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woman  作者: しは かた
29/102

第二十四話 後

続きです。

こちらは後ですのでお気をつけください。


ここで書いた知識については、今現在の私の知っていることと、人から訊いたことと調べたことがベースになっています。

間違えているとは思っていませんが、それを否定もできないところでもあります。その辺りを踏まえてお読みください。


よろしくお願いします。

 


「それでね」


 週末、人生を閉じるまで傍に居ると誓い合った私と幸は、私達のこれからをざっくりと話し合っていた。


「と、思うわけ」


「なるほどね」


「ね。面倒いでしょ」


「そうだね。でも大丈夫よ」


 アレでしょコレでしょと課題を挙げていくそのたびに、ほんと面倒くさいんですけどと私がぶうぶうと文句を言って盛大にため息を漏らしていると、ソファの肘掛けに寄り掛かって私を後ろから抱きながら時折わたしの髪や頸や頬に唇で触れていた幸は笑って、大丈夫だよとか挫けるなーと私を励ましてくれていた。


「うん。ありがと幸」


「どういたしまして」


「私うるさいかな?」


「全然。思うことは私も同じ。夏織はそんなこと気にしなくていいの」


「うん。ありがと」


 私はくそうとかふざけんなとかいちいち文句を言っているけれど、これは性格なのだから仕方ない。何かひと言言わないとどうしても気が済まないのだ。

 それは幸も分かってくれていることだから、大丈夫とか負けるなとか笑ってそう言ってくれる。こういうところは昔から何も変わっていない。


「黙っていたら夏織らしくないもんねー」


「そうかな?」


「そうよ」


 そう言って私の髪を撫でる幸はいつだって感情までも我慢をするなと私の好きにさせてくれる。だから私はそれをありがたく思って、遠慮することなく私の思うままに文句なんかを口にしている。


 けれど私は、この件に関してだけは面倒くさいと思うだけでなく、ちゃんと前を向いていて色々と考えてもいる。

 幸との未来に幸あれと、もっともっと幸せになるために頑張るぞと思っているのだ。


「幸だけに」


「0点」


「やっぱりか」


 私がそれを口にすると、幸はその駄洒落はともかく嬉しいよと微笑んでくれた。



「さてと」


 私がひとしきり文句を言ったあと、私達はあらためて考える。

 ふたりで住む家をどうするかとか、家族についてはどうするのかとか、パートナーシップ制度を申請したとして、それが会社にバレたりしないのかとか、住所変更もまた然り、同じ住所だとバレたら何か言われてしまうのかとか。


「もうさ、家、買っちゃう?」


「どっちかひとりが買うならそんなに難しくないよ。今の私達なら買えるはず。けど相続とかできないし」


「あー、そうだよね。生命保険で現金を用意する手もあるみたいけど、受取人になるにはパートナーの証明書が必要だね」


「うん。でね、私としては、例えば保険金はそっち、家はこっちみたいな話し合いとか、親とできるならしておきたい」


「そうね。そういうことを話し合っておかないとね」


「うん」


「あとは、遺言を公正証書で作っておくとかあるけど、それでもまるまる全部とはいかないしね」


「うん」


「あとね、家を買うならペアローンなんていうのもあるみたい。ふたりでそれぞれローンを組んで払っていくの。今の私達ならいけるよね」


「ペアローンか。でもそうなると…」


「そう。そうなると、やっぱりパートナーシップの証明書、それか任意後見及び合意なんたらの公正証書と任意後見なんたらの登記事項証明書だったかな?それが必須なんだって」


「それってお高いんでしょう?」


「あはは。最低でも五、六万はしちゃうって話だよ」


「やっぱりかぁ」


「それプラス、遺言の公正証書もあるよね。その費用は金額によって変わってくるし、実際に掛かる全ての費用は依頼する弁護士とか司法書士とかで違ってくるからさ、今はなんとも言えないね」


 さすが幸。もう頭が煮詰まってきた私とはわけが違う。幸はなんたらがーとか言って言葉自体はうろ覚えでも、手段とそれに必要なものをすらすらと挙げていく。幸は幸で私達のこれからを見据えて色々と調べてくれていたのだ。



「さちー」


「おっと。どうしたの夏織」


 それが嬉しくて私は振り返って幸に抱きついた。ちょっとはあった幸の胸で顔をぐりぐりとやっても、勢いよく抱きついてもいつだって幸は笑って私を受け止めてくれる。私は幸せいっぱいな気持ちになる。


「幸は優しい。好き」


「あはは。夏織はかわいいね」


 暫く幸にぎゅっとしがみついて、煮詰まって遣るかたない気持ちを落ち着かせつつも昂ってもしまう。


「ん」


 キスをしてほしいなと顔を上げると幸は待ってましたと唇を寄せてきてくれた。その優しい目をして私を見つめる幸は私だけのもの。

 重ねた二つの唇の間で浅く深くと幸と戯れているうちに私はへろへろになってしまう。一度唇を離し、見上げるようにして蕩けた顔を幸に向けた。


「抱いて」


「ぐっはっ」


「だめ?」


「そんなわけないでしょう」


 よしっ、と幸は立ち上がって夏織はそこねと私をソファに座らせた。それからいきなり屈伸をし始めて、それを何度か繰り返したあとに左右の腕を順番に逆の方向に伸ばしたりと、なんだか気合いを入れている。


「何してるの?」


「準備運動」


「そんなに気合いを入れなくてもいいんじゃないの?」


「これはねぇ、そのためじゃないんだなぁ」


 幸はふっふっふっと思わせ振りに笑っている。

 それなら何のためなのよと私が首を傾げていると、幸はじゃあいくよと、ソファに座る私の両の膝裏に腕を入れ、私の腕を担ぐように自分の首に廻し、空いてる右腕を私の体に腕を廻した。

 ここまでされればさすがにピンときてしまう。


「しっかり掴まっててね」


「ち、ちょっと幸。待ったっ。わたし重いから」


「大丈夫。まかせて」


「だ、だめだって」


 さすがにこれはむりなんじゃないのと思った次の瞬間、幸は、思わず出したと思われるふんっという声とともに私を持ち上げた。私は突然の浮遊感に驚いて幸にしがみつく。


「わ、わわわ」


「ど、どう?」


 今、余裕な顔を装って少し体をぷるぷるさせている幸がしてくれたこと。これはまさにあの、女性の憧れ、伝説のお姫様抱っこというヤツだ。


「こ、こわい。幸は大丈夫?」


「ま、まだ、へ、平気」


 私は怖い怖いときゃーきゃー騒ぎながらも初めてのお姫様抱っこに興奮してもいた。私にこんなことをしてくれる女性がいるなんて少しも思っていなかったから、正直、私は凄く嬉しかったのだ。


「も、もうダメ」


 ぷるぷると震える幸は私を放り出すことなくそっとソファに降ろしてくれた。その幸は私を降ろすとすぐに、乳酸がーとか言って腕をぶるぶると振っている。


「ごめん。本当はベッドまで運びたかったんだけどね」


「ううん。充分だよ。嬉しかった。ありがと幸」


「そう?ならよかった」


 抱っこの時間はたぶん十秒くらい。それでもやはり嬉しかった。私は幸にお礼のつもりでキスをした。そのあと幸の耳元で、今から私を好きに愛してねと伝えておいた。


「ぐっはぁ」


「ふふふ。幸ったら面白い」


 私は蹲る幸を放って置いて先にベッドへと向かい、服を脱がずにそこに転がって幸を待つ。服を脱がなかったのは幸に脱がしてもらうつもりだから。

 その幸は待てーと言いながらすぐに私の傍にやってきて転がる私の体に跨がった。幸は私の服に手をかけてそれを一枚ずつ剥がしていく。徐々に露わになる私の肩や胸元にキスをして、私の唇に幸のそれを合わせたあと、妖しく艶のある顔を私に向けてくる。


「好きにするよ?」


「うん。して」


 妖しくとても艶っぽい笑みをさらに深めて私に覆いかぶさってきた幸を、私は喜んで迎え入れた。





 幸は私の望んだ通り、長い時間をかけて、ことの始まりから終わりまでとても嬉しそうに私を好きにした。それはもう、口では言えないことをアレやコレ、ついでにソレもと色々と。


「このっ、このっ。このえろおんなっ」


「あたたた。あはは」


 ことの終わり、好きにしていいと言ったけれどそれとこれとは別ものなの。

 だから私は、凄く恥ずかしかったんだからなと幸をぽかぽか叩いてやった。



「うぐぐぁぁ」


 そして私はこの恥ずかしさから逃れようと交わしたあとのいつもの場所、幸の腕の中にいそいそと潜り込だところ。


「うぐぅぅ、ぐぅぅぅ」


「夏織?なに唸ってるの?」


「は、恥ずいのっ」


「すっごく可愛かったよ?」


「ふぐっ」


「夏織、喜んでたよね?」


「わーわーっ、そ、それを言うなって」


「でもそうだよね?」


「むぅ。もぉ、幸のいじわるっ」


 私は顔を上げて幸を睨む。ただし、とても可愛く頬を膨らませて、なんでそんなこというのぉとやってやった。当然、ぱちぱちと瞬きをしながらの上目遣いも忘れない。


「ぐはっ」


「ふっ」


 いってしまった幸に満足して私はもぞもぞと動き、再び幸の腕の中に潜り込んだ。


 とはいうものの、恥ずかしいだけでなく十二分に乱さ…充たされたことも疑いようのない事実。

 されるがままに口では言えないようなことをいっぱいされたけれど、幸に言われた通り、私は確実に喜んでいたし今とても満ち足りているし体は怠くても幸せな気分でいるのだからそれをあまり強くは言えない気もする。


 そして私は、やすやすと復活した幸に優しく包まれキスされ髪や体を撫でられていて今も幸のなすがまま、この身を幸に預けて自由にさせている。

 私はこれを幸せなことだと感じている。何ひとつ気兼ねすることなく、気にすることもなく信頼して身を委ね、与えながらも与えられるという関係は究極の愛の形なのではと思えるからだ。


 それにしても、私が限界を超えてもなお、留まることを忘れた幸は凄かった。そんなことなんで知っているのだろうと思うことを色々としてきたのだ。

 私自身、ナニをナニしてナニされてしまった時、私は全てを幸に委ねてそこから先は我を忘れて幸のする全てを喜んで受け入れてしまった。

 ああ、あれはほんとに凄かった。幸は私をうつ伏せにしたあと膝を立てなさいとか言って私をあんな……いや、やっぱだめ。教えないから。無理だから。


 そして私は気づいてしまった。


「ん?」


 とにかく色々としてくれた幸のせいでというかお陰というか、いま私は女性としてサナギから蝶へといよいよ羽化しようとしているところなのでないのかと。間違ってもイラガのような害虫ではないぞと。

 私は今、私の中でいまひとつ足りなかった女性としての真の部分がついに目覚めてしまったと感じているのだ。私の胸の奥が疼いているのだ。

 私はひとつ、いや、ふたつは確実に大人の女性への階段を上がった筈。私はかなり、素敵な大人の女性に近付いた、筈。


「うふふ」


 これからの私はきっと、このゆるふわな容姿と相まって、可愛らしくも大人の魅力が隠し切れずに溢れ出してしまっているという何とも素敵な大人の女性として存在することになるのだろう。

 まぁ、私の場合、黙っていればという条件が付くけれどそこは気にしない。黙ってさえいればいいのだから、私ならやれる。


「やったね」


「よかったねー」


「あれ?なんかバレてる?」


「まぁね。あはは」




 こうしてまったり楽しく事後トークをしたあと、幸がお湯を溜めてくれたので、私はゆっくりとお風呂に入った。

 幸はシャワーを浴びたあと、少しだけ私に付き合って狭いながらも一緒に湯船に浸かってくれた。


「名前は?」


「かおり。平仮名でね」


 そしていま湯船にぷかぷかと浮いているアヒル。名前はかおりだよと幸が教えてくれた。

 なんだそれはと私が幸を振り返って見ると、幸はにこにこしてどうよと言わんばかりにご機嫌だけれど、そのネーミングセンスはどうかなと思ってしまう。


「何のひねりもないとか」


「べつにいいの。ねー、かおり」


 幸はアヒルを捕まえてそんなことを言っている。私は一瞬わたしが呼ばれたのかと思って戸惑ってしまった。


「なに?あ、なんだ、そっちか。ややこしいわ」


「あはは」




 そして夜。私達はご飯を食べ終わってソファに座り寛いでいる。

 私はコーヒーを飲みながらさくほろなアーモンドボールとマカダミアなクッキーを食べている。幸は隣でラガーなヤツをぐびぐび飲んでいる。


「美味いなこれ」


「ぷはぁ」


「はいどうぞ。美味いよ」


「お、ありがとう」



 そして再び昼間話をしていた話題について話し始めたところ。


「ねぇ、私と幸の住所が一緒になるとさ、会社が気づいたらなんか言われるのかな」


「あー。どうなんだろうね。何かは言われるよね」


「かなぁ」


 うーんと腕を組んで考え込む私達。

 私がその辺を含めて恵美さんに色々と訊いてみようかなぁなんて思っていると、幸が、そうだ、閃いたとにっこり笑って私に顔を向けた。その顔はやけに自慢げで、ふんすと小鼻を膨らませている。


「どっちか思い切って転職するとか」


「やっぱそうなるのかなぁ」


「あれ?」


「ぽんこつか」


 それは私も考えていたことではある。手続きをずらせばバレないのかも知れないけれど、バレて詮索される危険は犯したくない。

 かといって、それを理由に転職するというのもどうかと思う。私達はふたりとも今の会社に不満があるわけでもない。

 それに転職した場合、暫くは住宅ローンは組めなくなる可能性が限りなく高いわけだから、そうなると、転職しなかった方が住宅ローンを組むことになる。


「うーん」


 もしも転職するとして、優秀な幸なら引く手数多な気がするけれど、私はどうだろう。まぁ、私もまあまあそこそこだからなんとかなるとは思うけれど。


 もしもどちらかひとりが買うとすれば、私としては私が組んだ方がいいかなと思っている。うちの母は私を受け入れてくれて私を理解しようとしてくれているのだから、それに甘えてもいいのではと思う。何でもかんでもふたりだけでするのは大変だから。

 万が一、説得する必要が生じても、基本わたしの味方の母なら大丈夫なような気がする。

 私と幸のどちらが転職するにしても買うにしてもペアローンを選択するにしてもできるだけ万全の策を取っておきたい。


「でしょ?」


「そうだねー」


「やっぱ、大変だ」


「かおりー」


「うわっ」


 いやぁ、疲れたねーと幸が私に抱き付いてというより突っ込んできた。私は幸をしっかりと受け止めようとしたけれど、受け止めきれずにソファにふたりして転がってしまった。


「びっくりしたぁ」


「ごめんねー」


「いいよ。幸はあまりこういうことをしないからさ、なんか嬉しいし」


「てへへ」


 私は下から幸に腕を回し、胸へどうぞと幸を誘った。そうされた幸は嬉しそう、顔をぐりぐりと押し付けてくる。


「ここは落ち着くの。柔らかくて、夏織の音もよく聴こえるんだよねー」


「いつでもどうぞ。この胸は幸専用だから」


「やったっ」


「ふふふ」


 早く一緒に暮らしたい気持ちは凄くある。けれど、今日一日でこうしようなどと結論を出すこともない、というか出せるわけがない。


 べつに、成るように成るのだからここまで思い詰める必要はないのかもしれない。そうまでしなくても、たぶん私達は落ち着くとこに落ち着くのだと思う。住む家を決めて、そこで一緒に暮らしていけると思うし、私だけの話なら手を抜いたって構わない。

 けれど、ことは私達のこと、愛しの幸とのことなのだ。愛しの幸とのことはより綿密に進めていかなくてはいけない。何ひとつ漏らさないつもりでことを進めていかないといけない。手を抜いていずれ幸が泣いてしまうのは耐えられない。

 もちろん、全ての憂いをクリアできるかどうかは分からないけれど。


「ね」


「ありがとう、夏織。そんなふうに思ってくれていたんだねー」


「うん」


 幸の間延びした語尾が増えている。こうなると幸はもうすぐ眠ってしまう。私が知っている幸の特徴。それを知っていることは嬉しくもあり、私を置いて眠ってしまうのは少し寂しくもある。


「おやすみ幸」


「う…ん」




 私は今、私にとって一番大切な女性の髪をそっと撫でている。その女性は一度、むにゃむにゃ夏織とか呟いていた。そしてまた穏やかに私の胸ですうすうと眠っている。私はその女性を抱きながらいつものように愛しさではち切れそうになっている。


「ふふふ。好き」


 私は幸の髪にキスをする。幸はまたむにゃむにゃとやっている。その様子が可愛くて堪らなくなる。


「がんばろうね幸。私達のために」


 私は再び幸の髪を撫で始める。幸は穏やかにすうすうと眠っている。暫くそうしていると私の口から自然と言葉が出ていった。


「ありがと幸。愛してる」



 幸はすうすうと眠っている。応えはなくても私は幸に愛されているから気にしない。

 そして私は一番大切な幸を優しく抱いて、その背中をぽんぽんしながら考えを巡らせて、愛しの幸と進んでいける最善な道を探している。幸が目を覚ますまで。




「そんな感じ」


「なるほどね」


「ほえー」


 恵美さんはいつものように分かったよと頷いた。由子は今まで考えもしなかったことを聞かされてキャパを超えてしまったようだった。まぁ無理もない。


「私の場合は私が買ったあとに陽子と付き合い出したから」


「あー。そっか。ローンとかは?恵美さん一人で払ってるの?それとも陽子さんは家賃として恵美さんに払ってるとかなの?」


「いいえ。家賃としても貰ってないのよ。家については私だけ。生活費を折半しているだけね」


「なるほど」


「下手に貰うとね、収入とみなされて税金が掛かる場合があったりして色々と面倒なのよ」


「分かる。じゃあ、万が一とき相続とかはどう考えているの?」


「一応親には紹介してあるし、話は付いているけどね。遺言書も公正証書で用意してあるの。あとは保険ね。私の保険金は親にいくからそれで納得して貰って家には手を出さないように話は付いているの」


「なるほど」


「それに陽子は家賃の分を保険で積み立てているから、もしも話が拗れてしまったらそれで相殺するつもりみたい」


「なるほど。陽子さんはそこまで割り切っているんだ」


「私の親とは揉めたくないって。備えあれば憂無しって言っていたわね」


「陽子さんらしいね」


 真剣だった恵美さんはとても嬉しそうに微笑んだ。自分の親と揉めたくないという陽子さんの気遣いが嬉しいのだと思う。


「それでも、法定相続人ではないから不動産取得税なんかは普通に掛かるからね。税金については優遇されないからその辺は今のところどうしようもないわね」


「うへぇ」


「結局、全てをカバーすることは無理なのよ。落とし所は必要なことよ。もちろん、やれることはこれからもやっていくつもりでいるんだけど」


「そっかぁ」


 ふと、隣の由子が気になってそちらを向くともぐもぐと口を動かしながらやけに真剣な顔をしていた。


「どした?」


「んっ、凄くためになります」


「そっか。何も変わらなければいずれは必要な知識だから」


「はい」


 私はなんとなく由子の髪を撫でた。少し癖っ毛だけれどさわり心地は絹のように滑らかで、張りがある。私は続いて自分の髪に触れてみる。


「うーん」


 由子と比べると下に降ろして行くほどに軋む感じがしてしまう。


「くそう」


「ちょっと夏織」


 恵美さんが呆れた顔を私に向けていた。私は手を伸ばしてその綺麗な髪に触れようとしたけれど、恵美さんはその手をはたき落した。


「やめなさい」


「えー。いいじゃん。絶対わたしよりいい感じっぽいし」


「そう?」


「うん。由子もそう思うでしょ」


「はい。凄く綺麗な髪でうらやましいですね。私は癖っ毛だから」


 恵美さんは満更でもなさそうな顔になった。珍しくだらしない笑顔を見せている。

 いくら恵美さんでも、こうして自尊心を擽られてしまえはその気になってしまうものだ。キャリアな恵美さんも実はちゃんと女性なのだ。

 だらしなくうふふとやっているその隙に、私はさっと手を伸ばし恵美さんの髪に触れた。由子も触らせてくださいねと手を伸ばしている。


「なにこれすべすべ柔らかい」


「ふふん」


「わぁ、恵美さんの髪、凄いですね」


「ふふふん」


 私は負けてしまった。べつにいいんだけどさ。


「なに落ち込んでるの。夏織は充分魅力的よ。今ならお付き合いしてほしいと思うくらいにね」


「え」


「夏織さんは素敵だと思います。この前よりも一段と大人の魅力が増しいると言いますか、なんか見ていて、こう、ぐっときます」


「え、まじで?」


「「まじまじ」」


 うんうんと頷く二人の目は何となく笑っているようにも見えるけれど私はそれを見なかったことにした。

 となるとやはり、私は確実に素敵な大人の女性へと成りつつあるということになる。これは幸のお陰。私はありがと幸、大好きだよと心の中でお礼をしておいた。



 その夜、恵美さんが教えてくれたことは大まかにいってそんな感じだった。もの凄く参考になったしこれからも相談したいと伝えると、恵美さんはいつでもいいからねと言ってくれた。


 転職については幸と相談することにした。私達に係ることは決してひとりでは決めない。私はそう決めている。


「それでいいかな?」


「もちろんよ」


「いろいろとありがと恵美さん」


「いいのよ。気にしないでね」


「だあー、今日はもうだめ。疲れたー」


 ひと段落ついたところで私はグラスを手に取って、だらーんと背もたれに寄りかかりうへぇと盛大にかがないた。

 そんな私のダレた私を見て、恵美さんがふふふと笑っている。由子も何かを頬張りながらふぉふぉふぉと笑っている。



「ああ」


 私や幸の周りには手を伸ばせばいつだって、この手を掴んでくれる人達がいるんだなと、私は二人の笑顔を見てそう思った。それが私に力をくれる。なら大丈夫、いけるいける。




いけたかな?

いけたいけた。たぶん大丈夫、へいきへいき。


読んでくれてありがとうございます。

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