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woman  作者: しは かた
22/102

第十八話

誤字報告ありがとうございます。これが定文にならないように頑張ります。


シリアスが続いたので今回は肩の力を抜いてほのぼのしています。その筈です。


では続きです。

よろしくお願いします。

 


「あれ?」


 私は扉の前にいる、って確かこれは前にやったから私はそのまま扉を開けてカランコロンと小さな鐘を鳴らそうとしたけど、なぜかそこにはドアノブに垂れ下がっているクローズの看板があった。


「おかしいな」


 今日は定休日だったかなと首を捻るけど金曜日だからそれは違う。それなら臨時のお休みかなと思ったけど扉の向こうからわいわいがやがやと、何やら篭った声が聴こえてくる。

 私は少し考えてからドアノブに手をかけて扉をそっと押してみた。かちっと音がして、意外にもあっさりと扉は開いた。



「ん?開くね」


 業者でも来て何かしているのかなと、私は開いた扉の隙間から店内を覗いてすぐに扉を閉めた。


「な、なに今の」


 いま私が目にしたものは一体なんだろう。目の錯覚とは思えないし見てしまったものは見てしまったものとしても、私は落ち着かなくてはいけない。そういえば昨日もそんなことを思ったなぁと、大きく息を吸い込んで思い切り吐き出した。



「誰か来たよ」


「獲物だ」


「可哀想に。次の犠牲者が来てしまったのね」


「うふふふふ」


「今のはたぶんさっちゃんだよ。強敵だからね。みんな、油断しちゃだめよ」


「分かってるよ」



 扉の向こうの騒がしさは今は収まっていて、そんな声が漏れ聴こえてくる。

 このまま回れ右をして帰った方がいいのかもしれないけど、事情を知りたがる私の好奇心が警戒心を上回ってしまった。ちょっと怖いけど、怖いもの見たさには敵わない。危ういものは人を惹きつけてしまうのだ。

 それに私の優秀なセンサーは特に反応していない。覗いて見えた限りでは店の中に居たのはいつもの面子だから、それならたぶん問題ないだろうと私はもう一度扉に手を掛けた。



「お邪魔しまーす」


 私の存在を少々消すためにカランコロンと鳴る小さな鐘を押さえ小声で呟くように挨拶をしながら店に入ると、やはり私たちの世界、私のいつもの居場所はいつもと違う異様な雰囲気だった。

 そして私が見たものはやはり目の錯覚ではなかった。私は店に入るなり扉の隙間から見たものと同じ、わけの分からないものを目にしてしまったのだ。

 ああ。えっとね、分かるんだけどなんでこうなっているのかよく分からないということだから。



 そして今、既におかしなことになっている常連客のみんなが扉の前にいる私に顔を向けている。


「な、なに」


 怖いなと思いながらも目を合わせないように視点をぼかしたり視線をあちこち飛ばして様子を窺ってみると、どうやら楽しげなグループと沈んだ雰囲気のグループに分かれているらしかった。


 楽しげな皆んなはこのバーでは比較的若い女性たち。いつも静かなこのバーにしては珍しく、それなりにわいわいと盛り上がっている。


「なんで?」


 私より二つ上の、いつもカウンターにいる筈の葵さんまでもが楽しそうに、なぜか若い女性達の輪に加わっている。私はつい、年齢的に葵さんはそっちじゃないでしょうと思ってしまう。そんな思いに気を取られて、私は葵さんと目を合わせてしまった。


「ヤバい」


 葵さんは何かを察したかのようににこにこしていたご機嫌な顔を、ああ?なんだとこら、みたいな顔に変えてアンテナのようになっている左右の結った髪を摘んでほれほれと私に何かアピールしている。けど、それがどういうつもりなのか私には全くわからない。


「なにしてんだろ」


 私は訳わからんと首を捻りながら葵さんから視線を逸らしてもう片方のグループに目を向けてみた。


「ひっ」


 まるでお通夜か何かのように沈んでいたこっちのみんなが何だかおかしい。私が目を向けた瞬間、ぎらぎらした目で私を見ながら、ほうら来たよ、獲物だ獲物、うへへへへと笑ったのだ。

 特に、常連の中では年齢が少しだけ、たた高めな由紀さんなんて私を指差してどこかの悪魔な閣下宜しく、お前も今すぐこうしてやろうかぁ、ぐははははと笑っているけどその目はもう死んでいる。


「こわっ」


 とても怖いから私はすぐに視線を逸らし、今まさにギラギラした目で私を見ていると思われる常連達に小声で、こんばんはーとかどうもーと呟くだけにして、言葉も交わさず目も合わさずにぺこぺこ頭を下げながらいつものカウンター席へと足早に向かった。




「えー、うっそぉ」


 それを見た途端、がくっと体の力が抜けた。私は近くにあった椅子の背もたれに思わず掴まってしまった。

 だって、私がそこで見たものはまたも私を驚かせるには十分なものだった、というか女性だったから。



「あ、さっちゃん。いらっしゃい」


「な、渚さんまでっ。なにごとですか。一体なんなんですその髪型は?」


 私はカウンターの奥にいて、一応いつものように出迎えてくれた渚さんの左右の尻尾のように垂れた髪を指す。


「ツインテールだよ」


「いや、それは知ってますけどね」


「なんかね、今週の日曜日、ツインテールの日だったんだよねーって貴子ちゃんが言い出してさぁ」


「そんな日があるんですか?だからってなぎ」


「貴子ちゃんが、ほら、あの子、玲那(れな)ちゃんを結い始めたら盛り上がってきちゃってね」


 私の言葉を遮るように渚さんはにこにこしながら話を被せてくる。まるでそれ以上は何も言わせないよと言わんばかりに。けど、私はどうしても突っ込みたかったから、それを無視して話を続けてしまった。なんの因果か自ら地雷を踏みにいってしまったのだ。


「いやぁ、だからってソレはないでしょういややっぱりありなのかなぁ。うん、やっぱありで。ああ、そう言えば表の扉、クローズになってましたけど」


 私が渚さんの顔の横でゆらゆら揺れている髪を指したまま、なにも渚さんまでそんなことしなくてもいいんじゃないですかと伝えようとすると、渚さんのふわふわな雰囲気が変わってしまった。慌てて話を変えたけど時すでに遅し。



 まさかとは思うけどさっちゃん、私にツインテールは似合わないとでも言いたいの?なんでそう思うの?どうしてなの?歳が歳だからなの?さぁどうしてか言ってごらんなさい。さぁさぁさぁ。



 渚さんは笑顔を浮かべて私をじっと見つめてそう伝えている。口には出していなくても私には確実にその台詞が聴こえている。私はそんな笑顔の渚さんに鬼気迫るものを感じてしまう。


「…あはは」


 そしてよく見れば、渚さんのその手にはいつの間にやら逆手に握られているアイスピック。


「こわっ」


 私はこれは絶対にヤバいと思って、渚さんはすごーくお似合いですよと褒めてみたけどどうも上手くいってはいないみたい。だって渚さんはまだ凄く怖いから。



「みんな似合っててかわいいと思うけどな。さっちゃんはそう思わないってこと?」


「えっ。っと、かわいいとは思ってますよ?けどほら、葵さんのアレは、ツインテールって言えるのかなぁって」


「ふうん。さっちゃんは気に入らないんだね。私はあれはあれでいいと思うけどな」



 私が口を開くたびにどんどん深みに嵌っていく気がする。渚さんの機嫌も一向に良くならない。とても(まず)い。しかもいつの間にか握っているソレはもっと拙い。


「で、ですよねー。そ、それより渚さん、なぜそんなモノを握っているんです?」


「なぜって、さっちゃんはおかしなことを訊くんだね。こんなもの氷を削るために決まってるでしょう、がっ」


 渚さんはおもむろに氷を手に取ってがっがっがっとアイスピックでやりだした。


「うひひ」


 渚さんの視線は私を捉えて離さない。その激しさに氷は見る見る削れていく。左右の垂れたテールもまた激しく揺れている。

 私はそれをもの凄く気にしながら、それ以上削ってしまうと使い物にならなくなりますよと言いたくなったけどやめておく。だってすっごく怖いから。


「えっと、な、渚さんちょっと落ち着いて。ね」


「うひひ」


「こわすぎるよっ」



 私はことのとき渚さんに気を取られていたせいで、背後から迫りくるツインテールの一団に全く気がつかなかったのだ。


「それっ、今よ」


「うわっ。ちょっと何してんのみんなっ」


「さっちゃんも仲間になろうね」


「うへへへ」


「お前も歳甲斐もなくツインテールになるがいいわぁ。わははははは」








「とまあ、そんな感じ」


「へぇ。幸のとこは騒がしい店なんだ」


 土曜日、午後二時半。待ち合わせたあと、お昼ご飯に駅前のカフェでデザートの付いたランチのセットを食べて、ぶらぶらしながら買い物を済ませた私と幸は今、私の部屋で昨夜バーでの出来事について話をしているところ。


「いつもは違うんだけどね」


「でもうるさそうじゃん」


「まぁ確かに。昨日はね」


 幸は疲れた顔をしてあははと笑った。



 私達は下にホットカーペットが敷いてあるラグに座っていて、大きめなブランケットを幸が背中から巻くように掛けている。

 その幸はソファに寄りかかって私を後ろから抱いて下乳のあたりに手を廻している。手を廻したとき、うわぁ意外と重いんだなぁと呟いていたけれど、私は聞かなかったことにしてあげた。なんとなく。それに関してはどうすることもできないし、そうなんだよねと同意した途端、どうせ私のヤツはとかぶつぶついい言いだされても、泣かれても困るから。


 私は幸とブランケットに抱え込まれるようにして幸に背中を預けていて、幸に包まれているみたいな気がしていま凄く幸せな気分でいる。

 そして私はたまに振り向いて幸に唇を寄せたりしている。幸もまた、いつものように私の髪や頬に軽くキスをしてくれている。


 私の目の前にある小さなローテーブルには買ってきたパウンド的なレモンケーキとポン的なリング、それと、バーではなんとか開けずに済んだお土産の最後のひと袋がある。

 そう。かりかり美味いピーナッツ。私は昨日、それをどうにか死守したのだ。それについては、もっと食べたそうな由子と恵美さん、そして己自身との大変な戦いだったのだけれど、そんなことは今はどうでもいいから話さないでおく。


 そして幸は時折、ピーナッツとかポンなヤツとかを手に取って自分でも食べながらそれを私の口元に持ってきたりしている。

 私は急に現れる美味いお菓子に反応して口を開けそうになるけれど、そのたびにそれを堪えている。


「はい、夏織あーん」


「あー…いや、違うから。食べないから」


「ちぇっ、夏織はけちだなぁ」


「あーんなんて言わなければふつうに食べるから。食べたいし」


「それほんと?」


「まじまじ」


「じゃ、はい」


「あむ」


「わっ、ちょっとっ夏織。指まで食べるなっ」


「へいきへいき」


「何が?」



 私達を邪魔をするものもなく、今はこんなふうにのんびりまったり過ごしている。特に何もしていないけれど、満たされて充実している。そんな感じ。





「でね、思うの」


 最初、私が由子について話し終えたあと、私達はそれについて少し真面目に話していたけれど、ついでにちょっといちゃいちゃもしていた。



「私たちの頃と何も変わってないって」


「そうだね。その子のこと気になる?」


「まぁね。でも由子は大丈夫。私も恵美さんもいるし、店のみんなもいるから」


「ほう。あ、の、恵美さんも、ね」


 私の頭の上で幸が頬を膨らませているような気がする。声の感じで何となくそれが分かる。妬かれるのはなんか嬉しいけれど、私が恵美さんを好きだったのはもう十年も前のことだ。


「また妬くの?何もないって言ってるのに」


「べっつにー」


「もう、幸ったらしょうがないなぁ」


 私はふーんとやっている幸に振り返り、素早く頬に唇を寄せた。


「好き」


 私のキスにそんなんじゃ全然足りないよとかなんとか言いつつも、幸は満更でもないようで、でへへと照れてはにかんでいる。


「それにさ、由子だっていずれはいい女性に出逢える。きっと幸せになれる。それこそ私みたいにね。私を好きになってくれてありがと、幸」


 私は畳み掛けるようにさらなる微笑みを幸に向ける。すると幸は、かはっかはっと口から変な音を出しながらより一層照れている。

 その幸のあまりの可愛さに、私は我慢できずに体の向きを変え、しな垂れて幸に抱きついた。幸は優しく愛おしむように、そっと私を抱いてくれた。



「違うよ夏織。私達みたいに、だよ」


「ふふふ、ありがと。ねぇ幸、好きだよ」


「私も夏織のこと大好き」


 私は顔を上げて幸をじっと見つめる。突然、でもないけれどスイッチの入った私達は見つめあって抱き締めあって唇を寄せあった。交わしたそれは、長くて深くて優しくて蕩けそうなキス。その最後にちょんと私の鼻の頭に触れた幸の唇。私は幸せいっぱい、つい、ふへへと笑ってしまった。


「好き」


「私も大好き」



 そのあとも私達は暫く抱き締めあったままでいた。私は幸をよりきつく抱き締めた。いまこの腕の中に、この胸に抱いている幸を、その感触を、もっと私に刻み込むために。



「ふぅ。苦しかった」


「ごめん。嫌だった?」


「全然」


「まぁそれは知ってる」


「おー、分かるんだね。さすが夏織」





 そして今は幸がバーでの珍妙な出来事について話しているところ。



「いつもは静かなんだけど、昨日はさ、たまたま盛り上がっていたというか、そうそうないんだけど」


「そっか」


「でね、これなわけ。ははは」


 幸は手に取ったスマホをいじりだし、疲れたように苦笑いをして私の顔の前にそれを持ってきた。


「ん?」


 私はそれをちょっといいかなと手に取って画面をじっと見る。幸の言っていたツインテール軍団の写真。皆が楽しそうに笑っている中で、普段はとても綺麗だろうなと思える、枯れてしまった花のようになっている女性も何人かいた。幸はもちろん笑っていた。


「んー?」


 と、幸の綺麗な顔のところどころにあるピンクのシミみたく見える擦ったような跡みたいなヤツが少し気になるけれど、先ずは素直な感想を口にした。


「かわいいじゃんツインテ、というか綺麗可愛い。これほしい。ちょうだい」


「お、気に入った?もちろんいいよ」


 私はもぞもぞと動いて自分のスマホを取った。それから幸のそれもちゃちゃっといじってその写真をゲットした。

 続いて確認。そう思って幸のところだけをそれが分かる程度に拡大していく。

 はい決定。思った通りこれはキスマークの名残り。どうやら上手く落とせていなかったみたい。



「ちっ」


「な、なに?」


「それはなに?待ち受けにしようと思ったのにすんげー邪魔なんですけど」


 私は幸にスマホを返すついでに訊いてみた。幸は惚けているのか忘れているのか、え、なによどれよと返されたスマホを見ている。


「ったく、拡大してみなよ」


「拡大?」


 私ははぁとため息を吐いた。仕方ないから教えてあげることにした。


「頬とかおでことか首とか」


「頬?おで…あ」


「それはなに?」





 私は纏わりついていたツインテ軍団の手をなんとか振り切ってバーの端まで逃げていた。


「さっちゃん、いま楽にしてあげる」


「大丈夫だよさっちゃん。ちょっと髪を弄るだけだからね」


「うひひ」


 私は壁を背にして囲まれてしまった。目の前にいるツインテ軍団が、カバディカバディカバディカバディと呟いているような気になってしまう。


 ここで私はふと気づく。これはカバディの試合なのだ。やったことはないしルールも知らないけど、とにかく捕まったら終わり、試合終了ということだ。私は覚悟を決めた。


「ふっ。笑える。この私に挑んでくるとはね」


 私は余裕な顔をして囲んでいるツインテ軍団を鼻で笑ってやった。本当は必死な感じのみんながかなり怖かったけど、優位に立つために敢えて余裕を見せてみたの。


「うっ。みんな、さっちゃんはやる気だよ。気を引き締めてね」


「ヤル気なのねさっちゃん」


「さっちゃんは殺る気なんだね」


 なんかひとり文字が違う。私に殺る気はない。ただ、勝負を挑まれたからには負けるわけにはいかない。それが私の生きる道、なんてことはないけど勝負である以上、私は負けたくはないのだ。


「かかれー」


「「「「おー」」」」



 悪の軍団の下っ端のような掛け声に思わず気が抜けそうになってしまうけど、私は頭の中でカバディカバディとリズム良く言葉を反復させながら、迫り来るツインテ達を、時にいなし、躱し、振り解き、素早く扉まで向かっていく。まるで舞を舞っているかのようだったとあとで貴子ちゃんが言っていた、まさに華麗で美しくしなやかに。




「なんだ。全然大したことなかったな」


 その三分後には私は扉に辿り着いていた。これで私の勝ち。このまま扉を開けて、とっととどろんしてもよかったけど、最後に一度みんなを振り返ってみる。


「「「くっ」」」


 ツインテ軍団は悔しそうに私を見ていた。リーダーっぽい由紀さんなんて、くそっくそっと地団駄を踏んでいる。怖いけどなんか笑える。

 葵さんは変わらずぴょこんと出ている左右の髪を私に向けてアピールしていた。今でもその意味はわからない。


「あはは、じゃあまたね。おやすみ」


 私はみんなに手を振ってカランコロンと鐘を鳴らして扉を開けて、堂々と店を出た。




「えー、うっそぉ」


 それを見た瞬間に、がくっと体から力が抜けた。私は思わず壁に手をついてしまった。



「さっちゃん、来たばかりなのにもう帰っちゃうの?」


「えっと…」


「まだいいじゃない。お酒飲んでゆっくりしていきなよ」


「…イエス、マム」


 私はこうしてアイスピックを手に外で待っていた、左右のテールをゆらゆらと揺らす、私がたったいま思いついて命名したアイスピックママこと渚さんに捕まったのだった。


「うひひ」





「それでどうしてこんな跡がつくの?」


「いやぁ、それがさぁ」



 アイスピックママに腕を組まれてお店に入った途端、舞い戻ってきた私に気づいた由紀さんを始めとするツインテ軍団が私に襲いかかってきた。



「でね、ツインテールにされる前に揉みくちゃにされてさ、どさくさに紛れてほっぺとかに、その、ナニされちゃった、みたいな。逃げようとはしたんだけどね。むりだったよ」


 幸がごめんねと、私を申し訳なさそうにして後ろから私を覗き込んでいる。けれど私は怒っていない。


「なるほどねぇ。それはお疲れさまでした」


「あれ?怒ってないの?」


「うん」


「なんで?」


 もしもひとつだけ、または同じ色だったなら私は怒っていたというか妬いていたと思う。幸に対して何となく本気な感じがしてしまうし、周りもそれが分かっていて、敢えてそうさせているようにも思えてしまう。幸に対してそういう女性がいると思えば腹も立ったと思う。


 けれど、幸の顔には確認できただけでも五つのキスマークがあった。色もそれぞれ違っていた。

 それは私には、周りの女性が抱く幸に対しての親愛の情的な、友愛の情的なそんな感じに思えたのだ。

 だから私は全然平気。寧ろ恋人として何だか誇らしいというか嬉しいというかそんな気持ちも湧いている。幸もキスされるのを頑張って避けようとしていたみたいだし、それなら何の問題もない。疑い始めたら切りがない。つまらないことで腹を立てたりはしない。私はまあまあ優秀で、そこそこやる女で、幸のよくできた恋人で、それなりの代償を払いながらとてもいい大人の女性に成長しているところなのだから。



「ね」


「うん。私が大好きなのは」


「私でしょ。わかってるから」


 私に先に言われた幸はうんうんと頷いているみたい。


「好きだよ幸」


 私は幸に預けていた背中を離し体の向きを変えて、ちょっとはある幸の胸に抱きついた。

 すると間を置かずに、私を包む感覚と私も夏織のこと大好きと幸の優しい声が頭の上から聴こえてきた。





たまにはこんな感じもいいかなぁと思いまして。

たぶん平気。いけたいけた。


読んでくれてありがとうございます。

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