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ウイルス“エンジェ”


 ウイルスについて、響子と東吾は講義を受けている。

 場所はいつもの聖ミケランジェロ病院で、会議室を使ってのシアターを上映して映りだされていた。

 

 ウイルスが藤堂によってばら撒かれた日からさかのぼり、響子が知らない相手と映画館の手前で男性とキスしたことにより、ウイルスは完成を遂げたという。


「……は、恥ずかしい、あんまりじろじろ見ないでよ、東吾さん!」

「くそ、初キスは俺だと思っていたのに」

「そこなの? 東吾さんのバカ!」


 拡大して見せた画像のウイルスが片翼を広げたかのように見えることから、研究チームは“エンジェ”と名付けた。可愛さを彷彿とさせるのだがその脅威たるや、人を数秒でゾンビに至らしめる殺人ウイルスである。

 

「で、今更だけど空気感染じゃないよな。どうしてこの場面で、ウイルスが強化されたか聞きたい」

「東吾くんの質問はもっともだけど、それは僕から話しても良いのかい?」


 藤堂ヒナタが響子へと視線を向けると、意を決したかのように顔を上げた。東吾の知らない答えは響子が握っている――そう、確信めいたものがあった。


「あの日、私は相手の男性にキスされました。けれど、まだ好きでもない相手からの突然のキスは気持ちが悪くてつい……」

「つい……?」

「相手の唇をかんだのです」


 相手はお金持ちで、当然嫌だと思われていなかったのだろう。無理やりに響子の唇を奪い、その行いが仇となった。上空からは極秘裏にばら撒かれたウイルスが、響子を含めた一般人に降り注がれて“エンジェ”は完成されてしまう。全てのタイミングが悪い方へと向かい、それを喜んだのはばら撒いた前リーダーの藤堂雪吹だけ。


「相手の唇の傷から“エンジェ”は入り込み、次々に人間を襲ったのは、響子ちゃんのお見合い相手だったんだね」

「そう……だったんですか」


 真実を知って少しほっとしたような、そうでないような。それでも自分が加味してしまったこともあり、罪悪感を感じずにはいられない。落ち込んだ風に、藤堂ヒナタに質問した。


「相手の男性はどうなったのでしょう?」

「ゾンビの始祖は怪物となったよ」

「え?」


 ドクン、と心臓が鳴る。



「君たちが倒したハエの化け物。あれが始祖だ」

「始祖――」


 

 犯されそうになった場面を思い出す。

 映像が映し出され、寒気がした。

 喋ることのできた唯一の化け物は人を食べ、響子を犯そうとした。


 自衛隊だった柳原伊吹の操縦するヘリコプターが墜落してからの一部始終と、東吾さんに撲滅されるまでありとあらゆる映像が映し出されていた。あの時は、自分一人でハエの化け物を倒そうとして失敗して。結局は東吾さんに助けられた。


「そして同様に、響子ちゃん。君も始祖の対だけど」

「は……い……」

「ここからだね。統率者の存在が明るみになってきたのは」


 内部からじわじわと自我が消えていく。

 ゾンビだったからか、不思議と怖くもなかったけれど。


「長期に渡り、死者たちの攻撃性を緩和することに成功はさせたものの、響子ちゃんの身体に負担がかかったね」

「そうですね。ゾンビだったのに、ちゃんと覚えてますよ」


 痛くて壊れる、もうムリだ、私じゃ、抑えられないよ。叫びにならない声は内部を傷つけ、ひたすらに崩壊を待つのみだった。そんなとき、東吾が俺の腕をかめと言ってくれた。


「“エンジェ”は凶暴なのに、縋りつく何かが欲しかったんだ」

「わたしと同じかもしれません。最終的には、東吾さんに全てをゆだねてました」

「……俺から言い出したことなんだ、響子は何も悪くない」

「そうやってすぐに甘やかす……東吾さんのバカ」


 エンジェは自分たちの王を見つけたのだろう。

 攻撃的だった動きは次第に、緩やかな反応を覗かせる。


 襲い掛かるあまたのゾンビ達を力で屈服させて、みごとに鎮圧してみせた。鮮やかな力の支配、ウイルス“エンジェ”への働きかけ、能力の多発――響子では無理だったのだ、何もかも。


「東吾くんには悪いけど、まだ脅威はあるんだよ」

「なんだよ、その脅威とやらは。藤堂先生が何とかしてくれるんじゃないのか?」


 シアターを切り上げて、会議室のカーテンをざっと開いた。外からの木漏れ日が入り込みとても温かい。藤堂ヒナタが机に手をついて切り出した。


「今の状況をざっと説明すると、日本だけだったんだよね。ゾンビ化したの」

「そう、聞かされていたな――」


 遠い記憶を思い出すかのような、東吾の表情に響子は胸が締め付けられた。



「でね、合衆国が日本を核で攻撃しようかって話がきてる」

「ゲームか映画だけの話にしてくれよ……」


 うんざりしたかのように、東吾がうなだれる。


「日本が本当にゾンビからの脅威が無くなったのか、示してもらわなくちゃいけなくなったんだ」

「それが俺か?」

「君しかいないだろう? ねぇ、響子ちゃん」

「う、うん」

「響子が言うなら頑張るけど……はぁ……」


 藤堂ヒナタが、東吾と響子に一枚の紙を見せてきた。



「各国の貴人達を招くことになっている。君がすることはただ一つ。ゾンビ達が、人間を襲わせないようにすること」

「それだけでいいのか」

「彼らの思惑は一つじゃないかもしれないけれど、これが第一のクリア条件だ。頼まれてくれるかい?」



 東吾は口角を上げた。



「分かった。ただし、成功した暁には一年分の肉をくれ」

「メイドゾンビ―ズのおやつのことかい?」

「そうだ。あいつら、何故か人間に戻ろうとする気概が見えない。他の奴らは人間化に戻りつつあるってのに!」


 クソが! と東吾が歯ぎしりした。

 頭をガリガリかき、今日の予算と明日の予算がうんたらかんたら言っている。それはそうだ、見ず知らずのゾンビ達を養うために、日々肉を買っていれば自然と貯蓄も減っていく。それは阻止したいと、常日頃から文句を垂れていた。


 悪く言えば堅実的。

 しかしその部分が見え隠れするからこそ、人間らしさが垣間見えると言えよう。響子も藤堂ヒナタも、そんな東吾を少なからず好ましく思っていた。


「交渉成立だね。では、決行の日は今から一週間後だ」

「早いじゃねーか」

「待たせるとやきもきするだろう? 僕としては丁度いいと思っているよ」

「そうか。はぁー……俺ってなんでこんなに忙しいんだか」

「ゴメンね、東吾さん」


 シュンと落ち込みがちに謝ると、東吾が慌ててなだめてきた。響子に悲しい思いをさせたくないのだろう、先ほどの言葉を撤回するかのような意気込みを見せている。そんな二人のやり取りを、藤堂ヒナタが和やかに見つめていることを二人は知らない。



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