第十二話
続きです。
あまあま、びえろになっています。
苦手な方はご注意を。
よろしくお願いします。
「ここで我慢とか。でもさ」
「それね、私もこれでいいと思うよ」
私が自分で決めたにも関わらず不満そうに呟くと、幸はあっけらかんとしてあははと笑った。嬉しいことに、ことについても私と幸は考え方が似ていた。
「うん」
こういった話でも互いにいちいち説明しなくても済むのだからやはり価値観が同じもしくは似ているということはとても大事なことだと私は思う。それは好きとか嫌いとか許せるとか許せないとか、同じならその分だけ私も幸も凄く楽だから。
「あ、そうそう。昨日の契約の時にね」
「どうかしたの?上手くいったんでしょ」
「そうだけど、凄く可愛い子がいたの」
「へぇ、さっそく浮気とか」
「そんなわけないでしょう、痛っ」
ことをお預けにしたあとすぐ、私達は順番にトイレに行った。理由は推して知るべしだから。
それから私達は取り敢えず落ち着こうかとふたりで寄り添ってソファに座り、今はお酒を飲みながら色々と話をしているところ。
私は幸の腰に手を回してその肩というか、下手をすると幸の腿までずり落ちてしまいそうな気がどうしてもしてしまう腕の付け根辺りに頭を預けている。隣に座る幸はその腕を私の肩に回し、少し擽ったそうにしながらその頬で私の髪に触れている。
ことのことについては残念な気持ちもあるけれど、これで隅々まで綺麗になった私にのしを付けて幸に進呈できるなと思うところも大きくてやはりこれで良かったんだという気持ちでもいる。
午後八時前。あと数時間もしないうちには幸とそうなれるのだからことのこと今は置いておくとして、こんなふうに幸とお喋りして過ごすのはこれまた嬉しいことだから、これはこれで良いものだなと私はいま凄く満足しているところなわけ。
「ふふ」
「なぁに?」
「なんかいいなって思った」
「それ私も思ってた。あはは」
会話が途切れた静けさも私は全然気にならない。幸は鼻唄を奏でたりするし、私はそれを聴きいたりつられて一緒に歌ったりと無理に話す必要もないから居心地の良さはいつもと同じ。
「るるるー、らら」
私達はこうなる前からこんな感じだった。今までと違うのはふたりで寄り添っていること、だけじゃなくて、寄り添っていると幸せを感じるし少しどきどきもしている。たまにぎゅとしたりキスとかしたりもする。
したくてもできなかったことができる。だから私達は確かに変わった。けれどそれでもあまり変わらない。恋人になるまでの付き合いが長いとこういうものなのかもしれない。
なんて思っていると幸は肩に回した手で私の髪を撫でたあと少し顔を下げて私のおでこに唇で軽く触れてくれた。
「ん」
こうやって時どき幸がしてくれる可愛らしい愛情表現に、私はその都度こそばゆい気持ちになってしまう。
「幸」
私は次はここにしてほしいと顔を上げて唇を幸に向けると、幸は笑って私の唇にその唇でとても優しく、そしてしっかりと触れてくれた。続けて三回。
そしてその三回目、我慢できなくなってしまった私は唇を少し開き、私のところまで来てほしいと幸を呼んだ。
「んっ」
ゆっくりと時間をかけた蕩けるようなキスのあと幸に好きだよと伝えると私も大好きと返してくれた幸の優しげな笑顔が私の視界いっぱいに広がった。
「…っ」
なんなのこの幸せはと私の胸の奥がきゅっとなってぞわぞわしてしてきて私は胸に手を当てる。
「なんかさ、ここがはわわぁぁってなる」
「私もこの辺が落ち着かないよ。それにあっつい」
同じく胸に手を当てていた幸はその手で自分の顔をぱたぱたとやりだした。
その幸に引っ付いたまま、私は私で気持ちを落ち着かせようとこの部屋をきょろきょろと見渡してみる。
そのついでに、どうせならと私は初めてこの部屋に入った時に気になったことを確認することにした。
ふたりで座っている三人掛けの大きなソファと、グラスふたつと幸のナッツと既に三本減っている私のチョコ的なミルフィーユのお菓子の箱が置いてあるローテーブル、それとベッドとその横にある引き出し二段のロータンスとその上に乗っているノートPCとプリンター。目に付くものはそれくらい。
あ、それとキッチンに置いてある電気ケトルとレンジくらい。
かなりの広さがある割には本当に物が少ないなと思う。薄黄色の壁紙がどうにかそれを和らげているように思える寒々しくて生活感の無い部屋。何となく幸らしくもありらしくもない部屋だなと思う。
「うーん」
けれど、四方の壁のひとつを占めている大きなクローゼット。私はあの中があやしい気がしているというか絶対にあやしい。
だって、クローゼットの開き戸に挟まっている服の端っこぽいヤツとか開き戸と床の隙間から少し出ちゃっているセーターの袖っぽいヤツが、えー、ちゃんとしまえばそんな感じにはならないでしょうよみたいになって見えているんだから。更には何かが印刷されている紙が数枚はみ出しているのも見えている。いくら何でもそれはあり得ないと思うんですけど。
待ち合わせぎりぎりまで寝ていたと思われる幸はたぶん、この部屋を片付ける時間がなくて散らかっていた物を取り敢えずあそこに突っ込んでおいたんじゃないかと思う。きっと幸はあとでこっそりどうにかしようとか考えているのだろう。
「ふふふ」
私はオフィスで幸を訪ねるたびに物がないのになんでこんなに上手いこと散らかされているのよと笑わせてくれる幸のデスクを思い浮かべる。
「なるほど、幸っぽい」
たぶんこの部屋も普段はそんな感じなんだろうなと思うとそれこそ幸らしい。それならここはまさしく幸の部屋。私は顔を綻ばせた。
「どうかした?」
「なんかクローゼットが気になる」
「へっ?あ、あれはただのクローゼットだからね。何もないよ、ないない」
「そうなの?ま、いいけどさ」
私はあとで片付けなくちゃなと思いながらこれ以上追求せずにクローゼットから視線を外して慌てている幸の、ちょっとは有ると言っている胸にさちだいすきーとか言いながら顔を埋めてみた。
もう既にいちゃいちゃしている気もするけれどいちゃいちゃタイムの始まりだ。
「なななっ」
私が顔を上げて固まってしまった幸を見るとその顔は驚きながらもどこかほっとしているようにも見える。
幸の立場になればその気持ちはよく分かる。よかったね幸。残念ながら私の顔は埋まらなかったけれど、私が幸の腿までずり落ちることもなかったんだから。
「ふふふ」
それから私は固まった幸の頬をびよーんとか言いながら指で摘んで伸ばしてあげた。
「やったな夏織っ」
我に帰った幸が私に腕を回してくるっと体を入れ替える。幸が下になった私を見ながら手をわきわきとやっている。これはヤバいと視線を横に逸らして指を差し、幸、ところでアレは何に使うの?と、私は首を傾げてみせる。
「ん?なにかあったっけ」
幸はそんなことを呟いて私が指した方に顔を向けて何のことかと確認している。まさかこんな手に引っかかるとは。ぽんこつなの?
私は幸は大丈夫なのかなと思いながらも今がチャンスと幸から逃げ出した。
「ないよ。あるわけないし。ぷぷぷ」
「あ、こら。逃げるな夏織」
「いや、ふつうに逃げるから」
私はちょろちょろと逃げ回り、今やローテーブルを挟んで対峙する私と幸。私が右に行こうと体を揺らすと幸は左に体を揺らす。それを何度か繰り返す。
私はいま楽しくて仕方ない。きっと幸もそうなのだろう。その顔はいま凄く笑顔になっているのだから。
「ふふふ」
「私からは逃げられないよ、夏織」
「ふっふっふっ。幸、それはどうかな」
不敵に笑ってそう返したけれど、私には幸から逃げるつもりなんて全然ないよと私は思った。
「捕まえたっ」
「うげっ」
暫くこうしていちゃいちゃしたあと、私は幸に捕まってあれやこれやとされてしまった。
「疲れた」
「私は平気」
「知ってるから」
私はローテーブルから私と幸のグラスを取った。そしてひとつを、はいこれ幸のヤツだよと手渡してから私のグラスに残っていたお酒をぐいっと呷って幸の方へと向き直る。
「ねぇ幸」
「ん?」
「お風呂入ろう」
「うん、そうだね。えっ、一緒に?」
「ダメ?かな?」
「ダダダダメじゃないけど、その、ね、ひとつ守ってほしいことがあるんだけど」
幸は私のゆるふわ一の型(改)に動揺しながらもやけに真剣な表情で私を見ている。私は何を言われるのかと少し構えてしまう。
「なに?」
「なにかを見ても絶対に優しい目をしないこと。優しく微笑まないこと。わかった?」
「わかった」
幸は一体何を言っているのかなと思ったけれど私はすぐにアレのことだと分かってしまった。絶対アレ。
幸の持つ価値はそこじゃないんだから私の反応とかべつに気にしなくてもいいのになと思うけれど幸がそう言うのならと、はい分かりました気を付けますと頷いたところで私はふとさっちの顔を思い出す。
「む。まさか幸、ここにも居るとか?」
「居る?居るってなにが?」
「アヒル」
「はい?居ないよアヒルなんて。子供じゃあるまいし。あはは」
「いやいやいやいや、それおかしいでしょ」
私は間髪入れず突っ込んでしまっていた。だっておかしいでしょ?
お風呂にアヒルは居なかった。居たのは私の妄想を遥かに超えたとても美しくて綺麗で素敵な女性だった。
「綺麗」
そう。幸は本当に美しかった。だから私は少しだけ涙を見せてしまった。心を揺さぶるような絵画や美しい風景に出逢って感動のあまりに自然と涙が浮かぶような感じ。私にとって幸はまさにそれだった。
「また泣いてる」
「もう歳だから涙腺が緩む」
私はそんなことを言いながらも涙は拭わなかった。この感動を敢えて止める必要はないし、そんなことをしてはもったいないと思ったから。
「嘘つき。でもありがとう夏織。わたしいま本当に嬉しいよ」
幸はそっかと答えただけの涙目な私を暫くそっと抱き締めてくれていた。
「でもさ、夏織」
「なに?」
「私は優しい目をするなと言ったでしょう?」
「なにをいっているのかわかりません」
「夏織」
「わ、わかりません」
私を抱き締めている腕にぎゅっと力を込めて上から見下ろしている幸の目が怖い。竦んだ私は蟒蛇に捕獲され睨まれたカエル。もはや逃げることはできない。けれど、どうにかして誤魔化すことはできるかもしれない。だから私は鳴いてみた。
「ぐ、ぐゎゎ」
「夏織?」
「ぐゎゎ…ゎ」
残念ながら蟒蛇と化している今の幸には誤魔化しは効かないみたいだ。そう焦る私は考える。
確かに私は何かを目にした瞬間にそんな目をしたような気がしないでもない。けれど私はすぐに目を逸らしたから幸にバレていない筈。なら幸は私にカマを掛けているのだと思うことにした。
「そ、そんなのし、してないから」
「してました」
「してませんー」
「してましたー」
「はい、してましたー」
「お。素直に認めるなら許してあげる。あはは」
私は怖いから認めることにした。幸はそれならいいよと笑っているけれどまだ私を見る目は怖いままだ。
「あはははははは」
「超こわい」
私の幸に対する認識は十分の一くらいは正解で残りは間違いだった。幸はもの凄かった。幸は乙女で在りながらもやはり本質は肉食系女史だったのだ。
私はことの途中から何がなんだか訳が分からなくなってしまって夢中で幸にしがみつこうとしていただけだった、と思う。本当に凄かったから記憶は曖昧だし体の力が抜けてしまって手足に力が入らなくなっていたのだ。
私は最初のことのことしかよく覚えてない。なぜなら、私達の初めてのことの時は恥じらう幸を私が攻めていたのだから。
「ふへへ」
私達は互いを綺麗にし合ったあと、待ってましたよこの時をとことに及んだのだ。
お風呂から上がってベッドまでいってすぐに私は幸を抱き締めて優しくその唇に触れた。主導権は私にあった。お前からいくべきだとそんな雰囲気だったから。
幸は私に応えてくれてやがてそれは深いものへと変わっていった。お互いに満足して唇を離して見つめ合う。そして私はついに、お風呂で確かめることのできた幸の極めて慎ましい膨らみ、確かにちょっとは有ったかわいらしいそれに唇を寄せた。
「うひゃ、あっ」
そんな声を出した幸の顔は薄明かりの下でも分かるくらい真っ赤っかに染まっていた。それを隠すように幸は両手で顔を覆った。
「かわいすぎ」
そのあまりにも可愛すぎる反応にやられて煽られて私は時折少しだけ意地悪するように幸を抱いた。お願いされても断ったり止められても続けたりとかそんなふうに少し幸を弄びながら。もちろん一番は私の気持ちが伝わるようにひたすら甘く優しく慈しむようにだったけれど。
乙女な幸は私が今まで培ってきたそれなりの手管を受け止めながら始終両手で顔を隠して恥じらっていた。つい漏らしてしまう声さえも必死に我慢している姿はまるで本当の乙女のようでも、それはかえってとても扇情的だった。
そうやって恥じらいながら私に応えてくれていた幸は私が私を幸に重ねるとやがて小刻みに震えだし一気に体を硬くして一度だけ大きな声をあげて満ち足りたように動かなくなったあと、私にしがみついたままはあはあと息を乱していた。そのあと私も大きく声を上げてはあはあと荒い息遣いをしながら幸にしがみついていた。
「好きだよ」
「私も大好き」
「大丈夫?」
「すごす、ぎもう、だめ、む、り、むり」
私はいま幸にくっついて、ほんとにちょっとしか…は有った、凄く小ぶりで慎ましやかなかわいらしい胸に抱かれている。
私達の汗とか色んなモノに塗れた私の体はなかなか言うことを聞いてくれず、私はいま目閉じて荒く息をしながら幸に懇願しているところ。
初めてのことは私が攻めたけれど、それを無事に終えたあとに私にもさせてほしいと幸がそうお願いしてきたのだ。だから私は幸の耳元で囁いてあげた。
「して」
「ぐっはっ」
幸は本日三度、どころかもう何度かいってしまっているけれど、すぐに復活した幸は私を優しく扱いながらもこれでもかと攻め立てて、今はこんな感じになっているってわけ。
「お、ねがい」
「んー、どうしようかなぁ」
幸はただ攻めるだけの女性ではなくて中々の巧者だった。とても丁寧で、時間をかけて、触れて離れて、優しくて厳しくて、濃密であっさりと。
幸が私にそれを惜しみなく披露してくれたお陰で私はもうぴくりとも動けないくらいに疲労してしまっている。
幸は最初、本当に優しく慈しむように愛してくれた。私がこうしてほしいと言えばその通りにしてくれたし本当に無理だと思うことは決してしなかった、のだけれど、幸はその聡明な頭脳で私がどこまでいけるのかを見極めていたのだと思う。そして、その分析が終わったあとの幸こそが幸だった。私の限界を知り得た上でそのぎりきりを超えたり超えなかったりと、私を翻弄し続けていたのだ。
「幸、はん、あきま、へんて、ほん、まかんに、んしてお、くれ、やす」
「くくく。夏織ったら余裕あるじゃない」
「あ、いや、ぎ、ぶ、ぎぶだ、から」
「ダメ。まだ終わりじゃないよ?」
「な、らせめ、てちょ、っと休憩さ、せて」
「いや、よっ」
はあはあと荒い息を整えている私にそんなことを言って怪しく微笑んで再び私に覆いかぶさってくる幸はまるで、今まで我慢していた分を取り返してやろうとでもしているかのようだった。
「ちょっ、まっ」
それは私もそうだから、今からまた幸のなすがままあれやこれやとされたとしてもというかされちゃうんだけれど、今は言うことを聞かない体の方はともかく、私は幸の望むことを望んでいるのだから、私の気持ちと私の心が幸を受け入れることを拒むなんてことをする筈がない。
そして心が受け入れるのなら、心が拒まないのなら体もまた正直に反応するものなのだ。
んんっ
ほらね。
これからまた長い時間、私は幸に思う存分愛されて、楽しげに翻弄されて、心置きなくめちゃくちゃにされるのだろう。幸がそうしたいと望むのだからそれもまた私の望むところ。
これこそまさにどんと恋ってヤツだから。
ふふふふ、んっ、あっ
「大丈夫?」
「ん?」
あれから何年経っ…いや違うから。心配そうな幸の声に、ぼんやりとしていた意識は次第にはっきりとしてきた。そして気付けば私は再び、いや。それどころか何度目かも分からないけれど、幸の慎ましやかな胸に抱かれていた。
「大丈夫?」
「うん。もう平気」
「ごめん。わたし、夏織が可愛くて歯止めが効かなくなっちゃった」
「いいよ。嬉しかったし」
そう。これだけ、といってもこれもまたどれ位かは覚えていないからよく分からないけれど、幸が私を求めてくれたことが私は凄く嬉しかったのだ。
「そっか。ねぇ、ほんとに大丈夫?」
「平気。心配し過ぎ」
「ほんとに?」
「ほんとだから」
「じゃあさ、最後にもう一回いい?、ね、ね、いいでしょ?おねがい」
私を抱いたままそんなことを宣っている幸…じゃなくてこのぽんこつ。私は唖然としてしまった。
「まじでですか?」
「まじでですよ」
私はこの展開は予想していなかった。もしかするとこのぽんこつは私を心配していたわけじゃなかったのかもしれない。
ああ、そうか。
今のは単なる確認で、おそらく幸の分析では私はまだ限界を超えていないのだ。幸は私がまだいけると踏んだのだ。
「やっぱりわたし大丈夫じゃないから」
「へぇ。そうなんだ。じゃあ、夏織が大丈夫かどうか今から確かめてみる」
私の細やかな抵抗虚しく、妖しく笑う幸は私に覆いかぶさった。私はもう好きになようにしてと幸の背中に腕を回して幸を受け入れた。
ただ、私はこの展開も予想していなかったのだけれど…
んんっ
やはり心が受け入れているのなら体は嘘をつけはしない。
そう。つまりはそういうことなのだ。
タグから(そのうち)を取りました。
読んでくれてありがとうございます。