9 未舗装での馬車の速さは早歩き程度
関係者には「鏡の間の悲劇」と言われた事件の後、俺はテオバルト司教によって事実上の自宅謹慎にされた。もうしません。罰則というよりもこれ以上恥を晒さないよう、予防的な側面が大きいようだ。でも社交の場に出なくて済むのは不幸中の幸いかもしれない。
謹慎中は勉強に当てられた。テオバルトの指示によってファッションアイテムや鏡は屋敷の倉庫に仕舞われており、パウロ様のナルシズムを抑制するべく色々な対策が取られていた。ちなみに大公宮殿からは一枚鏡が撤去されたと聞く。
ところで、数日間静かに暮らし、色々読み込んでわかったことがある。
まず、パウロ様の言語能力は全部俺が受け継いだようだ。イタリア語には不自由しないし、ラテン語もできる。パウロが話せるはずだったフランス語はあまりできないが、多分経歴を盛っていたんじゃないかと察する。だが時々「牧師」などパウロのボキャブラリーになかったであろう言葉を使うと、意訳ではなくてそのまま日本語発音になってしまうようだ。むしろここまで体は覚えているのにパウロ様としての記憶が全くないのは不思議だ。
残念なのは比較的優秀だったパウロ様が学んでいたはずの、法律や聖書の知識がごっそり抜けていること。教科書はラテン語なので読めるには読めるが、判例を読むのもあんまり楽しくない。聖書は何回か読まされたけど、例のイサクが気になった以外、右から左へという感じだ。これではいつまでも大学に戻れない。パウロ様を中退させるのも忍びないし、せめて卒業はしたいんだけどね。
謹慎は三日で解かれたが、宮殿や社交の場は当分出入りしづらいし、大学に戻れるほどの学力も付いていないので、手持ち無沙汰になってしまった。出かけるにしても色々と億劫なのだ。ヴェローナでの移動手段は、馬・馬車かワゴンと言われる神輿みたいな籠になる。女性は近場でも馬車に乗るときが多いようだ。馬車を出すとなると準備が大変だし、塔から落ちた身としては神輿にも馬にもちょっと気後れする。かゆいところに手が届く交通手段がない。
手段はないが財力ならある。アイデアもないわけではない;自転車だ! ガソリンはいらないし、馬と違って維持費もかからない。うまくいけば大ヒット間違いなしだ。自転車の発明家としてパウロの名も歴史の教科書に載るかもしれない。考えてみれば自転車の発明者なんて聞いたことがないけどなんでだろう。
ヴェローナや近くのピアチェンツァには甲冑を作る工房があって、鉄を加工するのは得意なようだった。馬車づくりのノウハウもあって、車輪も発注できる。
首をかしげる工房の親方達を説得して、車輪二つ、歯車とチェーンの代わりにする鎖、ペダル、それにフレームを発注した。農園経営はアンドレア達が滞りなくやっているし、とりあえず法律の勉強の気晴らしが欲しかったので、俺は自転車の設計に熱中した。ピエトロを誘うと乗ってきたので、これはいけると自転車ビジネスを目論んだ。
結論を言うと、大失敗だった。
鍛治には時間がかかるらしかったが、ありあわせの小型馬車の車輪を使ったプロトタイプが先に届けられた。これがひどい代物だった。
甲冑を作っているだけあって、鉄製のタイヤやペダルは綺麗にできていた。見た目なら21世紀の自転車とそう変わらない。
だがまずゴムが手に入らないから、タイヤは鉄か木のまま。植物か布を巻こうとしたけどすぐ切れてしまう。道なんてほとんど舗装されてないので、振動だけですごいことになる。
サドルのことはあんまり考えていなかったので、馬用のものを参照に革製のものを発注したんだが、鉄のフレームに皮を取り付けるのは大失敗だった。女性はわからないが男性にはきつい。段差での突き上げ感がすごい。俺は30秒走ったらギブアップだった。でも棉を詰めてもフレームに当たって変形してしまうし、解決法がわからない。
ストルネロ夫人に乗ってもらおうと思ったが、スカートを履いてまたぐのははしたないと一蹴された。でも馬に乗っている夫人もいるし、ダンスだって結構きわどいシーンあったけどね。
「誘う女性が家政婦しかいないんですね」といつも通り茶化してきたピエトロは腰を浮かせて走ると言う芸当を身につけ、庭の石畳を楽しそうに走っていた。それでもやっぱり未舗装で色々なものが散乱している町の通りにいく勇気はないそうだ。
商業化は難しそうだ。自転車プロジェクトのお蔵入りを決めていると。発注していた自転車の伝票が来た。ドゥカートって単位がよくわからないがすごく高いのはよくわかる。そしてなんとなくだけど農園収入に比して大きい気がする。
俺のせいで名誉と学力を失ったパウロ様、せめて財産だけは守ってあげないと。
とりあえずこの自転車型オブジェは東洋の神秘っていうことにしてどこかの貴族に売りつけないといけない。




