「代償」
歓迎会の翌朝 ー
「ふぅぁ…ぅ…眠い…」新しい匂いのする部屋で起きた僕は、未だしょぼしょぼする目を擦って広間へと降りた。昨晩は孤児院に送る手紙の内容を考えていたから、ちょっと寝不足だ。
「…お腹空いたな…」僕は一先ず、厨房へ向かった。日がそんなに登っていないからか、床はひんやりと冷たい。
厨房の戸を開けると、なにやら香ばしい匂いが流れてきた。
「あぁ、おはよ〜ジュナくん。眠そうだね」
まだボーッする頭をフラつかせて欠伸をすると、カウンターの方から、声が聞こえた。
「おはようございます、藍珈さん」
声の主は藍珈さんだった。彼女は、このギルドで最も僕と歳が近い団員で、主に錬金術師としてこのギルドに貢献しているらしい。歳が近いからか、昨晩の歓迎会ではすぐに意気投合できた。やはり同世代の人がいると心強い。
「皆さん、朝は遅いのですか?」僕は広間の閑散とした様子を見て訊ねた。
「あぁ…それね。普段はこの時間帯に起きてる人多いけど…今日は居ないね」
何かあったのだろうか…。若干の心配が芽生え始める。「僕、ちょっと見てきますね」そう言い、階段を駆け上がった。
二階に着いた僕は「取り敢えず、ツァーンさんを起こそう」と、右に曲がってすぐのドアでノックした。「ツァーンさん?朝ですよ〜」
「……」
だが、返事はない。他の部屋からも音はせず、廊下はシンと静まり返っている。
「は、入りますよ?」何も無いと良いのだが…。僕はゆっくりと扉を開けた。
「ツァーンさ……ツァーンさん!?し、しっかりしてください!」
至る所が青い部屋の中では、ツァーンさんが、部屋と同じくらい青い顔で床にうずくまっていた。僕は慌てて駆け寄り抱き起こした。
「うぅ…気持ち悪い…」ツァーンさんは掠れた声でそう呟くと口をぎゅっと結んだ。
「と、取り敢えずトイレ行きましょうか」僕はそのままツァーンさんの肩を担ぐ状態で立ち上がった。彼の体重が僕の両肩にのしかかる。長身で筋肉質なため、かなり重い。なんとか立つと、一歩ずつゆっくりと前進した。
「さぁ、トイレまであと少しです…頑張ってください」僕は冷や汗を流し始めたツァーンさんを励ましながら足を踏み出す。そんな言葉に、彼はウンウンと声を出さずに頷いた。
そうして、なんとかトイレの前にたどり着いた。
「やっと着きました…さぁ……あれ?」取手を回したその時、
「開かない!?まさかっ…」扉が開かないことに気がついた。ロックがかかっている。『うぅっ…』中では、誰かが苦しそうに呻いていた。既に先客がいたようだ。
その時、
「そろそろっ…ヤバい…っ…」横で青い顔をしていたツァーンが生まれたての子鹿みたいに震えてきた。彼の頰がどんどん膨らんでいく。
「ちょっ…まだ待ってください!ここで出さっ…いやぁぁぁぁっ!?」
その朝、一人の少年の叫びが、アルファネリア上空に打ち上げられた。