第十五話
誤字報告、ほんっとに助かります。ありがとうございます。無いようにするのが一番なのですが…
では続きです。
よろしくお願いします。
追記 3/7 20:05
二話投稿してしまったようですが同じものなので一話は削除しました。もし混乱していたらごめんなさいです。
「大丈夫?」
「おかしい」
「なにが」
「いや、なんでベッドにいるのかなと」
「覚えてないの?」
今、少しぼーっとしていたけれど私はちゃんと覚えている。
私が衝動に駆られて乙女な幸を愛したあと、私は再び片付けを始めたけれど幸はそれを許さなかったのだ。
「やってやりますよーだ」
「そうそう。頑張ってとっととやっちゃうよ」
「うんっ。まかせなさい」
幸ったらやけにいい返事をしたなと思ったら、幸は背後からいきなり私に襲いかかってきたのだ。
肩を掴まれくっるっと幸に向かされて、両手首をがしっと掴まれてソファに押さえ込まれてしまったのだ。それから抵抗する間もなく深くキスをされた瞬間、私はへろへろの骨抜きにされてしまったのだ。私は思い切り油断していたのだ。
「くっ」
すぐに幸のあれやこれやが始まって、いつの間にかベッドに運ばれていて何度も導かれているうちに私の記憶は曖昧になってしまった。
つまり、私が覚えていないのはことの途中から終わりまでということなのだ。
「覚えてるね」
「なんだ。じゃあべつにおかしくないでしょう?」
「いや、おかしい。だって私達はさ、片付けようとしていた筈だから」
「あ、そっちか。あはは」
私は今、そっちってどっちよと思いながら幸の腕の中にいる。こうして抱かれているのは心地いい。時折、おでこや頬に幸の唇を感じながら、心身共に満ち足りた分だけ手足の重さというか気怠さも感じている。そして私は楽しそうにあははと笑う幸を、よくもやってくれたなとぽかぽか叩いてやりたかったけれど、ちょっと今は体が重くて怠くて無理だからあとで何か考えることにした。
「ねぇ、いま何時?」
「えっと。二時半前だよ」
「おかしい」
「おかしくないよ。加減したからね。お望み通りに手早く夏織を愛したのよ」
私って優しいでしょう?みたいな顔をして私の頬にキスをした幸もどこかおかしい。時間が短過ぎるのだ。
確か、私が再び片付けを始めようとしたのが一時半くらいだったような気がする。それなのに、本気であれやこれやされた昨日の夜と変わらないくらい私の記憶が曖昧なのだ。
「やっぱりおかしい」
もう、凄すぎてよく分からなくなってしまったけれど、加減してても記憶に残させないとはさすが幸、だなとは思う。
「おかしくないよ?」
その幸が妖しく微笑んで抱いている私を覗き込んでいる。もしかしたらまだ足りないのかもしれない。
「こわい」
「ん?べつにこわくないでしょ?ちょっと記憶が飛んだくらいで大げさな」
「いや、それこわいから」
「慣れてね」
「超超超、超こわい」
「お、懐かしいねそのフレーズ」
私のなんとかレボリューション二十いくつかだったかを拾った幸はそんなことを言うけれど、いまだにもの欲しそうな顔をしているし、もしも足りないよーとか言われても今はもう体力的に無理だから、私は気怠い体に鞭を打ちつつ先手も打った。
「さてと、起きるよ」
「あ、ねぇ夏織」
「どうかした?」
「吉岡さんの話が途中だったでしょ」
「あー、そうだった。聞く?」
「うん」
いつの間に引っ張りだしてきたのか、幸はクローゼットで丸まっていた筈の夏用の薄い羽毛布団を私達に掛けた。ふたりの体温もあるし温かい。
「ありがと幸」
「気にしないで」
「うん」
私は幸の腕の中、このまま花ちゃんとのことを話すことにした。
花ちゃんの胸で癒されちゃったあと私はお礼を言ったけれど、何の解決にもなっていないのに何言ってんのよと花ちゃんに言われてしまった。
それは確かにそうなんだけれど、それでも少しはすっきりしたし、やはりありがたいものはありがたいのだからともう一度お礼を言った。
「義理堅いね」
「そうかもしれないです」
「まぁ、受けておくよ」
「はい」
そのあと、お腹減ったでしょなんか作るよと花ちゃんはキッチンに立った。それを遠目で見ていた私はその手際に若干の不安を覚えてしまった。
「あっ、それはまだ…」
「なによ、さっきからぶつぶつと」
「い、いえ、べつに」
「そ。ならいいけどね」
私は何度か、だめとかまだとかもうちょっととか口を挟みそうになってしまったけれど、花ちゃんにぎろりとひと睨みされてからはちゃんと黙っていた。
いくら今の私が私でも、当時の私はそれ以上余計なことを口にしないくらいの常識というか分別というか機微というか、空気を読んでそれなりに弁えることくらいはできていたの。
まぁ、当然ながら、今だってちゃんとできていると私は思っているけれどって、幸のやつ、急に慎ましやかな可愛らしい胸を震わせていったい何を笑っていやがるのかなぁ。ていっ。
「あたた」
「どうよ屋敷、美味しいでしょ」
「うーん。いまいちですね」
「ははは。そんなこと言ったのは屋敷が初めてだよ」
「いや、あの、ごめんなさい」
「謝るな。ほんとに不味いみたいじゃんか」
「いや、不味くはないです。大丈夫、十分食べられます」
「ほー、そう。よかったらお代わりあるからね」
「え」
花ちゃんは何も訊かなかった。ご飯のあと、これ私の地元の名産品、美味しいよと出してくれた団子餅の上にこしあんがたっぷり乗っているヤツを食べていたときもそう、やはり何も訊かなかった。
「もぐ、超うまい、ですねこれ。もぐもぐ」
「そうでしょ。もぐもぐ、ほんと美味しいんだよこれ。もぐもぐ」
「そして渋いお茶が合う。ずーっ」
「屋敷はよくわかっているね。嬉しいよ。ずずーっ」
本当に美味いあんころ餅的なヤツを食べながら、正直わたしはほっとしていた。私のことを省いて父とのことを上手く話せる自信がなかったから。
午前一時。夜も更けてきた。
シングルより少しだけ広いベッドで私は花ちゃんと同じ布団に入っている。結局、何も訊かないまま、今はくーくーと寝息を立てて眠っている花ちゃんのすぐ隣で転がっている私の目は冴えまくっている。
「眠れない」
花ちゃんには社会人の彼氏がいるし、私はべつに花ちゃんを好きというわけでもないし、少し体が触れてしまうこの状況を楽しんでいるわけでも喜んでいるわけでもないし特に興奮しているわけでもない。
「ないない」
けれど、これで私が眠れる筈もない。
だって、花ちゃんの寝顔は凄く可愛いしいい匂いだし、私は女の子と同じベッドに入るなんてことは初めての経験だから。
おやすみなさいと挨拶をしてこの状態になってからというか同じベッドで一緒に寝るしかないと分かった時から私はずっとどきどきしていたのだから。
けれど私は大丈夫。このくらいどうということはないんだから。耐えてみせるんだから。
「大丈夫。いける」
そうは思っても、寝返りを打とうにも下手に動くと花ちゃんを起こしてしまいそうな気がするから身動きも取りづらい。
こうなるともう眠るのは諦めて、いっそのこと起き上がって携帯でもいじっていた方がいいような気がするけれど、静かな部屋でかちゃかちゃと音を立てるのも、寒いのも嫌なのだ。
「はぁ」
もうすぐ朝になるかなと期待して目を凝らして時計を見ても午前一時十分くらい。
「だよね」
まだ十分しか経ってないのかとがっかりしてしまうけれど、こういう時はこういうものだと私は知っている。
仕方ないから私は眠りが訪れてくれることを期待して、もう暫く大人しく転がっていることにした。
「もうむりつらい」
「なにが?」
どのくらい時間が過ぎたのか、いまだ眠れずいた私が堪らず呟いた独り言を花ちゃんが聞きつけた。
その声に隣を見ると私をじっと見つめている花ちゃんと目が合った。
ああ、そういえばそうだったと、私は花ちゃんの寝息が暫く聴こえていなかったことに気がついた。
「あ、起こしちゃったみたいですね。ごめんなさい」
「違うよ。ちょっと前から起きてたから。屋敷の顔が挙動不審で面白かったから見てたんだよ」
眠れなくてどうしようもない私は花ちゃんが起きてくれたことに飛びついた。
花ちゃんには申し訳ないけれど、このまま少し会話を続けてしまうことにした。
「顔が挙動不審て、なんかおかしくないですか?」
「だってさ、顰めたりにやついたり、動かなくなったと思ったらいきなり目を開けてきょろきょろしたりぼーっとしたり、ため息とか吐いたりしてたから」
「それは凄くうるさそうな顔ですね」
「ははは。たしかに。もし音がしたら相当うるさいだろうね」
「ふふふ。ですよね」
私達は笑った。それから花ちゃんはもぞもぞと動き出して私に向けていた体を元の位置に戻して上を向いた。私は変わらず横になっていて体は花ちゃんに向いている。
「ねぇ屋敷。何かあるんでしょ?」
花ちゃんはいつもの淡々とした、けれど真剣な口調だった。私はその口調と言葉にはっとする。
その花ちゃんはじっと天井を見つめていた。
「やっぱりあるんだね」
言葉に詰まる私は考える。私は今まで私が抱えているモノをバー以外で誰かに話したことはない。
高校生のときに告白したせいちゃんにですらビアンだとは伝えていなかった。当時は好きと伝えることで精一杯だったから。
それにこんなことはそう簡単に話せるものじゃない。同性には特にそうだ。
仮に、どこかの誰かが私たちのことを、私たちの存在を気にもせず、私たちのような存在が友達にいてもべつにいいと思うよなんて普段はそう言っていたとしても、本当に友人の中に居たと分かったら、それが近しい友人だと分かったら、その誰かがどういう反応をするのかなんてその時にならならと分からないものだから、その誰かの人となりを見て、知って、この人なら大丈夫とか信用できるとか自分の物差しだけで見極めたつもりになって、抱えているモノを話してもいいかもしれないなんて思うのは凄く危険なことだ。
誰にもバレたくないのなら、自分を守りたいのなら、それについては貝のように口を閉じて黙っているしかない。
「まぁ。ありますよ」
けれど私は、私を構ってくれて私の世界を少し広げてくれた花ちゃんを信頼したいと思ってしまった。この人ならと思ってしまったのだ。
普段、なるべく他人と関わらないようにしている私。
その殻を破ってぐいっと手を伸ばして私に触れた花ちゃん。私を少しだけ外へと連れ出した花ちゃん。
私は再び殻へと戻っていくけれど、そのたびにまた手を伸ばして私を外へと連れて行く花ちゃん。
彼女は私が信頼するに値する?
私はそう思いたい。そう思いたがっている。
私は、私の予想と違って私を拒絶するかのような態度をとった父のこと、それで拗れてしまった父との関係に悩んでいたし、ビアンでもべつに大丈夫だからと思うことに少し疲れていた。うんざりしていた。
敢えて他人を寄せつけない。いつの間にかそれが私のデフォルトになりつつあってもそれでいいと思いながらも、もともとそういう性格ではなかったのに、抱えているモノののためになんでこの私がそんなふうに過ごしていかなきゃならないのかと納得できなくなて憤りを抱えてしまうこともある。恵美さんとたまに話をすることで、普段は気持ちが落ち着いていてもそんなふうに思ってしまうこともある。
私は完璧な人間ではないのだ。私は普通の、いや、あの高校生活からこうして大学生になれたのだからまあまあ優秀ではあるけれど、それでもやっぱり普通の女の子であることには変わりはない。
私は今はまだ大人にはなりきれていないただの普通の女の子なのだから、時には弱さに負けて流されてしまうのは仕方ないことだと私は思うの。
「わたしは」
だから私はもしも隠すものがなかったのなら、隠さないで済むのならこの人との付き合いはどれほど楽になるだろうと思ってしまった。特に花ちゃんにはと。
「えっと」
けれど、いざ言おうとするとさすがに言い淀んでしまう。
このまま言葉が出てこなくても私も花ちゃんも何も困ることはない。寧ろ、その方がいいのかなとも思ってしまう。なにも口にしなければ、なにも知らなければ何かが起こることも変わることもない。
あーあ。大きな木のうろでもあればそこに向かって抱えているモノに言いたいことを大声で叫んでやるのにな。
と、いよいよどうすればいいのかなと私の頭が混乱してくる。話したいけれど言葉は出てきてくれない。秘密にしておきたいけれど言葉はそこまで出かかっている。
「屋敷。言え。言ってしまえ」
「うわっ、花ちゃんっ、なに?」
花ちゃんがふざけて私の首を絞める振りをした。いきなりで驚いたけれど、私は屋敷の信頼には値しないのかと花ちゃんが言っている気がする。言っていないけれどそう言われている気がする。
「ははは。なんちゃって。無理には訊かないよ。そんな権利、誰にもないしね」
私の首から手を離して花ちゃんは笑った。
私はとても緊張していたのだと思う。笑っている花ちゃんを見て、私は無意識に入れていた体の力を抜いた。
すると、それまで感じていた重たい雰囲気の代わりに、ゆるんだ空気が私を包んだ感じがした。
自ずとふぅと一息吐いていた私は、ふと、それまでの口の重さがなくなっていることに気がついた。
「わたし、女の子が好きなんですよ。レズビアンなんで」
そう。結局、私は言ってしまったのだというか言いたかったのだ。
私の望む結果を期待して。花ちゃんならそれに応えてくれると期待して。へぇそうなんだねで終わる会話を期待して。
私と花ちゃん、私達が何も変わらないことを願って。
「花ちゃん?」
花ちゃんはゆっくりと私の方を向いたあとそのまま固まっている。その目だけがぱちくりと忙しなく瞬きを繰り返している。
そしてその数秒後、私にとっては酷く長く感じた時間だったけれど、花ちゃんはもぞもぞと動き出した。
「ほー。そうなんだね。私の知り合いに今までいなかったな。女子高時代にそれっぽい人はいたけど、私はレズだと高らかに宣言した人は屋敷が初めてだね」
「花ちゃん…」
「そりゃあね、驚いたよ。けど、それだけだよ」
「でも、花ちゃん今ちょっと離れましたよね?やっぱりひいてますよね?」
勝手に期待して私は馬鹿だったなと、やっぱりそうなるよねと、私はがっかりしてしまった。けれどそれは、花ちゃんにではなくて期待してしまった自分の短絡的で愚かな思考にだ。
それに今からどう取り繕えばいいのかなとか、明日からどうしようとか、色々と頭に浮かんできて不安になってしまう。結果は明白。私はやってしまったのだから。
けれど、私の落ち込んだ口調も花ちゃんは意に介さない。特に気にすることもなくいつもの調子ままだった。
「は?何言ってんの。この狭いベッドでどうやって距離を開けるって言うのよ」
「背中とかお尻とか、空中セーフみたいになってますよね?」
「は?今ちょっとおならをしようとして出しただけだよ。布団に籠らせるわけにいかないでしょうが。屋敷、鼻を摘んだ方がいいよ」
「は?」
この人は何を真顔で言っているのだろう。今、おならがどうのとか全く意味が分からない。
「いいから早く摘みなよ」
ぷっ、すぅ。
嘘でしょ?
「まじありえないんですけど」
「まじもありえないもないでしょ。生きてりゃ誰だって出るものは出るんだから」
あーすっきりしたと呟いた花ちゃんは満足したみたい。もぞもぞと動いて背中とお尻を布団の中に戻している。その分私との距離がまた近くなったけれど、花ちゃんは気にしていない様子。
「寒かった」
「…まぁ、そうでしょうね」
私がビアンだと知って思わずひいてしまったことを誤魔化すために無理にしたのか、本当に最初からしたかったのか分からないけれど、私はもうそんなことはどっちでもよくなってしまった。
「ぷっ」
それよりも今は、真顔でおならをした花ちゃんが凄く笑える。だって真顔だから。真顔でおならとか絶対笑えてしまう。
「ぷっ、ふふふ、真顔とか、なんだかな、ふふふふふ」
「屋敷、人の真顔を笑うな。失礼だな。ふっ、ふははは」
「失礼って。むり、ですね。ふふふふふ」
「ははは、だ、ろうね。ふはははは」
花ちゃんはそういう人だった。普段から飄々として淡々として、けれど面倒見が良くて世話好きで、周りがよく見えている。
だからこそ隅にいた私のことも目に入ったのだと思う。単なるゼミの先輩だった筈の花ちゃんは、ありがたいことに、いつも隅にいて周りから浮いていた私を構いたくなったのだと思う。
「ふふふふふ」
「ふはははは」
その花ちゃんが籠った殻から私を連れ出したことは偶然でしかなかったけれど、そのお陰で、私は私なりに色々と学習できたような気がする。予防線の張り方とか、私の中で大ごとになる前の対処の仕方とか退き際を見極めるとか、そういうヤツ。
「ひいてません?」
「うるさい。いい加減にしておきなよ。屋敷は屋敷。なにも変わらない。私はそれでいいよ」
「はい」
「けどね」
「はい」
「私はダメだからね。彼氏いるし」
「そんなこと、わかっていますよーだ」
ああ、やっぱりそうだよねと私は思ってしまう。こうして言われてしまうのは面倒は勘弁してほしいと思っているからだ。そういうのは他でやってくれと、そこらに居てもいいけれど深くは関わるなと思っているからだと。
もちろん、花ちゃんはなにも悪くないからそのことで花ちゃんを責めることなどできはしないしするつもりもないけれど。
「はぁ」
結局、根本的には受け入れられてなどいないのかと私は小さくため息を漏らした。
けれど、私は花ちゃんを理解どころか知ってすらいなかったのだ。花ちゃんは私の斜め上より更にその斜め上をいく人、一体どこをいくのかよく分からない人だったのだ。
「違うよ屋敷、誤解するな。私は屋敷をふつうに振るんだからね。残念といえば残念だけどね」
ああ、そうか。
「花ちゃん。告ってもいないのに振られるとかちょっと意味わからないんですけど?」
「ん?ああ、それもそうだね。ごめんごめん」
花ちゃんは優しく微笑んでくれた。私も自然と微笑んで…いや、泣きそうだから。微笑みながら泣きそうだから。狐の嫁入りだから。
ふつうに振る。私はそうするよと花ちゃんは言う。私はつい誤解してしまったけれど、花ちゃんは自分を好きになっても構わないと言外に伝えてくれたのだ。
好きにもなっていないのになぜかもう既に振られてしまったけれど、遠慮もなにもいらないよと、私に対しては屋敷の好きにしなよとそう伝えてくれたのだ。
そう。つまりはそういうことなのだ。
「花ちゃん、ほんとにありがと」
「なんでお礼を言われるのか私にはわからないよ。言ったでしょ。屋敷は屋敷。それでいいって、なんにも変わらないって」
私が真面目な顔をしてお礼を言うと、花ちゃんは、屋敷までおならをするのかと思ったよと、肩をすくめるようにして微笑んでくれた。
「屋敷は私のかわいい後輩だから。ちゃんと覚えておきなよね」
「はい」
花ちゃんはあくまで私の先輩であってたぶん友人。まぁ、本来は先輩だから友人にはこれからなれるのだと思う。私のことを知っている初めてのストレートな友だちに。何年掛かってもいずれ必ずそうなれる。私はそう思う。
「それにさ、私にだって誰にも教えていない秘密はあるからね。彼氏もまだ知らないんだよ」
「へぇ、そうなんですね」
「聞きたい?」
「教えてくれるんですか?なら聞きたいです」
「いいよ、それはね」
花ちゃんが一度タメを作る。きっと花ちゃんの頭の中で、どろろろろろろとドラムロールが鳴り響いているのだろう。
私は私のカムアウトのあとだけに、花ちゃんの秘密とはなんだろうとゴクリと唾を飲み込んでいた。
「実はね」
そして花ちゃんが口を開く。
「EからFになった」
「は?」
「だから、EからFになったんだってば」
花ちゃんが得意げな、しかも楽しそうな顔をして私を見ている。私はその瞳をただ見返している。
少しの沈黙のあと、私はよいしょと花ちゃんに背を向けるように体を横向きにしてから言ってやった。
「じゃ、寝ます。おやすみなさい」
「ちょっと屋敷。冗談じゃないんだよホントなんだって。ほら」
花ちゃんが私の背中に抱きついて柔らかくて大きなモノが当てられた。
「てか、でかすぎでしょ」
「Fだからね」
そう驚いた私の背後から、すごいだろーどうだ参ったかとばかりにふはははと笑う花ちゃんの声がする。
花ちゃんはなにも変わらないとそう思わせてくれる。私はそんな花ちゃんがいてくれることが凄くありがたくって、こっそりとまた涙を滲ませていた。
「屋敷。おいで。泣くなら私の胸で泣きなよ。FだよF」
「…失礼します」
な、なにこれ、はわわぁ。
翌朝、私はまだ眠っている花ちゃんのキッチンで、ちょっとしたお礼のつもりで朝ごはんを作った。決して不味くはないけど美味くもないヤツを食べたくなかったからではないの。
「お礼お礼」
冷蔵庫にあるものでだから大したことはできなかったけれど、ごはんは冷凍してあったものをチン、それと豆腐のお味噌汁、ツナと大根のサラダを作ることができた。
「なんだこれ凄く美味しい」
「ならよかったです」
私の作った朝ごはんをもぐもぐしながら花ちゃんが褒めてくれた。その花ちゃんが急に箸を置いて居住まいを正して真面目な顔を私に向けた。
「夜の話は撤回する。屋敷、嫁に来い」
私は真剣に考える振りをする。そして私もまた、居住まいを正して花ちゃんに顔を向けた。
「ごめんなさい。わたし、好きな人がいるんです」
「くそっ、振られたかー。残念」
「私も。残念といえば残念ですけど」
「ぷ、ぷはははは」
「ぷぷっ、ふふふふ」
私達は声を出して笑った。私は本当に嬉しかった。昨日の夜もそうだったけれど花ちゃんはいつもの花ちゃん、なにも変わらないいつもの花ちゃんだった。
ふははと笑う花ちゃんを見て、この女性は本当に凄い女性なのだと私は思った。恋とかそういうのとは違うけれど、私にとって大事な大切な有り難い存在なのだとそう思った。
そのあと私は洗い物をしながら、嬉しさと感動でまたしてもちょっと泣いてしまった。
「ほら屋敷。FだよF」
「…お邪魔します」
「ほんと、よく泣くね」
少し不機嫌な幸はもはや呆れている感じ。私はそんな幸を宥めるように既に抱かれている幸の胸元にぐいぐいと潜り込む。
「怒ったの?」
「違うよ。やっぱ悔しいなって思ってね」
「でも、いま私を抱いているのは幸だから」
私は幸の胸元から顔を上げて幸を見つめた。幸に抱かれている嬉しさを思い切り顔に出して。
「それでも悔しい?ダメ?なの?」
「がっは」
ぽかぽかする代わりの私の復讐、ゆるふわ攻撃二の型(返し)。すると、至近距離でゆるふわを目の当たりにした幸は顔を赤くすると同時にいってしまった。私が嫁にもらいたいよとかなんとか呟いて。
「いいよ。ぜったいもらってね」
私もそう呟いた。
その呟きが抱いていた私を離して転がって悶えている幸に聞こえていてもいなくても、今はどちらでも構わない。
なぜってそれは、いずれ必ず伝えることだから。
「ふふふ」
さてと。そろそろ起きて片付けないと。
花ちゃんは私の好きなキャラです。出さないつもりですが彼氏がいます。はい残念。
読んでくれてありがとうございます。