表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

0 

「修学旅行でピサの斜塔に来るとは思わなかったな」


長い石の階段で息を切らしていると、後ろから遠藤の声がした。本来はローマとパリの予定だったのが、パリで大規模なデモが起きているのを避けて急遽イタリア周遊に変更になったと聞いた。


ピサの街は斜塔と聖堂以外、特に有名なものはないようだ。皆インスタグラムに上げる斜塔のトリック写真を撮り終わると、「とりあえず登るか」といったように狭い階段を上がっていく。斜塔と言われている割に登っていると傾いている感覚はあまりないが、上下左右を石に囲まれるのはなかなかの圧迫感で、日本では早々できない体験ではあるんだろう。


前を登る伊東がゆっくりなので後ろに渋滞ができているが、もともと華奢な少女だからそもそも登ると決めたことに驚いた。


「伊東、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう有馬くん」


息は上がっているようだが、振り返った笑顔からすると元気なようだ。疲れていても姿勢は凛としていて、学園祭でジュリエット役をやるのも納得の雰囲気がある。


ほどなくして、塔のてっぺんと思われる空間についた。大きな鐘が一つあるのかと思っていたが、鐘が全方角に設置されていて、何かの陣の中央に立っている感覚になる。塔の中が空洞だったのもびっくりしたが。


「今度は景色が見える!すごい!」


伊東の声が弾んでいる。登ってくる途中にも展望スペースがあったのだが、大人の背丈ほどのフェンスがあったので小柄の伊東には何も見えなかったみたいだ。ここでは鐘の手前にロープが張ってあるが、奥のフェンスは低いようで隙間からなら遮られずに景色が見える。ピサは他に高い建物がないので、見下ろすのは爽快だ。


高いところに登るのが好きと言うわけじゃない。でもそこにタワーなり展望台なりがあると、なんとなく登るのが当たり前みたいに感じて、登り終わったあと何するわけでもないのに何か達成した気になる。「そこに山があるから」というのはこんな感じだろうか。


「伊東、せっかく中世のベランダっぽい場所にいるんだし、有馬と劇のシーン再現してみたらどう? あの柵にもたれて手を広げて、後ろから支えてもらうやつ」


遠藤が登りきった後でハイになっているようだ。茶化された伊東は戸惑って見える。遠藤がよくわからないからみをしたとき、助けに入るのは大体俺の役目だ。


「遠藤、俺はただの大道具係だ。台本読んだことないしね。読んだことないけど、なんとなく遠藤はタイタニックと間違えてる気がする」


伊東がおかしそうに笑う。


「そっか、そんなシーンあったっけって思っちゃった。遠藤くんも頑張って練習しなきゃね!」


遠藤はマーキューシオとかいう役回りだった気がするが、本人も多分どんな役だかわかっていないだろうし、まあ関係のないことだ。


展望台には他に東南アジアかインドから来たんだろうと思われる女の人二人組がいて、長いセルフィースティックを鐘の方に差し出して景色の写真を撮ろうとしている。斜塔に登る際に手荷物は預けないといけなかったし何かに違反している気がするけど、セルフィーを撮るなという掲示はなかった。


狭いスペースなのですることもないのだが、せっかく登ったのにすぐ降りるのも気が進まず、少しの間3人でダラダラしていた。


急に何か観光客らしくない、早い足音が聞こえてくる。階段から警備員か整備員に見える二人組が、何やら大声を出しながらやってきた。どうやらインド人二人組に注意しにきたようだ。


驚いたのかインド人が慌てて振り向く。セルフィースティックがスイングされるように270度回転する。


それが伊東に当たった。


ピタゴラスイッチでも彷彿とさせるように、よろけた伊東が鐘の方に倒れて、当たった鐘が鈍い音を立てる。


まずい、あの先のフェンスは低かったはずだ。


気づいた時には自分も鐘の横に滑り込んで、塔から落ちる勢いだった伊東の背中を掴んでいた。


「遠藤、伊東がそっちへ行く」


鐘をおしてスペースを作り、伊東を塔の内部に投げ込むように入れる。数秒のことだったがスローモーションみたいに思えた。


でも一件落着だ。


「有馬!」


遠藤が叫ぶのが聞こえる。警備員も何かイタリア語で叫んでいる。耳元で鐘もなっているので鼓膜が破れそうだ。


突然目の前が鉛色になった。


ゴツっという鈍い音がした。押しのけた鐘が自分の方に戻ってきたのだ。そのままフェンスに膝を救われる形になる。


体が浮いた。


「有馬くん!」


伊東の声が聞こえる。顔は見たくない。


落ちる。最後に目を合わせるなんて気の毒だ。


目を瞑る。早く終われ。



終われ。



落ちる衝撃に身構える。



衝撃が、こない。


なぜか降下している感覚もない。



死ぬときってスローモーションになるものだろうか。走馬灯はこなかったが。



目を開けてみようか。でも目を開けて自分の無様な死に様を見えたりしたら一生トラウマになる。



そうか一生もう数秒しかないのか、だったらいいか。



投げやりな気分で、固くつむっていた目をそっと開けた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ