オレの就職先は…◯◯◯である!
【ビワトの家】
《自室》
「あれ?どうしてこんな所に居るんだ?え?」
エクルとカルエさんの模擬試合を見ていてカルエさんが勝った所は覚えているが…その先の記憶がないんだが。
……リビングに向かうか、朝が来てるし。
《リビング》
「おはよう…であってるよな?」
「あってるわよ?」
「昨日オレはどうしてた?」
「確かビワトたち男子たちは急に現れたナハトを見て驚いて頭を机の角に思いっきり当てて気絶しちゃったのよ」
「マジ?」
「マジよ」
「……朝ごはんの当番だけど今日はオレだよな」
「それならワタシが準備しちゃったわ。サニカから本人が起きるまで無理に起こさず放置しておけって言われたから」
「今日の夕飯はオレが作るよ」
「そう?」
「うん……仕事初め遅刻か」
「その辺はサニカがちゃんと仕事先の上司になる人に伝えてたから大丈夫よ」
「……さっさとご飯食べて行くか」
「急ぐのではなく良く噛んで食べなさい」
「…はい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【裁縫師の仕事場】
「遅れて済みませんでした!」
「昨日は災難だったわね~ビワトちゃん。後遺症とかは大丈夫?」
「特に何もないです。ルクリスばあち……ルクリス先生」
「ふふっ良いのよ~ビワトちゃん。先生と呼びずらかったら、わたしの事はおばあちゃんかゴッドと読んでくれて良いのよ~」
「……ゴッド(普通に先生か婆ちゃんで良くないか?)」
「ルヴェルちゃんは違う所で活動しているの?」
「うん、警備隊の中でも上空からの警備担当なんだ」
「あらあら~そうなのね~」
「それにしてもビワトが裁縫師の道を選ぶとは以外だったよ」
声を掛けてきたのはルクリスばあちゃんの実孫でオレより一歳年下のマウルという見た目からしても野郎である。
警備隊の職業体験の時に行動を共にしたシルトの年下組と同級生だったはず。
「マウルは裁縫師を継ぐのを嫌がってた割には見習いとして居るんだな」
「…その辺はオイラも様々な職場を体験して戻って来たんだ。女性が多い職場でもあるけど」
「裁縫師に男も女も関係ないわ~。可愛いお洋服やフリフリのファンシーなお洋服、イケイケロックなお洋服…自分が好きな物を詰め込んでたくさん作るのよ~」
「オイラとビワトは見習い裁縫師として今日から同じ職に就くんだ。協力していこう」
「同期として宜しくな」
こうしてオレは裁縫師としてこれからの人生を過ごしていくことになった。
どうしてオレが裁縫師の仕事を選んだかと言うと忙しく動き回るのは止めたいと思い立ったからだ。
それにいずれルヴェルと結婚し、子を儲ける事が出来たなら子供服やぬいぐるみやらを作ってやりたいと思ったからである。
そして子供を職場に連れていくこともこの島では裁縫師の職場も子連れ出社が許されているのも理由の一つとしている。
「今日は草花から繊維を取り出す作業を教えるわ~。最初の見習いは服を作ったりは少し後よ~。ウールに関してはサニカ先生が連れてきた羊さんからいただく予定よ~」
「ウールを毛糸にする作業とかもするの?ばあちゃん」
「えぇ、その毛糸や草から作った糸から布を作る方法も叩き込む所存よ~」
「そもそも布を作るのか…果てしない作業になりそうだ」
「それと服やマントやカーペットなどに施すシルトの裁縫師にのみ伝わる【魔法の刺繍】のやり方も貴方たちに叩き込むからね~」
「良く【魔法の刺繍】の技術は流出しなかったよね」
「ふふ~…魔法の刺繍は本当に特殊なやり方だから見よう見まねで出来るものじゃないのよ~」
「……覚えること多いが頑張ろう」
「……ソウダネ」
マウルは目の前で手元を見ず超高速裁縫をしながら説明している自分の祖母を見て引いている。
いずれオレたちもあれくらいの次元に到達するときが来るのか不安になるけど。
「そうだったわ~サニカ先生も時々この職場に来きて物作りするそうだから宜しくね~」
「え」
「【魔法の刺繍】の発祥はサニカ先生から始まった事だから~わたしより早いわよ~」
「…………」
「そうやって私の裁縫技術の難易度を上げるのは止めてよ」
大人びた五歳児が現れた!
「あら~さっそく現れましたね~」
「相変わらず裁縫のは恐ろしいほど早いね。…警備隊の制服作りはどうなってる?」
「それならマツリカやたちがデザインを描いたり作ったりして試作品を作ってますよ~」
ルクリスばあちゃんが立ち上がり締められていたカーテンを開くとマウルの母やその双子の弟フィンのやその他の裁縫師たちがあり得ない速度で服を作りハサミで刺したり切り込んだりしていた。
「弟よ……お前も既にその次元に到達していたのか」
「ちょー早いくないか?」
「サニカ先生はどのようなご用件で参られたのですか~」
「警備隊の連中に警備隊の制服作りの様子を見てきてくれと頼まれてね」
「このまま行けば~明日には試作品を渡せると思うわ~」
「わかった。警備隊の連中に伝えておくよ」
「サニカは何をしていたんだ?」
「私は魚の養殖場の様子を見たりフアネリア一家に牛や羊たちを預けてその様子を見ていたんだ」
「それでどうでしたか?ネリアちゃんたち上手くやってましたか~?」
「上手くやるもなにも従えてたよ。動物たちの目の前で巨大な岩を叩き割る技を見せたら大人しくなってた」
「それなら早く羊毛が手に入りそうね~」
「それでビワトたちにも裁縫以外の技術を叩き込むの?」
「えぇ~叩き込むつもりですよ~」
オレとマウルはルクリスばあちゃんに一体なにを叩き込まれると言うのであろうか。
「ビワトちゃんはそんなに身構えなくて大丈夫よ~普段から役に立つ技術を叩き込むだけたから~」
「普段から役に立つ技術…」
「タイミングが悪いけどお手洗い行ってくるわ」
「これからビワトちゃんに教える仕事の内容けど~……マウル、逃げたらどうなるか分かってるわよね?」
「だっ大丈夫。サボらないよ」
「今から半年後が楽しみだね」
「え」
半年後の【裁縫師の仕事場】では。
「フッハハハ!見よ!匠の技を!」
「マウル、刺繍の竜が左に寄ってるぞ」
「うふふ~才能が開花して覚えが早いわ~」
「おっお婆ちゃん……マウルが…!マウルが!」
「不安がる事はないわよ~」
「まさかマウルに裁縫の才能があったとは思わなかったわ」
「お母さんも気にしてないなんて…」
「フラフラとしていた息子が生き生きと裁縫をしているのを見ると安心するものよ」
「…最近、ビワトが作る料理がかなり芸術性が高すぎると思っていたけどコレを見れば納得行くわ」
「こちらとしてはルヴェルみたいな反応を見ると安心する」
「……ビワトとマウルの裁縫している手元が早すぎて何をしているか見えない」
「オレっちもまだまだ?」
「フィンの裁縫技術もビワトたちとほぼ変わらないわよ?」
「え」
「素人が見れば引くんじゃないかしら?」
「え、そうなん?」
「ワタシはこういう光景は見慣れているからそこまで引かないけど…外側から来た人たちは引くんじゃないの?」
「……結局オレっちもシルトの住人って事なんだなー」
「どんなに可愛い子ぶってもワタシたちシルトの住人はか弱いイメージは付かないわよね~」
「ははっ」
こうしてまたひとり、ふたりとシルトの少年と少女は悟りを開き外の住人との強さの差を実感して大人に成っていくのである。




