第十三話
続きです。
もう、長さについては平常運転ということでお願いします。
よろしくお願いします。
「ちゅんちゅん。ちち、ちちち」
朝が来たようだ。私はなんとも言えない違和感とともに目を覚ます。
「ん」
聴こえてくる鳥の鳴き声がいつもと違うし目が覚めたばかりだから私はまだ寝ぼけているんだけれど、聴こえる鳴き声がきーっとか、かぁかぁではなくて、ちゅんちゅん、ちちちとはどういうことなのかなぁと微睡みながら思っているところ。
「んー、ん?」
私の胸の辺りに温かくて柔らかいものがある。閉じていた目を開けて布団の中を確認すると、それは私の掛けている毛布越しに私の胸の辺りに顔を寄せて眠っている幸だった。
その、眉間にしわを寄せて少し寝苦しそうにしている幸を見て、ああ、そういえばここは幸の部屋だったなと思い出した途端、昨夜のことが色々と、特に私のあんな姿やこんな姿が頭に浮かんできてしまった。
そのせいで私の意識が一気に覚醒していく中、私は自分の晒した痴態を凄く恥ずかしいんですけどと思いながらもそれも含めて私は今とても幸せなんだということにと気がついて、小さくふふふと笑い声をこぼしていた。
「ううっ、んーっ」
幸を起こさないように少し離れて寝たまま伸びをしながら時計を見る。
午前九時。今日はのんびり幸と過すのだから特に慌てることもない。
「あと、クローゼットね。あれは片付けないと」
一度、クローゼットに目をやってから隣を見ればと寝苦しそうだった幸は今、布団から顔を出してやけに穏やかな顔をして眠っている。かわいい。
こんなに気の張っていない緩んだ幸の寝顔を見るのはこれが初めてのことだった。これからはこの寝顔を見る機会が増えると思うと嬉しくなる。
それに、幸のことだからもしかすると定番のアレとか言ってくれちゃうかも知れないし。
それならなおのことこの機会を逃す手はないなと私は少しのあいだ幸の寝顔を見ていることにしようとしたけれど、先ずは自然が私を呼んでいる方を優先させることにした。これは習慣だから仕方ないのだ。
私は幸を起こさないように静かに布団と毛布を剥いでそっとベッドから抜け出した。
「あっ…うっ、さむっ」
そこで私の違和感の正体に気づく。
私は裸だった。私の違和感はこれだったのだ。ショーツすら履いていないとは。たぶん昨夜、ことが終わったあと私はそのまま眠ってしまったのだと思う。
どおりで寒いわけだと私は部屋の空気の冷たさにぶるると震えてしまう。
「くしゅっ」
幸の部屋は日当たりも良さげでカーテン越しでも凄く明るいけれど、私はいま何にも着ていないのだから当然寒いのだ。
「うっ、なんかく…」
さらに私は私の体の異なる臭いにも気がついてしまった。まさにこれこそが私の違和感の正体だったのだ。
一応、幸が体を拭いてくれていたみたいな感じがするけれど、それでも私の体はなんか、うわぁなにこれ、これはだめでしょとか言いたくなるくらいのナニな状態だったのだ。
「うへぇ」
私は取り敢えず、幸が布団の他にわたし用に掛けてくれたと思われる毛布を体に引っ掛けてトイレに向かうことにした。
寒いのだからそこは許してほしい。臭いが付くと着れなくなってしまうから部屋着を着るつもりはないし、毛布に限っていえば異なる臭いはもういまさらなのだから。
そして私はそのあとお湯を溜めて絶対にお風呂に入ろうと決めた。
このままでは確実に異臭騒ぎになってしまう。早く来てください、ここです、この部屋から凄く変な匂いがするんです、なんてことになってしまっては目も当てられないし幸にも迷惑をかけてしまう。
それにというかこっちの方がもっとずっと大事なことだけれど、女性としていつまでもナニでうへぇな体のままでいるわけにはいかない。ことは女性としての私の矜持とか沽券とか意地とかその他諸々全てに関わるのだ。
無臭、もしくは仄かに漂ういい香り。私の目指すところはいつだってそれなのだから。夏織だけに。
「幸は…すごいな」
いやそれにしてもと私はベッドを振り返って幸を見る。
異なる臭いもなんのその、毛布越しにとはいえ私の胸で眠れるとはさすが幸。
しかも幸は布団に潜っていたのだから、充満しているであろう異なるにお……ん?待った。あの幸の寝苦しそうだった表情の原因はもしかしなくても私ということ?
だって、私が離れたら穏やかな顔になってたし。
「くっ…幸」
こうなると、どうしても嗅いでしまいたくなるのは本能か。そんなことをしなくてもナニなのは分かっているけれど、幸の奴、近いとそんな顔になるほど酷いのかと私は恐る恐る確認してみることにした。
「げはっ、けほけほ」
けほけほとむせながら跪いていってしまった私はそのナニのもの凄さに、酷い、酷すぎると、嗅いだことを後悔してしまう。
「けほけほ」
眠っていてもさすが幸。幸の苦しそうな表情は正解以外の何ものでもなかったのだ。
「あ、ヤバい。トイレトイレ」
跪いたりむせたせいで、一度ゆるんでしまった私の限界が近い。これは私の尊厳に関わることから絶対に粗相はできない。慌てる私は毛布を置き去りにしたことにも気づかずにとととと小走りにトイレに向かう。休日なのに朝から忙しいなんてどういうことなのよと思いながら。
やけに寒くてやけに開放的な姿で無事に尊厳を保ったあと、私はお湯が溜まるまで幸の寝顔を見ていようかなと、落ちていた毛布を体に巻いてとことことベッドまでいくと、幸はヨダレを垂らし体を横向きにして丸まって、胎児のような格好で幸せそうに眠っていた。
私はいまだナニなままの異なる臭いのこともあってできるだけベッドの端に静かに腰を下ろして優しく幸の綺麗な髪を撫でたあと、何度か頬にキスをするだけにして幸をそのまま放っておくことにした。
「好き、幸」
私がそっとキスをするたびに、むふふと微笑んだり、んっとむずかったり、うーんとか唸って布団を被ったりぽりぽりとその場所を掻いたりと、眠っていても幸は忙しそうだった。
そして私は幸の頬にキスをしながらいつ聞けるのかと、寝顔と同じくらいにこちらも凄く楽しみに待っていたけれど、よくある定番の、もうお腹いっぱいで食べられないよ、むにゃむにゃとかいう寝言は残念ながら幸の口から出てくることはなかった。
私は幸なら絶対に言ってくれるとそう思って凄く期待していたのに。
「くそう」
「ピピピ、お湯張りが終わりました、ピピピ」
私はその知らせを聴いて静かに立ち上がった。そして、お風呂に入ってくるからねと呟いて、もう一度幸の頬にキスをした。
「またあとで」
洗面所の扉のを開けたところで振り返り、小さく手を振って扉を閉めた。
ねぇそこの貴女、ちょっと見ていかないかい乗ってかないかいとうるさかった洗面所の鏡と置いてある体重計に無視を決め込んで、私はどこかに隠してあるかもしれないと思って、もう一度アヒルを探してみた。
「くしゅっ」
けれど、残念ながらやはりアヒルは居なかった。私は何となくがっかりしてしまう。もしかすると、私はお風呂にアヒルが居ないことを寂しく思っているのかも。
「しょうがないな。今度来るときまでに買っておいてあげ……は、くしゅっ、くしゅっ、さむっ。うっ、やっぱくさっ」
私は慌ててお風呂の扉を開けた。今はアヒルを探している場合じゃなかったのだ。裸で寒いし早くこのナニでうへぇなヤツをなんとかしなければいけないのだから。
ちゃぷ
「あぁぁ、ぁぁ」
私は今、髪と体を綺麗に洗ってお湯に浸かったところ。
つまり、いま私が浸かっているのは幸の湯船。幸の…と、思ったけれど幸は湯船は使わないから妄想はしない。それに本物が傍に居てくれるのだからいまさらそれをすることはない。
「つつっ、やっぱちょっと滲みる」
どこが滲みるのかは言わないけれど、まぁ、あれだけアレされていればこうなってしまうのは当然だろう。
劣等感なのか憧れてでもいるのか、気づけばそこに顔を埋めて夢中になってアレしたりソレしたりしていた幸はなんか母乳を飲んでいる赤ちゃんみたいで可愛かったし。
「あ」
そして私は閃いてしまう。降りてきたのだ。今度は幸を横抱きにでもして、よしよし、美味いでちゅかぁなんて髪を撫でたり背中をぽんぽんしたりなんかしながらそんなプレ……い、いや、何でもないから。そんなのし、しないから。
「しないしない、するわけないし」
まぁ、幸がしてほしいならするけどねと、私は程よい大きさのとても綺麗なふたつの膨らみを下から持ち上げるように触れてそれを見る。幸は気に入ってくれたようだから私は嬉しい。
ちゃぷ
「あー」
若い頃、ビアンの私にとって使われることのなさそうなこのふたつの膨らみには何か意味があるのだろうかと、それならこっちも何のためにと、そんなことを悩んでいたことがあった。
「ふふ、そんなこともありました」
その当時は悩んでいたけれど、私を私足らしめるもの、私を女性足らしめるもののひとつだと今はそう思っている。だからこれは私にとってとても大切なものだと思っている。
私はふたつの胸を慈しむようにそっと撫でた。
ちゃぷ
私はビアンだと確信してそれをちゃんと受け入れた時から、このふたつの膨らみが持つ本来の用途というか理由というか、とにかくそういった意味で使うことはないと思っている。
つまりそれはもうひとつの、毎月そのための準備しているそれも同じで、いくらそうしてくれていても絶対に使うことはないと思っている。
そして私はそれもまた私を私足らしめているもの、ありがたいことに私を私の中から女性足らしめてくれているもののひとつだと今は思っている。だからそれも私にとってとても大切なものだと思っている。
私はお臍の下辺りに手を当てて、胸と同じく慈しむように、ごめんねありがとうとそこを撫でた。
ばしゃばしゃばしゃ
「ぷはぁっ、ふぅ」
もしも母親になりたいと望むのなら、子供を産んで育てたいと望むのなら、かなり難しいことだけれど不可能なことではないと思う。
ぴちょ
今のところこの国は私達のような人間が子供を授かることについて積極的にはもちろん消極的にでさえも手を差し伸べるつもりはさらさらないようだから、かなり厳しくて難しいというのが現状だと思う。自力だけでできることには限界がある。
それでも自分とパートナーが授かることを望み、産むまでの過程とそのあと起こり得ることをちゃんと理解してそれを許容できるのなら、その二人が同じ目的に向かってきちっと同じ方向を向いているのなら、子供を授かることも育てていくことも可能だと思う。
ぴちょ
精子提供とか海外での人工授精とか、産まないのなら里親制度とか、それに伴う身体的リスクや経済的負担、どれを取っても法律の壁もあるし、里親として認められる可能性を考えれば決して簡単な道ではないけれどそのための方法はないことはない。
実際にそれを選択した人達もそれにトライしている人達もそれを望んでいる人達もいる。皆、それぞれ大切に抱えている思いがあるのだ。
ぴちょ
けれど私はそれを望んでいないし望まない。私は私の道を行くの。進んで行ける方へ。この先は幸と一緒に、それこそふたりが一生を閉じるまで。私が望んでいるのはそれ。
「そうそう」
私はそうしたい。私は私。それがいいなと思っている。
「うんっ」
ちゃぷ
「ま、私も若かったってことで」
ま、生きていれば悩みなんて腐るほどあるよ分かる分かる、なんて、まるで老成しているかのようなお年寄りっぽい自ら呟いた言葉。それで私は思いついてしまった。
「…やるか」
どうする私と自問自答をしたあとにごくりと唾を飲み込んでちょっとどきどきしながら私は左腕をお湯から出して縁に置き、そこに右手でちょろちょろとお湯をかけてみた。
結果は一瞬。私は見逃さないようにそこをじっと見る。
「うっ。弾かない」
やはりそう。弾くどころか私の肌は、やったね水分が来たよ、よし皆んな今だっ、保湿保湿と、喜んで吸収しているようにさえ見える。実際に吸収しているのか分からないけれどそう見えてしまう。
「おかしい」
だって私は今、お湯たっぷりのお風呂に入っているんですけど?それじゃ足りないの?お湯から出した瞬間に乾いちゃうの?砂漠なの?
「くっ」
若い頃の水をびっしびっしと弾きまくっていたきめ細やかな肌はどこに行ってしまったのだろう。
「くそう」
分かっていたことだけれど、どんよりとした気分が私を包む。やはり時の流れは私達女性には特に残酷なのだ…いや、ちょっと泣きそうだし。
ちゃぷ
「ふわぁ、ねむ」
私はまたしても全てをなかったことにして湯船に背を預けてのんびりとお湯に浸かっている。
どう足掻いても無理なものは無理なのだから悩むだけ無駄なの。それに私は身も心も成熟しつつある大人の女性だから、肌が水を弾かなくてもそれに勝るとも劣らない良さを歳を重ねるとともに育んできたのだから。
幸は昨夜、わたしの体をあれやこれやとしながら、この感じ凄くいいね、気持ちいいなぁと褒めてくれて暫くあちこち頬ずりしていたし。
「ほんと気持ちいいね、この感触は癖になるね」
「そう?、それ、んっ、ならうれしい、のか?」
まぁ、幸はそう言うし、幸さえ喜んでくれればいいのだから当然ながら何が勝るとも劣らないのかは誰にも教えることはしない。
ただ、褒められて嬉しかったかどうかは別の話。自分で触っても、はわわぁなにこれ気持ちいいなぁとそう思うけれど、凄く複雑な気分になったことも確かなのだから。
ちゃぷ
と、こうしてひとり悲喜こもごも、忙しくもゆっくりとお風呂を堪能していると、夏織どこー、どこいったーと、ようやく目を覚ました幸が私を探す声が聴こえてきた。
「あ、起きた」
さてはトイレだなーとか言っている幸にお風呂に居るよと返事をすると、間を置かずわかったーと元気いっぱい、扉のすぐ向こうからする幸の声。
さすが幸。寝起きでもあれだけ元気とは。
私はくすりと笑ってまた目を閉じる。放っておいても幸は来るのだから、おいでよと声をかける必要はない。
「おはよう夏織」
「おはよう幸。なんで胸を隠すの?いまさらでしょ」
「ん、それもそうか。でも夏織」
「分かってるって」
「そう。じゃあ失礼して」
「なんだそれ」
「あはは」
昨日ここで見つけた美しい女性は変わらず美しかった。その美しい女性は私に全てをさらけ出して見せるとにこにこと笑いながら湯船に浸かる私の傍までやって来て、お風呂の床に膝をつき私の髪に手を置いてそこに軽くキスをしてくれた。私は幸が離れてしまう前に幸の頬に手を添えてその唇に軽くキスを返した。
幸は少しかわいらしく思える愛情表現をするのが好きなのだと思う。おでことか頬とか鼻の頭とか、そこに優しく唇で触れるヤツ。私の方は幸にそうされるたびにやっぱり何となく照れてしまうのだけれど。
「照れる」
「なんかね」
ふたりで顔を赤くしてそんなことを言っていても、私達は見つめあって微笑みあって、そのうちおでこを付けあって、ふふふくくくと笑いあってからもう一度、今度は優しくて深いキスをした。私も幸もこういう愛情表現はとても好き。
やがて唇は離れていくけれど、私が幸を見つめると私を見つめる幸の目が優しくて、私はそれだけでのぼせてしまいそう。
「好きだよ幸」
「私も夏織のこと大好き」
私は好きな女性に好きと伝えることも好き。
それはべつに、言葉にしないと不安だからとかじゃないし言ってもらわないと不安だからとかでもない。私は気持ちを伝えたいだけ。幸は私が気持ちを伝えるたびに嬉しそうに微笑んで私も大好きと伝えてくれる。
伝えたいことは伝えないと、ただ思っていてもそれだけではなんの意味も無いんだよと、誰かが言っていた。それは私もそう思う。
私はお湯に浸かりながら湯船の縁に腕を置いてその上に顎を乗せて幸を見ている。
「ねぇ、替えのシーツとか布団カバーとかあるの?たぶんヤバいよねアレ」
「ん?ヤバいって?あ、シーツとかはあるよ。大丈夫」
今は体を洗っている幸にそう訊ねると意外なことに替えがあると言ってくれた。
それなら洗濯できるなと私は安心した。とにかくアレはヤバいから。特に匂いとか臭いとかニオイとか。
毛布と布団は干しておくことにする。それしかできないし、リーズなブァブ的なヤツがあればそれも使う。それで大丈夫、たぶんいける。
あとは、ああ、そうだった。クローゼットの中もちゃんと片付けないと。
「ふぅ。さっぱりしたー」
幸の声で私は考えていたことを一度脇に置いた。見れば幸はシャンプー手を伸ばしている。
「あ。ねぇ幸、ちょっと待って」
「なに?」
私は幸の髪を洗った。私はそういうことをするのも好きだから。
私がねぇねぇいいかなぁと訊くと幸は口から小さくかはっ、とか音を立てて、赤い顔をしながら、じ、じゃあお願いしようかなと言ってくれた。
「指の腹で、こうやって軽く揉む感じでね」
テレビか何かで見たんだよねと言って、幸が手を上げて私に見せるために指を動かしている。私はおーなるほどと納得する。
「わかった。こう?」
「いいねー。ちょっとこそばゆいけど気持ちいい」
「そっか」
私がくしゅくしゅと幸の髪というか地肌を洗っているというかマッサージぼっく優しく揉み洗いをしているあいだ、幸は歌を歌っていた。私も一緒に歌っていた。例えばこんな歌とか。
「お芋、お芋、おっ芋のパフェはどこにあるー、わったしはそれを食べに行くー、はいっ」
「おっ芋のパフェはあの店でー、わったしのことを待っているー」
「おっ芋のパフェの店のまえー、いっまこそそれを食べるときー、はいっ」
「おっ芋のパフェはもういないー、きっかんは遠に過ぎたのさー」
「な、なななっ」
驚いた幸は振り向いたまま、えぇぇと間抜けな顔をして固まっている。私は笑って幸に言う。
「ふふふ。幸、変な顔」
「えっ、ああ。でもさ、ほんとなの?夏織、あれだけ食べたがっていたのに」
「ほんとなの。もう真冬だしお芋はともかく、和栗ソフトは在庫切れでもう終わりましただって」
お芋のパフェのことは冗談でも嘘でもなくて本当のこと。それは凄く残念なことだけれどそれを知っても私は泣かなかった。来年また出すみたいだし、それに私はいま凄く楽しいから全然平気、大丈夫。
「大丈夫?泣かない?」
「泣かないから」
「そっか」
「うん。ありがと幸。気にしてくれて嬉しい」
「あはは。夏織はそんなこと、気にしなくていいの」
私が微笑むと幸は安心したようにそれならいいかと笑って頬を撫でてくれた。それがまた私を笑顔にしてくれる。私はそれで満足なの。
そして私は密かに決意していることがある。それはもちろん次なる限定パフェを食べること。
私のスマホに件のお店からやってきた次回の限定パフェ予告メッセージ。それにはこう綴られていた。
どうもー。みんな元気?みんな大好きパッフェちゃんだよ。なんとなんと、次回のパフェはねー、市場に出回ることすら珍しいと言われている、あの、幻の苺をふんだんに使うんだよ。甘くて爽やかで美味しくてとにかくすごい苺なんだよ。だからみんな、次回も必ず食べに来てねっ。ではでは。
あ。ちなみにこのメッセージをお店で見せてくれたら五%オフになるからね。見せるの忘れないでね。
お店のパフェのキャラクター、受け取るメッセージの、しかも文字でしかその存在を見たことのないパッフェちゃんがそう高らかに謳っている幻の苺のヤツを私は絶対に逃さない。逃すつもりはない。
「ふっふっふっ」
私はっ、必ずっ、期間限定数量限定苺パフェ、幻の苺DX2020、確かそんな感じの名前のヤツを食べるのだっ。
イェェェスッ
「ちょっと夏織、なにしてるの?」
いみふだわーとにやけた顔に書いてある幸にじっと見られながら私は突き上げていた両の拳を何事もなかったかのようにクールな感じでそっと下ろした。特に意図したわけではなくて、なんかそんな感じになっちゃったから。
「いや、べつに」
だから私はそんなふうに言ってみた。いま凄く恥ずかしいけれど、あくまでそうする必要もないけれど、なんでか分からないけれどそんな感じになっちゃったから。
ほぼお風呂で一話を終えました。
けれど、あまり深く考えてはいけないなと私は思うのです。
だから大丈夫、たぶんいける。
読んでくれてありがとうございます。