「都会の洗礼」
「はぁ、やっと着いたぁ…」
僕はゆっくりと駅のホームに足をつけた。機関車の蒸気が抜ける音と共に、白い煙がモクモクと周囲に漂い始め、ケモノ耳のついた亜人から、人間種まで、様々な人がその煙を踏んで改札に向かい始める。
神父様とシスターさん、そして弟妹達へ。僕は今、生まれて初めて都会に来ました!
「その建物なら、マージ通りを抜けてすぐだね」
駅員が複雑に入り組んだ地図をなぞりながら言った。その指はこの街のメインストリート、マージ通りを指し示している。
「なるほど…ありがとうございます!」僕は駅員に軽い会釈すると、期待に心を躍らせて歩き始めた。
この街は、ジャファネリアの首都"アルファネリア"。観光業と漁業によって発達しているこの街には、年間、約9万人の人が来るとか。10年前、隣国のロクスウェムが侵略してきてからは、この美しい港町を観に来る人が減ったけれど、最近、また増え始めているらしい。
この街に住む姉さんから送られてきた手紙の内容を復習しながら駅の外に出ると、お昼を報せる鐘が鳴り響いた。
「おぉぉぉぉ!!ここが、アルファネリア!」眼下に広がる街並みに、僕は歓声を上げる。
色とりどりのレンガ屋根が可愛らしく並び、石畳みに描かれた黒猫はようこそ、とミステリアスな目でこちらを見ている。
「あっ!」
そんな街並みの先に、キラリと何かが輝いて、僕は思わず声を上げた。
「海だぁぁ!」
ここが…これから僕の住まう街!
夢にまで見た都会での冒険者生活に、ちょっと浮かれすぎていたのかもしれない。
早速、洗礼を受けることになった。
「おい、そこの坊主」
ふと声をかけられ振り向くと、皮装備をつけた、たくましい巨漢がこちらを上から睨んでいた。その後ろには、ひょろっとした額に傷のある男と、饅頭のように全体的に丸い男が立っている。
「は、はい。何か用ですか?」
まずい…なんか強そうな人来た…!僕は軽く身構えて応える。
「お前、ちょっと金貸してくれねぇか?」
突然の金銭要求に、僕は唖然として聞き返した。
「は…はい?」
「俺たち、今ちょっと困っててさぁ…。あそこの酒屋の主人にぼったくられて、金がなくて帰れねぇんだわ…。なぁ、銀貨5枚だけでいいから…ダメか?」
残念だが、僕の所持金は銀貨3枚だ。普通 子供はそんな金額を持ち歩いていない。ここは、払わない方向で検討してもらおう。
「すみません…そんな大金持ってないのです…他を当たってくれませんか?」
だが、
「チッ…調子に乗るんじゃねぇぞ、このガキ!」男は僕の頭をむんずと掴むとそのまま持ち上げた。周囲の人々がざわつき始める。
「は、離してくださいっ!」
僕は必死にジタバタするが、足は空気を切るだけで、男にはなんのダメージも与えられてない。すると、取り巻きの2人がクスクスと笑う。
「うるせぇ!どんな理由であれ、払えねぇやつはこうしてやらぁ!」
「なんて理不尽な!」
男がその岩のようにゴツゴツした拳を振り上げる。こんなものを何の加護も無しに食らったら、僕なんてきっと一たまりもない。
なんで…初日からこんな目に遭わなきゃいけないんだ…。地元にいた時も、歩いてたら突然石臼が飛んできたりとかあったけど、今回ばかりは酷すぎる…。僕は改めてこの幸薄な体質を恨んだ。
大きな拳の熱が伝わってくる。
あぁ、もうダメだ…と目をギュッと瞑ったその時、ザシュッと何かが切れる音がしたと思ったら、液体がドボドボと滾れ落ちた。生温かい何かが、勢いよく僕の頰に付着する。
「あ……あぁぁぁぁぁっ!!いってぇぇぇっ!?」
男の叫びと同時に僕は地面に落下する。
「いててて…あ…」
僕はゆっくりと体を起こすと絶句した。
目に映ったのは、さっき僕を殴る筈だったゴツい拳と、真っ赤な鮮血の池。そして、無くなった右手を抑えて地面に悶える巨漢だ。
「全く…うちの弟になに手出してるの?」