誕生
曇りの空の色。黄色いグレーみたいな色。お腹壊したときのうんちみたいな色。
おもしろい。
空は今にも動き出しそうな顔をしているのに、天井みたいに張り付いて固まっている。絵画の中の人間みたい。すぐにでも動き出しそうなのに、動きをとめられたまま時間が沈着している。そのかたちのままで、どれくらいの永遠を体験したんだろう。そんなことを考えてみるけれど、わたしにはまるで検討もつかない。わたしは動きをとめられたことなんてないし、ましてや永遠も経験したことがないから。
うんちの中で一際目立つ存在があった、それがわたしが向かっている場所。首が痛くなるくらい顔を上げないと、その全貌を見ることはできない。いや、そもそも視界全てに建物を入れることは不可能かもしれない。とにかく広くて、とんがりみたいな屋根が何本も乱立していて、それらが全部繋がっている。くすんだラピスラズリの原石みたいな色をした窓が、それぞれの建物に等間隔で並べられている。窓はじっとわたしを見つめている気がした。
正面には大層な門があった。この地に立っているのが不思議なくらい重そうな分厚い金属がきれいにアーチ型に積まれている。アーチの上部には文字が刻まれていた。イチバン ガッコウ。年季が入っていて、文字からは藻がのぞいている。
「新入生ですか?」
門の傍に立っている黒いマントの人に尋ねられる。その人は顔全体を灰色の絵の具で塗りたくっていた。唇も灰色だから、口を開いた時に歯の白さと喉の赤黒さが際立つ。
わたしが頷くと、さらに黒いマントの人は続けた。
「事前に配布された学生証明書を見せていただけますか?証明書がなければ入校することはできません」
わたしはそれがリュックの中に入っていることが分かっていた。証明書にはわたしの名前と学生番号、わたしの顔写真が記載されていた。
「ありがとうございます。ケシさんですね。こちらの案内所に従って校内にお入りください」
そう言って黒いマントの人は薄っぺらの紙を手渡した。その途端、その人は姿を消した。
辺りにはわたしのように、黒いマントの人に話しかけられている人が沢山いた。全員同じような背格好と容姿だった。そうして用が終わると、まるでそこにははじめから何も無かったかのように忽然と姿を消した。しかしそれを全く気にも止めていない新入生が不思議だった。彼らにとって、それは普通のことなのだろう。
そうして校内に向かおうとした時
「あの」
低くどっしりとした声がわたしの肩を掴んだ。振り返ると大柄な男と目が合った。男はわたしより遥かに背が高い。そして力もあるんだろう、わたしの肩にかけられた手はずっしりと重かった。反対の手で、わたしが持っているのと同じ、案内所を手にしているところから、おそらくわたしと同じ新入生だと思われる。新入生ってことは、わたしと同じ年齢のはず……なのになぜか、男はわたしよりずっと年上のように感じられた。顔が老けている、というわけではない。ただ、なんというか、なんだろうな、何かが年上に感じさせる。それが何かわたしは分からなかった。
男は少しの間固まっていたが、ふと我に返ったようにわたしに笑いかけた。若干息が荒い。走ってここまで来たんだろうか?それも、わたしを引き留めるために?わたしに何の用なんだろう。男は笑顔に載せて「済まない、人違いだったみたいだ。悪いな」
笑って目がさらに細くなったけど、その細い扉から見える目はわたしを直視していなかった。瞳孔がうろうろしている。たまにわたしの目を見たかと思えば、またどこか別のところを見ている。
男はいきなり目を見開いた。そして今度はまっすぐにわたしを見た。笑顔は消え、真面目な表情になる。
「済まない、本当に済まない、俺としたことが」
そう言って、男はわたしの肩から手を下ろした。やっと。
わたしは男に言われるまでそのことを忘れていた。ずっと触れられていたのに、その手の存在を忘れるなんて、そんなことがあるんだ。新たな発見だ。
「これも何かの縁だ。よかったら一緒に学校の中に行かないか?」
今度も男はしっかりとわたしの目を見ていた。目の中にわたしがいる、わたしが写ってる。目の中のわたしも、男をじっと見ている。
「うん、行こう」
それがわたしの発した声だった。