「Welcome to Wolfen」
決意を胸に秘めて、僕は扉に手をかけた。
ガチャリ。扉が軋みながらその口を開く―
その瞬間、大きな破裂音が空気を揺らした。
「うぁぁ!?」その衝撃と爆音で僕は思わずひっくり返りそうになって目を閉じた。煙の焦げ臭い匂いが鼻腔をくすぐる。
ゆっくり目を開けると、大勢の人がこちらを嬉々とした表情で覗き込んでいた。
「おぉ!やっぱり姉弟やなぁ、目元とかそっくり!」その集団の一番前に立っていた青髪の亜人がよく通る声で言った。狼…いや、犬かな?その男の頭からは、可愛らしいケモノ耳がひょっこりと顔を覗かせている。
「そうかい?僕は口元が似てると思うけど」すると、その横にいたメガネの男が落ち着いた様子で返す。すると、後ろの何人かが頷いた。だが、そこからまた一人呟いた。
「鼻…かなぁ」
「いや鼻じゃない?」
と言った感じで、騒めきは水の波紋のようにどんどんと広まっていく。
「声だ!」
「声?何を言ってるんだ、顔に決まっているだろう!」
「髪!」
ど、どうしよう…このままだと完全に忘れられる!論争に取り残された僕は、おろおろと思考を巡らせる。だが、出てくるのは支離滅裂な言葉だけだった。
「あぁぁもう!やめいやめい!」危うく処理落ちしそうになった頭を抱えたところで、亜人の男が両手を振り上げ静まらせた。
「全く…賑やかに話すのはええことやけど、それは宴の時にせい。さ、仕事再開や」
我に帰った人々は、しょんぼりとした面持ちで各々の持ち場に戻る。
「あ、あとレン」男に呼び止められたレンが階段の上でビクッと立ち止まった。この混乱に乗じて自室に戻ろうとしていたらしい。
「いつのまに帰って来とったんやね〜、仕事サボって…」
「ま、まぁ…ちょっと弟を助けてて…」と、レンは青い顔でそう答える。だが、
「今日、晩御飯抜きな」男が言うと、レンは渋々階段を降りた。そして覇気のない声で僕に笑いかける。
「じゃあ私、厨房のお手伝いしてくるから…また後でね〜、ジュナ」
「う、うん。また後で」僕は苦笑いで手を振り返す。時々、自分の仕事を放って僕の仕事を手伝ってくれたのを思い出した。村のやんちゃ坊主たちから赤鬼と恐れられていた強さに磨きがかかっても、その優しさは変わっていないようだ。後でこっそり料理を渡すついでに、僕はもう子供じゃないんだから!と言っておこう。
「あ、せや!俺のことはツァーンって呼んで」と亜人の男性は笑顔を浮かべた。
「はい、よろしくお願いします!」と僕は会釈した。
「さて、取り敢えずそれ部屋に運ぼうか」ツァーンが僕の腕にぶら下がるキャリーケースを見て言った。
「あ、はい」僕は自室に期待を膨らませながら応えた。
案内されるがまま広間の階段を上がると、長い廊下に来た。ネームプレートの掛かった扉が等間隔で並んでる。僕の部屋はその廊下の一番奥。まだプレートが掛かっていない部屋だった。
僕より二歩先で扉をあけてくれたツァーンはその特徴的な訛りで言った。
「今日からここがお前さんの寝室や!」
「ここが僕の部屋…!」
シンプルで温かみのある槙のフローリングに、雪のように真っ白な壁。そして窓の下には、見るからにふかふかなベッドが置いてある。
室内を見渡し、僕は軽度の感動を覚えた。孤児院では弟妹たちに踏んづけられて眠り、いつか一人で寝られる日を夢見てきた。そして、それが今ようやく叶ったのだ。
「取り敢えず、荷物開けちゃおう…って大丈夫か!?」ツァーンは、感極まって涙をポロポロと流す僕を見て、慌てふためく。
「いや…一人部屋がっ…ううっ…嬉しくて…」涙でうまく喋れない僕に、ツァーンはそんなに?と聞き返すと、少し引きつった笑みを浮かべた。
「そ、そうか…うん、良かったな!」
「あっ!つーさんがジュナくんのこと泣かせてる〜!」いつの間にか部屋の前に立っていた銀髪の少女が、ツァーンを指差した。
「泣かせてないわ!っていうかつーさんやめい!」ツァーンは尽かさず否定するが、時すでに遅し。少女の姿は無く、フローリングを軽やかに走る足音が響いてるだけだった。
「あぁっちょっと!」
ここが僕の新しい家、この人たちが僕の新しい家族。そんなことを思ったら涙は出てるのに、とても可笑しく感じた。
さて、これからどんな暮らしになるんだろう?