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カミヒトエ  作者: 三日月 翔
3/10

ずっと一緒だ(ⅰ)

担任の先生はチュウギと言った。白髪混じりの髪で、歳は四十歳から五十歳の間ぐらいだろうか。背はそこまで高くないのに、スラッとしていて洗練された雰囲気から、実際よりも高く思わせる。眉間には皺の線がすっかり刻まれてしまっていて、長年眉をひそめていたんだろうな、と思った。

「まず端から自己紹介をしていけ」

などと適当なことを言って、教壇に立つのをやめ、椅子に腰掛けてしまった。

「はいはーい!わたし、キエンって言うの!よろしくね」

さっきの女の子は、そう伸びやかな声で言った。よく通る声だけど、耳にキンキン響くような煩さは感じない。向日葵が、太陽の仕打ちにも負けずに、まるで天を貫いてしまうんじゃないかっていうくらい伸びやかな、明るいかんじ。そうか、この子は向日葵か。暑苦しさをものともしない、爽やかさ。どす黒い空気なんて一瞬にして吹き飛ばしてくれそう。

わたしはチュウギから絶えることなく漂ってくるタバコの煙のような間怠っこい黒色の空気にいい加減うんざりしていた。その黒色の空気は、チュウギを囲む空気からいろんな方向へちょろちょろと伸びていた。何せ、黒い。黒い空気はなんだか、あまり好きじゃない。好きじゃないかんじがする。それを何と呼べばいいのか分からない。なぜ好きじゃないのかも分からない。タバコの煙とは違って無臭だし別にわたしに害を与えてくる訳でもないんだけど、嫌だ。

「次、君の番だ」

チュウギが顎でわたしを指した。そう、こいつはわたしの目の前で足も腕も組んで偉そうに座っていたのだった。

わたしは仕方なしに立ち上がる。ボロボロの椅子が、ボロボロの床と擦れあってキィンと鋭い音を立てた。

「名前はケシ」

そう言って座ろうとすると、座る間もなくキエンの声が飛んできた。

「ねえねえ、質問いいー?うーん、何質問しよ、うーん、そうだ!好きな食べ物何?」

初めから聞きたいことなんてなければ質問なんてしなくていいのに。なぜわざわざ質問しようと思ったのだろう?質問するという行為が目的で、「好きな食べ物が何か」というのはただの取ってつけなのだろう。だったら、その質問に意味はある?なんでそんなことするんだろう。

それに、質問していいかと聞いておきながら返答も待たずに質問している。返答がいらないなら、はじめから質問していいかなんて聞く意味があるのか?なんでそんな意味のないことをするんだろう。謎が多すぎる。

「好きな食べ物は……」

好きな食べ物は?

「好きな食べ物はトマトジュース」

「トマトジュース!?それ食べ物じゃなくて飲み物じゃん」

その時、トマトジュースしか思い浮かばなかった。頭の中の、真っ白な空間の中に、真っ白の靄。その中から靄をまといながらトマトジュースが出てきた。それしか出てこなかった。

キエンの質問も終わり、次の番。

「僕はムエン。キエンは僕と双子で、僕は弟にあたります。どうかよろしく」

猫背でおどおどしながら、先程の男の子はそう答えた。するとチュウギの周りの空気が一瞬ビクッと動いた。

「お前ら、双子だったのか。どうりで似てるわけだ。外見は似てるが、中身は全然似てなさそうだな。どうせ姉の尻にでも敷かれてるんだろ、難儀なこった、はっはっは」

チュウギが笑うと空気もそれに合わせて揺らいだ。笑うと、目尻に細やかな皺が刻まれる。その皺は眉間の皺と違って、ずっとは刻まれていなかった。笑いを終えた途端、嘘みたいに消えてなくなる。消えていなくなる。空気も揺らぎをやめ、またねっとりとした煙に変わる。もっと笑っていれば、その黒い空気は嫌なものじゃなくなるのに。

「よし、お前ら」

そう言ってチュウギは勢いよく立ち上がった。

「キエン、ケシ、それにムエン。1年黒組はお前ら三人だ。お前らはこれからこの俺、チュウギと卒業するまで同じクラスで学び続けることになる。卒業するまで、と言うと気の遠くなるほど長い時間に思えるかもしれんが、実際は一瞬だ。まあお前らにとってはそんなに一瞬ではないかもしれんが、俺にとっては一瞬だ。それまで俺とお前らは、ずっと一緒だ。仲良くやっていこうな」

「えーこのおっさんと四年間も一緒なの?やだなぁ」

キエンが気だるげに言う。

「おい、俺に向かっておっさんはないだろうが。……まあ確かに見てくれはおっさんに見えるかもしらんが、俺は一応お前らの先生なんだからな、先生と呼べ。チュウギ先生でも先生だけでも、なんでも構わん。先生と付いていればなんでもいい。分かったか?」

チュウギの固く握りしめられた拳が、キエンの頭に勢いよく振りかかる。

キャッと叫んで思わず目をつむり、防御姿勢をとったキエンに、振りかかったものは思っていたより軽やかなものだった。殴るんじゃなくて、頭の上にただ拳を置いただけ。キエンも拳骨が来ると構えていたので、拍子抜けしたように顔を上げた。

「バーカ、殴るわけねえだろ。俺らはずっと一緒なんだからな、始めから仲が悪くなるようなことしねえよ。だがな、礼儀ってもんはちゃんと学んでもらわないと。俺はこんなもので済んだが、他の先生ならエラいことになってたかもしれんぞ、おっかないおっかない」

「チュウギ先生」はそう言ってまた椅子に座った。

「今から、嫌なこと、辛いことがお前らに理不尽に降りかかるだろう。だがな、覚えおけ。お前らには俺がいる。理不尽からはできるだけ俺が守ってやる。分かったな?」

チュウギは茶化すようにそう言ったつもりみたいだったけど、その声は低く、少しだけ震えていた。

「そろそろ時間だ、ホームルームは一旦これで終わりにする。今から下に降りて入学式だ」

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