序章 1
また始めてみました。
本日二話投稿予定の一話目です。短めです。
よろしくお願いします。
「おお、よくやった。さすが屋敷」
今日私のねじ込んだ、いや、無理矢理ではないからねじ込んだ訳ではないけれど、取り引きの数字を見て、今月や今四半期は勿論のこと、これで下半期も前年比百%を超える目処がついたと考えたからだろう、部長はえらくご機嫌になった。
よし、コーヒーご馳走してやろう。そう言ってオフィスから消えていく部長の後ろ姿を眺めながら、べつにいらないんですけどと半ば呆れて席に着き、PCに向かってさっさと必要な書類を作成し始めた。それを大学時代からの先輩で管理部門にいる花ちゃんに送ってしまえば今日の勤務は定時で終わる。
「管理部、吉岡です」
「あ、花ちゃんお疲れ様です。屋敷ですけど、いま送ったヤツよろしくです」
「お疲れ屋敷。えと……あった。これ急ぎ?もう明日の午前には間に合わないよ」
「大丈夫です。月曜日の午後で余裕なので」
「ならOK。処理しとくよ」
「じゃあお願いします」
「はいよー」
念のために花ちゃんに連絡を入れて確認してもらった。私は満足して受話器を置く。これで定時で帰るまでの残り時間を流して終われるだろう。
「ふふふ」
この結果は当然にして妥当。なぜなら私、屋敷夏織は意識は高くないけれど、まあまあ優秀な女だから。そこそこやる女だから。
ここまでは予定通り順調に進んでいる。そして私は退社後に、以前から目を付けていた店にダッシュで行って、あの美味しそうな季節限定数量限定四種のお芋with和栗のソフトクリームパフェを食べるのだ。私は和洋中問わずスイーツが大好きだから。
数量限定の文字は気にしない。売り切れにならない日も必ずある筈だから。定時上がりならラストオーダーぎりぎり間に合う筈だから。
「ふふふ、完璧」
「いやおかしいでしょ。なんで七時過ぎてるのよ?」
エレベーターを待ちながら、私は時計を見てぶつぶつと呟いている。
そう。残念ながら定時で終わる筈だった勤務は、終業時間までコーヒーを飲んでいようとだだっ広い休憩スペースのある別のフロアにしれっと行こうとした私の側にコーヒーと珍しくお菓子を持ってやって来た部長の長くてどうでもいい話にはいはいそうですかよかったですねと相槌を打ち、その間に連絡の来た取り引き先からの要望の対応に時間を取られてなかなか終わらずにいたのだ。
「おかしい」
結局、私がオフィスを後にしたのはパフェを諦めるのには充分な時刻、定時を一時間以上も過ぎた午後七時過ぎだったというわけ。
もうこのまま帰って部屋で私を待っているスイーツのコラボを楽しみながらのんびりと過ごしたい気もするけれど、今日は金曜日だから次の日のことを気にする必要はないし、元からそのつもりだったからパフェが無くても街に出るのも悪くない気もする。
そう考えると、やはりこのまま帰るのは勿体ないような気もしてくる。
「さてと。どうしようか」
私は少し悩んだあと、もしかして何か素敵な出来事が起こるかもと少しの期待を胸に、私の居場所、いつものバーに顔を出すことに決めた。
私は普段から白昼夢を見て呆けたりするような人ではないけれど、期待するくらいはべつにいいかなと思っている。だって、その方が絶対楽しいと思うから。
さて、真っ直ぐ帰らないとなると今しがたトイレでした化粧では些か心許ない気がしないでもない。
私はもう一度化粧をするためにエレベーターホールを後にした。
今、私は鏡に向かって化粧をしながら自分の顔を見つめている。
友人達や仲の良い同僚は、顔に似合わず意外と我儘な性格はともかくとして、顔自体はゆるふわな感じでかわいいよねとか、背も高いし素材がいいから羨ましいとか、私のことをどこか誉め殺しのように言ってくれるけれど、私にはこの顔のどこがどうかわいいのかいまいちピンとこない。私の理想とは明らかに違うから。
私はかわいいよりもかっこいいと言われたかったのだ。そのために化粧や髪型、服装と、色々努力をした時期もあったけれど、ベースの違いはどうにもならない。私の努力は無駄に終わってしまった。
残念なことに、まあまあそこそこの私の辞書では不可能の文字がいくつかある。
だからって、私は自分の顔が嫌いというわけではない。
私の顔は取り立て酷いというわけでもなくて、私には至って普通の顔に見える。小さくはない垂れた目と、低くはない鼻と少し厚めな下唇のついた口が大きくも小さくもない顔にあるだけだ。
けれど私も普通に女性だから、容姿を褒められれば嬉しいし調子にも乗る。自尊心を擽られればその気にもなるし、普段は見せないように頑張っている人並みにある虚栄心だって、刺激されれば隠せなくなる。
実際に、私がこのゆるふわ顔に似合った化粧や髪型にしているのはそのせいだ。
結局のところ、なんだかんだと言ってはいても、持って生まれたモノには逆らうことなどできはしないということだ。
私は十年以上も前からそのことを知っている。その当時、嫌でも何でも十二分に思い知らされたから。
けれどその十年以上の時の経過は、私がそのことを受け入れるのには十二分過ぎるほどの時間だったりもするのだ。
「ふむ」
まぁ、確かに私の顔の全体的なバランスは悪くないと思う。
この顔に合った化粧をしている限り、まさにいま出来上がりつつあるように割りかしいい感じになるとも思う。男性はべつにいらないけれど、この出来のお陰で私に興味を持ってくれる女性も居ることは居るのだから。
ただ、皆が言うように私の顔がゆるふわだとすると、私のイメージではゆるふわ系の顔の枝の大元、頂点にはタヌキが君臨しているから、つまるところ私はタヌキ顔ということになるわけだ。
確かにそういう目で見れば、そう見えないこともない。見えなくもないけれど…タヌキ顔かぁ。
「うーん」
…確か科が一緒だったような気もするしどうせなら犬、それもボルゾイがいい。私はボルゾイが好き。ボルゾイは凄くかっこいいから。
あぁ、ボルゾイいいなぁ、飼いたいなぁ、名前はリズかベスにしたいなぁ、でも賃貸で一人暮らしの私には散歩とか大変だし絶対飼えないよなぁ、なんて、私の顔のことからいつの間にかボルゾイのことを考えているうちに私は化粧を終えていた。
あとは服装をもう一度チェックするだけ。私は洗面台から三歩下がって全身を映す。まあまあいい感じだと思う。
この服装だって、私のタヌ……ゆるふわ顔にかなり寄せている。欲しい服や着てみたい服が似合うとは限らない。似合わないより似合う方がいいのは当たり前。これもまた私の自尊心や虚栄心の為せる技だ。
「さてと、行きますか」
まあまあいい感じに仕上がった私は、お手洗いを後にして再びエレベーターホールに向かった。
後ほど二話目を上げます。
読んでくれてありがとうございます。