「猫の帽子屋」
「えっと…この角を右だっけ…?」
僕は、藍珈から渡された買う物リストと古びた地図を手に、石畳の上を彷徨いていた。僕はリストに載った品を上から順に見ていく。
二日酔い用に、ペッパーミント、鴨ミール、オレンジターメリック。そして、食あたり用に漢方がいくつか。
これらは藍珈さんが言っていた物だ。だが、その次から何かがおかしい。羊皮紙の端に、前記の三品とは明らかに違う筆跡でこう書かれていた。
『フランスパンとうさぎ食パン。なかったら、なんでもいいから菓子パンお願い』と。
「……あれ、なんか、増えてない?」
探偵ごっことかが苦手だった自分でも、この犯人はすぐに分かった。
「何やってるんだ…リムリンさん……」
♦︎
マージ通りを下っていくと、港に出た。不思議な香りのする潮風が優しく髪を撫でると、まだ上がってきて間もない午前中の陽が遥か彼方まで続く青を照らしていた。
「これは人がいっぱい来るわけだ」観光雑誌で見たとおり、本当にこの街は綺麗だ。ちょっとは怖い目見たけど…。
「まぁ、いっか!嫌なことより楽しいことを考えよ!」
そんな独り言に賛同するように、頭上のウミネコがミャウミャウと鳴いた。
僕は海沿いにしばらく歩いた後、セピア小道という、細い道に足を進めた。
この道は丘の上に作られている為、階段が多く、細くて入り組んでいるので、観光客が滅多に訪れない穴場となっているらしい。
僕は、リムリンから託されたお守りを揺らしてどんどん先へ進んだ。好奇心で速くなる鼓動に合わせるように、お守りも軽快な旋律を奏でる。
目標地点である"猫の帽子屋"には、迷わず着けた。
「おおう…いかにもって感じだな…」
その建物が放つ異様な空気に飲まれそうになり、思わず後退りした。
燻んだ煉瓦には鬱蒼と蔓が茂り、炭のように真っ黒い屋根から突き出た煙突からは、紫色の煙がもくもくと上がり続けている。
僕は意を決して、その錆びたドアノブに手を掛けた。
「こ、こんにちは〜…」
店内の様子は、一言で言うと"巣"だった。壁のように立ち塞がっている棚には、見たこともないような生物の一部や、鮮やかな色をした液体の入った瓶などが陳列している。天窓から差し込む陽の光以外に照明はなく、より不気味さを醸し出している。
そんな店の奥に、その人は居た。
「…おや、お客さんかい?こんなところに珍しい」
空気中に舞う埃とともに、キラキラと輝く白髪。凛としていて、どこかミステリアスな琥珀色の瞳は、真っ直ぐと僕を映している。「ほほぅ?しかも見慣れない顔だなぁ」
「は、初めまして。昨日この街に越してきました、ジュナと言う者です」
その店主らしき女性は、散らかった机越し僕を見ると、薄っすら笑みを浮かべた。
「そうか。ようこそ、猫の帽子屋へ。私は此処の店主をやっているヴァイト・シュヴァインだ。さて、本日は何をご所望で?」