たお父さんも、優しい目をして見つめていた。


 私は笑いながら、ああ、なんという家族なんだろうと思っていた。

 いま感じていることを上手く形容する言葉は見つからないけど、ウチも自慢の家族だけど、夏織が誇らしげにしているのも凄くよく分かる。

 このふたりがいてくれるのなら私達は絶対に大丈夫だと、私は心の底からそう思っていた。




「幸だよ」


「初めまして。市ノ瀬幸です。夏織さんとお付き合いさせてもらっています」


「いらっしゃい。幸さん、会えて嬉しい。夏織をよろしくね」


「はいっ」


「よく来てくれたね。ああ、でもその前に一発なぐっ、いってぇぇぇ」


「えぇぇ」


 すぱこーんと気持ちいい音と共に、振り抜いた姿勢のままスリッパを持つお母さん。その顔は満面の笑みを湛えている。

 その足元に頭を押さえて再び蹲るお父さん。その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。悪い気がするけどなんか笑えてしまう。


「ぷっ」


 夏織は私の隣で、またやられてやんのとお腹を抱えて笑っている。そして私も笑い出す。

 立ち上がるお父さんを見て逃げ出すお母さん。どたばたと家の中を走り出す二人。


 私達は暫くのあいだそれを見ながら笑っていた。お腹を抱えてそれはもう、盛大に。






「はぁはぁ。ごめんなさいね。騒がしくて」


「あ、いえ」


「ウチはいつもこんな感じだから。幸も慣れてね」


「あー疲れたな。さあ上がった、上がった」


 次いってみよう的な感じで気を取り直す夏織たち。

 お母さんは満面の笑みで、お父さんは、まだ痛いぞ母さんと頭を押さえながらも笑顔で、あらためて私を迎えてくれた。


「あ、はい。あ、これどうぞ」


 たいした物では御座いませんがと私が渡したお土産を、悪いわねぇ、ありがとうと受け取ってすぐさまそれを覗き込む夏織の親たち。

 あら、これシャブリじゃないとか、おいこれグランクリュだぞお高いヤツだぞ母さんとか言っている。お互いの、やったみたいな顔を見合わせて、憚ることなく喜んでいる。

 その様子に、ああ、この感じは確かに夏織の親だなと納得する。それと同時に、この家に来てから今までの寸劇は全て、緊張したいた私の為だったのかもという気がしてくる。


「凄いなぁ」


 感じたことがそのままに私の口から出ていった。



「ほら幸、あがって」


「あ、うん」


 私に寄り添う夏織はやはり誇らしげ。どうよ、私の自慢の家族だからと、そう思っているのが伝わってくる。

 今のドリフのようなどたばた劇も含めていかにも夏織らしいというかなんというか、やはりあの二人が愛情を持って育てたからこそ、この愛すべき夏織になったのだ。


「くくく」


 気づけば私の緊張はもうどこかへ消え去って、固かった筈の私の顔はすっかり緩んで綻んでいた。



 私はもう大丈夫だなと思いながら夏織についてリビングに行く途中、夏織のリングがはまっている左手に持つ袋が目に入る。

 あ、そういえばと、私はあることを思い出す。



「ねぇ夏織」


「ん?」


「それ、ひとつはお母さんにだよ?」


「そそそそんなの、わわわわかってるしっ」


「あはは」





私は今からお昼を食べるのです。が、席を外すその隙を突いて投稿しました。

いけたいけた。私はやってやったのだ。


読んでくれてありがとうございます。

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