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責任転嫁の末に

 花蓮ちゃんと真弓ちゃんには、おやつの焼肉を用意してからゾンビカフェを出た。東吾さんお気に入りのアルファロメオに飛び乗って向かう先は地元の聖ミケランジェロ国立病院で、お抱えの主治医によって二人は定期的に管理されている。

 待合室のソファに座ると東吾が身体をひっついてきた。相変わらず大きな体をしたワンコのようである。


「わきぬまさん、わきぬまとうごさん~」


「東吾さん、さっそく呼ばれたよ! やっぱり私たちって予約は関係ないねぇ」


「そうだな。日本きっての選ばれし者だし?」


 太ももを触るので、またつねってやった。

 隣に座っているおばさんがやーねとこちらに聴こえるように文句を垂れるため、しっしと東吾を追い払う。


「東吾さん早く行ってきて。わたしが恥ずかしいよ!」


「わかった。すぐに帰ってくるから待っててくれ――愛してる、響子」


 不意に力強く口づけされて、響子は身動きできなかった。

 統率者である東吾の力には敵わないと、こんなとき思い知る。




***






「血圧、血液、尿、体調に異常なし。ウイルスを完璧に抑制・支配に成功。肉体的には強靭で視界も良好、暗視も可と――東吾君、あと何か変わったことはあるかい?」


 耳から聴診器を取り除いた若い男性医師は、紙に数値を書き足している。


「何も――強いて言えば響子に対して性欲が強くなっているかな」


「そうなんだ、それも書き加えた方が良いのかな……はい、東吾君」


 くく、と笑う医師から握力を図るハンドグリップを手渡された。右手で強く握りしめると、針が一気に振り切れる。これも通常通り、以前とまったく変わらない。


「そういえばテレビ見たよ。ゾンビカフェだって? 面白いこと始めたね。夫婦でかい?」


「あぁ、共同で働いている。俺、毎日ラテアートばっかり作らされてるよ」


「響子ちゃんにこき使われてるんだね、辛いかい?」


「いや、これっぽっちも。こき使われてるじゃなくて、俺が響子の役に立ちたいだけだ」


 響子の可愛い我儘をかなえてやりたいと、東吾が口にする。

 男性医師は、ほのかに笑う東吾を微笑ましく見つめると診察を終えた。


「次は響子ちゃんだよ、呼んできて」


「看護婦さんに任せなくていいのか」


「すぐ近くにいるんだろ? 私の方で準備してるからすぐにでも部屋に入れてくれて構わない」


「了解……」


 扉を開けて、壁向かいの響子を手招きすると本をバッグに入れてからやってきた。そんな彼女が愛しくて、響子の手をやんわりと受け取る。


「藤堂先生、こんにちは~」


「きたね、響子ちゃん。では、東吾くんはカーテンの向こうで待ってて――」


「俺は響子のすべてを見てるから別にこのまま一緒でも……」


「東吾さん! わたしが恥ずかしいから向こう行ってて!」



 響子がカーテンを乱暴に閉めたため、東吾は締め出される。

 服を脱ぐ微かな音にさえ欲情しそうだ。


 自制するのが難しく、そわそわと所在なさげに手と足を揺り動かして気を紛らわせるしかなかった。




*****



「いやー、君たち二人に協力してもらって毎回助かるよ。抗生物質も数がどんどん量産されてきてさ、本当に有難いことだよ」


 研究室のチームリーダーを任されている藤堂ヒナタが、デスクチェアに座りながら感心しきりに頷いた。


「藤堂先生に聞きたい。俺と響子はどう違うんだ。もともと、響子から受け継いだのは俺の方なんだが」


「ゾンビ達を統率する力のことだね。突然変異で、さらにランクアップしたと考えればいい」


 悪い気でもない東吾と藤堂のやり取りをみて、響子はぽそりと声を零した。


「……わたしは、できそこないじゃないんですね?」


「響子!」


「だって、だって! 東吾さん……わたし、わたしが出来損ないだから、ゾンビ達は世界中に広まったんでしょ?」


 どこから伝染されたのだろう。

 気づけば響子もゾンビとなっていた。

 けれど、何か違う意思が身の内に宿っているとたどり着く。

 このウイルスは真の統率者を求めていると、薄々と感づき始めていた。


 ウイルスたちが求める統率者はわたしかもしれない。そう考えて、あまたのゾンビ達を細胞レベルで抑えていたが身体に負荷が掛かってしまい、身体に損傷が現れ始める。


「わたしじゃゾンビ達を抑えることはできなかった――もう、自我の崩壊は始まりつつあったの。東吾さんに全てを託したわたしは、薄情で責任逃れもいいとこだよ。ほんとうはあなたに殴られて当然なのに……」


 悔しさと苦しさの混じった思いが交錯する。

 響子は未だにずっと一人で苦しんでいた。

 夜寝る時も、東吾の腕に包まれながら懺悔の気持ちでいっぱいだった。それらを悟られまいと必死で感情を押し殺してきたのに、溢れ出る気持ちが止まらない。


「すべての苦しみを東吾さんに渡してしまったもの。東吾さんだって、本当はしんどいはずなの。でも、言ってくれないよね」


「本当につらいなら、響子に洗いざらい話してたさ。統率者の痛みと自我の崩壊は、俺には無縁だと思ってくれ」


 心と体がバラバラになりそうになりながらも、必死に取り縋ることができたのは東吾しかいなかった。いまでは深紅色の瞳となった東吾が、心の奥では響子を憎んでいるかのように見えてしまう。


「響子、俺は今の状態を後悔していない」


「あ……」


「響子が死にそうなら、俺は何度でも助ける……あ、今はどちらもゾンビだけど、新薬とやらができれば改善されるかもしれないな」


 一度目はヘリコプターから、二度目は学校の屋上からの落下。ゾンビ達からの反乱に、響子は何度も東吾に助けられてきた。


「東吾さん、ごめん、なさい、」


「ずっと一人で悩んでたことについて、だろ。今度からは、俺に話してくれると嬉しい」


「うん、うん……」


「感動のシーンを味わってるところ悪いんだけど、君たちあの男のこと、知りたくないかい?」


「わたし達を、実験と称して閉じ込めた男のことですね」


 藤堂が看護婦を人払いして、部屋には響子と東吾の三人だけになった。

 部屋の中では秒針の音だけが鳴り響く。



「あの後、東吾君の血液を身に取り込んだよ」


 藤堂の言葉に響子の肌が粟立つ。

 東吾の血液を、体組織に取り込んだ?


「真に目覚めるはずだと言っていた前リーダーの雪吹は反作用が激しく起こり、腐っていったんだ。バカだよね、大人しく抗生物質を作るだけにしておけばよかったのに」


「フブキ――苗時は確か、藤堂先生と同じではないのか」


 藤堂は部屋の窓枠に立ち、空を見上げながらこう呟いた。


「父は支配欲に負けたんだよ。統率者にえらく憧れを抱いていたから」


「先生」


「欲張りで傲慢な父親だった――それが響子ちゃんと東吾君をこんなに追い詰めることに繋がるだなんて、考えもしなかっただろうに」


「せんせい……」



 藤堂は二人に頭を下げた。



「父の生に幕を閉じてくれて感謝している。息子の俺が言うことだけど、これだけは言わせてほしい」



 東吾と響子は息を飲む。



「藤堂雪吹の息子として謝っても謝り足りないけれど、これからの君たちに限りなく尽力させてもらう……」



 藤堂先生は、それ以上は言葉にすることなく頭を下げたままだった。

 しばらく無言だったのだが、東吾が口を開く。


「ゾンビカフェ――」


「?」


「俺たちの店に顔を見せに来てくれたら許してやる――あー、料金を弾んでくれたらもっと許す」


「東吾さん!」


「俺たちへの迷惑料だ。チップだと思えばいい。それでチャラにしてやる」



 藤堂先生の眼鏡の奥で、透明の滴がポタリと零れ落ちた。何度も何度も頭を下げるのでそれを制すると、二人は揃って部屋を出る。











***



 響子と東吾は病院にある中庭にいた。

 ベンチに座り、響子が座ると東吾も座る。



「あの男が藤堂先生の父親だったんだね」

「人は見かけによらないな。面影が見つからない」




『それを渡せっ! それは私のものだ!』




 藤堂雪吹はウイルスによって人生を狂わされたものの一人だとしても、どうしても同情できない。純粋な強さと選ばれしものだと自らを偽って、響子と東吾を危険に晒した張本人だった。


 彼が響子を追い詰めなければ、東吾を統率者に仕立て上げることはなかったのに――



「東吾さん、本当に苦しかったら話してね。わたしが傍にいるから」


「それは嬉しいお誘いだな。愛してる、響子」



 東吾の苦しみや痛みを千分の一でも分かち合えたらと思う。

 身体に寄り添い、しばらく二人で日向ぼっこをすると夢の中へと誘った。

 手を絡み合って寝息を立てる――響子にとって久しぶりに訪れた気持ちのいい熟睡だった。



「ん、よく寝た~。東吾さん、起きて」


「あぁ、響子、愛してる」


 よだれを零して何の夢を見ていたのか。


「東吾さんまだ寝ぼけてるの?」


 体中を弄られるので、響子がペシリと腕を叩く。


「夢を、見ていたんだけどさ」


 東吾の落ち着いた、それでいて爽快な感じの声が、じんわりと響子の身体に染み入ってくるかのよう。


「夢の内容、覚えてるの?」


「記憶を無くした俺と響子の出会いのときかな」



 実験室でゾンビ達に凌辱されている響子を見て、自分も欲していた。あの目で自分を映してほしい、あの声で自分の名を呼んで欲しい、それだけのために周りにいたゾンビ達を排除した。


 彼女の姿だけを必死に追い求めると泣き叫ばれるから、何が悪いのか到底分からなくてループして、結局彼女のそばにいてを繰り返す。とんでもなく響子が好きだったことなど、それは今も昔も変わっていない。変わったのは、ようやく想いが通じ合ったことだろうか。


「ある意味ストーカーだったよねぇ。東吾さんを追っ払っても追いかけてくるから怖かった」


「俺は楽しかったよ。響子が構ってくれるから」


「東吾さんてば……」 


「俺を好きでいてくれてありがとう」



 二人の唇が交わる。 

 響子は何があっても東吾の傍を離れないと決心がついた瞬間だった。




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