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woman  作者: しは かた
25/102

第二十一話

誤字報告ありがとうございます。お手数をお掛けしてすいません。頑張ります。


終わりの方に残酷な描写(笑)がありますが、苦手な人でもたぶんいけると思います。


では続きです。

よろしくお願いします。


 


 二月の終わる最後の週。季節は着々と春に向かっているみたい。冬の寒さは峠を越えて、それでも風はまだ冬の冷たいヤツだけれど、今週は穏やかで暖かい日が続いている。

 そして私はひとり電車に揺られて暖かな春の風を待ちつつ……って、


「詩人か」


 ぽつりとそう呟いた私はいま電車に揺られている。

 取引先との商談を終えたあと、またしても駅の向こう側にある和菓子屋さんのきんつばはとても美味しいよ、屋敷さんなら絶対に気に入るよと教えてもらったお店に寄って自分の分と幸と花ちゃんへのお土産用にきんつばとついでに餅入り最中を五個ずつ買ってオフィスに戻るところ。

 大丈夫。ふたりにひとつずつあげても三個ずつ残るから。だから私は泣かないの。へいきへいき。うぐ。




「しょうがないなぁ。今回はこれでいきますか」


「マジですか?じゃなかった、すいません。本気ですか?」


「ははは。いいよー。その代わり、今度の改装も色々よろしくね」


「うっ。そのオチですかぁ。まぁ、行きますけども」


 と、商談に関しては、私が提示した数字は金額と量がいつもより高めで多めだったけれどいけた。

 なぜなら今日の商談は売れ筋のヤツだから。そこに売れていないヤツを抱き合わせてしれっとねじ込んでおいたら条件付きだけれどすんなりいけた。

 その改装はいつものことだから気にしない。ウチの場合、営業である以上それは必ず付いてくるものだから。




 電車の中は暖かくて眠くなる。今は午後四時過ぎ。このまま一周分だけ眠れたらいいのになと思うけれど、とっととオフィスに戻って花ちゃんあたりに事務処理をお願いしなければ。それとベンダーさんにも連絡しておかなくてはいけない。


 花ちゃんはお土産をちらつかせれば、しょうがないな任せておいてとさくさくこなしてくれる。もちろん何もなくても普通にこなしてくれるけれど、普段からお世話になっているのだからお礼の気持ちを表すのは大切なのことなのだ。それに花ちゃんは凄く喜ぶし美味しそうに食べてくれるから、渡す方としてもなんだか嬉しくなってしまうのだ。


「そうそう」



 仕事は仕事。だから私は今日も頑張った。当然、まあまあでそこそこな私ができ得る範囲で私なりにではある。

 それでもあとで幸に会えたら褒めてもらおうと思う。幸ならきっと、頑張ったんだねーと褒めてくれる筈。


「ふふふ」



 そこまで考えたあと、私はふたりにメッセージを送った。花ちゃんからは、たぬ屋敷のためだからね、任せろ、ただしそのお土産を忘れずにと直ぐに返事が来た。


「へ?」


 何かがおかしいと気付いた私がそれを二度見して、私の名前の前にある、たぬとは一体なんぞやとふるふる震えながら画面を見ていると続けて幸から返事がやって来た。


「あ、幸だ」



 五時半戻りだから六時過ぎ上がりかな。休憩はできないけど夏織に予定がないなら夜ご飯を一緒に食べよう。



 読んだ瞬間にたぬはどこかに消えて同時に震えもぴたりと止まったスマホ片手に私はにやにやしてしまう。予定はない。私は、うん、食べると返信しておく。


「ふへへ」


 そして私は仕事のことをとっとと頭から追い出して、駅に着くまでそのまま幸を想うことにした。その方が楽しいし気分も弾む。そうすれば寝過ごすこともない。この電車で一周してしまうこともないだろう。





 三連休の週末のデートもとても楽しかった。私達は(すこぶ)る順調だ。



「ねぇ幸、温泉に行きたい」


「お、行っちゃう?」


「うん行っちゃう」


「じゃあ、探してみようか」


「やったっ」


「あはは」


 先々週、私達はこんな会話をしていた。

 そして私達は三連休を利用して女子旅をした。踊り子に乗ってちょっと伊豆まで温泉と魚料理を目当てに一泊してきたのだ。

 三連休とはいえ海方面はシーズンオフだから宿を取るのは然程難しくなかった。



「これなんていいかも」


「どれ?」


「これ」


「お、いいね」


 幸とふたりで何があるかなぁと探した結果、老舗旅館の女性限定プラン、海は見えないけど源泉掛け流しのお風呂が付いている二間続きのお部屋です。夕食には金目鯛の煮付け、それと鮑一個と伊勢海老丸ごと一尾も付いてますので好きなように焼いちゃってくださいね。更にアリーインレイトチェックアウトですし、なんなら貸し切り露天風呂が四十分利用できますよ的なプランを休日料金とはいえまぁまぁお得にゲットしたのだ。


「楽しみだね」


「うん。幸と行けるなんて超嬉しいよ」


「私も嬉しいよ。あはは」



 女子会とか女子旅とか、女性をターゲットにしてその言葉が定着して以来、女性二人で旅行に行っても変な目で見られることはなくなったんだろうなと思う。実際にはそんなことは無かったとしても、気にする人はどうしても気にしてしまうから。


 私が大人になった頃には女子会とか女子旅とかはもう定着していたから、実際のところはよく分からないけれど、何にしても、周りの目を気にすることなく旅行に行けるようになって良かったなと思う。お得なプランもあったりするから、これに関しては凄くありがたいことだと思う。




 そんなわけで、三連休の初日、午前十一時、私は小さい頃に食べて凄く美味かったなと記憶のあるチキン弁当を、幸はシュウマイ弁当を手に踊り子に乗り込んだ。その前に、駅に隣接するデパ地下で美味そうなチョコとかスイーツとかも忘れずに手に入れておいた。



「おっ、夏織、動くよ」


「そりゃあ、そろそろ時間だし動くでしょ」


 席に着く際に幸に窓側を勧めてみたら案の定、幸はまだ電車が動いていないうちから窓に顔をくっつけるようにして子供みたいにはしゃいでいた。

 オフの幸はいま目をきらきらとさせて楽しそうにしている。まるで、初めて乗った飛行機が今から離陸するときみたい。凄く可愛い。


「おー、動いた。ほら夏織、出発したよ」


「そうだね」


 私はさっそくチョコを食べている。凄く美味い。これは当たりだな、美味すぎるなと感動しながらチョコの箱を幸に差し出すと、ありがとうとチョコを摘んで口に入れながら私にはよく分からないことを言い出す幸。


「分かってないなぁ。ロマンだよロマン。旅のロマン。あ、美味しいねこれ」


「分かってるって。マロンでしょマロン。帰りにそれっぽいマロンのヤツをデパ地下に寄って買って帰ろうっと。あだっ」


 幸が私の脇腹に肘を入れてきた。何するのよと幸に目を向けると、目をバッテンにして舌をべーっとやっている。


「ぐはっ」


 私はいってしまった。秒殺だった。私のゆるふわをアレンジして既にものにしているとはさすが幸。

 とにかく幸がそんなことをするなんて可愛過ぎるなと、私はそんな幸を見ることができてラッキーだなと思いながら、再び窓の外を楽しそうに眺め出した幸を見ていた。


 その昔、旅のお供に定番だった半透明なプラスチックの容器に入ったなま温かいお茶と冷凍みかんはないけれど、これから二時間弱の私と幸の電車の旅。幸はいま見せてくれたような可愛らしい一面を私に見せてくれることだろう。それもまたこの旅で私が密かに楽しみにしていることなのだ。



「おー、品川だ」


「おー、横浜だ」


「小田原だっ」


「車掌か」


「お城があるよね。小田原城。すごくない?」


「うっ、流された。しかも海じゃなくてなんでお城なの」


 そうやっていちいち教えてくれている、のかどうかは分からないけれど、幸は凄く楽しそう。そんな幸を見ている私も実は楽しい。私は駅を見ても城を見ても特に何も感じないけれど、小さなことにも感動というか興奮というか、それができる幸はやはり素敵だなと思う。私は過度に自分を抑えて生きてきたせいなのか、そういう感情はもう恋愛以外はからっきしだから。


「あ、いま海が見えた」


「えっ、どこどこ?」


 そんな私は窓からちらほらと見え始めた海に感動していたりする。思わず体を幸の方に乗り出して外を見ていた。


「ほら、あそこ」


「おー」



 そうそう。このあと食べたチキン弁当はやはり美味かった。基本、チキンライスと唐揚げ、あと気持ちサラダ的なヤツ。そんな感じだけれど私の期待を裏切ることはなかった。たまに、期待し過ぎてこんなんだったっけ?なんてモノもあったりするけれど、コレは違った。やはり美味いものはいつだって美味いのだ。


「やっぱ美味い。はい幸、どうぞ」


「どれどれ、ほんとだ。美味しいね」


「でしょ」


「じゃあシュウマイあげる。はい、あーん」


「ちょっと、あーんとかやめろ」


「あはは。ごめんごめん」


 ともあれ幸も気に入ったみたいだし、マロンの何かと一緒にチキン弁当も帰りに買って帰ることにした。




「夏織。そろそろ着くよ」


「んっ。ああ、ごめん、眠っちゃった」


「そんなことを気にしないの」


「うん。あ、これありがと幸」


 幸のはしゃぐ声を聞きながら私はいい匂いに包まれて温温(ぬくぬく)と眠っていた。

 眠るつもりはなかったし駅のアナウンスの他にも橋だよとか川だよとかトンネルだよとか海が見えるよとか窓から目にしたものをいちいち教えてくれる幸に、私は食べるものがなくなって、お腹いっぱいでなんか眠たいなと思いながらも、おーとかそうとかへーとかちゃんと相槌を打っていた筈なのだ。

 伊東を過ぎる辺りまではちゃんと起きていた。だって幸が、伊東に行くならぽろっぽーと、ふんふん歌っていたのを覚えているのだから。実際にそれが見えて、おー、アレが噂のぽろっぽーかと、ふたりで笑っていたのだから。


 けれど、いつの間にか私の体には幸の上着が掛けられていた。眠ってしまった私に幸が掛けてくれたのだ。

 それに気付いてなんとも言えない気持ちが私の胸いっぱいに広がってくる。


「寒くなかった?」


「うん」


「そっか。ならよかった」


 幸はそう言って微笑んだ。私は幸せいっぱい、幸に抱きつきたい衝動を堪えつつ、幸のさり気ない優しさで堪らなくなっている。


「幸」


 私が周りに見えないように幸が掛けてくれた上着の下から手を伸ばして幸の手を握ると、幸はすかさずぎゅと握り返してくれる。


「ん?あ、夏織、また泣くの?」


「ちょっと、ね」


「泣くなら私の胸で泣きなよ。Aだけと」


「じゃあ、あとでお願い」


「お、まかせて」


「うん」



 踊り子がホームに入るまで私は手を握っていた。幸は優しく笑って私を見ている。その笑顔は私には眩し過ぎて目が眩んでしまう。

 けれど、その幸は私のもの。紛れもなく私の恋人。それはきっと凄いこと。だからこそこの関係を大切にしたい。


「お、もう着くね」


「そうだった。片付けないと」


 幸は再び窓に顔を向けてホームに入る踊り子の様子を、大きな駅だねとか結構人がいるねとか実況してくれている。


「おー、なんか空気が美味しそう」


 私はそれを聞いて、なんだそれとくすっと笑いながら、幸が食べ散らかしたまま置いていた包装紙なんかを慌てて集めていた。




 宿に着いて記帳とか説明その他を済ませたあと、ここからが少しケチがつく。


 先ずは部屋。フロントの直ぐ横にあった扉。それが私達の部屋だという。入ってみると確かに二間続きの広い部屋ではあった。

 一通りのもてなしを受けて仲居さんが去ったあと、私と幸がテーブルの下で見つけたものは、この宿の上半期の収支報告的なヤツが印刷されている紙。儲かっているようないないような、とんとんというか赤っぽいというか黒ではないなとそんな感じ。


「…大変なんだねー」


「そんな感想出ちゃう?」


 幸ったら優しいわぁと思うけれど、私には、この部屋は普段宿の人が使う仕事場なんだと分かってしまった。戸棚とか、開けられそうな扉を開けるといろいろと出てきそうで怖い。


「こわい」


「ねー」


 けれど、訳もわからず相槌を打っている幸が可愛いからそれはしないでおくことにした。


 そして次。私はこの部屋の売り、源泉掛け流しのお風呂はどこだっけかと考える。

 そういえば説明では奥の部屋からいけますよということだったなと、私はそれを確認しに行くことにした。


 すると、仲居さんのいう通り確かにお風呂場と湯船はあった。けれど、掛け流されている筈の源泉はどこだろう?


「あぁ?」


 つまりこれは源泉掛け流しではなくて、蛇口はあるから自分で源泉掛け流せってことなのだろうか。

 そしてよく見なくても、(ひのき)っぽい湯船はからっからに乾いていて見た目にも埃っぽい。試しに(しゅうとめ)のように指をつーっとやってみたら指が汚れてしまった。


「まさか、自分達で洗えってか?掛け流せってか?あり得なくね?」


 私はイラっとしてしまう。ああ、なるほどね。フロントが隣とはそういうことだ。文句を言うのに近くて便利だからなのだと私は納得した。


 じゃあ行きますかと気合を入れた私の傍にやってきた幸が、まあまあ夏織と私を宥めてくれた。抱き締めてあやすようにしてくれた。それだけで私はすっかり丸め込まれてしまう。私は幸だけにはチョロいのだ。


「次、何かあったらクレーム入れるから」


「はいはい」


 そんなことを言ってはみても、幸に癒されてあっという間に半笑いというか笑顔になっていたチョロい私を見た幸は、その顔じゃあまり説得力ないねーと笑っていた。





 けれど、次が来た。

 気を取り直して大浴場でお風呂に入ったあと、ビールを飲みながら私達が浴衣姿でいちゃいちゃまったりと過ごしている時にそれは来てしまった。


 ピンポン


「あ゛」


 私達は夜ご飯の時間を六時半にした。確かに仲居さんにそう伝えたのだ。仲居さんも六時半ですねと復唱していた筈なのに、六時ちょっと前、ピンポンと鳴るドアホンに扉を開けると、お食事ご用意しますねと仲居さんがやって来てしまったのだ。


「馬鹿なの?幸、私さ、ちょっと行ってくる」


「まって、まって、落ち着いて」


「けどさぁ」


 そんな会話を他所に、仲居さん達は食事の用意を続けている。きてしまった以上それは仕方ないとは思うけれどそれを見ていると余計に腹が立ってしまう。


「私がいってくるから夏織は待っててね」


「でもさぁ」


「夏織がいくとケンカになっちゃうでしょう?私にまかせてね」


「うっ…わかった」


 幸は素早く部屋を出ていった。



 お飲み物はいかがいたしますかとかこちらに火をつけてよろしいですかとか言っている中居さん達に一言も発することなく私は庭の河津桜を見ながらただ幸を待っている。


「もういいから。いって」


 私の言葉にそそくさと去っていく中居さん達と入れ替わるように幸が戻ってきた。手には鮑と伊勢海老、さらにはこの辺りで造られているらしいワインが乗ったお盆を持っていた。私は傍に寄って背中から幸に抱きついてぐりぐりと顔を擦り付ける。


「ただいま。おっとっ。なに夏織、寂しかったの?」


「うん」


「ぐっは」


「でも、それどうしたの」


「もらった。ぜひ食べてくださいって。これもぜひ飲んでくださいってさ」


 さらっとそんなことを言って、お盆をテーブルに置いた幸が向き直って私を抱き締めてくれた。


「さすが幸。何したの?」


「内緒。でも夏織、私だってムカついていたんだよ。だから、ね」


 ね、と笑顔で言われても何をしたのかは分からない。分からないけれど、幸の次の言葉でそのことはどうでもよくなってしまった。


「それにさ、私の夏織をイラつかせるのは許せない」


 凄味のある笑顔を浮かべたまま幸はそう言ってくれたのだ。


「超こわい。けど嬉しい。ありがと幸」


「いいの」


 私達はぎゅと抱き締めあって見つめあってからキスをした。最初は優しくて、そのうち深くて長くなっていくみたいなキス。

 それでへろへろになってしまった私の耳にあれっと幸の声がした。


「ねぇねぇ夏織。鮑がひとつないんだけど、まさか食べちゃったの?」


「は?」


 私はそんな訳ないでしょとテーブルに目を向ける。すると、焼き物用の七輪的なヤツの上に確かにいた筈の鮑が無くなっていた。


「うそぉ」


 私はテーブルを一瞥したあと、その周りとかテーブルの下を覗いて見る。幸も同じように探している。


「「あ、いた」」


 テーブルの下にそれはいた。ずずずと動いてどこかに行こうとしている。きっと、これから焼かれて食べられてしまうことを本能で分かっているのかもしれない。


「うーん」


 ちょっとだけ可哀想かなと思ったけれど、以外と素早く動いている鮑を私はひょいっと摘み上げた。逃すわけにはいかないのだ。凄く美味いから。はい残念。


「捕まえた」


 私が摘んでいる指の間で、鮑はうにょうにょと動いている。私のゆるふわな笑顔とその手に持っている動く鮑。訳のわからない絵面だと思う。


「おー、やったね」


「ふふふふふ。仕方ないな。とっとと焼いて食べちゃおうっと」


「え」


 脱走鮑とゆるふわな女。それがなんか可笑しくて、私は暫く笑っていた。鮑を逃さないようにトングでしっかりと殻を押さえつつ、網の上でそれがぐいんぐいんと踊る様を見つめながら。


「ふふふ。踊ってる。笑える」


「こわっ」


「え、なんで。美味いでしょ鮑。幸だってそれ、食べるでしょ」


 私は幸の分の鮑を指差した。ソイツも逃げ出そうとしているのか苦しいのか、網の上でぐいんぐいんと踊っている。それを幸がしっかりと押さえている。


「そうだけどさぁ」


「ふふふふふふ」


「なんかこわっ」






 その夜も私達は愛し合った。いつものように先手は私。


 お酒のせいで仄かに色づいた浴衣姿の幸はそれはもうナニで、微妙に着崩れした幸はさらにナニだった。そして私は幸の浴衣から解いた帯が何気に目に入ってしまう。帯はなんとなくアレに似ているなと思ってしまった。それでナニしてみようと思いついてしまったのだ。だから私はついそれを手に取ってしまったのだ。


 その結果、幸の反応は物凄く物凄かった。そして私もまた物凄く物凄かった。

 そしてことの終わり、荒く息をしている幸を抱きながら、何事もやってみるものなんだなぁとその時はとても満足していた。


 けれど、世の中はそうそう甘くできてはいない。


「次、私の番だよね」


「うん。いっぱいして」


「くはっ。ま、まかせて」


「あ、そ、それは違うから、ち、ちょっとたんま」


「だめよ。お望み通りいっぱいしてあげる」


 幸が持つ帯は二本になっていた。私のヤツが加わったのだ。私は慌てて逃げ出そうとしたけれど、幸はそうはさせてくれなかった。


「わ、わわわ」


 そのあと私は妖しく微笑む幸にあれやこれやとされるがままに、私は頭の隅で何年か前にやっていたドラマの台詞を思い出していた。


 そう。倍返しだってヤツ。


 ちょっ、まっ、それじぁあ倍どころの話じゃないから。それはダメだから。


 うひゃあぁぁ






 と、そこまで回想したところで私は電車を降りた。もう駅に着いてしまったのだから仕方ない。とことこと歩いてオフィスへと向かう。


「さてと」


 私は気持ちを切り替える。先ずはベンダーさんに連絡するとしよう。



 自分の部署に戻る前に花ちゃんにお土産を渡して、今から戻ったらすぐ送るんでよろしくですと頼んだあと、席に戻った私はログインをしてから、ちゃちゃっと数字を打ち込んでそれを花ちゃんに送った。


「あ、花ちゃん。いま送ったんでよろしくです」


「おー、屋敷。分かったよ。やっておく」


「はい。お願いします」


「あ、屋敷」


「なんですか?」


「美味しいねこれ。もぐもぐ、ありがとう」


「ふふふ。どういたしまして」



 これで完璧。あとは定時まで流して、例のスペースで幸を待つだけ。今は午後五時半。私の中では今日の仕事はこれで終わり。私は十分頑張った。


「うんうん」



 早く幸の顔を見たいなぁと、時間までPCの画面を見ている振りをして私は今そんなことを考えている。






 あ、そうそう。老舗旅館の話なんだけれどこれで最後だからちょと聞いてください。


 私達は朝ごはんの時間を八時半にしたの。


「きっと八時前に来るね」


 と、私。


「まさかぁ」


 と、幸。


 そして朝、ドアホンが鳴った。時刻は午前八時前。


「ね。馬鹿なんだよ、馬鹿」


「ほんとだねー」


 ほらねと私は幸を見る。幸は唖然としながらも徐々に呆れた感じに顔を緩めていく。それにつられた私の顔も緩んでしまう。

 私は幸の腕の中、幸は私を抱きながら、あまりの馬鹿らしさに暫くのあいだふふふあははと笑っていた。


「あーあ、老舗とか。ほんと笑える」


「だねー」





旅館の話はほぼほぼ実体験です。五年くらい前の話ですが、夏織の口を借りてちょっと愚痴ってもらいました。

へいきへいき、いけたいけた。

鮑にとっては残酷な描写(笑)もいけたいけた。


読んでくれてありがとうございます。

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