第五話:黒尾 夏様
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麻痺毒だと思っていたけれど何かが違うみたいだ。その証拠に、レベルもステータスも明らかに俺より高いリーネやルクスが倒れ伏している中、恥ずかしいまでに1という数字がならんだ俺の方は体に異変を感じるどころか、かえって元気になった気すらしてくる。
まあ、それは気のせいだとして、俺が無事なのには理由がありそうだ。
黄色い霧は俺の視界だけではなく、大きなハチの魔物──ハッチーの視界も塞いでいる。後ろで蹲ってしまっている彼女たちを助けて逃げるならば今の内だ。
「大丈夫か!」
「なん……とか……。私は大丈夫ですがルクスが……!」
見ればリーネの近くには小さな水瓶が転がっている。
彼女の口元も微かに濡れている。中の液体を飲んだのか。
しかし彼女の身体の痺れは取れていない。という事は解毒薬ではなさそうだ。なんにせよ重体のルクスとリーネとレベルが1で装備も固定されてしまっている俺では目の前の巨大な魔物には太刀打ち出来そうにない。
「覚えておけよっ! いつか倒してやっからな!」
そんなある意味テンプレートな捨て台詞と飲み干された水瓶だけを置いて、俺は二人を脇に抱えて脱兎の如く逃走するのであった。
◆◇◆◇◆◇
「レンシュウの森にハッチーが出現した……?」
俺が駆けこんだのはあの教会だった。
RPGをしたことがある経験は数少ないが、呪いや状態異常の解除と言えば真っ先に思いつくのは教会だった。
加えて言えば、リーネの所属している教会でもある。であれば、信徒である彼女を見捨てるとは思えないという打算的な考えもあった。
教会に駆け込み開口一番で報告したのは巨大なハチの出現についてだった。
というのも、あの時のルクスの驚き方は、「小さなハチと大きなハチを間違えた」程度ではなく、完全に予測していなかった──本来ならあり得る筈がないといった驚き方だったという事と、なによりリーネの話の、ハッチーはあの周辺の森では絶対に現れないという言葉から何やら不穏な空気を感じ取ったからである。
ちょうど、全身が痺れて動くこともままならない二人を担ぎ込んだ時には、教会はがらんとしていた。
つい先ほどとは打って変わっての静寂に少し面食らってしまったが、後から修道服に身を包んだ柔らかな笑みの女性が出てきて二人を介抱してくれると言ったのでそのまま引き渡した。
そしてハッチー──ハチの上位互換である個体の出現を報告したのである。
「おかしいですね。ハッチーは元々、群れを成して襲ってくる類の魔物です。ですがユージン様の話では一匹だけだったと」
「はぐれがいたのかもしれないが……」
「ありえません。ハッチーもハチも仲間の事を匂いで区別しています。そのため嗅覚が異常に発達し優れていることから、討伐には必ず濃度の高い香水を持参するほどです」
「俺たちが森に着いた時にはそんなに特徴的な匂いはしなかったな」
「であれば、付近の冒険者が戦闘中だった可能性も少ないでしょう。……これは憶測なのですが、どうやら最近、レンシュウの森付近で強力な毒をもったドラゴンが発見されたようなのです」
声を潜めると、掌で口元を隠しながら身を寄せる。俺も聞き取りやすいように耳を傾けた。
「ハッチー達はそのドラゴンに追いやられてこんな浅い森にまで出てきてしまったのではないでしょうか」
「こんな事が頻繁に……いや、あったらルクスが気が付いてるはずだもんな」
レンシュウの森に入る直前、参考程度にとルクスの職業を聞いていた。彼女は「一応、狩人として狩人ギルドに登録してある」と言っていた。
つまり、彼女はそのギルドという集まりの中で情報が得られる立場にある上、狩人という斥候の役割を持った職業に就いていたのだ。そんな彼女が俺のあの時の反応を見て“立ち向かう”といった判断が出来ただろか。
「ええ。私もルクスは腕のいい狩人だと聞いています。そんな彼女が毒に侵されて戻ってきた姿など、私は一度も見たことがありません」
「解毒薬なんかは置いてないのか?」
「それは……」
聞くところによると、どんな毒でも即座に直してしまうような万能の解毒薬など、この世には存在していないのだそうだ。ゲームを模した世界ならそんなアイテムがあるのかもしれないと期待したのだが、そんな都合のいいアイテムはどこにもない。
ならばどうするのかと考えたのだが、まるで人の心でも読んでいるのかと疑いたくなるようなタイミングで目の前の女性が教えてくれた。
曰く、毒にはその毒を打ち消すための物がこの世には存在していて、その毒にはその毒の特効薬を作らなければいけないという。
そしてその特効薬を作るためにはその毒素を持ち帰り研究する必要があり、その毒素を持ち帰るために、特効薬の存在しない毒をもつ相手に立ち向かい素材を持ち帰らなくてはならない。何という悪循環。
そんな死と隣り合わせの仕事など誰もやりたがらない為、簡単に倒せるような魔物の毒以外の特効薬など存在しないのだそうだ。
ならばどうやって毒を治しているのかと聞くと、ゲーム脳ならではの簡単な答えが返ってきた。
「この世界には極稀ですが“解毒”のスキルを所得出来る人間がいます」
教えられて自身のステータスを見てみると、スキルポイントが一つ減って『9』になっていた。
恐らくは『異言語理解』のスキルの獲得に使ったのだろう。
現在のレベルとステータスで所得出来るスキルが決まっているらしく、残りのポイントで所得出来るもので目立っているのは以下の物だった。
◆『火の矢』:5
◆『小癒』:4
◆『斬属性付与』:7
これのほかにいくつか、スキルポイント10や12の消費で獲得出来るものもあるが、それは現在の俺では所得出来そうになかった。
解毒のスキルは、探してみたけど見つからなかったので、今のところではあるが俺は獲得出来そうにない。
「“解毒”のスキルは希少です。それこそ、毒素の構造を一瞬にして本能で理解し、適切な処置を施すことで毒を癒すことが出来ます。そのようなスキルを持つ者たちを私たちは“解毒師”と呼んでいますが、彼らもまた数人という単位でしか存在しませんのでなかなか会うことも厳しいのです」
それが今回はたまたまこの教会に足を運んでくれていて、たまたまそこに俺が駆けこんだという事らしい。
俺の知っているゲームでの毒と言えば放っておけば直るし、気になれば解毒草なんかで治していたイメージしかなかったから忘れていたが、そうだった。
俺はまさに、その毒を飲んで死んだんじゃないか。
忘れかけていたあの時の苦しみが今、鮮明に蘇る。かつて住んでいた世界だった日本での苦痛が、毒を飲んだ後の苦しみが、鮮烈に脳裏を焦がす。
そうか、リーネやルクスは今、同じくらいの苦しみを感じているのか。
「幸い、解毒師様の腕は確かですし、溜め置きしていた回復のポーションも残っております。リーネもルクスもホラ、どうやら処置が終わって戻ってきたみたいですよ」
そう言って左右に軽く振って見せるのは、あの時リーネが飲んでいた小さな水瓶だった。
あれは回復ポーションだったらしい。毒を癒す力こそ無いが、飲めば痛みの軽減と体力の僅かな回復を手伝ってくれる飲み薬のようなものだと教わって、少しどうぞと三本だけ分けて貰った。
まだ覚束ない足取りだが、リーネとルクスが肩を支え合ってこちらに歩いてきている。
「大丈夫か?」
「え、ええ……。ありがとうございます、ユージンさん。お陰様で助かりました」
「……悪かったわね、バカにして。あと、助けてくれてありがと」
自分勝手に突っ込んだ結果、二人して毒を浴びるという結末に陥れた張本人であるルクス先生は、バツが悪そうに顔を赤らめてそっぽを向くと開口一番にそう謝ってくれた。
こちらも変に煽ったのだ。お互い様だと言って体の具合を尋ねる。
「まだクラクラしてるのよ。致死性の毒だって聞いていたけれど、リーネのポーションが聞いたのかしらね」
「ええ、一瓶しか持ち合わせが無かったので半分になってしまいましたが。後はユージンさんの適格な判断のお陰ですね」
「そうね。あの場で戦おうとせずに逃げてくれて助かったわ。そんな無茶な戦いを挑んで死んでいく新人の後が絶たないのよね」
どうやらあそこでの判断は間違ってはいないようだった。それを聞いてほっと胸を撫でおろす。倒せとか言われたらどうしようなんて考えていたのだが、杞憂に終わってよかった。
譲ってもらった回復のポーションをどうしようかと弄んでいると、リーネから革袋を渡されたのでそれに詰め込む。容量は期待していたものよりも小さく、三本の小瓶を入れただけでそこそこパンパンになってしまった。
「それにしてもいいのか? ポーションも革袋も貰っちまって」
「ええ、どうぞ持って行ってください。実はこれ、あまり知られてはいないんですけど、新人の冒険者様なら誰でも受け取ることが出来るモノなんです」
聞くところによると、新入りの冒険者である証を見せれば誰でもここの教会で施しを受けることが出来るのだそうだ。ただ、あまり広くは知られていない一種の裏技のようなモノなので、ほとんど受け取りに来た冒険者等いないのだと言う。
全ての小瓶を詰め終えたのを確認したリーネから、さらに小さめの布袋を渡される。口の部分にひもが付いており、腰のベルトに通して携帯出来るようになっている。
中には三十枚ほどの硬貨が入っていた。
「こちらはお金です。ユージンさん、ステータスを確認した時に分かったのですが無一文ですよね……?」
「ぐ……そういえば」
こちらの世界に来た時、俺は死んだ後だった。よく、死人に三途の川の渡し賃を持たせるなんてモノがあるが、独りで勝手に死んだ俺がそんなものを持っているはずもなく、俺はずっと無一文だったのだ。
ずっと現実から目を背けていたのだが、お金まで恵んでもらえるとは思っていなかった。
「いいのか?」
「ええ。これも、全ては聖母神様からの施しです。どうか受け取ってください」
聖母神。
リーネたちが信仰している神様、だったか。随分と器のデカい、というか懐の深い神様もいたものだ。見ず知らずの、しかも住んでいた世界が違う人間にまでお金を恵んでくれるなんて。
ありがたく頂戴しておく。
「すまないな。ありがとう」
「いいえ。……私はこの後、泊りがけでのちょっとした用事があるのでこれ以上の冒険に付き合うことが出来ませんが、ユージンさんのこれからの活躍を期待しています」
そう言うと両手を組み、祈りの拳を握るリーネ。聖母神への信仰は欠かさない。
「ごめん、ユージン。私もそろそろ戻らないと……。コレ! 今朝配ってたのを一枚拾ってポケットに突っ込んでおいたんだ。不甲斐ない結果に終わっちゃって申し訳ないけど、次も何かあったら誘ってね。今度はちゃんと、力になるからさ」
ルクスはそれだけ言って何かの紙を手渡すと、まだフラフラとしている足で教会を出ていってしまった。
気が付けばリーネもいない。
さて、これからどうしようかと考えた時、先程ルクスに手渡された紙が何なのかを確認していなかったことに気が付き内容を確認する。
まず目に入ったのは、“冒険者ギルド登録必須”の一文。どうやら冒険者のギルドに登録しないといけないらしい。次に目に映ったのは、やけに派手な色をしたタイトルで、若い男女の人間が、剣を片手に拳を上げるイラストが添えられている。
そこに書いてあったのは、『初心者の冒険指南合宿』という物だった。
どうも、初めまして!
五番手担当の黒尾 夏と申します!
小説を書くのはこれが初めてで、だったら他の方と一緒に書きながら学べるリレー小説に参加したいなと思ってこの小説に参加させて頂きました!
暫くはこの小説の行く末を見守りつつ、その指針を決める一メンバーとして皆さんと一緒に盛り上げていければと思います!
それでは、次の僕の番でまた会いましょう!