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woman  作者: しは かた
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閑話 幸

続きではなく閑話です。いつもの半分と短めです。

本日二話投稿の一話目です。

よろしくお願いします。

 


 屋敷にメッセージを送ると、大人しく寝ているから大丈夫と返信が来た。


「そっか」


 屋敷は大丈夫だと伝えて来たし、昼間、吉岡さんから言われたこともあって私はそれ以降メッセージを送らなかった。やはり屋敷に負担を掛けてはいけないと思うから。

 心配だし病状が気になってしまうけどこればかりは屋敷のためにも我慢しなくてはいけない。


 そして私は昼間に晒した醜態を思い出し、暫くのあいだソファでばたばたと悶えていた。


「いやー、もうやめてー」






 暫く身悶えたあと何とか落ち着いた私は今、ソファに座って煙草を燻らせながら明日のお見舞い大作戦を練っているところだ。


「うーん」


 ちなみに今夜は一滴のお酒も飲んでいない。気持ちよく酔ってしまって余計なことや阿呆なことを考えたりしないようにするためだ。

 気が大きくなると碌なことにならない時もある。私はそれを知っている。そんな人を実際に見たことがある。



「これでいいかな」


 作戦を練ること一時間。今できる明日のための準備は整ったと思う。屋敷じゃないけど、ふふふ完璧、だとも思う。


 先ずは直帰。三時からの約束が済んだらそのまま作戦に入ることにする。ひとろくまるまる、作戦開始、という感じで。


「あはは」


 次に食材の調達。風邪で熱のある病人と言えば食事はやはりお粥だと思う。

 それに私が子供の頃、風邪を引くとよく母が食べさせてくれた摺り下ろしリンゴもありはあり。熱があるからみかんなんかもいいと思う。ビタミンCをたっぷり摂れるから。

 まぁ、フルーツはその時に店で売っている物で判断するとしよう。



 何にしてもとにかくお粥だ。私が屋敷に作ってあげて、ついでに食べさせてあげちゃおうかなと私はいま妄想しているのだ。


 お粥については梅、鮭、塩のみと色々あるみたいだけど、体力をつけるのには肉入りもありだと思う。実家のお粥には確かに肉がたくさん入っていた。体力をつけなさいと言われ、ちょっとキツかったけど、私はそれをもりもり食べて風邪を退治していたんだから。

 他の家のお粥がどういう感じなのか知らないけど私はそうやって育ってきたから特に害はない筈だけど、私と屋敷は違うからそこはせいぜい鶏肉くらいにしておこうと思う。


「ここまでは完璧よね」



 唯一の不安材料は私。私はお粥を作ったことはない、というか料理は殆どしない。いや、全くしない。


「うーん」


 でもお粥はご飯を煮るだけの簡単な料理な筈だから材料さえあればお粥くらいならこんな私でも余裕でできる。いけるいける、大丈夫。


 そしてこれが妄想、じゃないや、これが重要。屋敷に食べさせる時、あーんなんてやっちゃったり、溢さないでよもう、慌てて食べるほど美味しいの?なんて言って口元を拭いちゃったりして、私が甲斐甲斐しく世話を焼いてみようと妄想しているの。そうすれば屋敷はまた、可愛い一面を私に見せてくれると思うから。



「なんか緊張してきちゃった」


 私はこういうことには慣れていないから、上手くできるかどうか一抹の不安はある。されることはあったと思うけどするのは初めてだから。


「やれる。大丈夫」


 私は自分を励ますように声に出した。とにかく明日は、私のやりたいように色々とやってみることにする。



 それにしてもと私は思う。

 やりもしない料理だの何だのをやろうと思うということは、それだけでも私にとって屋敷は特別な存在なんだと分かる。風邪と聞いた時の私の動揺っぷりもそれを証明している。


 そして何より私はどうしても屋敷が欲しい。そんなことを思うのも初めてのことだ。もう、初めて尽くしで私も少々戸惑っているんだけど、だからこそこの想いを大事にしたいとも思う。


「ふっ。やるな屋敷。この私に初めてを経験させるなんて」


 なんちゃって。あはは。




 大体こんなものかしらと、明かりを消して私はベッドに転がった。そしてもうひとつ重要なことを考える。

 屋敷が私にしたと思えることを私も屋敷にしようと思っていること。


 それは普段と違う私を見せること。私の想いを知ってもらうこと。本当の私を見てもらうこと。

 いまだに屋敷が私を好きなのかどうなのか分からないのなら、私からアピールしちゃえばいい。それは寧ろ、私にとってはお粥を作ることよりも簡単なこと。


「だって私はさすが幸だからね。あはは」


 屋敷がよく口にする言葉。さすが幸。私はそれを信じている。だから私は挫けそうになっても挫けても、泣きたくなっても泣きながらでも、また一から頑張ることができる。

 以前からそんなふうに思っていたけど、最近は特にそんな気がしている。さすが幸と私を褒める屋敷は私の足りないところをぴったり埋めるピースであって私の源。


 そう。つまりはそういうことなわけ。




「よし。もう寝ようっと」


 午後十一時。とにかく明日は私にとって重要な日になる筈だ。



「おやすみ夏織」







 翌日、取引先を出てそのまま屋敷の最寄駅に降り立った私は、スーパーで食材を手に入れた。ひとろくまるまるはとうに過ぎていて、既に私の作戦は開始されている。


「ふんふふん」


 私の意思とはあまり関係なく口から音が漏れているけど、今は私のしたいようにすると決めているからやめることはしない。


「これとこれ。あとは、あ、あれか」


 ひとつひとつ必要な物をカゴに入れていく私はもうすっかり屋敷の恋人、そんな気分になっている。本当に楽しくて仕方ない。


「2,080円になります」


「はいこれで」


 私は店員さんにスマホを向けた。私はちょっとしか扱えなくても、ちゃんとは使えるの。



 会計を済ませ、お粥の材料と私の目を引いた特売のミカンと美味しそうな苺を買って店を出た。


「これで完璧。先ずは屋敷にメッセージを送ら……」


 歩いている途中私はふと何かを感じて立ち止まった。そして、首を回してある店のあるモノをじっと見る。

 それは鍋とお玉。店先に積んであるそれが、お願いそこの貴女、私達を使って、ほんとお願いしますと私に訴えかけていた。


「くっ」



 その三分後、私の荷物は増えていた。けど私は気にしていない。これは私の鍋とお玉。私専用の鍋とお玉。私はこれを買いながらいいことを思いついていた。私はこれを、私専用だからと言って今日使ったあとも屋敷のキッチンに置かせて貰おうと思う。

 そうすれば、あ、私の鍋とお玉はどうしてる?たまには使おうかななんて言って、屋敷の部屋にお邪魔してしまうのもありだと思うから。


「さすが私」


 この思いつきに満足しながら私は商店街を歩いていく。足取りは異様に軽い。それはもちろん楽しいから。



「ふんふんふふ、ん?」


 私は再び立ち止まってある店の方をじっと見る。


「あれは…」


 某有名下着専門店のアンテナショップぽいお店。なんでここにあるのかわからないけど、私はふと思いついてしまう。買ってしまえばいいじゃないのと。

 そうすれば、替えの下着もあるし今夜は屋敷の部屋に泊まっていこうかななんて、しれっと言えるかも知れないし。



 その二十分後、私の荷物はまた増えていた。お店で目移りしたり少し悩んだりした末に私は上下とも黒を基調としつつも可愛くもある下着と暖かそうなインナーを購入したのだった。


 こうなると、寝間着とか寒さ対策として軽くて薄い感じのダウンジャケットとかも手に入れておくべきだろう。

 私は再び商店街を歩いきながら目当てのものを手に入れていった。


 結果、色々と買い過ぎた気もするけど、これで準備は整った。私は満足して、良ければ今から行くからねと屋敷にメッセージを送ったところでクリニックの建物が目に入る。

 ああ、妙に浮かれ過ぎていたけど、屋敷はいま風邪で苦しんでいるかもしれないのに私は何をしているんだと、先ずは屋敷の様子を確認するべきだということに気がついた。


「よし行こう」


 そして私は走り出す。荷物が邪魔で走りにくいけどそんなことはどうでもいいからとにかく走る。早く屋敷の顔を見たい。


 屋敷が私の走る姿を見たのならきっとこう言うと思う。


 メロスなの?


 あはは。





読んでくれてありがとうございます。

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