ダブル裕ちゃんズ
波多野くん視点です
俺は先輩の横に立ち、二人を眺め見ていた。
「えぇ~、またゾンビ特集ですかぁっ!」
ゾンビブームなためか、映画やゲーム、漫画が腐るほどあったなぁと脳裏を掠めた。どのゲームも、主人公が銃を武装してバンバン撃ってたっけ。籠城してゾンビの侵入を防ぐとか、家屋に侵入してきたゾンビ達から掻いくぐって車やヘリで逃亡するなどどれもありきたりだったような記憶がある。映画なんてヒドイものとなると、核を使った攻撃で最終的にはエンディングを迎えるものもあった。
「五十嵐くんが担当し、我が局で独占放送したインタビューがずいぶん評判が良くてねぇ」
「は、はぁ。そうでしたね」
つるぺた頭部が気になるボスが、育毛剤を塗りたくりながらペラペラと週刊誌をめくっている。以前から使用していたものにしては代り映えしない。その効果のほどを知り、自分が将来ハゲたときに使わないでおこうとひそかに決意した。
「視聴者からあの男性は誰だ、我々人類の希望ですかって問い合わせが殺到してね」
「人類の希望? ゾンビをメイド扱いしていたあの男が……ですか?」
怪訝な視線をディレクターに向ける先輩にボスは特に気にしてはいないのだろう、育毛剤どんだけ付けるんだよ、後頭部がテッカテカになっているぞともう少しで吹き出しそうになった。
「ネットからの評判も上々なんだよ。あの若いの、誰だっけ」
少ない毛髪を数本、丁寧に撫で上げていた。
ペラペラと週刊誌をめくり、何かを見つけたのかあるページを五十嵐先輩に向けた。この人物だと指さしている。
「脇沼東吾さんですね」
「あの男性がカッコいいので紹介してくださいなどのメールや手紙が報道部に殺到だ。見たまえ、週刊誌を」
“アルファロオに乗った脇沼東吾、恋人とラブラブデートか!”
“聖ミケランジェロ病院へ女性と向かう脇沼氏、恋人に翻弄される! 隠れファン卒倒か”
「……みなさん、抜け目がないですね」
「五十嵐は悔しくないのか! 週刊誌や他局にスクープを持ってかれてんだぞ! う・ち・が! 最初に交渉したの忘れたってのか!」
「……忘れてませんよ。しっかりと覚えてますとも」
脇沼氏と河合響子に突撃取材をして、昨今のゾンビとやらの在り方を伝授されたばかりだ。ゾンビといえど人権はある。むやみやたらに駆逐するなと、ご丁寧にラテアートをご馳走されながら釘を刺された。
タダより怖いモノはない――今のゾンビ達はこんなんですよ、武器を使って攻撃するなとテレビで大々的に流せと、深紅色の瞳で睨み付けられ命令されればちびりそうになった。内緒だけど。
俺と先輩はちゃんと二人の話を聞いたんだ、うちが独占で放送できるという権利があると、ボスは言っているのだろう。
「うちだけが独占しろとは言わない、しかし、うちにしかできない特集や報道があるだろう? 体当たりと突撃取材が明宝の売りだしな!」
視聴率が並みから膨大に伸びたグラフを見てニヤけ顔となっている。それは誰が持ち帰ったスクープか、言わずともわかるだろうに。五十嵐先輩が全力でぶつかったから、脇沼氏からインタビューを渋々受けてもらえたんだと他の局は知らないのだろう――ハッキリ言って悔しいと思う。それは、ボスだけではなく現地に行ってる俺や先輩もそうだと思う。
「特集といえば、どのような企画をお考えに?」
冷めた缶コーヒーを一気飲みして音を立てる。
ボスの目が、いきり立っているように見えるのは気のせいだろうか。
「敵を知るには敵を欺けという諺がある」
「つまりどうすると?」
「ゾンビの群れに潜入してくれ」
無茶な要望にさすがの俺でも切れた。
それなのに五十嵐先輩はこくりと頷き準備する。
静止の声をあげるも先輩は立ち止まってはくれなかった。
自分のデスクにつき、引き出しを開けて荷物を漁っている。
「波多野、あんた私のサポート係ね」
新年会や忘年会の幹事を務めろとか言う風の、先輩からの軽々しい口調にめまいがする。その間にも先輩はリュックにビデオを詰めて車のキーを漁った。
「せ、先輩~! 俺も行くんすか? あ、会社の車使うんすね」
ローンが残っているとボヤいてた先輩が、自分の車を使うわけない。やっぱり先輩だった。
「当たり前でしょ。それと……もし私に何かあっても、あんたが私の跡を継ぎなさい」
胸をとん、と叩かれて言葉に詰まった。
冗談にしては笑えない。
「先輩、そんな不吉なこと言わんでくださいよ~~」
「ふふ、スクープを撮るまで私もあんたも帰れない。ビデオ、ちゃんと撮ってよ」
「了解す~~」
二人を乗せたワゴン車はまず、脇沼氏に会うためにメイド喫茶へと寄った。俺達の姿を見つけた男が嫌そうに顔をしかめる。視線を向けずにラテアートやパンケーキを焼く脇沼氏のいるカウンターに、近くの席を陣取った。
「帰れ」
「そこをなんとか! 脇沼さん、私達を救うと思って」
「そうすよ~、脇沼氏にしか頼めないんすよ。俺たちのスクープを狙うには!」
RECにしてビデオ撮り。その間にも小雀が飛んできた。相変わらず脇沼氏と仲が悪いようで、シッシ、と手で追い払う仕草をして、頭の上にちょこんと座っている。
「それでなくても俺は猛烈に忙しいんだよ! あぁ~、メイドゾンビ―ズは言うこと聞かないし!」
イライラ口調の脇沼氏に先輩が食いついてる。
だんだん免疫がついてきたんだなぁと感慨深くなった。
「プロデュースなさっているメイドゾンビーズの方々ですよね? 花蓮ちゃんと真弓ちゃんでしたか?」
「あいつらを取材しても真新しいことはないぞ。相変わらず注文した品を落とすわ、間違いなんてザラだしな。ほらまた……」
カチャン、ガチャン! とコップや受け皿を落としたのを見て、脇沼氏が鬼のような形相をしている。だんだん部屋の空気が氷点下になってきた。五十嵐先輩の襟首をつかんで逃げようとしたとき、柔らかい口調の声が耳に届く。
「東吾さん、誰か来たの? お客さま?」
二階の階段からトン、トンとゆっくり降りてくる女神に目を奪われる。俺と脇沼氏は女神の姿に心臓を撃ち抜かれてしまった。脇沼氏なんて、厳めしい表情だったのにデレッデレだ。うあぁ、こんな表情するんだと、二人の表情が目に焼き付いて離れない。
「響子……あ、いや、ほら、前に来たマスコミだよ」
「お久しぶりです、えっと……?」
こてり、と小首を傾ける響子さんに、俺の目がハートになっていることなんて露知らず。五十嵐先輩に小突かれて正気に戻った。使い物にならなくなるうちに戻れて安堵した。
「私は明宝テレビ局に努めております、五十嵐祐子と申します。名刺をどうぞ」
「ご丁寧にどうも。こちらの方は?」
「あ、俺は、波多野祐介と、言います、よろしくっす、ダブル裕ちゃんと言われてるっす」
「ダブル裕ちゃん?」
「俺と五十嵐先輩、名前が裕と同じっすから」
差し出された小さな手を俺が両手で握りしめると、響子さんが朗らかに笑った。
「あは、よろしくっす」
「(かっ! かわいぃ……鼻血出るくらいの可愛さだ!)」
うっわぁ! 今回もフリルたっぷりのメイド服だ! しかも万人受けする可愛さで、スタイルもいいのか、胸の当たりでキュッと締まってて手のひらに収まるか、収まらないくらいの程よい大きさ……しまった、観察してるの脇沼氏にバレバレだ。敵認定されたかもしれない。右頬がなんか痛いと思って後ろの壁を見ると、包丁が突き刺さっている。
あと数ミリずれると当たってた!
ていうか、次は当てるという雰囲気で、フォークもナイフも両手に持参。いつの間に――!
「……俺、ダーツ当てるの得意なんだ。な、お前はそこを動くなよ?」
にこにこ笑顔の脇沼氏に殺される。
先輩より先に逝くのを許してください……て、先輩はビデオスタンバイナウしてた。えぇ、親指上げてるの、これは先輩的にグーなのか。
「ちょっと、東吾さん! 意味もなく睨み付けない。しかも包丁を投げつけるなんて……ごめんなさいは?」
「こ、こいつが響子を見て鼻の下伸ばしてたのに……何で俺が怒られるんだ……すまん」
ションボリした脇沼氏のベストショットを、先輩が撮っている! これはアリなのか? 恐る恐る二人を見つめると撮られたことに関しては怒ってない。それどころか、脇沼氏が逆に怒られ続けている。でも、全然悲しそうじゃないんだよな……きっと、響子さんに構ってもらえてるから喜んでるのかも?
お、頭上が騒がしいと思ったら、
脇沼氏の頭の上で、小雀がチュンチュンと嬉しそうに鳴いてるんだけど! 突っ込んで、いいすかね。
「い、いいっすよ……俺も、ぶしつけでしたっす」
「心の広い方で良かった、ね、東吾さん」
「……ちっ」
「東吾さん、舌打ちはダメだよ」
「ふん……うぐ、いだい、いだいよ、響子」
響子さんのコメカミぐりぐり攻撃なら、俺も受けてみたい。
嬉しそうな脇沼氏に、俺は少し羨んでしまった。
「お見苦しいところを、ごめんなさいね」
「す、すまん、ほんと、悪かった……ギブ、響子、本当に痛いよ」
脇沼氏の貴重なスマンをゲットしたっ!
五十嵐先輩はいいわ、いいわよ、とビデオを撮っている。
スクープと引き換えに、何か大切なものを無くすかもしれない。こんなことなら、生命保険に入っておけば良かった。かーちゃん、親不孝でごめんよと泣きそうになった。
***
「「ゾンビの群れに紛れ込む?」」
「えぇ、そうなんです。うちのボスがスクープを撮れってうるさくて」
俺と先輩はラテアートを飲んで一息ついていた。今までの経緯を話すと、なぜか微妙な面持ちでうんうん唸っている。脇沼氏と響子さんがひそひそと内緒話して、脇沼氏が頷いていた。なんだ、何を話してるんだ。
「いいぜ、それならうってつけの場所がある」
「ホントですか! 脇沼氏が推薦する場所ってどこでしょう?」
「聖ミケランジェロ学園だ」
「金持ち学園すね。俺、行ってみたかったすよ!」
でもなんだか自分達二人では心もとない。脇沼氏にもついてきてくれないか相談したところ、快い返事がもらえた。こんなにトントン拍子に決まって良いのか、今までのことを考えて首を傾けたくなった。
「俺と響子も行こう。そして撮った映像を全国、はては国外にも提供してくれないか」
「えぇっ!」
「俺と響子は変わらず、明宝テレビに協力してやる。それで構わないだろう?」
ギャルソン支度から一転、ベストを脱いだ脇沼氏が黒色の上着を羽織った。男の俺でも羨むスーツ姿でカッコいい。鍛えているのか、筋肉も程よくついて貧弱というよりは逞しいという言葉の方がぴったりで、横を見ると響子さんが見惚れていた。
「それは構いませんが、国外となると……」
「今の状況を知りたい奴らがいるんだ、あんた達の得にもなって、俺の得にもなる。一石二鳥だろ」
女性が騒ぐのわかる気がする。
脇沼氏は見かけだけじゃなく、頭の方も切れる男だった。