35 同性愛が公式には火炙りの刑に値した時代
屋敷に着いたときにはもう夜になっていた。
「パウロ様、ご無事で何よりです。」
出迎えたマリーノはいつもに増して厳しい雰囲気を出している。
「ジュスティーナ様のご経歴を調べたところ、過去にも似たような去勢未遂を2件起こしておりまして。いずれもカプレーティ家がもみ消していたので表に出ていなかったのです。情報が入り次第テオバルド様に急ぎの使者を出したという流れでございます。」
「未遂?」
あれは絶対やったことのある人の目だった。毎回最後の段になって躊躇したんだろうか。
ピエトロが口を挟む。
「パウロ様を去勢ねえ、いまだに信じられませんね。私も館にいましたが危機的な雰囲気を一切感じませんでした。それにあの家はそれなりに使用人がいますが、誰も止めに入らなかったのはなぜでしょう。」
何やら役に立たなかったことへの言い訳にも聞こえる。だが確かに、屋敷を走りまわっていて一人も使用人に会わなかったのは不自然だ。皆ロザリナの味方でパウロを誅して欲しかったのだろうか。だとするとロザリナ様も一味と考えた方がいいのか。
「パウロ様はどうやって逃げおおせたので。」
「リヴィアと犬のローランが間一髪のところで助けてくれた。あとで、男を守った代償に、その、使用権とやらを主張し始めたけど。」
リヴィアは変なことを言い出さなければ完璧なヒロインだったのに。
テオバルド様がそれを聞いて不思議そうな顔をする。
「私はマリーノから話を聞いて向かったので、ジュスティーナ 様のリスクを存じていました。ふと思いましたが、なぜリヴィア様はパウロ様が殺されるのではなく去勢されると思ったのでしょうな。」
確かに、普通はナイフを持った女に追われていたら殺されると思うだろう。リヴィアも一枚噛んでいるのだろうか。そういえばジュスティーナ様はリヴィアと犬をスムーズに突破していた。となると、全部茶番だったってことになるのか。
「テオバルド様、前回の去勢未遂もあの城で起きております。相手はロザリナ様への熱心な求婚者でした。リヴィア様もその事情を知っていたかもしれません。前回ロザリナ様への配慮から噂をもみ消したのもカプレーティ家です。」
マリーノは半日の間でかなりの情報を集めていたようだ。カプレーティ家全体が関わっているとしたら恐ろしい。
ピエトロが口を挟む。
「私はリヴィア様が今回の事件に関わっているとは思いませんね。私がパウロ様と別れた後、ジュ・ド・ポームのコート建設を監督されていたリヴィア様にお会いしましたが、パウロ様がいらっしゃるのを知らなかったご様子でした。応接間にいるとお話しすると、嬉々として犬と一緒に館に向かわれました。」
リヴィアのアリバイを加えられた。確かにあの天真爛漫とした少女が去勢計画に加わるとは思えない。
「それにリヴィアにメリットがないよね。」
リヴィアは何も得ていない。結婚の件は断ったし。関わっている可能性があるとすれば、計画を知っていてラストで止めに入ったか。
「それをいえば、動機は一番の謎です。パウロ様にご子孫がなかった場合、ご領地は大公家に併合され、いずれはバルトロメオ様、アルボイーノ様、カングランデ様で三分割されるはずです。うちお二人はご既婚でカングランデ様は年代が下ですから、ロザリナ様、リヴィア様、ジュスティーナ 様いずれも伯爵家断絶でメリットがありません。」
マリーノが世俗的な動機を説明したが、どうやらロザリナ様との誓いを聞いていないみたいだ。
「あの、ロザリナ様との約束、一緒に修道院に入るってやつだった。できないと言ったらロザリナ様が泣き出して、それで証人のジュスティーナ様が激怒したという・・・」
「では、なぜジュスティーナ様がそこまで怒るのでしょう。」
彼の指摘はもっともだ。でもそれをいえば、ロザリナ様が泣き出すほど悲しむのもなぜかわからない。
「土地を修道院に寄付したとして、ジュスティーナ様やロザリナ様が直接受益する訳ではありません。僧院は女子禁制、尼院は男子禁制ですから、パウロ様を後見人にすることも難しい。」
そうだ、パウロが修道院に入ってロザリナ様に良いことが見当たらない。
テオバルド司教は考え事をしていたようだったが、おもむろに口を開いた。
「我々には分かり得ない何らかの事情で、パウロ様が修道院に入らない場合、ロザリナ様も入るのをためらうとしましょう。その場合、ロザリナ様にどうしても修道院に入ってほしい者が、パウロ様に凶行を働く恐れはありますな。」
「なるほど、ロザリナ様が修道院に入ればリヴィア様が城を相続することになりますね。」
マリーノは合点がいったようだった。
「ちょっと待って、リヴィアは止めに入ったし、それこそジュスティーナ様の動機が分からない。」
「ジュスティーナ様以外に黒幕がいた可能性がありますな。例えば、大公家の一員ながら教皇派と親しいパウロ様を、モンテッキが排除に動いた可能性もあります。」
司教様が淡々と続けるが、モンテッキって誰だか思い出せない。
「ジュスティーナ様のご実家ゴンザーゴ家は教皇派ながら傭兵隊長の家系、当主のプラチェンティオはつかみどころがなく、場合によっては教皇派を裏切ることも想像に難くはありませんな。」
俺は混乱してきたが、マリーノは納得した様子だ。
「なるほど。アンセルメ伯爵家での一件で、教皇派の内でのパウロ様の評価は天井知らずです。それに水を差すような今回の事件を教皇派が犯すとは考えづらい。私もモンテッキが絡んでいても驚きません。」
「ちょっと待って、モンテッキって誰だっけ。」
テオバルド司教はがっかりした様子で答えた。
「パウロ様、ピサで復習いたしましたのに。モンテッキはヴェローナでも特に有力な古い一族で、極めて強硬な皇帝派です。当主のジャーコモは表立った騒動を嫌いますが、大公家が教皇派に宥和的にしているのをよく思っていません。特にパウロ様は標的になりやすいかと。」
なるほど、アルベルト伯父様のパウロ婿入れ作戦は、思わないところで反感を買っているのか。カプレーティとさえ仲良くしていれば無事でいられると思っていたから、少し怖くなってくる。
ピエトロが口を挟んだ。
「モンテッキは特にカプレーティと険悪な関係にあるのは、この街で知らぬ者がいないほど有名です。パウロ様排除をあえてカプレーティの城で実行するのはリスクが高いのでは。」
「しかし、成功しようと失敗しようと、名誉に傷がつくのは教皇派のゴンザーゴとカプレーティ。モンテッキは関係が立証されない限り失うものはありませんな。」
普段はわかりやすく説明してくれる司教様だが、今回は深刻だからか噛み砕いてくれない。
「待って、複雑すぎて頭が痛くなってきた。」
その後も4人で色々と可能性を話し合ったが、有力な説は出なかった。




