6 社交とは様式美である
「伯爵、お話をしてもよろしいですか」
背後からやや高い男の声がした。今までは大公家とカプレーティ家の相手ばかりしていたので、パウロ様呼びが多かったが、本来ファーストネーム呼びは親戚の間でも多くないらしい。同族が多いからか苗字を呼ぶことも少なく、大抵の場合男性は役職や称号で呼び合うことになる。
振り返ると、鮮やかな赤茶の髪に彫りの深い顔をした。映画俳優みたいな若者が立っていた。20歳行かないくらいだろうか、多分パウロよりも年下である。
「これはどうも、今日は来ていただきありがとうございます。この場でお会いできて嬉しいですよ。」
男の名前なんて調べてこなかったが、男性ゲストは女性と比べるとそう言った細かいところはあまり気にしないと夫人が言っていた。
「素敵なお召し物ですね」
先手必勝である。この時代の男性は服装は地味かおとぎ話の二択だと思っていたが、この男は銀の縁取りの黒のベストを着て、腕からは黒と灰色のストライプが覗き、下は灰色のスボンみたいなものを履いている。なかなか派手だが、21世紀のパーティーにいても許せるようなレベルのファッションだ。
「少しでも愛する人の関心を引きたい、と思って選びました。もっとも、伯爵は服装に頼らなくても彼女の気を引くことができるのでしょうが。」
嫌味と受け取っていいのだろうか。ただ、男はどうも落ち込んだ感じだ。そう言えば俺の格好は夫人に任せていたんだった。金の縁取りの黒の服で、襟が高くなっている。ボタンじゃなくてフックだが、下も黒なので学ランみたいな感じだ。軍服みたいだが、言うほど悪くないと思うけどな。
「それほどでもありませんよ。」
正しい回答がよくわからないので無難に返しておく。
「あの方には真紅と白のドレスが本当によく似合われる。透き通る妖精のような肌を、血のように活力溢れた真紅が引き立てるのです。」
どうやら男は自分の世界に入ってしまっているようで、俺は返答の心配もいらないだろう。それにしてもあの方ってロザリナ様のことか。そう言えば真紅のドレスを着ていた。今日は肖像画と本人を当てるのが精一杯で、言われてみればご令嬢の顔しか見ていない気がする。
「伯爵はあの方と親しいのですか」
「いえ、それほどでもありませんよ」
「先ほどひどく親しくされている様子でしたが」
「いえ、それほどでもありませんよ。そう見えたとは存じませんでした。お知らせくださってありがとうございます。」
21世紀だったら少し危ないやつの判定をするところだが、この時代の基準がわからない。ちなみに親しくしていたと言っても定型文をロボットのように暗唱していただけだ。
「彼の方は私の想い人なのですが」
堂々と言っているが、つまり交際しているわけではないようだ。ストーカー予備軍ってやつだよねこれ。
「それは存じませんでした、お知らせくださってありがとうございます。」
「しかし、、、」
そろそろ伝家の宝刀を使うところだ。
「伯父が呼んでいるそうなので、残念ですがここで失礼します。皆様によろしくお伝えください。またお会いするのを楽しみにしています。」
踵を返して、一族以外入れない控えの間に向かう。夫人への報告は誇らしいものになりそうだ。
誰だったのか聞いておきたいが、テオバルド司教様もピエトロも見当たらない。まあストーカーなら知らない方が幸せってこともあるだろう。