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死者は笑う

波多野くん視点です

 もっと荒んだ部屋を想像してた。

 だからどんなに血みどろの部屋でも驚かないぞと意気込んでたんだけど。


「どうぞ~。いま窓を開けるね」

「あ、はいっす……」


 机の上は整頓されて、ワードローブに乱れた後もない。もっと乱雑かと思っていただけに肩透かしをくらった。ただ、割れた窓にビニールテープが張り付けられた箇所を見ていると、何かしらの暴動でも起こったんだろうなと推測する。

 しっかりと補強されたビニールテープの上を指でなぞっていると、尚吾くんがぴょんと肩に飛び乗ってきた。脇沼氏の息子だけあって似てるから、至近距離で見るとすごくビビる。

 

「えっとねぇ、何もすることがないからって、ゾンビ兄ちゃんやお姉ちゃんが片づけてくれたんだよ」

「えぇ……で、でもそれって自主的にってことで?」

「正確に言えばちょぉっと違うかも……ね、父さん」

「秘密だ。明日になればわかる」


 シー、と尚吾くんに指を当てる脇沼氏を見て、口をだんまりさせてしまった。俺と五十嵐先輩は不思議に思ったけど脇沼氏の思惑があることを知り、それ以上追及できるわけない。パラパラとノートを捲っていると、落書きされた絵があった。

 特に大事なことを書いてるわけじゃないけれど、ここに宿泊した人たちが自由に書いてもいいことにされているんだろう。元の場所に戻しておいた。


「次は食堂に来い。響子がメシをごちそうするってさ」

「響子さんの!」

「わーい、響子ちゃんのごはん♪ ごはん♪」


 俺と五十嵐先輩を置いて真っ先に廊下を走っていく。そんな尚吾くんを見つめながら、聖ミケランジェロ学園の校内を映し進むと良い匂いが漂ってきた。


 食堂はテラスと繋がっていてガラス張りとなっている。

 外からの日差しも入って中は明るい――というか、電気が普通に通っていた。


「さすが金持ち学園」

「それだけじゃないけどな」


 脇沼氏の自嘲したささやきに、俺と五十嵐先輩は力なく反応した。


「脇沼氏、それってどういう意味ですか……」

「あ、東吾さんにダブル裕ちゃん、もう少し待っててね」


 ジュアアアーーッと、中華鍋を強火で炒め、中から香ばしい匂いが鼻をつく。


「ゴーヤたくさん収穫できたから、いっぱい食べようね」

「うん!」


 響子さんの傍に、父と子が俊敏に移動した。

 これもビデオに撮らせていただく。


「トマトスープ作ったの。即席で悪いんだけどごめんね」


 大きな鍋の中をオタマでぐるぐる。

 とき卵とトマトの色が混ざりあい、調味料を素早く入れ込まれると唾液がこぼれそうになる。


「いや、良い匂いだよ。俺はデザートに響子も食べたい」

「エロゾンビは食器の準備してね。しっし!」

「響子が冷たい……」

「……響子ちゃんが父さんに冷たくするのわかる気がする……」

「ふん、マセガキが生意気だな。そんなのわかんなくていいんだよ!」


 尚吾くんの頭をぐしゃりと撫でている脇沼氏に、五十嵐先輩が話しかけた。


「あの、私達も何かお手伝いを……」

「ダブル裕ちゃんは座っとけ。今は俺達がもてなす側だから。なぁ、尚吾」

「うん! 祐介兄ちゃんと祐子姉ちゃんは座ってて!」 


 食器棚の中から綺麗なお皿を取り出された。とても綺麗な絵柄が描かれている。その中に野菜炒めと、深いお皿にスープを入れてランチョンマットの上に置かれた。後からやってきた響子さんもテーブルに座り、みんなで手を合わせる。


「じゃ、いただきましょうか」

「「「「いただきまーす」」」」


 野菜とお肉を絡めたものを口に運ぶと、鶏がらの優しい味がする。


「これが即席……響子さん料理上手じゃないっすか」

「そう? ありがとね」


 嫁に欲しいと口説きそうになったけど、慌てて口を閉じた。

 俺は脇沼氏にだけは殺されたくない。


「素を使うと誰でも上手にできるよ。これが無いと私はうまく作れないかな。祐子さん、お味の方はどう?」

「文句なく美味しいです。教えてほしいくらいです」

「私の料理で良いなら幾らでも」


 ごほっと、せき込んでしまった。


「あっ、あっ、ちょっと待って。五十嵐先輩は料理が壊滅的に下手なのでやめた方が良いっすよ!」

「波多野くん……それどういう意味かしら?」

「ぶげっ……ぐおっ、あ、せんぱ、中のもんが出るぅ」

「ふんっ!」


 五十嵐先輩に適度に痛めつけられた俺は死にそうになりながも、なんとか完食できた。それを呆れながら見つめてくる二つの視線とぶつかる。そんな空気を打ち破って響子さんが思い出したように口を開いた。


「あっ、そうだ……東吾さん、食後で良いからこれを柳原さんに持ってってくれない?」

「あぁ」


 お弁当の容器が入ったカバンを差し出し、もう一つはスープが入っていると説明していた。尚吾くんも片方を持つ! とはりきって、脇沼氏から受け取っている。


「今日来ないということは、あそこに行ってると思うんだけど……」

「「へ?」」


 俺と五十嵐先輩がハテナマークを思い浮かべていると、脇沼氏と尚吾くんが席を立ち、食堂の扉を開けて歩き出す。俺達がついて行っても止められないのは、どちらでも良いという解釈をしていいのだろうか。

 

 ビデオを持って歩き出すと、周りが少し薄暗くなってくる。廊下の電気を尚吾くんがつけると明るくなった。裏口の扉から出て大木の場所まで歩くと、見知った人物の後姿を見つけて声を掛ける。


「柳原さん」

「響子から差し入れだ。ありがたく食え」

「ありがたくくえ~……あだっ」

「尚吾は真似するな。変な口調を使うと、俺が響子に怒られるんだからな」

「は……は~い」

「あ……はは……ありがとうございます。東吾くん、尚吾くん」  

 

 有難く受け取っている柳原さんの後ろにある石碑を見つける。切り花と水が供えられ、先ほどまで墓参りをしていたとわかった。


「これってお墓すよね」

「あ、えぇ。俺の自衛隊だった友達です」

「柳原さんの……」


 俺は撮っていたビデオを中断し、五十嵐先輩と共に手を合わせた。隣を見ると、脇沼氏と尚吾くんも手を合わせて黙とうしている。


「ヘリコプターを操縦してる途中で、俺達は化け物に襲われたんだ」

「ゾンビですね……」

「ハエの化け物だった……無残にも、亡骸はここにはないんだよ。せめてもの供養にと、遺物だけは俺が引き取って供養している」


 墓石の上にあったプレートタグを握り締め、柳原さんは佇む。


「元通りにならないってわかってるけどさ……俺の親友は亡くなったままだから」


 後悔や苦悩が残された者の中に取り残されて、平静を装って。いつだって取り残された者だけが悲しみの中にぽっかりと漂っている。


「ゾンビ達と共存した世界を、こいつにも見せてやりたかった」

「柳原……」

「東吾くんが悪いわけじゃないから気にしないでくれ。ごめん、俺はまだ、心の整理がついてないんだ」



 俺達マスコミは、日本のみんなは、真実を知る権利がある。








***




「波多野くん、待ちなさいよ」


 足並み早く歩く俺についてくる五十嵐先輩に腕を掴まれた。


「俺は、納得してたはずだったすよ。でもまだ、何も解決できてなかった!」


 分かっていたようで、これっぽっちも分かっていなかった。俺達は救われたかもしれない、でも心のどこかでまだ救いを求めている。家族や恋人、友人が居たあの頃に戻れない。壊れたものは元通りにならない。それでも笑顔でいないと、自分が壊れてしまいそうだった。


「うぐぅ……」

「大丈夫、波多野くん?」

「大丈夫っすよ。はは、俺はダメっすね。ほんとよわー……くそっ、くそおおぉっ!」 


 物影で吐き気と戦っていたら、何かの唸り声が聞こえる。


「野良犬?」

「え、の、野良犬すか?」

 

 ワンッ! という音とともに飛び掛かられる。

 五十嵐先輩の身体を俺が横へと押し、野良犬が俺の喉笛に噛みつきそうになった。鋭い牙で噛みつかれたら狂犬病に掛かる危険がある。ワクチンを打たないと、他の悪い病気に掛かるなんてのも。


「ち、くそ、犬ころのくせに、離れろ――ッ!」


 俺の頭上でチュンチュン鳴いている小雀が、どこかに飛んで行った。この騒動で脇沼氏が助けてくれるかもしれない。一縷の望みを持ってなんとか振りほどいてもまた襲い掛かってくる。

 

 もうダメだ、こんな狂犬に襲い掛かられて死亡なんてやるせなすぎる。そう思い目を瞑ると「ギャンッ」という情けない声が聞こえた。何事かと状況を整理しようとすると、棒か何かで叩かれたようだ。バシッ! バシッ! と叩く音がすると野良犬がどこかに消え去った。俺は助かったのか――あ、先輩は無事だろうか。


「五十嵐先輩! 大丈夫すか……」

「えぇ、この子が助けてくれたのよ」

「え?」


 脇沼氏ではない。

 その子は聖ミケランジェロの制服を着た女子学生だった。


「え、ゾンビだったすか……?」

「がーう♪」


 見ると、デジタルカメラを首にくくり付けたゾンビ少女が居た。肩にのっけた小雀が胸を張って威張って見えるのは気のせいだろうか。


 パシャパシャ! と、無様に地面に横たわる姿の俺を、カメラに連射で収めては喜ぶゾンビ少女に参る。


「撮られる側の気持ちがわかる貴重な経験すね」

「そうね……立てる? 波多野くん」

「いてて」

「ぎゃっぎゃっ♪」


 はしゃぐゾンビ少女を傍目にし、後からやってきた脇沼氏に彼女を紹介してもらう。彼女の名前は西條あかり。他のゾンビよりも知性があり、アクティブなゾンビだと教えられた。

 



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