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woman  作者: しは かた
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第三十二話

続きです。


よろしくお願いします。

 


 今日、待ち合わせの駅いた幸はいつもと少し違っていた。浮かれているというか楽しくて仕方ないというか、なんでかえらくご機嫌だった。


 その謎は、何で今なのと思わざるを得ない、もの凄く微妙なタイミングで明かされたのだけれど。


「ふふふ。幸の奴」


 そう呟いて一度トイレに視線を送る。

 遅れてしまった夜ご飯と後片付けを終えて、ゆったりとソファに転がる私は、甘くて美味い栗のヤツを咥えたままそれを齧ることも忘れ、左手を上げて手首をくるくると返してソレを眺めてはにやにやと顔を綻ばせている。





 待ち合わせ。お昼時。駅の柱にかっこよく寄りかかっていたのも、私のちょとしたゆるふわ的ないたずらに、ぐはっと変な声を出したのも、やっぱりお腹を空かせていたのも、すっごく美味しいんだよと、自ら期待に胸を膨らませながら昼から連れて行ってくれた焼肉屋さんで、ランチビールは美味しいよねとごくごく飲んで焼肉カルビ定食にハラミとロースを追加していたのも、いつもの幸ではあったけれど、こうしてスーパーで買い物をしている今も、ふとした瞬間、幸はにやにやしたりうふふと笑ったりと落ち着かないその姿にはさすがの私もひいてしまう。


「こわい」


「ん?」


「にやついちゃってるけど、幸、何かあった?」


「へ? な、なんでもないけど? あっ、あと何か必要なものある?」


 綺麗な顔の前で慌ててその手を振って否定している幸は、ああああるわけないでしょとか言っているけれど、そのリアクションはまさにぽんこつのそれ。

 ここまでのぽんこつ振りは久しぶりだなと、私はぽんこつ幸の帰還を微笑ましく思う。それはそれで可愛いから。


 そしてぽんこつは今、慌てて横を向いて口笛を吹きだした。

 ひゅーひゅーと掠れた音を出すのかと思えばその唇からはやけに綺麗な音が出ている。私はついぽんこつの癖にと笑ってしまう。


「いや、上手いな」


「え。そうかな?」


「うん」


「そう? へへへ」


 褒められて照れるぽんこつ。私はこの愛すべきぽんこつのために、問い詰めることはぜずに話を逸らしてあげることにした。


「えーと、あと必要なのは、そうだなぁ」


 私はカゴの中を覗いてみる。今日と明日の分で足りないものは特にないけれど、ぽんこつ幸の必死の誤魔化しを無碍にするのもなんだからなぁと、お菓子を追加しておくことにした。


「栗の形というか絵というか、平べったくてお煎餅みたいなヤツ。こげ茶色でこのくらいの。しけてもくにゃくにゃになって美味いの」


「オッケーわかった。じゃあ、お菓子のところにいこう。さあいこう、直ぐいこう」


「うん」


 話が変わってあからさまにほっとした幸は、カートを押しながらこっちだったかなとか呟いてさっさと歩いていく。

 どうやら上手く誤魔化せていると思っているみたいだから、私はもう放って置くことにした。

 ご機嫌ならそれでいいし、私は今から、そのまま食べてもしけても甘くて美味い栗のヤツを探さないといけないのだから。そう思う私も大概だ。


「いいのいいの」




 で、無事に栗のヤツを手に入れて、私と幸はかっこ仮的な私の部屋でもある幸の部屋へと向かっているところ。


 幸は今も絶好調、私に訊かれたことも忘れてふんふんふーんと小さな声で歌ってご機嫌だ。それを聴いている私の指がとんとんとーんとリズムをとっている。完璧につられている。



「ふふふ」


 ご機嫌な理由を話したければ自分から話すだろうから私はもう何も訊かないけれど、何を隠しているにしても、ぽんこつ幸に隠し事は向いていないんじゃないかなぁとちょっと笑ってしまった。


「なぁに」


「なんでもない。いこう幸。帰るよ」


「あ、待ってよ」


 立ち止まってどうしたのと訊ねる幸に首を振り、止まることなくその横を通り過ぎてとことこと先を歩き出す私に楽々と追いついた幸はまた歌を口ずさみ始める。それにつられて今度は私の口がそれを追いかけていく。


「ふんふん、ふーんふん」


「ふんふん、ふんふーんふ…あれ? 歌が違うな」


「あはは」



「はっ」


 笑う幸を見て私はふと気づいてしまった。

 幸はきっと、タヌキの何かを衝動買いして、また私に似てるとか思って喜んでいるんじゃないだろうか。

 だって夏織、ほら見てよ、これ色違いだからセーフでしょとか限定品でプレミアムだからこれは別でしょとか、訳のわからないことを本気で言いそうな気がする。


 私はわなわなと震えだす。訊かないと思っていたけれどタヌキだけは別だから。色違いとかプレミアムとかまじどうでもいいから。


「幸」


 私が幸のご機嫌な理由を問い詰めようとしたところですぐさまそれを察した感じの幸が、あっとか言って私達が進む方向を指差した。びしっと伸ばして指先まで気を使っているような美しい姿勢はやはり様になっている。


「ん?」


 ついついつられて指された方へ顔を向けると、新しくオープンして間もない思われる洒落たケーキ屋さんがあった。甘い匂いがここまで漂っている気がする。


「買って帰る?」


「うんっ」


 こうなると、もはや私がぽんこつ、頭は既にケーキでいっぱい、思わず取ってしまった幸の手を引きながら、早くいこうと急かしてしまう。何か美味そうなヤツあるかなぁねぇ幸どう思う? と、期待に満ちた目を幸に向けてしまう。


 幸はしめしめとした顔で、笑いを堪えながらケーキ屋さんの情報を教えてくれた。私が選び易いように幸なりに詳しく。やはり幸は優しいなぁと思えるくらいに今の私はぽんこつだった。


「確かねぇ、あの店はタルト系が美味しかったかな。特にフルーツタルトが美味しかった記憶があるよ」


「ほうほう。ならリニューアルオープンなんだ」


「店の名前が変わってないから、そうみたいだね」


 る、ぼんせしゅぶるにゅるぅれ。そんな発音だったなと幸は言っているけれど、何を言っているのか全然分からないから私はそれをスルーしてもう一度ぐいぐいと幸の手を引っ張った。


「ね、早くいこう」


「冷たいなぁ」


「美味そうなのが売り切れちゃうから」


 苦笑いの幸の手を離し、気が逸る私は足早に歩いていく。幸は後ろでくくくと笑っているけれど気にしない。油断は禁物、早く行かないと売り切れてしまうかもしれないのだ。


「幸、早くってば」


「すぐそこだよ? 大丈夫でしょう?」




 店内は混んでいたけれど、美味そうなタルト、ベリー、季節のフルーツ、ナッツの三つのタルトを手に入れることができた。支払いはこれでとか言って幸がパイパイで買ってくれたのだ。

 その時に、ちょっとしかなくても私だって使えるんだからねと威張るようにちょっとはある胸を張っていたのが可愛かった。


「幸は可愛いな」


「なななっ」



 私は固まる幸が復活するまで手に持っているタルトの袋に顔を近づけて、その中を覗いたり匂いを嗅いだりしてご機嫌だ。幸は元からご機嫌だしお互い言うことなしというヤツだ。



「よかったね」


「うん。ありがと幸」


「気にしなくていいの。さてと、じゃあ今度こそ帰ろっか」


「うん」





「「ただいまー」」


 私と幸のただいまが揃う。それが嬉しくて、互いに微笑みあって幸の部屋に入る。そこにはもう見慣れた景色が広がっていた。


「知ってた」


「知ってる。あはは。お願いね」


「いいよ」


 私はまかせろ的に頷いていつものように腕捲り、笑っている幸に荷物を渡して部屋の片付けを始める。幸は荷物を受け取って、キッチンで仕分けを始める。


 これも日常。もはやお決まり、いつもの感じ。

 散らかった服を拾っていると楽しげな幸の歌が聴こえてくる。私は自然と微笑んでいる。なんとも幸せな気分になる。今は毎日ではなくてもいずれそうなる。

 ついでを言えば私はこれ以上太ることはない。たぶん。確か片付けられないと女性は太ってしまうとかなんとかいう本があった筈だから。

 だから私は多少スイーツを多めに食べても大丈夫なの。私は完璧に片付けられる人だから。


「そうそう」


「私は太ってないけどね」


 仕分けを終えた幸が私を背中から抱き締めてきた。私が少しだけ背を預けると、幸はしっかりと包んでくれる。


「不思議」


「ねー」


 私はなんとも言えない不条理を感じていたけれど、私だって太っているわけでもないし、まぁべつにいいかと思って向き直り、幸の唇に触れた。


「ん」


 暫くふたりで戯れて唇を離したあと、幸は私をきつく抱いて今度は幸の方から唇を寄せてくれた。長くて蕩けてしまうようなそれは、濃く深く私の奥まで入ってきて、まるで、何ひとつ漏らさぬように逃さぬように、代わりに膨れあがった愛しさを私の奥に吐きだすかのよう。


 幸が満足するまで続いたキスが終わる前からもう私はへろへろ腰砕け。顔も火照って恥ずかしい。だから私は幸の唇が離れた瞬間にぽかぽかと幸を叩いてやった。


「このっ」


「なんでっ?」


「教えない」


 いよいよ持って私は幸にめろめろなのだ。幸は私にとって、愛する掛け替えの無い女性なのだ。

 ひとつ願いが叶うのなら、いってしまう時を同じにしてほしいと思うくらい。置いて行かずに置いて行かれない。そうなれたら最高だと思う。

 私達は普通の人達の倍は耐えて、苦しんで、それでも頑張って生きている。やがて訪れるいってしまう時には、気がかりは残さずにいきたいのだ。


「そうだったらいいね」


「うん。歳をとってお婆ちゃんになって、そうなれたらいいと思う」


「だね」


 私は頷いて幸の首に手を回す。幸も私に腕を廻して抱き締め返してくれる。そして触れるだけの優しいキスをしてくれた。私もそっとキスを返した。それを何度か繰り返して私は幸の首すじに顔を埋めた。


「照れちゃったの?」


「照れた」


「いまさら?」


「いまさら」


 やっぱり夏織可愛いねと幸は言ってくれた。左耳にそっと触れて、囁くように。そして私のスイッチが入る。


「うひゃひゃ」


「あはは。ごめんね」


「もぉ、幸ぃ」


「怒った?」


「ううん。わざとじゃないから怒らない」


「そっか」


「そうだよ」


 そして愛しの幸はまた、私を大好きだと言ってくれた。優しく髪に触れて、頬に触れて、唇にも触れて。

 私も好きと返したあと、私は目を閉じてそれを心地よく感じていた。



「よしやるよ」


「頑張って」


 充たされた私は再び片付けを始めることにした。時間は有限。幸が応援しているけれど、頑張ってとか意味がわからない。私は幸にちゃんと権利と義務の話をした筈。


「暇でしょ。なら一緒にやるよ」


「えー」


「やるよ」


「えっと…」


「やるよ」


「へいへい。わかったよー」


「返事は一回」


「へい」



 こうしていちゃいちゃしながら片付けをしたり、ただいちゃいちゃしたり、ぼーっとしたり、家を探したり、お互いの親に会う日を決めて、互いに緊張するなぁと尻込みしていたり、タルトを食べながら馬鹿な話をしてふふふあははと笑って過ごしているうちに、幸はお腹を押さえて幸らしく宣言をした。


「お腹減っちゃった」



 午後六時。あれ、早くね? 食べた焼肉とタルトはどこいったのかしらと思ったけれど、健康で元気なパワフル幸はよく食べるのだからまあいいかと、私はわかった、今から作るよと立ち上がった。



「さてっ、と」


 今夜はサラダとスパイシーなチキンカレー。昼は焼肉だったから私は少し気後れしたけれど、幸が美味しそうコレを食べたいとルウをカレー売り場から持ってきたのだ。

 幸が望むのだから私がそれを作らない理由はない。当然、一も二もなくそれに決まり。

 ルウは市販のヤツだから、なんだかよく分からないスパイスも揃っているし至って簡単、失敗しようのないちゃいちゃいなお仕事だ。


 私は炊飯器のスタートボタンを押して、冷蔵庫から鶏肉、レタスとキャベツ、あとトマトを取り出して、玉ねぎと人参、生姜を用意する。


「まずはサラダだな」


 私はそれをしながらそろそろ幸がくっ付いてくるかなと思っていた。


「夏織」


「なに?」


 けれど、幸は、夏織と私の名前を呼んだだけだった。

 私は振り向かずに鍋だのフライパンんだのをコンロに置いてまな板を取った。これからキャベツを刻んでレタスをちぎって、トマトを輪切りにしてしてやるのだ。そのあとはあまり好きじゃない玉ねぎが待っている。臭いから微塵切るのは最後だけれど。


「ねぇ夏織。ちょっとこっち向いて」


「ムーミンか、って、男の子じゃん」


 包丁を置いて振り返ると、幸はにこにこしながら手に小さな箱を乗せていた。その蓋は開いている。縦に並んだ二つのリング。どこをどう見てもペア的なリング。それの持つ意味はひとつ。


 それは、なんというか、アレ。絶対アレのつもりだろうなと思いながら私は一度、うずうずしている嬉しそうな幸を見たあとそれをじっと見る。


 部屋の明かりに照らされてきらきらと光る仲良く並んだシンプルなプラチナのリング。


「ああ」


 それだけだけれどそれで充分。私の顔が綻んでいく。と、同時に歪んでもいく。


 リングから幸に視線を戻すと、満面の笑み、早く指にはめ合いっこしようぜって顔をしている。

 けれどひとつ、どうしても気になることがあるから先ずは訊いておこうと思う。


「なんで今なの?」


「我慢できなかったの」


「なるほどな」


 妙にしっくりくる幸らしい理由に私は納得した。幸は我慢できなかったのだから仕方ない。その幸らしさがやけに私の中に染みてきて、私の目から涙が溢れて私は顔を伏せる。

 訊きたいことはもう訊けた。会ってからの幸の嬉しげなそわそわはこれのせいだと分かった。タヌキなんかではなかったのだ。


「な、るほ、どなぁ」


 だから私は、いやぁ、てへへと笑う幸に抱きついた。それはもう、勢いよく。

 うわっ、ってなってもさすが幸。片手にリングの箱を持ちながら私をしっかりと受け止めてくれる。


「さちっ」


「うんうん」


 これが夢にまで見たアレの意味を持つヤツだと思うと興奮して落ち着かないし、凄く嬉しいし、感激だし、泣きそうだしというかちょっと泣いてるし、けれど、せめてもう少しいい雰囲気もほしかったなぁとか、そんな想い達が頭の中をぐるぐると回っている。


「うう、さちぃ」


「うんうん」


 それをどうにかしようとして、私は満足するまで、幸のうなじに顔をぐりぐりと擦り付けた。幸も分かっているのだろう、私の気の済むまで私の好きにさせてくれた。



「これはアレ的な?」


「そうよ」


「はめてくれる?」


「当たり前でしょう」


「やったっ」


「私にもね」


「うん」



 それから私達は指輪をはめあった。順番にお互いの左手を出して薬指にはめてもらった。

 至極簡単だったと伝えているよう思うかもだけど、とてもどきどき、私も幸も幸せのあまりにいってしまいそうだったから。実際幸は、私のはにかむ泣き笑いの微笑みを見て、ぐっはぁぁぁぁ、と声を出して今世紀最大のいきっぷりを見せてくれたのだ。無理無理無理とか呟いて。


 そして私達は、愛しているとかずっと傍にいるとか離さないとか死ぬまで一緒とか、あらためて愛を誓い合った。

 私は泣きながら笑っていたけれど、幸は笑って泣いていた。


 その時の私達は永遠だ。誓った愛もまた同じ、永遠なのだ。自ずと、または自ら私達のいろんなことが変わっても、今日の出来事のように絶対に変わらないものもある。私達がしたことや私達に起こったことその全て、それは変わりようがないものだ。つまりそれは永遠、私達が誓う愛はいつだって永遠なのだ。





「かおりー」


「ぐゎ」


 トイレから戻った幸が私に向かってダイブしてきた。

 けれど、幸は私と違ってとても優しいから、その衝撃の殆どをソファに向けてくれた。それでも声が出てしまうのは条件反射みたいなものなのだ。


「それ美味しい?」


「うん。美味い。甘くてさくさく」


「ちょっとちょうだい」


「いいよ。そこにあるからいっぱい食べて」


 私は栗のヤツを咥えていたことを思い出して、口から落ちないようにバランスを取りつつぼりぼりやりながら、食べたいのならいくらでもと、私はローテーブルに視線を向けた。


「これがいい」


「んむっ?」


 幸は、私の咥えていた栗のヤツを咥えてぽりっぼりっと齧り出したのだ。私は少し驚いたけれど、細長いチョコの棒でやるヤツみたいなものだなと思うことにした。

 ところが幸は、咥えた口でぐいっとやって私の口から栗のヤツを奪い取った。


「いただきっ」


 幸は私から奪った栗のヤツをぼりぼりと齧っている。私はローテーブルから新しいヤツを手に取った。

 一口齧ればやはり甘くて美味い。


「なかなかの甘さだね、これ」


「うん。美味いよねこれ」


「まあまあかな」


「なんだそれ。なら返せ」


「いやよ。あはは」


 私は素早くひったくろうとしたけれど幸は華麗にそれを避けて、栗のヤツを私の手が届かない高いところへと持っていく。


「こんにゃろ」


 その幸が高く上げた栗のヤツを、私は起き上がって、座ったままぴょんぴょん跳ねて取り返そうとしたけれど、幸がそれを口に入れてしまった。残念ながら私の努力は無駄に終わってしまった。


「あはは」


「くそう」


 幸は楽しそうに笑っている。私は疲れてしまってソファに転がったけれど、私もやっぱり笑っていた。




 私は再び私に体を預けて上からにこにこと微笑む幸に訊いてみる。幸は空かさずのってくれるから、楽しい小芝居が始まるのだ。


 先ずは幸の左手をじっと見て、ん? とか言って何かに気づいた振りをする。


「ねぇねぇ幸、その左手の薬指に光るソレはなに?」


「んー? あ、これ? いやぁ、気づいたかぁ。気づかれたかぁ。いやぁ、まいったなぁ」


「なになに? 教えてよ」


「しょうがないなぁ。これはねー、婚約指輪だよ」


「ほうほう。相手は誰? どんな女性? 可愛い? 素敵な女性?」


「当然でしょう」


「いいなーいいなー」


「そう言う夏織だって、ソレはなに?」


「これ? これはねぇ」


 と、私達の楽しい小芝居は、一緒にお風呂に入るまで暫く続いていていた。





 そして夜、萌えて燃えまくった私と幸は仲良くベッドに入っている。その幸は私の胸ですうすうと眠っている。


「幸」


 ことのあと、ぽかぽか叩いていた私に珍しく甘えてきた幸を、私は愛しさいっぱい、幸がされたいように、ただひたすらに甘やかしてあげた。


 私の胸でここ最近の溜まったものを吐き出して、いっぱい笑っていっぱい泣いた幸もやはり、いくら嬉しくて幸せなイベントを経験できたといっても、今までの辛かったことやこれからの厄介なことは、決して幸を解放してはくれず、そのせいで幸の感情もまたごちゃごちゃに乱れていたのだ。


 それは私も同じだけれど、私は都合の悪いことは無かったことにすることができるし、とっとと忘れて気持ちを切り替えるのも早い人だから、幸よりは幾分もマシなのだ。


 けれど、幸は私と違って真面目な性格だから、事あるごとに真正面から受け取って、それと戦ってしまう。

 どういう基準が知らないけれど、勝てばそれを消化することができても、負けたらそれを受け入れてしまう。


 最近は夏織がいるからもう平気だよなんて笑って言ってくれたから、幾らかマシにはなっているのだと思うけれど、今夜の様子を目にすれば、幸はもう十分に苦しんだのに、今夜のようにこれからも、抱えてしまったモノを吐き出すことが幸にはどうしても必要なのだ。なら私はそれを幾らでも受け止めてやる。幸もそれを望んでいるのだと思う。




「くそう」


 幸を理不尽に苦しめるモノがムカつく。心の底から頭にくる。

 けれど、ある意味ではそれが無ければそもそも私と幸はこうなることはなかった。それはそうだ。そうじゃなかったら幸が私を好きになってくれることはなかったのだから。


「マジかぁ。いや、知ってたけどさぁ」


 これは大いなる矛盾だなと私は頭の悩ませようとしたけれど、そんなもの考えるだけ無駄じゃんかと、私はそれを頭から消してやった。


「そうそう」



 私は左手にはまるリングに唇でそっと触れた。これは、そう、幸と私の愛の証というヤツだ。確かな絆と思えるヤツだ。

 この大事な大切なものをいちいち脱着するのもなんだから、チェーンを買って首に掛けておくのがいいかもしれない。それはまだ密かな絆って感じで。

 そして一緒に住み始めたらその時に、それこそ結婚指輪のようにお互いの指にはまったままにすればいい。


「天才か」


 そこまで考えたところで、私は満足して目を閉じる。

 結局のところ、不快な問題を後回しにしただけのようにも思えるけれど、色々と考え過ぎて、幸と抱き合って眠る時間を無駄にするのはもったいない。


「そうだよね、幸。お休み」



 幸を起こさないようにそっと抱き直して、私は眠りにつこうとしたけれど、私の胸で眠っている愛しの幸が、かおりぃ、へへへぇ、とか言っている。私の中の何かに触れる。


「さちぃ」


 私は幸の髪を優しく撫でる。この目に涙を浮かべながら名前を呼ぶ。それだけで幸せ気持ちになれる。


「私がいるよ。大丈夫」


 何となく感じた幸せに涙が浮かんできてしまったのは仕方ないことだ。私は泣き虫だから。

 それに、幸せな涙ならひとりで泣いても構わないと私は思うから。


 ということで、私はもう少しだけ起きていることにした。あの、伝説の寝言、もう食べられないよ、むにゃむにゃ、が幸の口から出てくるのを期待して。


「ふふふ」


 今の私は泣き笑い。晴れているのに雨が降る、狐の嫁入りというヤツだ。幸に嫁入る狸の癖に。



「あ、上手いこと言った…いや、タヌキとかないから」





なんか、長いお話になりそうな…

お、おかしい。最初のプロットとはなんのこと?

けれど大丈夫、いけるいける。私はやってやるのだ。

読んでくれてありがとうございます。

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