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4 画家がときに外交官でもあった理由

ヴェローナの屋敷に着くと、使用人が大慌てなのに気づいた。主人が急に戻ってきたのだから当たり前かもしれない。


ちなみに馬車にいた3人と家令、執事、家政婦以外の使用人は記憶喪失について知らされていないらしい。バレるんじゃないかと心配だったが、そもそも大多数の使用人は日頃パウロと顔を合わせていなかったそうで、人柄を知らないんだとか。


さて、屋敷は外から見るとこじんまりしていたが、内装は豪華で思った以上に広い。ピンクの大理石がところどころに使われた石造りで、ピサの商人の家に比べると軽快な感じだ。


玄関ホールで頭を下げる使用人達の前をすぎて、事情を知っている3人が待っているという応接間に入った。


しかしいたのはいかにも厳しそうな中年の女性が一人だけ。腰が恐ろしいほど細い深緑のドレスを着ている。


「パウロ様、長旅お疲れ様でございました。」


事務的な挨拶だが、記憶喪失にも動じていない感じで、悪くはない。


「急ではありますが、大公殿下のご容態が快方に向かわれましたので、バルトロメオ様のご意向で街の有力者を集めたパーティーを開くことになりました。マリーノとフォスカリはこの件で宮殿とカプレーティ家にそれぞれ出向いています。」


マリーノとフォスカリは多分家令と執事のことだろう。家令ってなんなのか分かっていないが置いておく。


「バルトロメオ様はパウロ様にも出席してほしいとのことです。」


ごんと軽く殴られたような感覚だった。いきなりパーティーに出ろと。


「ストルネロ夫人、お言葉ですがパウロ様はとてもパーティーに出られる状態ではありません」


司教様が代わりに言ってくれた。恥ずかしいが同意せざるを得ない。


「テオバルド様、ご配慮は察しますが、こちらにもピサの斜塔転落事件の噂は届いておりまして、」


ストルネロ夫人というらしい家政婦が、ここで一拍置いた。意地が悪い。塔から落ちたのは有馬春樹が乗り移る前のパウロ様で、俺は関係ないはずだ。


そういえば有馬春樹も塔から落ちていた気がするが、細かいことを気にしてたら中世じゃ生きてられないだろう。


「ヴィスコンティ家の使者も当然参ります。その前で心身ともに健全である、ということを見せるのが重要だと、バルトロメオ様は考えておいでです。」


ヴィスコンティっていうと街を狙っている隣の領主だったっけ。カタカナが多すぎて混乱してきた。


「大公殿下は少し姿をお見せになるだけなので、その際にバルトロメオ様、マーキューシオ様、ヴァレンティノ様、そしてパウロ様が4人一同に揃う、ということに意義があります。パウロ様は元々多弁な方ではありませんから、無駄な話はせずに色々な方とご挨拶だけすればいいのです。」


ご挨拶するってそんな簡単にいうけどさ、、、


「パウロ様、以下の十二の言葉を徹底的に頭に叩き込んでください。今日は来ていただきありがとうございます。この場でお会いできて嬉しいです。今日もまた素敵なお召し物ですね。ご婦人はいつも綺麗でいらっしゃいますね。あなたがいらっしゃると場が華やぎます。その節はお世話になりました。いえ、お役に立てて光栄です。それほどでもありませんよ。どうぞご謙遜なさらないでください。それは存じませんでした、お知らせくださってありがとうございます。その件はどうぞよろしくお願いします。伯父が呼んでいるそうなので、残念ですがここで失礼します。皆様によろしくお伝えください。またお会いするのを楽しみにしています。はい、私に続けて。」


「ちょっと待って多すぎる。」


その後数時間かけて十三のセリフを復唱した。十三は不吉なので十二個ということになっているらしい。その間に、令嬢達の肖像画が運び込まれ、今度は名前と顔を一致させるゲームが夕方まで続いた。肖像画、描き方が平べったいし、いざ本人を見てもわかるあんまり気がしない。


「馬車を出すお時間です」


ストルネロ夫人の特訓の間逃げ出していたピエトロが呼びに来た。社交界に出るのは俺だけなので文句は言えないものの、どうせなら付き添って欲しかった。


「最終確認です、この方は」


ストルネロ夫人は容赦がない。


「カプレーティ家のロザリナ嬢」

「この方は」

「モンテッキ夫人」

「こちらは」

「カプレーティ家のジュリエッタ嬢」

「この方は」

「バルトロメオ様のご婦人、コンスタンツァ様」


「素晴らしい。殿方を覚える時間はありませんでしたが、ご婦人のお相手ができれば御の字です。噂は女性から広がるものですからね。」


夫人も満足がいったようだ。満足した顔で見送ってくれた。


「いいですか、できる限り十二の言葉から選ぶんですよ。」


馬車には司教として出席するテオバルトも乗っていた。不安そうな顔をしているが、多分俺自身同じような表情をしているはずだ。


しかし不安になっている暇はない。俺は馬車の中で十二の言葉をひたすら暗唱していた。


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