遥か彼方は何処へ行く
何か盛大な新シリーズって感じするんですけど適当に思い付いたやつを書いただけなんですよね。
「遥か~!起きなさ~い!今日も出かけるんでしょ~?お日様登っちゃうわよ~?」
愛しのマミーの声で目が覚める。ふわふわっと語尾が緩い感じはいつ指摘しても治らない。
パピー曰くその緩さに心惹かれたらしいがイライラしているときに聞くと癇癪を起しかねない。
ふわっとした語尾だけにとどまらず人を駄目にする甘ったるい声がより一層マミーの魅力を引き立たせている・・・のかも。
誉め言葉かはわからないが一度パピーが言った
「母さんはサキュバスみたいだな!」
には驚かされた。マミーも世辞と受け取って喜んでたし。
この家にはツッコミ役は不在みたいだ。まあ家族は私含め3人だけだからね。
そんなパピーが家出をしてから早1年が経とうとしていた。
私は高校2年生になりクラスではなるべく目立たないようにし、さっさと卒業する予定だったのに1年前のあの事件のせいで私はいちやく有名人になってしまった。
そう私、東雲遥かは1年前の旅行の際に髪の毛が金髪になってしまったのだ。
黒髪!ロング!ストレート!私の地味で落ち着いた髪型が金髪になったことによってすべて崩れ去ってしまった。
毛染めしようと何度も美容院に行ったりマミーに染めてもらったが、黒どころか他の色が一切着色しなくなってしまった。この髪色の変色を賢いお医者さんたちは黒神病と呼んでいる。
ああ、一体神はなんてむごいことを私にしてくれたのでしょう。
この金髪のせいで先生には白い目で見られあまつさえ今まで私に見向きもしなかった男共が私にしょーもない想いを打ち明けてくる。
ずっと前から好きでしただ、一目惚れですだの、一週間でいいから付き合ってくれだの。話を聞くだけでも無駄に感じてしまう私の返答はいつも、
「あなたの発した空気の振動に何の価値も感じない。」
我ながらひどい一言だ。この定型文を相手にぶつけるだけで相手は戦意喪失をし、その場にうずくまり咽び泣く。中には、この言葉に心を打たれ、
「一生ついて行きます!」なんて言う輩もいるが・・・。ついて来なくていいぞー他の女探した方がいいぞーって心の中でいつも思っている。
ただありのままの想いを伝えればいいってもんじゃ無いでしょ。面倒だから放置してるけど。ストーカーに発展してないだけましか。
寝ぼけ眼で時計を確認すると時刻は7時45分。さすがマミー、社長夫人だけあって時間には正確だ。重役出勤は社員の士気に関わるから急用が無い限りしないんだって。緩い割にはそういう所しっかりしてる。
今日も出かけるのでさっさとベッドから抜け出す。リビングに行くとマミーはすでに仕事に行こうとしていた。
「おはよ~遥か。今日は何処まで行くの~?」
あー甘ったるい。いつ聞いてもマミーの声は甘ったるい。これでパピーと愛を語り合っていたら私は血糖値が上がりすぎて死んでしまうだろう。
「今日は西の方に行くよ。多分夜まで帰らないかも。」
「そう、じゃあ晩御飯は私だけで食べちゃうわね~。飲み会でも開いちゃおうかしら~。」
「はいはい。さっさと行かないと駄目なんでしょ?私なんかに構ってないで会社行きなよ。」
「わかってるわよ~。それと、まだ今月お人形さんごっこしてないんだから~明日は何処にもいかないでね~。」
そういうとマミーは出て行ってしまった。
お人形さんごっこそれは私の金髪をいいことにマミーが私に色々な服を着せることを指す。先月はゴスロリ。写真を何枚か見たが、我ながら似合っていると確信する。金髪+サキュバス(マミー)の美貌を受けた私を両親は神の子呼んでいる。
ああ、パピーは家出したのは単なる趣味の旅行で家を空けているだけで連絡は出来る。マミーが撮った写真をパピーが見て喜ぶ。帰って来なさいと言えば、まだ目的を達成してないと言う。何が目的か教えて貰えないけどマミーが過労死しないうちに帰って来て欲しいものだ。
朝食にトーストを2枚食してから着替えを始める。クローゼット、タンスを探しても私の持っている服の中にまともな物はない。マミーが買ってきたコスプレ用の服や、街中でこんな服着てる人いたらさすがに浮くだろ、みたいなドレスまで盛りだくさん。以前はTシャツとか普通のズボンとかあったのになー。唯一まともなのは学校に来ていく制服。まともなはずなんだけどそっち系の人から見たらやっぱりコスプレなんだよな・・・。友達と遊びに行った帰りに知らないおじさんに話しかけられたこともある。
「まあいいや、これにしよ。」
一番無難な、という理由で選んだ服もがっつりフリルが付いている。着る分に羞恥心はもう捨て去ったが、歩いているとひそひそと聞こえる声が耳を刺すのが痛い。自慢のロングヘアも金髪になってからポニーテールにしている。だって下すと似合わないし。
着替えが終わる頃には時計は10時前を指していた。いけないいけない。約束の時間に遅れてしまう。
本日の目的地はH県にある黒神病について研究している大学の教授だ。約束は13時だけど新幹線で2時間ほどだから油断は出来ない。
「財布よし、携帯よし、他は特になーし。行ってきます。」
誰もいない家に向かって小さく呟く。この家は明るい人間によって支えられているが、帰りを待つものはいない。
「やっぱダメか~・・・。」
今回の教授も外れだった。とある地域で黒神を信仰してるのは知ってるんだよ・・・。問題なのはその詳しい地域が何処かを聞いてんのにまだ調査が進んでないってオイオイ。結局今日も無駄足だった訳だ。
しかも今日13時からのはずだったのに、あいつ来たの14時だったし。私は時間にうるさい人間じゃないけどさすがに1時間の遅刻はいかんだろ。しかも理由が単純に忘れていた。まさか本気で来るとは思っていなかったんだろう。挙句の果てに
「僕のサンプルにならないか?」
いい加減にしてほしい。ハッキリ言ってあんなやつの遊び相手になるくらいだったらこのまま金髪で過ごした方が数百倍増しだ。初老で所々ハゲが見えているところが何とも痛ましい人だった。あれで独身とは難儀なものだ。すでに日は落ち、前には仕事終わりのサラリーマンが仕事の疲れを忘れるために酒に溺れようとしていた。お腹がすいてきた。教授の話を5時間にもわたり聞き続けた私の肉体は、温かな食事と睡眠を求めていた。
ひとまず食事にありつこう。ファミリーレストランを何軒か当たってみたがどこも人でごった返している。30分待ち?冗談じゃない。私はさっさと食べて寝るために家に帰るんだ。
食べる時間よりも待つ時間の方が長いだなんて言語道断。何処かすぐに食事にありつけるところは・・・。暫く歩くと右手に居酒屋があった。人の入りは少なく入れば食事は出来るだろうが未成年って居酒屋入ってよかったんだっけ?家族で行ったことはあるけど一人で入ったことはない。入った途端に追い出されたりしないかしら。扉を開けるとそこには酒を片手に談笑をしているサラリーマンの巣窟だった。
私が中に入ったことにより空気が変わり私の方に痛い視線が集まる。しかし、少女と分かったのかすぐにそれぞれの談笑の輪に戻っていく。
「嬢ちゃんひとりかい?」
ちょいワルオヤジ顔の店員が声を掛けてくる。
「そうよ。」
一人なのは悪いこととは思っていない。何故人は孤独を嫌うのだろうか。
「んじゃカウンター席に座ってもらうぜ。」
店員に案内され席につく。隣ではかなり酒が回っている上着を脱いだ男が机に突っ伏している。
早々に白飯と揚げ出し豆腐と鶏の唐揚げを注文する。あとオレンジジュース。
料理を待っている間隣の男を観察する。年は30前後といったところだろうか。一人で飲みに来ているようだが、見たところ酒とつまみしか頼んでいないようで男の周りには酒が入っていたであろうコップと小鉢しかない。
「あいよ、嬢ちゃん。オレンジジュースだ。」
「ありがとう。ところでこの人は?」
泥酔した男を指さす。
「ああ、そいつは放っておいていいぜ。週末にここに来てしこたま飲んで少し寝て帰る常連だから。」
特に気にかけた様子も無く調理に戻る店員。店内にはアットホームな空気が流れており、常にどこかから笑い声が聞こえる。初めて来たけどすごく居心地がいい。
この男もこの空気感が気に入ってここに居座っているのかもしれない。
揚げ出し豆腐を食べていると、男がむくりと起き上がり辺りを見回している。こちらを見ると急に身だしなみを整え始めた。すると急に、
「ぁんたぁ!すぅごぉい綺麗だねぇ!お人形すぁんみたいだぁ。」
明らかにろれつが回っていない。しかも第一印象お人形とか喧嘩売ってんのかこいつ。いけない、大の大人相手に喧嘩を売るなどと・・・冷静になれこいつはただの酔っぱらいだ。さっさと食べて出て行こう。
慌てて唐揚げを口に入れていると、男が聞いてくる。
「今日ぅは、何処から来たんだぁいぃ?」
駄目だ明らかに口説きに来ている。しかも酒臭い。相当な量を呑んでいるようだ。
「東の方から。」
なるべく簡潔に答えて箸を早めるさっさと退散したい。
「偉いねえ・・・俺だったら絶対に迷子になっちゃおうよぉ~。絶賛人生の迷子中だしねぇ・・・。」
そんなにしみじみ言われても返す言葉が無い。まだ17年しか生きてない少女に迷子といわれても。あんたは子供じゃないんだから。一応興味を持ったので聞いてみる。
「何で迷子なんですか。」
「上司が言うことは頓珍漢だしぃ、俺だけ当たり強いしぃ。彼女はすぐ怒るしぃ。俺もうすぐ30だぜ?結婚しようよって言ったら出ていっちまったんだよ。今日一緒にここで飯食う予定だったのになあ。」
酔いが醒めてきたのか上機嫌から徐々に愚痴に変わっていく。遠くから「やーい、信ちゃん振られてやんのー!」という声が聞こえてきた。信ちゃんは「うるせー!ほっとけー!」と返している。
「嫌ならやめたらいいじゃないですか。全部やり直せばいいじゃないですか。」
「嫌だよ。ぜーんぶひっくるめて俺の人生なんだから。やり直しなんてきかねえんだよ。何が起ころうが怒らまいがぜーんぶ俺の人生のイベントなんだよ。それに辛いことばかりじゃねえ。頼りにしてくれる後輩。こうしてうまい飯を食えるってのが俺にとっての幸せなんだよ。楽しく飲み食いできねえ女なんて俺には必要ねえ!」
持っていたコップをダンッと机に叩きつけると。周りから拍手が聞こえてくる。「よっ!信ちゃん男前!」「早く新しい相手見つけろよー!」などなどのヤジが飛んでくる。
「私は・・・。この髪をどうにかしたくて、この髪をどうにかする方法を探しているんです。」
「ええ?似合ってるのになー。どうして金髪が嫌なんだ?」
「金髪になってせいで皆が私を見る目が変わったの。今までは見向きもしなかったくせに。もう特別扱いは嫌なのよ。だから私は黒髪に戻して元の地味な私に戻るために日本中を旅してるんです。」
「へえ~まだ若いのに。けどさ、何もしなくてもちやほやされるのって今のうちだけだぜ?大きな変化があるからの注目だからかもしれないが、大人になるとそう簡単には変われねえ。嬢ちゃんは旅してるのは楽しいか?」
何故私をみる大人は私の事をお嬢ちゃんって呼ぶのだろうか。まあ、お嬢様に見えるだろうし、実際お嬢様だし。
「そりゃ楽しいですよ。今まで行ったことの無い場所に出かけるのってすごく楽しい。迷いながらも初めて会う人を訪ねるときの緊張感。私の望みの答えを出してくれるかどうかの期待。家に帰ろうとしている電車に乗った時のあの安心感はたまらなく好きです。」
「でもその旅も髪が戻っちまったらそれまでだろ?嬢ちゃんはそこで旅をやめちまうんだろ?」
「それは・・・。」
答えに詰まる。確かに考えたことは無かった。私はこの金髪が元に戻ったら旅をやめるかもしれない。だって私には旅をする目的が無いんですもの。元々アウトドア派な性格じゃないし。出来るなら誰にも見られず暗い場所に引き籠っていたい。そんな私を突き動かすこの金髪は神様がくれた贈り物かもしれない。折角の機会を大切にしないのは惜しい。そう考えるのも悪くない。
「旅をやめるなとは言わない。真実を追い求めるなとは言わない。けど、もう少し神様の贈り物を楽しんでもバチはあたねえんじゃねえか?」
確かにそうだ。この金髪を褒めてもらったことはあってもそれを嬉しいと思ったことは無い。誰かに自慢したことも無かった。そういった点では私は人形だったのかもしれない。
「そうですね。見ず知らずの人のここまで言われるとは思っていませんでしたが、あなたに免じて私が金髪になってよかった理由をもう少し探してみます。」
そういって私は席を立つ。
「信ちゃんって呼んでくれて構わねえ。それにまた来てくれるんだろ?俺はそう信じてる。」
グッと親指を立ててアルコールが回った赤い顔で笑顔を作る。何てご機嫌な人なんだろう。
「勝手に約束なんかして。守らなかったらどうします?」
口角を吊り上げ笑みを作る。今度お嬢様風の笑いを練習して実践してみよう。
「お前は絶対約束を破らない。お前の顔にそう書いてあるからな。」
「フフッ勝手な人。さようなら、また逢う日まで。」
会計を済ませ入口まで来た時だった。
「おい待てよ!俺は嬢ちゃんの名前聞いてねえぞ。これじゃ約束にならねえよ。」
店中に響き渡るほどの大声で私を呼び止める。振り向くと信ちゃんは席を立っていた。もし私が振り向かなければ私を追いかけてでも私の名前を聞こうとしただろう。
「東雲遥か。今度出会ったら遥かって呼んでいいですよ。」
そう告げて私は居酒屋を後にした。居酒屋の名前が「であい」だったことに何かの運命を感じつつ私は帰路を辿った。私が帰った時にはマミーはすでに寝ており、ビール缶がいくつか机の上に放置されていた。
大人はすごい。アルコールを含んだだけの飲み物で、山の様な仕事に立ち向かっていけるのだから。果たして今の私にはそれは出来るのだろうか。
いつか来るかもしれない日々を思いながら私は床に就く。
夢の中で誰かが私に語り掛ける。マミーのようなそうでないような声。でもその声はとても温かかった。
「遥か、彼方は何処へ行くの?」
私は笑顔でこう答えた。
「ちょっとそこまで。」
うーん。続くんかね、これ。まあ多分続き出ても数か月後くらいだし。いい感じに続きを思い付いたら書きます。