影になる
わたしたちは黙々と歩いた。静けさというのは何もない空間ではない。けれども、わたしには静けさの中に何があるのか分からなかった。ただただ静けさという空間が存在していた。
チュウギの足音だけがはっきりと聞こえた。チュウギは黙り込んだわたしたちにしばらく何も言わなかった。
そしてついに、教室に着くまでも、誰も口を開かないまま。わたしは何かを話さなければならないという衝動に駆られた。
「先生」
「なんだ」
「黒のクラスはなんでこんなに人数が少ないんですか」
入学式でクラスごとに列に並ぶ時、他のクラスの生徒はざっと六十人ほどいるのが見てとれた。クラスごとに人数の散らばりというのはほとんどなく、だいたい同じ人数。そんな中でわたしたちのクラスだけが圧倒的に異常だった。
「そうだな、黒はちょっと特殊なんだよ。まあ特殊というか、単純に人数が少ないだけなんだが……ちょっと特殊なんだよ。理由になってないかもしれんが」
同じ言葉をただ繰り返しただけのチュウギは黒板の前に立ち、チョークを握りしめた。
「何はともあれ、今からお前らに役割を与える」
「役割?」
キエンが寝耳に水を差されたようにビクッと飛び上がった。志折れかけた向日葵が、日光を取り戻して起き上がった、そんなかんじだった。
「そう、役割だ」
そう言ってチュウギはチョークを黒板に立て、何やら文字を書き始めた。
チョークのたん、たん、たん、という音がわたしたちの空間に色をつけた。
「委員長、保健係、雑務係とお前ら三人だからこれくらいか。とりあえず一年間、お前らは一人に一つづつ、この役割のどれか一つだ、いいか、このどれか一つの役割を全うしてもらう。他のクラスはお前らと違って大勢いるが、お前らは三人だけだからな、これを全うするのは大変だ。責任重大ってわけだ」
何もなかった黒板に、それぞれ三つの言葉が描かれた。
委員長
保健係
雑務係
キエンが手を挙げた。
「それってそんなに重大なの!?……ですか」
「そうだ、重大だ。それぞれの役割を説明する」
チュウギはすっと手を離し、チョークをぽろんと落とした。床に触れたチョークは、弾け散ることなく、静かに眠りについた。
「最も重要なものが、委員長。さっき俺は役割を一年全うしてもらうと言ったが、委員長に関しては卒業までやってもらやってもらうことが多い。というか、卒業まで委員長という肩書きは変わらない。委員長というのはつまり、クラスの代表だ。我々の学校は、生徒が主体となって勉学を行うという校風だ。代表は、教師とは別に、自分のクラスをまとめ、さらに学年全体を導いていく役割がある。例えば、一学期が終わると、クラスとは別にグループというのが作られるんだが、そのグループの編成を考えたり、グループの代表になるのも委員長だ」
「あの……ちょっと待ってください、グループってなんですか?」
ムエンがおどおどしながら、震える声を張り上げた。
「そうだな、簡単に言うと、性質をごちゃ混ぜにしたクラスみたいなもんだ。お前らは今、自分と同じ性質のやつらしか知らない。もしそれを卒業まで続けてみたらどうなると思う?」
「えっ……どうなるのかな」
ムエンがわたしの方を振り向いた。 わたしに答えを求めているようだった。
「社会に出た時に、他の性質の人たちと協力して生活しなければならなくなる。協力するにあたって、お互いの性質を知っておかないと、トラブルが起きたりする、何にせよ、違う性質を知っておかないと生活が難しくなるんじゃないですか?」
「当たりだ、ケシ。完璧完璧、模範解答だよ」
チュウギは明るく笑ったが、黒い空気がさらに濃くなった。鬱陶しい。
「だから、性質ごちゃ混ぜのグループを作る。まあこれはどうせまたやることなんだから、今詳しく説明する必要はないんだがな。とりあえず、我々の学年の中心人物、我々の学年を導くものになるってことだ。委員長になるための条件はないが、まあ、リーダーとなれるような人物が好ましいな。あまり成績が悪いやつはなれない。もちろん、今のお前らに成績なんてものがないのは分かっている。だからこそ、今選ぶという行為自体が重大なことだ。
さて、誰が委員長になる?」
その瞬間、キエンとムエン二人ともがわたしを見た。
「絶対ケシがいいと思う!なんかリーダーっぽいし!」
「そうだね、僕もケシがいいと思う。度胸ありそうだし……」
二人の瞳はきらきらとしていた。その光に照らされて、わたしは影になる。影になる?
「二人はそう言ってるみたいだが、どうする?ケシ」
チュウギの瞳の奥に、静かに燃えている炎が見えた。辺りに黒く、濃い霧が立ち込めているにもかかわらず、その炎は存在を放つ。それが今垣間見えた。誰かの瞳に似ている。そうだ、コウンの瞳。コウンより闇がかっているけど、その炎は憶えている。コウンは、白組でどうしているんだろうか。彼は委員長になりそうだな。なんで、そう思うんだろう。なんで、そんなこと考えてるんだろう。
「やります、委員長」