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西條あかりとゾンビ達

 カメラを持つ生徒ゾンビ・西條あかりは聖ミケランジェロきっての情報通だと脇沼氏に紹介され、俺と五十嵐先輩はテンションがマックスになった。


「あの、写真に収めたいほどのステキな場所を知らない? できればお姉さんに教えてほしいな~」

「ぎゃう?」

「俺も教えてほしいっすよ! もうすっかり夜になっちゃったけど、ミッドナイトを撮れる場所紹介してほしいっす!」

「あーう……」

「ゾンビも夜は寝るものなの? 睡眠は必要とするのかしら……あー、私ってなんて世間知らずなの! あぁ、これはもう知らずにはいられないわね!」

「ぎゃうん……」


 悩むあかりちゃんが、こくんと頷き校舎の中へと歩く。

 俺と五十嵐先輩は慌ててついていくことになった。


「ねぇ父さん。あかりちゃんに任せて大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。あいつに限って悪いことはしないと思うが……いや、心配だな。何なら尾けてくか? 尚吾はどうする」

「ボクも祐介兄ちゃん達のはしゃぎっぷりを見たいかな」

「くっくっ……決まりだな」




*****


「ここは……」


 茶道部のプレートが書かれてある部屋に入る。 

 電気を点けてもらい、部屋の中に入ると鹿威しの音が聞こえた。


 カコーン……


  カコーン……


「風流よね……え、西條さん?」


 畳の部屋で周りを見渡していると、五十嵐先輩が西條さんに腕を引っ張られた。


「ぎゃう、がーう」

「え!」


 部屋に連なる部屋からわらわらと女子生徒ゾンビが群がってきた。目の焦点も合ってないけど俺達が来たことが分かったのか。緑色の粉末を適当の量で茶碗に注ぎ、どこからかポットを持って湯を注いでいる。

 俺と五十嵐先輩が茫然と見つめていると、女子生徒ゾンビが茶筅を持ってゴリゴリゴリ、と乱暴にかき混ぜる。まだ塊が浮いている――俺と五十嵐先輩がゴクリと唾を飲み込むと、茶碗を差し出してきた。


「こ、これを飲むの?」

「ぎゃーう♪」

 

 女子生徒ゾンビもコクコクと頷いてくれている。ここでゾンビのおもてなしを無下にできようか。まず五十嵐先輩が勇気を持って飲むことに。頑張れと心の中で応援していると、五十嵐先輩が涙目になった。これは相当苦いのでは。

 お茶をかき混ぜた女子生徒ゾンビは不思議そうに首を傾け、ふたたび茶碗をかき混ぜる。溶けきってない抹茶をこれまた俺が受け取り、ひと思いに一気飲みすると吐き出しそうになった。


「ぶはぁっ! ううぅ、にがあ~~!」

「むぐぐぐ、ぅぅぅ」

「ぎゃっす! ぎゃっす!」


 西條さんが指で示すから、茶菓子を慌てて口へと放り込む。もぐもぐ口に含ませていると、苦みが消えて生き返ったようだ。


「これもゾンビ特集のためよ……波多野くん、撮れてる……?」

「えぇ……ばっちりすよ~~……」


 これこそボスが求める体当たり取材だ。

 俺も五十嵐先輩もへなへな状態で畳に突っ伏する。


「ぎゃふ?」

「どうしたのかと聞いてるぞ」


 笑いを堪えきれないと言った様子の脇沼氏が、西條さんの翻訳をしてくれた。今はそれが有難いようで、有難くないような複雑な気持ちだ。


「ははは……気にしないでくださいっす」

「あー、あー……」

「けっこうなお点前でしたって! よかったね、祐介兄ちゃん、祐子お姉ちゃん。」


 あはは、と尚吾くんが笑いながら茶菓子を食べている。深紅色の瞳で彼らに語り掛けているのだろうか、脇沼氏や尚吾くんは茶菓子だけ口に含み咀嚼している。


「ぎゃっ、ぎゃっ♪」

「次はプールに行こうだとよ」


 これまた広い場所にあるプールで、ゾンビ生徒達は蠢いていた。

 

「……溺れてるっすね」

「ぎゃっ、ぎゃっ♪」

「お前もどうかと聞いてるぞ」

「遠慮するっす」


 ビート板片手に泳ごうとするも、やっぱり溺れるゾンビ生徒らにビデオを回す。ぷかりと浮かんで自然に身を任せるゾンビもいた。


「ここはあまり良い画が撮れなさそうだな」


 脇沼氏が自分の肩を揉んでいると尚吾くんが心配そうにのぞき込んでいた。親孝行でもしたいのか、腰を低くした脇沼氏に尚吾くんが肩をトントンと叩いている。

 

 尚吾くんの嬉しそうな顔をビデオ撮りしつつ会話を進めた。


「そうっすね。でも多少コミカルな動きが撮れたっす」

「ゾンビ生徒達が泳ごうという動きを見れただけでもラッキーです。ね、波多野くん」

「はいっす」

「ふふ、だんだんゾンビというものがわかってきたわ」


 目がギラついてる五十嵐先輩は、次行くわよと張り切りだした。

 次は理科室――


「ゾンビが白衣を着てる」

「自分の眼球や内臓を顕微鏡で見てるわね。貴重だわ……」


 言わずもがな、模型を見てかじる者がいたが硬くて噛めないといった様子だ。これまたコミカルだなぁと思いながらも、ビデオ撮りはどんどん進む。

 

 そして次は放送室だ。

 ゾンビ達の好きな音楽を流すとダンスを踊りだすものや、動きが止まるゾンビが多数いた。

 

「ゾンビ達って音に敏感よね」

「そっすね、人間目掛けて襲い掛かってくる奴らばっかりだったすから」

「波多野くん……」

「さぁ、どんどん撮っていくっすよ」


 ダンスしているとこ撮り、いよいよビデオの容量が少なくなってきた。体育館に行けばバスケットボールでころころ転がしている生徒ゾンビがいる。ビデオを五十嵐先輩に手渡し、ボールをシュートするとゾンビ達が群がってきた。


 怒らせたか? いやでもそんな風でもない。

 転がったボールをもう一度手渡されたのでバウンドさせていると、ゾンビ達も真似したいらしくボールに触りだした。


 ボールがない生徒は自分の頭をボール代わりにする者もいる。ゴロゴロ転がしては満足してシュートしていた。入らないけど――


「楽しそう……」

「奴ら、まだ新薬飲まずだぜ。いい加減ゾンビに飽きてくれたらこちらとしても楽なのにな」

「え、それって」

「人間に戻りたくないという意識がこちらまで届くんだ。おかしな反応だろう?」


 真実はいつも優しいとは限らない。

 俺と五十嵐先輩は、茫然としながら生徒ゾンビ達を眺めていた。





*****


 食堂まで戻ってきた俺達は、そっと扉を開けて中を窺い見る。響子さんが食器をせっせと洗ってくれていた。待ちきれないといった感じの脇沼氏が堂々と扉を開けると、響子さんがパッと顔を上げる。


「あっ、お帰りなさい東吾さん、尚吾くん!」

「ただいま、響子」

「ただいま~、響子ちゃん!」

 

 響子さんが走り寄り、脇沼氏にダイブしてそれを難なく受け止めている。尚吾くんを抱きしめた響子さんが俺達の方を向いて笑顔になった。


「ダブル裕ちゃんどうだった、ミケランジェロの生徒達は」

「あ……はい、面白かったす」

「でしょうね~……あの東吾さんが手こずってるもの」

「え?」


 お茶でもしようか? と聞くから遠慮しておいた。

 響子さんにこれ以上気を遣わせるわけにはいかない。脇沼氏がジト目でこちらを見てくるのだ、空気を読まねば。


「それはそうと、手こずるって一体……」

「東吾さんは、ゾンビ達を治すために新薬を飲めって説得して回ってるんだよ」

「じゃ、じゃぁ、彼らは進んで薬を飲まないと……?」

「治せる者と治らない者の区別でもついてるんじゃないかなぁ……自分だけが人に戻っても仲がいい友達はそのままだからね……気おくれしてるのかも」

「そんな……それじゃぁ、完全には人間に戻れないかもしれないんですね」

「東吾さんやわたしみたいに、統率者の力を顕現できればと思ったんだけど……」

「せいぜい西條あかり止まりだな」

「が~う♪」

「ボクは~?」

「尚吾は別だ。俺の遺伝子を持ってるんだから」

「へへ……」


 響子さんの頬にスリスリ寄せて、脇沼氏は至福の時を過ごしている。次いでその反対の頬に同じく尚吾くんがすり寄せて、親子三人が幸せそうに微笑んでいた。


「あの……俺はもう寝るっすね……おやすみなさい、響子さん、脇沼氏、尚吾くん……西條さん」

「おやすみ。あ、最初の部屋に案内したとこ覚えてる? 祐子さんはその隣の客室だからね」

「ありがとうございます、ではまた明日……」

「ゆっくり休んで下さいね、おやすみなさい……」

「が~う♪」


 4人と別れ、五十嵐先輩と廊下を歩く。

 校内ではまだダンスの音が流れてるから、楽しそうなゾンビ達を横目にしながら三階を目指した。


「さすがに疲れたすね、先輩」

「えぇ……でも良い動きが撮れたわ」


 階段の手すりから滑り落ちるゾンビ生徒を見るも、こちらもやはり楽しそう。かなりはっちゃけているようだが身体の方は大丈夫なのだろうか。骨が折れた音がこちらまで聞こえたのだが。


 五十嵐先輩と部屋前で別れてベッドに沈み込む。

 今までのことを要約すると、彼らゾンビは今の状況を楽しんでいるかのようにも見える。西條さんの案内のおかげで、様々な場所も案内してもらえたし、独りよがりの視点でゾンビ特集を組まなくて良かった。



「明日になれば分かるって、脇沼氏は言ってたけど……もう分かった気がするっすよ」



 ゾンビ生徒達は今の状況でいかに生活していくかを模索している気がする。そんな想いが感じ取れたのだ。今はそれで良いのかもしれない。あとは勝手に時間が過ぎていくだけだ――うつらうつらと考えながら、俺の身体はベッドに沈み込んだ。







***


 ガーガーと音がうるさい。

 少しずつ瞼を開けると、ゾンビ生徒が掃除機をかけていた。


「……はようございます」

「あー、あー……」


 客室は響子さんがベッドメイクしてくれているものだと思ってたのに違ってた。これか、脇沼氏が言いたかったことは。


「うぅ……」

「あっ、シーツを洗うんすかね。ありがとうっす」

「あーう……」


 丸ごとシーツを持ってかれた。

 そして気づく――





「ビデオが無ぇ――ッ!」




 昨夜はあのままベッドの横に置いてたんだ。

 明日、リュックに入れてもいいかなって気軽に思ってて。これは俺の失態だ、早く取り返さないと。



 上半身裸のまま廊下を歩くと、可愛いパジャマを着た脇沼氏のギョッとした瞳と目が合う。



「てめぇ! そのなりで響子を襲うんじゃねぇだろうな!」


 モコモコ姿の脇沼氏を見ても怖くないが、この人は真正の統率者なので怒らせたくない。フルボッコにされてゴミと一緒に道路に捨てられるのなんて嫌すぎる。


「違うっすよ、俺のビデオ、掃除してくれた生徒ゾンビが持ってっちゃって……」

「……朝っぱらから手間掛けさせやがる。来い……」


 リネン室まで脇沼氏が案内してくれた。

 これで一安心だ。でも掃除機かけてくれた生徒ゾンビが居ないぞ。


「どいつだ、ビデオを持ってった奴は」

「あーう、あーー」


 いつも思うが、脇沼氏はこの短い返事でどうして会話が成り立つのか本当に不思議だ。


「外の物干しにいるってよ」

「ありがとうっす!」


 慌てて外側に通じるベランダに出ると、掃除機かけてくれていた生徒ゾンビがいた。


「あの、俺のビデオ、持ってなかったすか。こう、黒くて中くらいの……」

「あー、あー……あ……」

「「あ??」」


 ビデオを持った腕が丸ごと落ちて、三階から一階へと落下した。こんなとこで破損するなんて、五十嵐先輩に怒られてしまう。俺は内心悲鳴を上げて、すぐに落下した場所まで猛烈に走った。


「おいおい、腕が空から落っこちてきたぞ! あぶねーじゃねぇか」

「あっ、そこの外国人、それ俺のっすよ」


 金髪男がキャッチしてくれたのか、俺は大喜びでそれを取ろうとするも、かわされて返してくれない。


「お前のって証拠はあんの?」

「こいつに返してやれ、シャナマン」

「トーゴ! こいつお前の知り合いか?」

「まぁな……」


 若干疲れめな脇沼氏が金髪男に言うと、やれやれと言った感じでビデオを返して貰う。


「トーゴはつれねぇな。全然変わっちゃいねぇ」


 ニヤニヤした表情で煙草に火を点ける金髪男に、脇沼氏がひったくり靴で踏みつぶした。


「ここは禁煙だ。吸うなバカ野郎」

「おー、トーゴは怖いね」

「……おい、お前がここに居るってことは……」

「はは、お嬢も来てるぜ」



 おでこに手を当てて空を仰ぐ脇沼氏に、俺は何が何だかついていけなかった。





***


「なんてことっ! わたしという婚約者がいながら、トーゴさまはまた浮気相手を誘い込んでっ!」

「えぇぇっ!」


 俺と脇沼氏、金髪男が客室に戻ると、隣からきゃんきゃん吠える甲高い声が聞こえた。恐る恐るのぞき込むと、五十嵐先輩が金髪女性に襟ぐりを掴まれていた。


「せっ、先輩!」

「は、波多野くん! これ一体どうなってるの」

「それは俺も知りたいっすよ」

「……俺から紹介する。マリー、静かにしてろ」

「はい、東吾さま♪」


 脇沼氏の腕を絡めとった女性の腕をやんわりと外してこほんと咳払いする脇沼氏。俺と五十嵐先輩は静かに発言を待った。


「マリアンヌ・トレーバー。俺の妹だ」

「婚約者ですわ! 東吾さま」

「こいつがシャナマン。マリーの護衛」

「よろしく」

「そしてこのいかついドレッド頭もマリーの護衛。ドルイドだ」

「よろしく、ジャパニーズ」


 俺と五十嵐先輩は海に投げ出されたいかだのようだと表現したかった。それくらいのインパクトが俺達を襲ったと言っても過言ではない。




この辺からお話を変えたりするかもしれません。あしからず

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