表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いのちの残高  作者: 村井なお
第二章 五桁
6/15

6. 死にたいと言っているうちは死にませんよ

「あーあ」


 和葉さんが机に突っ伏します。


 学年末テストが返ってきたのです。僕が教えだしてから初めてのテストです。当然順位は上がりました。冬休み前のテストでは中の下でした。今回は中の中です。


「あんながんばったのに」


 和葉さんは不満気です。成績の向上度合いが努力量に見合っていないと愚痴をこぼします。


「上位になればなるほどがんばっているのです」


「この先ますます上がりにくいってことですか」


「上を目指すのは辛いことです」


「うん」


「今の成績でも大学には入れます」


「先生がそれ言っちゃうの」


「普通でいいではありませんか」


 和葉さんが唸ります。机に頭を乗せたまま起き上がりません。


「死にたい」


 思わずふきだします。


「ひど。笑われたし」


「失礼。可愛らしかったもので」


「ほんとに死にますよ」


 和葉さんが睨みつけます。


「死にたいと言っているうちは死にませんよ」


 首を横に振ります。


「生きるという本能は強過ぎます。死にたいという欲求だけでは乗り越えられません」


 少し措いてから和葉さんは口を開きました。


「でも死んじゃう人は死んじゃいますよね」


「死ぬしかない。そうなったとき人は本能の軛を脱することができるのです」


「死ぬしかない、ですか」


「他の選択肢を失うに至り、初めて人間は死を選ぶことができます」


「できるって。何かその言い方、ポジティブっぽい」


「優れた知性を持つ者のみが到達できる境地です。秀でているが故に自らを害することができるのです」


「ふーん」


 和葉さんが身を乗り出します。


「何でそんな詳しいんですか」


「数多くの生徒さんを見てきました。中には死を選んだ生徒さんもいます」


 和葉さんが目を見開きます。


「どんな生徒だったの。何で死んだんですか」


「生徒さんのプライヴァシーに関わるお話です」


 指を口に当てます。内緒のポーズです。


 和葉さんは身を引きません。僕をまっすぐに見ます。


「先生はないんですか」


「何がですか」


「死ぬしかないと思ったこと」


 生徒さんの話ができないなら僕の話をしろと。和葉さんはそう言うのです。


「数多くはありません。二回だけです」


「どうしてそうなったんですか」


「僕の受け持ちは英語と数学です」


「え」


「それ以外の授業には別途料金が発生します」


 和葉さんが舌打ちをします。机から離れ天井を見上げます。


「教え子から金とるの」


「生徒さんも一人の人間ですから」


 和葉さんは鼻で笑いました。


「先生、ごまかすの下手ですね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ